346.プールにいきました4
「ちょ……おま。ちょ。おおぅふ」
プールサイドに着替えず荷物だけ持ってきてくれた彼は、なぜかこちらの姿を見て目を丸くしていた。口調はエレナにだいぶ侵されたのか、立派にオタクの驚きかたである。
いきなり頼んだのでちょっと無理をさせすぎたかなとも思うけど、同じメンバーの危機ならこれくらいちゃんとやっていただいて悪いこともないだろう。
「なんかパシリみたいな真似をさせて悪いんだけど」
「いや、それはいいんだけどな」
いちおう、荷物を持ってきてくれたことに感謝をすると、HAOTOの翅さんはなぜかすたすた近寄ってきて、ふぁさっと自分が着ていたパーカーをこちらに掛けてきた。
そしてそのままどさくさにまぎれて、後ろからきゅっと抱き着いてくる。
普段ならよけられるのだけど、その仕草があまりに自然すぎてついされるがままになってしまった。
「だーきーつくなー、暑苦しい」
まったくもう、ルイさん相手だと手をだしてこないのにこんなことをしてくるのは今こちらが男状態だからだろうか。
とりあえずめりめりと抱き着いてくる翅さんをはがしていく。
「パーカー姿めっちゃ可愛かったから、つい! それに男同士の親密なハグだし! 問題ないし!」
「問題ありまくりだよ! っていうかなんでパーカー?」
ちょっとだぶついてるパーカーをじぃと見ながら疑問を漏らす。
彼ジャーならぬ彼パーカー状態である。ちょっとぶかぶかなそれはすっぽり上半身を覆ってしまっている。
でも、下が男ものの水着なので、その裾から思い切り太ももが覗くーなんてことはない。まあ、普通にヤローの装いである。
「好きな娘が上半身裸って状況に、俺はどうしようもないっていうかさ」
他のやつらがじろじろ見てたかと思うと、もう! やってらんねぇよ、と彼はなぜか座り込んでしまった。
いや、そんなこと言われてもさ、木戸さん男子ですよ? 上半身裸なのはデフォルトですよ?
さらしでもまけっていうんですか? そんなんやったらまるでFTMさんじゃあないですか。
「それより、荷物はもってきてくれた?」
「ああ、ご希望通りだ。ウィッグその他、もろもろ師匠から預かってきたよ」
「悪いね。エレナに持ってきてもらおうかとも思ったんだけど、なんか午後からパパさんとでかけるみたいで」
なぜに翅さんに連絡をいれたのかは、台詞通りの理由からだ。
こちらの事情を知っていて、おまけにこの状況となると一番いいのが彼だというわけで。
エレナに頼もうとも思っていたのだけど、今では逆にこれでよかったのかなとも思う。
あのマネージャーに明確に敵対できるのはメンバーさんだけだろう。
「それで、着替えはどこでする予定なんだ?」
「そこらへんの共用トイレでも使おうかなと思ってるけど」
「いや、トイレはダメだろ! 師匠も言ってたしなにより、他の誰かに見られたらさ……俺の車の中にしとけ」
ああ、エレナならそういうだろう。コスプレ会場ではしっかり更衣室を使うというのが鉄則で、トイレでのお着替えはNGな行為なのだ。
「たしかに車の中は着替えは出来そうだけどね……いったん外にでなきゃじゃない?」
「プールの出入りはスタンプ認証だろ? なら、特別面倒事は起きないだろうし」
「車の中に、隠しカメラが仕込んであるとかは?」
じぃと、下から覗き混むように翅さんの顔を覗き込むと、うぅと彼は後ずさった。
「……やらねーって。そりゃ着替えシーンとか欲しいけど、やっておまえにばれたら嫌われるだろ」
車をすすめてきた事で、ちょっとからかい気味にそんな疑問をしてみたのだけど、すさまじく嫌そうに翅さんはそんなことはしないと言い切った。
「うん。めっちゃ嫌う。ゴミムシを見る視線する」
よくわかってるじゃない? というと、やれやれと彼は肩をすくめた。
「だから、やらねぇんだよ。いつか心から見せていいって思えるようになったら是非」
