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349.銀香の撮影会1

本日少し短めです。最近イベントばっかりだったので、久しぶりにルイさんのホームでのお話でございます。

 私はとある大学の二回生、花涌杏美だ。いちおう、影が薄いので言っておくけど、氏ははなわき、なまえは、「あずみ」である。この名前、読めないっていう人が割といたりする。あみなら、網とか亜美とかにしとけっていわれるし、杏って単語からきて、あん? あんみ? あんこう踊りとなにか関係が? と言われたのは某大型オタクイベントでの事だった。


 さて。そんな私を、あずみちゃんかー、でも馴れ馴れしいのもあれだし、花涌さんよびかなぁこれはーなんて言ってくれたのは、同じ年に入学の、特撮研会員の、木戸くんだった。


 彼はおかしい。

 という単語をきっと、いたる人が言っているのだろうけれど。使い古しだろうと、不思議な人だと思う。


 結局私の愛称は、あんちゃんでも、あみちゃんでもなく「名字の花ちゃん」に落ち着いたのだけど、そこらへんも木戸くんの何気ない一言が関わっていたりする。

 で? 花ちゃんどうすんの?

 なんの受け答えかわからないのだけど、そうやって聞かれて、そりゃやるよ! なんて答えをして。

 結局研究会の中では、花ちゃんで定着した。可愛いし申し分はないのだけど、今までの苦労はなんなんだろうってちょっとへこんだ。

 

 さて。ではなんで、そんな私が夏休みの早朝に電車を乗り継いでこんな田舎に来ているかと言えば、答えは簡単だ。そんなきっかけを与えた木戸馨を休み一日つかって尾行しようじゃないの! という独自企画なのだ!


 私は大学に入ってからカメラを始めた人だ。正直他のメンバーはイベントだの詳しいし、後輩だってそっちの住人って感じ。可愛いけど。

 そこで自分がやっていけるかっていえば、正直、不安。ていうか、前年のコスROMに関しては、木戸君が教えはしてくれたけど、「ノルマの半分こ」は、如実に彼とこちらの実力差を見せられる場所となっていた。


 前年作ったコスROMで一番辱めを受けたのはきっと私だ。

 撮影中はすっごく楽しかったし、あれそれ教わりながら、木戸くんも笑顔だったけれど。

 いざできあがった写真は、雲泥の差で。


 これが隣にいていいの? っていうくらいだった。

 でも木戸くんは、ここ、大学のサークルだしさ、最初にそれ印刷されて配布されることって大切だよ? ってしれっと言ってくれた。


 たしかに、あのイベントで会誌を売って、その反響もちょっと刺激にはなった。

 まあ、とあるところの「今年の特撮研の感想」ってところで「クオリティばらばらすぎ」ってのを見たところで背筋が冷えた。

 ああ、それきっと私のことだな、と。自分で完成品を見ても、やっぱり木戸くんのとは比べられない。

 彼は「ぶれずに、震えず、ちゃんと撮れればおっけ」ってにこやかに言っていたけれど、それですむ世界とも思えない。


 現在、カメラをもってても、いまいち「これでいいのか?」という問いかけがシャッターを切る前にある。

 もちろん手持ちはデジカメで。やり直しがきく道具ではあるのだけど。

 いざ撮ろうとしたときに、きちんとしたものが撮れなければどうしようもない。


 そんなわけで、普段の木戸くんがどんな生活をしているのか、こそっとのぞき見してみようと思ってしまったのである。え、ストーカーじゃないよ? 写真のための純粋な興味っていうやつ。

 今日だけだし、いちおう名誉のために言おうではないか。これはストーカー行為ではないと!


