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345.プールにいきました3

今回からトラブル回です。

 ころんと横になった磯辺さんを放置しつつ、とことこ飲み物を買いに行く。

 持ち込みのマイ魔法瓶は残念ながら昼前にすっからかんだ。

 喉渇いたという赤城に振る舞ったら、うめーうめーいいはじめ、磯辺さんたちもそれにのっかり、気がつけば。

 ちょっと濃いめの冷たいローズヒップティーだったんだけどね。

 あ、ゴメンからだわ、と磯辺さんは悪びれず、田辺さんは今日の飲み物代はだしたげるから、と申し訳なさそうにしていた。しのさんを学内で最初に目撃したときも水筒だったし、田辺さんてきにはこちらが外で飲み物を買えない子認定なのだろうと思う。


 さて、そんなわけで、とことことプールサイドを歩いていると、人が集まっている場所を発見した。

 朝もちらっと見ていたけど、イベント用のステージがここには併設されているのだ。


「ちょ……」

 そんな景色を見つつ、その群衆の中にとある知り合いの顔を見つけて、唖然と声を漏らしていた。

 驚いた理由は、水着コンテストとかかれていたこと、ではなかった。


 どうして……あいつがこんなところに出てきているのか。

 そう。そのコンテストの楽屋裏、そこに集まっている人たちからさらに少し離れたところに(しゅん)がいたのだ。

 いるだけなら別におかしくもないとは思う。だって芸能人さんだしイベントのサプライズゲストだって可能性は十分にあるからね。

 でも。


 そのわりに周りの視線は全く集まっていない。先日、記者会見が行われるくらいに熱い状態だというのに、みなさんはまったくもってそこに蠢がいることに気付いていないのだ。


 なぜか。そんなの簡単だ。「彼女」が黒ビキニに黒色のロングウィッグなんてものをつけているから、誰も気づかないのだ。

 いつもはぺちゃんこにしている胸もしっかりと形作られている。

 絶対に着るわけはないだろうと思っていたのに、突然のこと過ぎて驚いて言葉が出てこなかった。


 そして普段出してない肌は日に焼けず真っ白で、恐ろしいまでの輝きを放っていた。女子の肉付きというか肌質の良さというか、はっきりいって普通の女子の肌の質感ではない。いつもダンスなんかもやっているからか、体は良い感じに締まっている。

 のだが……本人が嫌がってるからなのだろうなぁ。魅力的かといわれたら魅力的でしかない。という感じだ。惹かれない。


 そんな彼は低い声のまま、誰かと言い争っているようだった。

「本当にこれにでて優勝すれば、この後の仕事も男としてやらせてもらえるんだろうな」

 キッとにらみ付けるような視線は、そんな格好をしてでさえ女子のそれというよりは男子だろうやはり。

 ああ。本当にあの頃から全然変わらない。

 けれどそんな違いなどきっと一般人にはわからない。ただの一般女子という風にしか思わないだろう。


「馬鹿なマネはやめておけ」

 華奢な手首を捕まえて、暴走しはじめてしまっている蠢を押さえる。

 こうやって実際につかんでみると細い腕をしていると思う。木戸もそれくらいなのでなんともなのだが、男性的ではない手首だ。


「なっ、馨!? ちょ、お前なんて格好して……」

「それはこっちの台詞だ、馬鹿め」

 こちらの顔をじぃと覗き込んで蠢は、ぽかんとした顔をした。ええと、まって、メガネかけてない姿ですぐに蠢ならわかるだろうけど、普通に男子が、男の装いをして、どうしてなんて格好なんて話になってしまうんだろうか。げせない。


「あら、木戸くん……なのね。馬鹿なマネというのは?」

 蠢の憎悪すら混じったような視線を受け止めているあの女マネージャーは、口出ししないでくださる? という嫌悪に満ちた表情から、戸惑ったような状態に切り替わる。馨という名前からの連想で木戸だということを理解したらしい。メガネがないと印象が変わるから、最初は誰なのかさっぱりわからなかったようだ。