それまで待ってるから、と言われてしまったのだけど、そんな日は来ないと思うのだけどなぁ。
そりゃ、すっごい仲良くなったら、一緒に温泉とかもあるかもだけどね。同性として。
「でも、タックの技術を学びたいとか、資料としてとかは?」
「こういうときは割としつこいよな、おまえ……タックは知ってはいるけど、あんまりやらない主義だよ。っていうか師匠があんまりやらないし」
「ああ、エレナは男の娘キャラ限定だからね。やるキャラに関してはやるんだろうけど……」
「男の娘はスカートがめくれたときにもんまりしてるのがいいんじゃない! って力説してたしな。だから正直あんまりくわしくないんだ」
ま、エレナもちょっとは自重したということだろうか。
翅ならそういうのも、すげー、面白そうーとか言いそうだけど。
エレナ自身はプールの時はタックするし、海のときももちろんやってたので、「レイヤーとして」じゃない女装のときはやってるから、詳しくないわけはないのだけど。
「そこまでいうなら、車をお借りするとしましょう。あ、でも、お仕事の時間は?」
「……あんま気にすんな。蠢がどうなったかは見届けたいし」
あ。ちょっと言葉を濁したところを見ると、ちょっと無理をおしてでてきたらしい。
とはいえ、蠢にダダ甘な彼だ。きっと連絡さえすれば助けに来てくれたんじゃないだろうか。
……う。無理にはりあって女装してとかしないでもよかったんじゃないかなこれ。
そうは思うものの、ここまで来てしまったからにはあとには引けず。
とりあえず車に移動することにした。
荷物はしっかり確認したけれど、水着スタイルにするためのものは見事にそろっていた。
「ほんとに覗いたりとかしたら、怒るからね?」
車の窓を少し開けてそう忠告すると、翅さんは、しねぇよ! とぷいとそっぽを向いたのだった。
蝉の声が駐車場をつつみこんでいた。
季節は夏まっさかり。どうしてこんな炎天下の中で、駐車場の前にいちおう忙しいアイドルグループの俺が座っているのか。この現実を知ったらファンの子たちはどう思うだろうなぁと翅は思う。
いちおう、なんにでも興味を持つタイプとして知られてはいるから、またなにかやってるなくらいで話は済むだろうか。まさか中で着替えている娘のナイトきどりだ、なんて思うのはいないだろう。
この中でルイさんが着替えている。本人は隠しカメラをかなり意識していたけれど、さすがにそれはやっていない。嫌われるというのがまず一点。そしてそれをやってしまったら、最初に会った時の事件を収めた動画が外にでるだろう。そんなことは誰も望まない結末になってしまう。
でも、想像するくらいは自由だろうと翅は思う。男ものの水着をテキパキと脱いで、まずはタックだろうか。
……好きな娘が、そこらへんをいじってるかと思うと、変に興奮するのは男なら仕方ないことだと思う。
ちなみに翅が、バイセクシャルか、と言われたらコレが悩ましい。いままで水面下でこっそり付き合ってきた相手は全部女性だし、時々出演で一緒になる、いわゆる美少年と言われる子達に欲情なんて当然しない。
たぶん、ルイさんだからなのだ。馨は、自分が本体だと主張するだろうけど、残念ながら翅にとってはルイさんの男装くらいの認識しか最近はない。春先の事件までは当然別人だと思っていたし、馨のほうは、丁寧で親切な仕事をしてくれる友人くらいの関係だと思っていた。
だからやっぱりこの中で着替えているのはルイさんなわけで、それでごくりと喉をならしてしまっても仕方がないことなのだろうと思う。
というか、上半身裸とか、あの体でよくやれるものだと思う。
本人は、水着で男女判断するからこっちなら誰の視界にも入らないで済むなんて言っていたけれど、実際めざといヤツなら、その姿をじろじろ見てたんじゃ無いだろうか。