「えっと、確か住所だと……」

 ちらりと昨日特撮研の名簿から写してきた住所をスマホにいれて検索すると、今の位置と目的地が案内される。

 あともう少し進めば木戸家である。


「それじゃ、行ってきます」

 そう思って顔を上げると、その目的の家からは同い年くらいの女の子が家を出て行くところだった。

 やばいくらいに可愛い子だ。大きめなバッグを肩に担いでいるけれど、あの中にカメラが入っているのだろうか。

 あの人なら、路上から撮影しそうなものだけれど、中にしまっているのは周りの住民への配慮というやつなのかもしれない。


「えっと、スミマセン。あのおうちって、二十歳くらいの女の子って住んでます?」

「あー、木戸さんちかい。牡丹ちゃんは今一人暮らししてるからねぇ。あとは長男の馨くんだけど……まぁ。実は隠し子がいたって話みたいで。さっき出て行った子がどうやら次女らしいのよ」

「次女……隠し子……」

「まるでドラマみたいな話だけどね。なにか理由があるんだろうさ。でも、あれだけ若い頃の静香さんにそっくりってなると、よその子を預かってるってことは絶対ないと思うし。ああ、おばちゃんが喋ったことはあくまでも噂だからね。本当は違うかもしれないから」

 こんな話さすがに、本人達には聞けないからねぇ、と噂好きそうなおばちゃんは最後にそう付け加えた。

 

 なるほど。木戸家にはなんらかの事情があるらしい。

 では、私はこれからどうするべきだろうか。

 このまま家の前で、木戸くんが出てくるのを待つべきか。

 それとも……


「おっかける……か」

 そう。家から出てきたのが、あのルイさんとなると、むしろルイさんの撮影風景というものは見てみたい気がする。

 おばちゃんはまったくもって、あの美女が有名な写真家さんだということを知らないらしいけれど、私の目はごまかせない。

 去年の夏に会った時の顔は今でも覚えているのだ。

 今ならまだ追うことも可能だろう。

 木戸くんの日常を追いかけようと思っていたのに、なんだか変なことになってしまって。

 不思議と、私は胸のあたりがぽわぽわしてくるような、変な期待感というものに支配されていた。 




「さぁ、やってまいりました、銀香町」

 がさごそとバッグからカメラを取りだして、首からつると、さっそく一枚カシャリと町並みを撮った。

 夏まっさかりの駅前は、ぎらぎらと太陽が地面を照らしていて、とても暑い。

 

 さて。ルイがこの町に来るのも実は久しぶりな事だった。

 先日までは蠢の件があったせいで、町中にまるでゾンビみたいに新聞記者が徘徊していたので、それから逃げるためには近寄らないのが一番ということで。今回も自粛していたというわけだ。