「どうしてこいつがこんな格好でこんなところにいるのか、ということですよ」

「なんのこと? 女の子が水着をきてプールにいる。特別悪いことないじゃない」

「これが、女に見えるのだとしたら……いや。女に見えない俺の方が精神科に行った方がいいんだな……」

 一瞬、かっこいい台詞を言おうとして、はっと素に戻ってしまった。


 蠢の見た目は確かに女子のそれだ。胸の隆起や体のラインだって女子だ。

 話の全容はよくわからない。だがさっき聞こえた蠢の話からすると、今日の水着コンテストで優勝すれば、このまま男性アイドルとして使うという話なのだろう。


 だが、それは少し盲目的なんじゃないだろうか。

 少なくともイベントの中で女としてみんなの耳目を浴びたらもう、男としての活動というのが厳しいだろう。

 今は騒がれていないからいいけれど、この姿で人前にでた時点でこのマネージャーの思い通りになるはずだ。


 あの会見から数日して女ものの水着で衆目にさらされたら、あぁやっぱ女子じゃんって認識が強まってしまう。そりゃ注目は集まるだろうけどそれは、悪い意味での目立ちかただと思う。


「くっ。しかしこいつは誠の男児。漢だ。てゆーか、こいつを捕まえて女らしくとか、絶対あり得ない。まじない。女子度の欠片もないこんなの女子にして、なんかいいことあんのかな?」

 見た目はともかくとして。

 では性格面はどうだろうか。基本守られ系ではあるものの、蠢はやんちゃで男と遊ぶ方が好きな坊主である。

 さんざん木戸を引っ張り回したあげく、大人になってもその方向性は変わっていない。

 そう。今のような格好をしていても女装しているように感じてしまうのだ。友人としては。


「へぇ。木戸くんには話してあったんだ?」

 へぇ、ふぅんと、ねちゃっとした声がマネージャーから漏れた。気持ち悪い。


「当たり前だ。彼は「友」だ。俺がどうしていようと味方になってくれるな」

「ああ。おまえが自我を保っているなら俺らは友だ」

 えぇ、そこで前の話もちだすのと、彼は同性の感じのままうめいた。

 そりゃ持ち出しますとも。今のマネージャーには効かないだろうけど。


「友として、こいつが自分が望まない格好で外にでるのは許せない。あんたがどんな思いでいるのかは知らないけれど、これはさすがにやり過ぎだ」

「あら。女の子はちゃんと女の子として生きるべきよ。ほら、この真っ白な柔肌。貴方だって男なんだからこの魅力はわかるでしょう」

「男として生きてきたからこそある、真っ白な柔肌だろうが」

 するりと人差し指で蠢の太ももをなぞりながら、うっとりマネージャーが言う。蠢は嫌そうに唇を結んでいる。いや声を上げると女子だとあげ連ねられるから我慢してるんだろうが、はっきりいってあれは精神的に男の方が嫌だぞ。きもいぞ。


「そもそも、こんなエセ女を舞台に立たせて売れると思ってるの? 男としてならともかく女子として、他に勝てると思ったら大間違いだ。こんだけがさつで、人の心もろくに考えないがさつやろーが、アイドル? はっ。あんたらの世界はよっぽど甘くできてるんだな」

 自分でやられたら嫌だなと思いながら侮蔑の言葉を向ける。口調はやや石倉さん風を意識してみた。


 本心半分、狙い半分。

 思うに、このマネージャーは(けだもの)なのだ。 

 雄は雄、雌は雌として。恋愛解禁もそんな獣としての発想から出てるものなのだろう。


 男女二元論を盲信する動物だ。ならば、彼女の次元まで降りて挑発すればいい。

 蠢は女子としては駄目だ。そこは全力で否定できる。見た目は整えられても、中身の男くささは隠しようが無い。蠢は、ルイとは違う。それこそ女装状態の木戸のメンタルよりも遥かに男よりなのだ。