正直、あれだけ男ものの水着が似合わないやつなんて初めてみた。蠢だって胸をさらしでがちがちに巻き込んでしまえばもうちょっとマシになるものだ。う。なんかそれが公衆にさらされてたかと思うとイライラしてきた。
ああ。まったく我ながらどうしてこう、たった一人のことが気になるのだろう。
最初の出会いがセンセーショナルだったというのはあるけど、声をかければなびく娘くらい、そこら中にいるというのに、こちらの心を掴んではなさないのは車の中で着替えている性別不明のカメラ馬鹿なのである。
「よっし。装着完了っと。これなら……いけるとは思うけど、どうかな? 翅さん」
車からこそこそでてきたルイは、にこりと感謝の言葉と笑顔をこちらに向けてきた。
いちおうさっき着せたパーカーも上に羽織っていたりして反則的な可愛さだ。
「うぉっ……すげぇ」
本日のウィッグは普段ルイが使っているものとは別系統の黒のロングウィッグだ。
それを青いシュシュで後ろでまとめている。普段大人しい子がプールでちょっと活動的になっているというような印象である。
そして水着そのものはブルーのビキニだ。
お腹が思い切り露出されていて、ちょこんと姿を見せているおへそが可愛い。
「胸……谷間がある」
そして驚くことに、本来無いはずの胸の谷間が作られていた。
これも師匠はほとんどやらない処置である。
「ガムテープでちょっとね。ちゃんと専用の使わないとかぶれるし痛くなるから注意ね」
寄せてあげて、と一般女性はやってると言われているけれど、まさかそれを実現するとは恐ろしい限りだ。
もちろん、サイズはそんなに大きくない。普段のルイさんがBくらいのちょっと慎ましい胸なので、それに合わせて今回もつくられている。
正直、胸の大きい女性というのは、いいもんだと本能的に思ってしまう自分がいるのだが、小さいのは逆に変な意味がなく、純粋に綺麗だなって思ってしまう。もちろんそれを触りたいとか、もんでみたいとか思ってしまうのは、男としての本能なので仕方ないと思って欲しい。え、どうせパットだけど? とかルイなら言いそうだが。
「って、翅さん!? なにじぃって凝視してんのさ」
「はっ、すまんすまん。ちょっとあんまり綺麗だったから見入っちゃって」
半身を引いて胸を隠すようにしながらこちらにじっと責めるような視線を向けてくる姿も、すさまじい可愛さである。そしてパーカー。律儀にたぷっとしたのを着てくれているのがちょっと嬉しい。
「そんで、あとはシルバーフレームの眼鏡をかけてっと」
ほい、完成とそれをつけるとルイとしての印象は若干変わった。
これなら一応、別人ということで通してしまうこともできるだろう。カメラも持ってないのでさらにその印象は別物という風に思う。
でも。正直な話、ルイがこんなイベントに出なくても、と思う部分もある。
今のマネージャーが危ういというのはメンバー全員の共通認識だったし、なにか仕掛けてくるだろうとは思ってた。今回はみんなばらばらに仕事を振られていたから、気付くことができなかったけれど、他のメンバーが直接交渉すれば蠢のことは守ってやれると思ってはいる。
もちろん彼女の水着姿がみたかった、というのはあるけど、いざ見てみると公衆にさらしたくないな、なんて思ってしまった。
「本当に……でていいのか?」
「あのマネージャーの前に、蠢以上の美少女を持ってこいっていうゲームだからね。用意できればこちらの言い分を通してもらえる。ゲストとして呼ばれてる以上、最後には壇上にあがらなきゃいけないんだろうけど、その時に男として出演させてやりたいんだよ」
それとも、あたしってあの男よりもかわいくない? どう? 覗き混むようにいわれると、こちらとしてはぷるぷる首を横に振るだけだ。スイッチは完全に女子の方に入っているようで、先ほどの馨としての話し口調とはまったく変わっている。
「なんか……ごめんな。おまえにばっかりこういう損な役回りを……」