 もちろん他の撮影はしてきたし、特撮研でも活動をしてきたけれど、やっぱりこの町の風景というのはなんだかほっとするのである。


 ちなみに電車の中ではタブレットをいじっておりました。

 車中の撮影はさすがに目立つし、人の写り込みも激しくなってしまうからね。

 カメラをバッグにしまっているのは、ご近所さんへの対応である。


 近所のみなさんはもちろん、ミーハーではあってもオタク業界にはあまり興味の無い人が多い。

 でも、カメラを持った女子という印象が強くなれば、あれは銀香のルイでは? なんて思われかねないのだ。

 もちろん最初のころはそんな対策あまり気にしてなかったけど、高校時代に翅の件で情報がネット上に流れるようになってから、こういう対策をとらせてもらっている。

 実際、ルイが行方不明状態になっているのは、その対応のおかげといってもいいだろう。


 もしくはご近所さんは知った上で、マスコミに情報を流さないでくれているのかもしれないけどね。

 誰だって近所にマスコミがわんさと集まったらいやだろうし。


 さて。そんなわけで。

「振り向きざまに一枚、って感じかな」

 くるりと後ろを向くと、電柱の影に隠れている人を激写した。


「ひっ」

 その人物はびくっと体を震わせるとさらにこっそりと電柱の影に身を潜めようとする。

 けれども、もちろんあのスペースに体を隠しきれるはずも無い。

 よく、尾行ものだとこそっと隠れるけど、あれは、ばれてないの前提でのことなのだと思う。


「前に一回会ったことありますよね?」

 にこりと視線をむけると、彼女、花涌さんはうぅと観念したようにとことことこちらに出て姿をさらしてくれた。

「えーと、その、ですね」

「去年の夏、以来ですか、お名前を伺っても?」


 あまり責めるような感じにはせずに、とりあえず前回できなかった初対面イベントを済ませておくことにする。

 自己紹介をそれぞれまだしていないのだ。


「あの。特撮研というところで撮影係をやってます。花涌杏美といいます。今日はその、ルイさんの姿を見かけたので、つい……」

「おぉー、ってことはあんちゃんって呼ぶ? それとも花ちゃんかな? あずにゃんはさすがにあれだろうし」

 んーと、あごに指をあてて、少し思案する。

 もちろんみなさんから、花ちゃんって呼ばれてるのは知っているのだけど、いきなりそれというのもよろしくないだろう。


「花ちゃんでお願いします」

「じゃ、花ちゃんで。それでその……撮影係ってことは、今日はカメラは持ってきてるのかな?」

「あ、はい。それはもちろん」

 花ちゃんは困惑ぎみに、首からつっているカメラをこちらに見せた。

 彼女が普段愛用している入門機である。使い方は一通り教えてあるのでしっかりつかえることだろう。


「それじゃ、せっかくだから一緒に撮影しないかな? それとも今日はなにか予定ある?」

 じぃと物欲しそうな視線を向けると、花ちゃんはうぅと困ったような顔をしながら、べ、別にいいですけどと仕方なく頷いてくれた。もしかしたらなにか予定でもあったのかもしれない。おばちゃんちのコロッケくらいは奢ってあげるとしよう。


「じゃー、ルイさんおすすめ、銀香の撮影スポットにご案内。はい、まずは駅前の町並みからスタートで」

 カシャリと、一枚ごく自然に撮影をすると、え、そんなところ撮っちゃうの? という不思議そうな顔をされてしまった。

 まー彼女ったら、特撮研でしか撮影してないのだから、その反応は仕方ないとは思うのだけど。


「んー、花ちゃんってもしかして、あまりこういうところでの撮影ってしたことない人? あまり躊躇してるとすぐに瞬間は流れてしまうよ?」

 さぁ、バチバチいこーよとぽふぽふ肩を叩くと、えぇと、彼女はいまだ困惑した顔をしているようだった。


「もちろん、室内でコスプレとかをポーズとってもらって撮るなら、それでいいんだけどさ。自然の瞬間は一時停止(ポーズ)してくれないからね。おまけに我らが持ってるのはうん百枚撮れるデジカメなのだから、撮らない後悔より、撮って後悔したほうがいいよ」

 さぁ、ダメ写真を一杯量産したまえよ、というと、それ、ちょっと逆に二の足を踏んでしまうんですが……と不安げな声がきた。ううむ。花ちゃんは引っ込み思案すぎると前々から思ってたんだよね。


「あたしだって、今までうん万枚撮ってきてるけど最初のころは没写真も多かったんだよ? それと被写体に関しては、自分で、あっ、これいいって思った瞬間を撮ればいいわけで、平凡だろうとオシャレじゃなかろうと、ああ、いいなって自分が思えたら、そこを撮ればいいんだよ」

 銀香町は確かに片田舎である。オシャレさは正直あまりない。

 でも、そこに住む人達の姿だとか、ほどよく自然が残っていてそれを一緒に暮らしているような風景は、なぜかわくわくしてしまう。

 花ちゃんがもっと大きな都市のほうがいいっていうなら、それまでなのだけど。せめて自然の風景を撮る楽しみみたいなのも、感じていただけるとこちらとしては大変嬉しい。


「ううぅ。が、がんばってみます」

 では、一枚、と言って、彼女はなぜかこちらにカメラを向けてきたのだけれど。

 まぁ、こればっかりはしかたないか、と彼女の銀香での一枚目の写真にルイさんは被写体として写ってあげることにしたのだった。


いやぁ。ルイさんが最近女装話のほうに比重が寄っていたので、そろそろカメラの話もしないとね! って思ってまして、銀香にきてみました。いちおう特撮研のこととか、カメラは持っているし撮影もしっかりやっていたりするのですが、インパクト的にHAOTOにかき回されてる感じだったので。

にまにま撮影しているルイさんが、一番可愛いと個人的には思っているのでこうなりました。


ここから数話、銀香の撮影をしようと思っています。

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