「なら、一つゲームをしましょうか。木戸くんだったかな? 君が、三時間後のイベントまでに蠢以上の美少女を見つけてきたなら、この子を表に出すのは辞めましょう」

 あくまでも蠢の参加はイベントのおまけだしね、と彼女は言う。

 言う割に、コレは絶対であんたに勝ち目はないと言わんばかりだ。目がそうとうギラついている。


 確かに蠢は男状態でさんざんかわいいと言われてきた。

 メイクを変えてやればそれなりに美少女になるのだ。

 ただ、芸能人レベルかといわれるとやはり違う。女の子っぽさがない。

 華がない。そこらへんの一般の人に比べればかわいいというくらいなのだ。だからたぶん一般参加の今回の水着コンテストだって優勝できるかどうかは蠢がどれだけ女子を演じるか次第だろう。会場に集まった女子からはそのスタイルの良さや姿勢の良さで票は取れても、男の心をつかめるかは彼の演技次第となるだろう。


 素のままででて優勝はない。となると、優勝したら男のまま売り出すという餌は、こういう方向でもやくに立つわけだ。

 勝ちたければ女を演じろ。勝たなければ男に戻さない。一時の恥は捨てろ、と。そうやってささやいて、女子の方へと引きずっていくのがこの人の狙いだ。


 では、蠢よりかわいい子を即調達できるか、というと難しい。

 三時間あれば知人を呼ぶことはできるのだが、崎ちゃんに頼むにしても、エレナに頼むにしてもそのあとが面倒くさいに決まっている。

 とりあえず、現地調達でどうにかするしかないだろう。

「三時間後。俺が勝ったら蠢は男として壇上に立つ。それでいいなら受けて立ってやるよ」

 ぴしりと、あとで吠え面かかせてやると挑発するといったんこの場を離れることにした。




「さて、どうするか……」

 ふむとあごに手をやってプールサイドを歩きながら考えていると、声がかかった。


「よっ。どこいってたんだよ」

「ちょいと知り合いにあって、トラブルに巻き込まれたんだ。それより田辺さんは?」

 周りを見渡して見つけたのは、赤城と磯辺さんだけだ。

 当然ながら赤城は候補からはずれる。いくら女装テクニックがあろうと、こいつに女子水着は難しいだろう。一年あれば……あるいは。でも三時間じゃさすがに無理だ。

 そうなると田辺さんあたりどうなんだろうとちょっと思ったのだけどあいにく席を外しているらしい。


「アッキーもなんか知り合い見つけて話し込んじゃってるの」

 なんか高校の時の知り合いっぽいんだけどね、とちょっと寂しそうにしてるのは、友人が占有されてしまってるからだろうか。まあこの子はルイにもつっかかってきたし、田辺さんのことほんと大好きだよね。


「そっか。なら、磯辺さん。水着コンテストに出てはいただけませぬでしょうか? 水着回ってことで是非」

「ならっ、てなにならって。ていうかイベントスペースでそんなのやってるんだ……」

 お願いシマス、と手を合わせると磯辺さんは呆れ半分で、ちょっと離れたところにあるイベントスペースに視線を向けた。まあ、いきなり出てくれって言われてはい、そうですねってキャラじゃないのは存じております。


