342.プールの前の事件
プールの予定でしたが、フラグ処理の関係で一話挿入です。次話はプールなのでよろしくです。
「は?」
その一瞬、口に運ぼうとしていたトーストをぽとりと落としてしまった。
朝、テレビを見ていたら、居間のテレビには蠢が写っていた。
テロップには衝撃記者会見なんていう見出しがでている。
普段、ほとんど聞き流している朝のテレビなのだけど、知った名前が出ればそれはもちろん反応することになる。
「ちょ、これ……」
「あーなんか、HAOTOの蠢くん? 実は女の子だったーって昨日の夜から大騒ぎだったわよ?」
母親が、無関心な様子でしれと怖いことをいった。
うかつ。昨日の夜は特に見るテレビも無かったので、部屋で写真の整理をしていたのだ。
急いで携帯のメールの確認をする。
特に、こちらに入っているものはなかったようだ。
続いてタブレットの方も確認したけれど、ルイ宛のメールは無かった。
まあ、あいつの場合、頼るあてはいろいろあるか、と少しだけ寂しくなった。
「確かにかわいい顔してたから男の子っていうのはどうなのかなーとは思ってたのよね。って、あんたの素顔もかわいいんだけど」
「そんなことより。家電に連絡とかなにかなかった? 蠢から」
最後は家の電話かなと思っていちおう確認しておく。
すると、やっぱり母さんは不思議そうに首をかしげた。
「何言ってるのよ。うちの番号をなんでこの子がしっててかけてくるの」
いくらHAOTOの友達だっていっても、家の電話は普通教えないでしょ? という母様の言い分は確かに正しいと思います。
でも、蠢はそのくくりには入らない。うちにもあるけれど、小学一年の「れんらくもう」があるのである。
最近は防犯の兼ね合いから、教師だけが持ってるっていうケースも多いようだけど、十年以上前の話だ。まだその頃は普通にあった。
「こいつが俺の幼なじみで、小学校一緒だからだよ。連絡網の番号は持ってるし、携帯に連絡がきてない以上、そっちにかけてるかもって思ったんだけど……」
とりあえずHAOTOの他のメンバーに連絡をいれておく。
何をとち狂ってるんだこんちくしょいといった感じだ。蠢への直メールは事情がわかってからにしようかと思う。
「は? あんた何言ってるのよ」
「俺がHAOTOのメンバーと付き合いがあるのは知ってるだろうけど、その切っ掛けになったのが蠢なんだよ。あいつと会って……っていうか、着替えをうっかり見ちゃったのがもう二年半前か。んで、もみ消し口実でルイにあいつらが近づいてきて、いろいろあって今みたいな、ひじょーにフレンドリーな関係なわけ」
まー迷惑なことにもたんまり巻き込まれたわけだけどと、嫌そうな顔をする。
さすがに起きたことまでは教えない。あんな事があっただなんて言っても信じないだろうけど。
「あらあら。女の子の着替えを見るだなんてはしたない。それならきちんと責任を取らなきゃいけないわね」
「ん。女の子の裸見てもなんも感じないっていうか、あのときルイだったし、ごめんねーってだけで済んじゃったんだ」
責任ってところでにまにましていた母は、つまらなさそうに、そうよねぇと引き下がった。
まったくどうしてうちの親は姉に彼氏ができるとけしからんというのに、こっちにはのりのりなんだろう。
そんなとき、テレビは中継の画面に切り替わった。
記者会見とかいてあったけど、こんな朝っぱらからやってしまうだなんて珍しい。
「HAOTOの蠢です。このたびは私事で集まっていただき……」
テレビのフレームの中では記者会見が始まっていた。
隣にはあの女マネージャーの姿があって、こんな会見だというのに一人にまにましている。
青い顔をしながら、ぼそぼそと話している内容は、すでに先ほどさんざんと新聞とか週刊誌にすっぱ抜かれた内容そのままだった。
実は蠢が女であること。それを隠して活動していたこと。おまけにいつも鍋シャツで押さえつけている胸もしっかりと、そこにあるのがわかる。
そして。
「俺は昔から自分を男だと思っていたし、みんなをだましたなんてまったく思ってなかった」
その言葉に記者達の質問が飛ぶ。とはいえ、女なのでしょうと。心の証明はできないと。