「アップルパイワンホールだからね? それより心配なのはあのマネージャーさんだよ。どうしてHAOTOの方針ってこんなんなっちゃったのさ。翅さんだって女装禁止されてんでしょ?」
「うぐっ。そこまで知ってるんだ?」
そう。ここのところ、翅はコスプレイベントに参加していないのだった。きっと師匠経由でその話は知っていたのだろう。もちろんその原因もあのマネージャーの言葉が元だ。
イメージの問題があるから、女装コスはやめろと言われているのだ。ま、衣装なんかは用意したりキャラのなりきりとかはやってるが。
「あの人、たぶんあたし達の敵だ。既存の価値観とか型に嵌めて満足するタイプ。マネージャーをするのに適さないタイプだ」
あんにゃろう、まじむかつく、と普段ぽわぽわしてるルイさんが珍しく怒っていた。
もーなんであんなやつが、君たちみたいなドル箱芸能人を好き勝ってできるのかマジわかんない、と拳を握りしめてる彼女を前に、ちょっとだけ胸が疼いた。
「しかたねぇよ。社長の愛人だもん、あの人」
前のマネージャーさんが手を引いたというところまでは、特別な干渉はなかったのだと思う。そろそろ君たちも独り立ちしなさい、と言われてその後任がアレだったというわけだ。
他にうちの事務所にマネジメントができる人材はごろごろしているし、人気も大きいHAOTOのマネージャーはもっと実力がある人に振られるのものだと思っていたけど、蓋をあけたらこれだ。
「ちょ……まじっすか」
「自分なりの美学ってのがあるみたいでな。恋愛推奨ってのもそこから来てるんだと思う。実際、蚕がおまえにこくったときはかなり怒ったんだ。なんで女の子じゃないんだって。男同士なんて不潔だって。本当にゴミを見る目だった」
「ゴミでもうけようとしてるんだ、あのおばさんは」
うええ、とルイは嫌そうなうめき声を漏らしていた。ああ、それには同意だ。
あの件に関しては、メンバーひっくるめて相談した結果で出したものだ。あの人からすれば他の芸能人とくっついて、話題になれば良いのにくらいなことを思ってたのかもしれないけれど、それを実現してやる義理はない。
そのせいで目の前の娘に迷惑をかけたのだが、ルイさんなら助けてくれるだろうという、ちょっとした甘えがあったのは言うまでもない。
「っていうか、社長さんも何股してんですか……」
「あー、M氏、社長のことなんか知ってんの? あの人けっこう遊んでるって噂だけど」
ルイという呼びかけをするのは誰がきいているかわからないからやめておく。蚕×Mというあれから名前をいただいて、今の状態はえむ氏と呼ぶようにしよう。
「先日ちょっと、デートにいきますよーみたいな現場は見ちゃってね」
さすがにシャッターの音がなっちゃうから証拠写真は撮れなかったけど、と肩をすくめるのを見ると、どうやら彼女は不倫とか浮気とかは許さないタイプらしい。大丈夫。浮気なんてするつもりはないから。
「なんか、ほんとごたごたに巻き込んでゴメン。俺達でもあのマネはなんとかしたいと思ってはいるんだけど、社長には逆らえないしさ……」
「ん。ちゃんと後で埋め合わせはすること。それにさ、女の子だから女の子じゃないといけないっていう価値観のごり押しは嫌なんだ。年末の感謝祭、すっごいかっこよかったし、HAOTOは男五人グループなんだよ、やっぱり」
そうじゃなきゃ、駄目だよ、とルイが無意識に翅の両手をがしっとつかむ。
その華奢なてのひらは妙に頼もしくて。
表舞台に普段立ちたがらない彼女にしては珍しく、強い決意がこもってるように見えた。
今回はお着替えのところと、その他ということで。
なんとか書き終えましたが、時間的にかつかつであります。
彼シャツも好きですが、彼パーカーも大好きです。水着で太もものぞいててっていうの、すごく大好き。
まあ、自分じゃやりませんがorz
さて。着替えも完了しましたし、次話はコンテスト本番なのです。明後日アップできるのかな……