「蠢が無理矢理出させられるみたいなんだ。あいつよりかわいい子連れてかないといけない状況でな」

 うげ、と嫌そうな顔をする磯辺さんとは対照的に、赤城は驚いた顔をした。

「蠢ってビキニとかでか? 肌の露出は今までしてなかっただろ」

「マネージャーの強引な指示ってやつだ。あの会見からどうにも蠢を女にしたいみたいなんだよな」

 さすがに見るに堪えないというと、二人とも神妙にうんうんとうなずいていた。

 どうやら友人たちはきちんと蠢の本質を理解しているらしい。実際ステージとかも生でみてるからかもしれないけれど。


「んで、それを覆す条件が、蠢よりかわいい子を連れてこい、だったわけ」

「で、でででも駄目よ。蠢さん以上の美少女とか、あたしそんなんじゃないし」

「いいじゃん。磯辺さん視線集めるの慣れてるんだし」

 大丈夫だから、と言うと、何を根拠にそんな話するのー? と思い切りどんびかれてしまった。


 いや、ぜんぜんいけると思うんだけどね。

 素材としては確かに蠢のほうが上だろう。しかし映える女子の演技としては磯辺さんは相当なレベルだ。

 少し髪型をいじるなりメイクを変えるなりしてやれば、匹敵するくらいにはなれる。

 おまけにさっきだってメガネ外した状態で思い切りナンパされたじゃないか。自信を持っていただきたい。


「だったら、あんたが出ればいいでしょうが。レンタル水着とかでもそこそこ仕上げるでしょ」

「ウィッグ借りればそれなりには、だけど眼鏡がな……」

 手っ取り早いのそれでしょ、と言われればまぁ、そうなんだよ。わかってますよそれは。

 でも、この状態で眼鏡なしで女装をすると、ルイさんなにやってんすか? ってはなしになりかねない。

 赤城はともかく、田辺さんにそれを知られるわけにはいかないのである。


「あそこはプールサイドじゃないから大丈夫なんじゃない?」

 係員さんいるから聞いてみなよと言われて確認を取ると、なにやら無線でやりとりをして答えてくれた。

 ステージの上は眼鏡OKだそうだ。


「そもそもどうして眼鏡にこだわるのかさっぱりわからん。むしろ素顔の方がかわいいだろう」

 赤城がなんとなしにそんな台詞を言い、磯辺さんが苦い顔つきになる。

 彼女だけはルイ=木戸なのをようやく知った人間だ。彼女にはコスプレイヤーであることを内緒にする代わりにこちらのこともフォローしてもらっている。


「ちっちっち。わかってないなぁ赤城くんは。想像してみなさい。水着。それは水辺で着るモノ。もちろんプールサイドは眼鏡禁止よ。割れてガラスがでたら危ないとかそういう理由なんでしょうけど。つけられるのは水泳のゴーグルだけ。だからこそそのギャップ感がたまらないっ。二次元にはいろいろな眼鏡水着美少女がたんまりなのよ! ああ、もぅ。どうして現実にはこんなに縛りが多いのかしら。もう生きていくのもけだるい。しんどいー」

 フォローしてくれたのはいいのだが、なんだか斜め上いっている感じだった。けれどとりあえずそれに乗っかっておく。


「そんなわけで、眼鏡水着美少女の需要はあるというわけなのです。ちょっとグラスを傾けて、上目づかいとか威力抜群だし、上からのアングルで狙うと顔と胸とで、とてもエロかわいくなる」

 ま、自分でやるとなると胸はないわけだがね、と念のため付け加えておく。

 いちおう谷間をつくるためにガムテープを使ったりはするけれど、もともとないものはないのである。

 だって、男の子だもん。


「それで? アッキー帰ってきたら見に行ってもいいの?」

「あー、できれば恥ずかしいから避けては欲しいけど、まー眼鏡取る気はないし、取らなきゃしのさんで通るからいいよ」

 好きに見てくださいよー、といいつつ、時計を見る。残り二時間とちょっとだ。

 方針がきまったのなら、あとはもう動き出すだけ。

 そう。その間にウィッグや水着を手に入れなければならないのである。

滅多に怒らない木戸くんですが、異性装を縛られるとちょっと怒ります。

そしてジェンダー論の講師さんみたいなタイプのマネージャーさんにご立腹なのでした。

二元論を唱える人は世の中に多くいるのですが、たいていの人は「君がそうなら好きにすれば」で事が足りるのですけれど。ときどき絶対きもい、意味不明って拒絶する人もいるとかいないとか。


さて。そんなわけで木戸君の女装フラグが立ちましたので、次回はしのさん水着バージョンです。着替えとかがんばってかかなあかんね! ガムテープとかね!

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