まあ、これだけあちら方面の知識が広まっていたとしても、人は見たいものを見るのだろう。
自分は男だという言い分を、言い訳としてしまって、男グループに女子が一人混じっているという状況の方をこそ、クローズアップする気まんまんである。
「俺の幼なじみなら昔の俺も知っています。その人が証言してくれるなら信じてくれますか?」
いやいや、そんなことそこらへんの適当な人間を言い含めればどうとでも。
弱々しい蠢の言葉をかき消すように、報道陣からは悪意の声が浮かぶ。
「なら、その人に話を聞くといいです。彼女は一般の女性ですから、執拗にとはいかないでしょうが」
報道をききつつ、ちりちり嫌な予感がした。自分の幼い頃を知っている彼女だなんて、身に覚えがありすぎて仕方ない。というか! 幼い頃を知ってるのは彼女じゃなくて彼だよね。何を言ってくれちゃってますか。
「その人は俺の秘密を二年半も前に知っていて、今まで秘密にしてくれました。おまえが男として生きてくならそれはそれでいいだろってね」
それで、その相手というのは? と記者が「一般の人」といってるのを無視して聞いてくる。
「その相手が、この前、翅が壁ドンをしたあいて、ルイさんです」
まってよぉーーー。もー。
一般の人のとかいうと芸能界じゃ名前はSさんとか、Uさんとかでしょうが。なにMさんじゃなくて、ルイとか普通によんじゃってるのさ。しかも。
「俺が大好きな人、です」
貴女は何をしたいのですかといいたい。
ちょっと顔を赤らめながら、そんなことを言い始めるとは。
でも、隣に座ってる女マネージャーの表情が凍りついたね。予定外の話だったようだ。
それをお茶の間で見ていたこちらは、あんにゃろうと拳を握りしめながらぷるぷる震えていた。
「何度も、何度だって言った。俺はつきあってる相手はいないし、あたしもいない。っていうかルイのこと好きとかあんたらーーー!」
後半だけきっちり女声に変えたのに無反応な母は、にへらぁと相貌を崩した。
「あんたあたしの若い頃に似てかわいいんだもの。そりゃ、男女問わずにモテモテよ? 母さんも若い頃は本当に大変だったわぁ」
「母さんは男にだけもてたんでしょ? 俺から見ても贅沢ボディってやつですし。そりゃあ楽しかったでしょうよ。こちとら男女ともですよ。好かれると、好きになられるの違いを知っていただきたい」
モテモテは勘弁です、普通の友達が欲しいんです、というと、母様はそのままにまにましながら問いかけてきた。
「あらぁ。でもかおたーん。ラブレターとかろくにもらったことないっていうじゃなーい?」
「男の時はもてないようにしてんの! てか、いまはモテ自慢より今後のことをね、ちょっとね考えないといけないんじゃないかと」
はっきりいって、この前の蚕×M事件の比じゃなく人集まるよ? というと、えぇーどうかしらねぇと静香母様は晴れ晴れとした顔で言ったのだった。
「んー、うちにはルイって娘はいないわけだしー。困るのあんただけよね」
「ひどいっ。自分の子供を心配しない親とかっ」
「だってー。馨っていう息子はもった覚えはあるけどー、ルイっていう娘はもったことないもの」
うちの娘は牡丹だけっすと母は胸をはった。そこらへんはしっかりと倒錯しないでいてくれているらしい。
実際、ルイのおっかけは銀香にあつまってしまってこちらには来なかったものな。
あーあ。これで夏祭りいけないじゃん。また騒ぎになってしまう。町の皆さん申し訳ない。
「はいはい。面倒ゴトは全部あたしまかせってわけですが」
「何なら少し活動休めばいいじゃない」
「それはない」
あまりの即答に、母は目を白黒させていた。
さすがに即答すぎただろうか。とはいえ、他に答えようもないだろう。
「ルイは捨てない。休まない。翅さんにコクられたときだってなんとかしたんだから、今回だってなんとかする」
「うーん。馨が矢面に立ったときは全面で変装したりとかしたじゃない? でもそっちのほうはなんか、真っ向勝負みたいなのはどうなの?」
「どうでもいいからでない? ってのは言い過ぎだけど。まー俺としては木戸馨に重きを置かないというか、もともと日陰者だし隅っこ暮らしだし。でもルイは表舞台に堂々と立ってないとさ。やましいことしてないんだからこそこそしたくないよ」
「よくわかんないけど。あんたがそれでいならいいわ。どうせうちに取材とか来ないんだろうし」
「いくなら銀香をはるよな、またおばちゃんとか取材されたりしてんのかな」
ルイの素性は銀香のルイだったり、狂乱のルイだったりっていうところまでしかわからない。
佐伯さんのところがどうなるかというのが一つあるが、明確に書類を作っていたりということもないので大丈夫だろう。
「ほとんど珍獣あつかいねぇ。目撃情報から追っていくしかないという」
「いちおうもうちょっと状況がわかったら蠢にも苦情のメールを入れておくよ。なんてことしてくれてんのって……」
他にも連絡をしておかなければならない場所はいろいろできてしまった。
ルイとしてのアドレスを使って、各所に連絡をしておく。コスプレイヤー関係の知り合いしかアドレス交換はしていないけれど、銀香にはおばちゃんの娘さんがいるのだ。そこから伝えておいてもらうようにする。
他にはコスプレ関係の知人にも。エレナやあいなさんからすぐに連絡が返ってきた。心配してるというのと驚いたというのが綴られている。エレナからは、やっぱり女の子だったんだね、なんて返事がきていた。さすがは男の娘を見慣れてるだけあって、男装も見破るらしい。
「あとは出たとこ勝負、か……」
しかたないよねぇと度重なるスキャンダルに嘆息しながら、テレビの電源を消して残っていた朝のノリを一枚むしゃりと口の中にいれた。
「うわっ。どうしたよ木戸、そんなにげっそりして」
すでに夏休みには入っているものの、夏期セミナーというものが数日ぽつぽつと二、三回生には入っている関係で、お馴染みのメンバーが講堂にはそろっていた。
今日は就職関係のセミナーとかで、いろいろ説明会的なものがあるらしい。
赤城は開口一番、こちらの顔色を見て心配そうな声をかけてくれた。
朝のニュースから、今後のことが憂鬱でぐったりさんなのだった。
ルイとしての活動を自粛すれば? と母には言われたけれど、本当にそうなる可能性がひしひしと出始めているようなのだ。
千紗さんからの銀香レポートは、ひどいの一言だねぇ(苦笑)みたいなものだった。朝からぞろぞろ銀香にリポーターとかカメラがわらわら来ているらしい。
春先の時の軽く二倍。
翅のときと違って、今回は明確に蠢が、こいつに聞けと言ってしまったのが大きかったようだ。
おまけに、前のときは、ファンにできるサービスがあったしそれでほとぼりが冷めたところはあった。
けれど今回は駄目だ。ルイとしては一身に好奇の視線を浴び続ける以外にない。
じゃあ他のところに行けばいいじゃんという話もあるのはある。
山や森というのもある。遠出をしてみるというのもありだろう。
でもこの夏の時期の銀香を撮れないのはなかなかにへこむ。
「モテる男はつらいぜ……的ななにかだ、たぶん」
「へぇ。木戸くんでもそんなことあるのねぇ。モテない人代表な感じなのに」
「ま、まぁ……いろいろあるんですよう」
一つ前の席に座って、説明会の資料をチラ見している田辺さんが、つっこみをいれてくれる。
今回はひどい目に遭ってるのはルイなので事情の説明はできないけれど、心配してくれることには感謝である。
「で? おまえは蠢が女なの知ってたのか?」
「さっそくその話題かよ……そりゃ、身近で知ってそうってなると俺だけど」
朝というか昨日のニュースでも見たのだろう。興味津々というようすの赤城の前で、うむぅと眉にしわを寄せる。
一応、口止めはされてる身だし、内緒ね、っていうのはまだ生きた約束だ。
となれば、答えられるのは一つだけ。
「いちおう。驚いてはいない。それしか言わない」
ぷぃと視線をそらす。その話はそれまでという態度だ。
「へぇ。蠢さんの話してるんだ? 朝のニュースびっくりしたよね。ルイったらきっとこのあと大変な目にあうのねぇ。ふふ。でも蠢くんはワイドショーのネタになってて可哀相」
ショタ萌えだったのにーと磯辺さんが絡んでくる。
そして同時に、ルイはざまーみろだわと悪態をつかれた。ひどいよもう。
「しらばっくれることくらいできたろうに、言っちゃった理由は俺も聞いてないんだ。迷惑かけてごめんってメールは来てたけど」
きっとマネージャーさんあたりの差し金なのだろう。それはわかるけれど、やり方があまりにも強引すぎる。強引を通り越して無謀といえる。
ばれた理由は週刊誌の写真らしい。それがどんなものかは見てないけど、それを切っ掛けにあの会見になったのだそうだ。炎上商法的なものなのではないかとすら思ってしまう。
「あっちはあっちだ。俺は知らん」
助けを求められれば手を貸さないわけではない。けれど事情の説明もなにもしないのだから、手の出しようがないのだ。
「あんがい、自分のおっぱい隠しきれなくて白状したんじゃね? 蠢って割とあったろ?」
会見のときの蠢を見てそう思ったのだろう。今回はさらしはなしだったし、その胸も思い切りさらけだされていたのだった。
「まあな。つぶさないでC。一般的なサイズはあるから、よく今までつぶしてたって思うけど、いずれあいつ胸も取るって会見でもいってたろ」
そう考えるとそれのための準備なのかもしれない。
あいつもそろそろ二十歳だ。意思が固いのならいつかはそういうこともするのかもしれない。
そうなると、さすがにいったん活動は中止しないといけないし、どのみちばらさないといけないということになるのかもしれない。
「手術……か。木戸くんはしないの? その……下を切っちゃうとか」
田辺さんが恥ずかしそうにしながらもずいぶん食い込んだ話題を持ってくる。
うーん。完璧にしのを演じられる身としては、そういう話になるのか。
「いや。切るも何も、俺そういう感じないし? ノーマルっすよ?」
「ノーマルであんなに普通に女子やれる男がいてたまるか」
ぼそっと磯辺さんから、あきれたような声が漏れた。
「そうはいってもなぁ。ふっつーに切るメリットがいまいちわからんし。知り合いにそこが目標なのいるのはいるし否定はしないけど、俺は別になぁ。だってめっちゃお金かかる」
そんなお金あるならレンズ買い足すわと、正直思ってしまう。
千歳の思いもわかる。いづもさんの生き方も肯定する。ただ自分がそれかといわれると、やはり違うと思うのだ。女装をするのは写真を撮るためだ。体に嫌悪感があるわけではない。
「えー。でもついてると、女装でプールとかいけないんじゃない?」
「いけるよ? ていうか不可抗力で女装でプールっていうのはあったし」
ああ、言っとくけど犯罪行為はしてないよ? と付け加える。
「ぬぬっ。プールまで余裕とか……」
「なら、今度このメンツで海かプールいかね? 夏休み中なわけだし」
「追試は大丈夫なん?」
「うぐっ。ないではないが……大丈夫だ! なんども潜り抜けてきた俺の直感がそう告げている」
……赤城どの。そもそも追試をなんども受けてるおまえさんは少し危ないと思います。
「なら、オッケーだけど……磯辺さんたちは?」
「行ってやってもいいけど……だいじょうぶなの?」
こそこそと、後半は耳打ちしてくる磯辺さんは、やっぱりちょっとツンデレだと思った。こちらを心配してくれるだなんて、良い子である。
「ま、大丈夫なんじゃない? 眼鏡がなくても手段がないわけではないし」
「えー、木戸君たち内緒話だなんて……二人とも実は仲良し?」
田辺さんが、おぉーとはやし立てるものの、まあいろいろな意味で仲良しさんである。
「よっし。じゃー田辺さんもオッケーだよな。久しぶりにプールで遊ぼうぜ」
「はいはい。どーせひましてるから、一日くらいなら付き合いますよ」
となると、水着選びなどもしなきゃかなぁという言葉を聞きつつ。
あ。こっちも水着を入手しておかねば、とちょっと思った木戸だった。
しばらくプールなんて行っていないのである。
さぁ。ついにあの女マネージャーの暗躍が始まりました。
どうせルイさんったら巻き込まれるわけなのですが……あんまり今回はひどい話にはならないのでご安心を!
そして木戸くんはプールへと向かうわけなのですが……カレってば顔のことしか気にしてないようですが……半裸はやっぱまずいと思うのですよね……




