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338.劇団の撮影2

日曜日は遅めになって申し訳ない。

「端役をもらうことができたんです!」

 夏に入る前の土曜。久しぶりに澪が会いたいというので、馨として出向いたわけだけれど。

 男の格好で思いっきり、テンション高めの女子声はまずかろうと、正直思った。

 

 うん。男の格好でよろしくって言われた時には澪も男子の服装だろうってのはわかってた。

 ルイさんの知名度が高くなってしまって、どこに誰の目があるのかわからないってのは、自意識過剰なのだろうけど。

 いちおうは騒がしくなってしまった時期もあったわけで、じゃあ男同士で! となったわけなのだけど。

 澪は前に会ったときよりも少しだけ女子力が上がってしまっているようだった。

 うーん。男子の時には男っぽくいないと。いくらテンションが上がってるからってそれはいけないと思う。


「それはおめでとう」

 街中の大衆カフェの一角で、素直におめでとうを言った。

 うん。それ以外にこちらとしてはいうことはないし。男らしさを説いたところで、貴女に言われたくないってこぞって言うだろうし。

「ありがとうございます。それでデスね……実は、先輩にお願いしたいことがありまして」

「ほほー。やれることなら手伝ってあげてもいいけどな」

 カフェの一角で、アイスコーヒーをすすりながら、そう答えると、澪はなぜか首をかしげつつ不思議そうな顔をした。

 ……ええっと。 

 まさか、澪さんったら、あんまり男状態で会ったことがないから、こっちに違和感を覚えてますか?

 そ、そんなことはないよね。舞台の撮影を請け負ったのは木戸馨なのだから。


「いや、その後なぐさめてくれたのが思いっきりルイ先輩だったので」

 その点を言ってみると、木戸先輩の印象が薄すぎますと言い切られてしまった。

 う。そりゃルイとしての露出の方が多いけれどさ……


「んで? なにやればいい?」

「ああ、はいはい。そうでした。うち貧乏劇団なもんで、宣伝用の写真を格安で撮ってくれると嬉しいなぁなんて」

「それは、どっち宛の依頼?」

「できればルイ先輩に」

「……どうせなら、そうなる、か」

 撮影者の名前だしがあるかどうかは知らないけれど。ルイの写真と木戸の写真を比べたら明らかに、ルイの写真の方が上なのは誰が見ても明らかだ。

 カメラのスペックだって、木戸のだってけして悪くはないけど、ルイのカメラが良すぎるというのもある。

 

「そうなると、澪っちとの関係性の説明が難しいと思うけど、どうだろう?」

 別にルイとしてお仕事をさせてもらうこと自体は構わない。

 でも、それが澪の紹介という形になることははたしてどうなのだろうか。


「つっこまれたら、演劇部と写真部のつながりで説明しようかと思ってます。ほら、さくら先輩とは俺も懇意にはしてるわけですし」

 もちろんめぐともやりとりはしたことありますよ、と言われると、いちおうそのラインもあるか、と納得した。

 実際、あの写真部においてルイさんはレアキャラ扱いなので、澪ともルイとして学校で会ったことは数えるほどしかないのだけど、まあそういうつながりがあるよ! と言い切ってしまえばそれはそれなのかもしれない。


「んじゃ、聞かれたらさくらをダシにする方向で行きましょうか。さくらんときょうらんって言われてるしね」

「そんな仲良しなのに、付き合ってないんです?」

「さくらは彼氏できたし、俺はカメラが恋人なの」

「……あの人に彼氏ってこと自体がびびりますが」

 ふぁ? と澪が変な声を上げていた。そりゃまあこっちも思ったことだから、あいつを知ってる人ならみんなそうなると思う。


「ま、撮影の事は引き受けた。こっちもお仕事振って貰えるのはありがたいしね」

 さて。それでこれからのお時間は? と尋ねると、おっそろしく視線をそらされた。

「まさか、要件が済んだらはいさようならってわけはないよね?」

 ほれほれ、お時間は? と言うと観念したように澪は肩をすくめた。


「それで? 思い切り被写体になれ、というお達しなんで?」

「街中散策しながら、ポートレートとかいかがかな?」

「うぐ……ステージ以外で撮られるのは気恥ずかしいですが」

 どうせ断っても、許してくれないだろうから、いいですようと、澪は観念したように女声を漏らしたのだった。




「カメラよーし、見た目よーし。ビルよーし」

 澪が所属している劇団のビルの前で、地図を片手に指さし確認。

 今日のルイさんは、動きやすさ重視ということで、久しぶりにショートパンツ姿である。

 前に痴漢されたときよりは、少し裾は長め。というかちょっとふっくらした感じのものにしている。

 タックはしているけど、いちおー演劇のプロの人達を相手にするので、女の子っぽさを出しつつ体のラインはそこまでださないように気をつけている。


 カメラはルイ仕様のハイスペック機。これを取り間違えることはまずない。

 で。問題となるのは、ビルの方だった。

 ルイさんは街中だと迷子になるという設定をみなさまは覚えているだろうか。

 さすがに前よりはマシにはなったんだ。目印になるようなスポットがあれば迷わないし、目的地がデパートとかショップだと間違えようがない。看板がちゃんとかかってるからね。


 でも。こういう雑居ビルが同じ感じに並んでるとわけわからなくなるんだよね、これが。

 なので、本日は大変便利なアイテムをご用意させていただきました!

 タブレットが通信可能になったわけで。もちろんそこには地図アプリが入っているのですよ。

 GPSもついているから現在位置を表示してくれたりして、それを元に目的地に到着できるのです。

 アップにすれば、ビルの箱がこれってのもわかるしね。


 あ、いちおう歩きスマホは、ダメですよ? 地図見るときは立ち止まってちらっと見て移動です。


「こんにちはー。撮影の出前に来ましたー」

「あ、ルイちゃん、いらっしゃい。今日はよろしくね」

 扉を開けたら、劇団員のみなさんの視線が一気にこちらに向いた。

 やだ、ほんと生ルイだ、とか、うっは、めっさかわええ、なにあれが撮影者ってどうよ、なんて声がちらちら聞こえてきたけれど、そのひそひそを背景にしながら、代表の石毛さんが出迎えてくれた。


 いちおう、劇団のHPは見てきているから、それぞれの人となりというやつは把握しているつもりだ。もちろん顔と名前が一致してるってくらいだけれどね。


「なんか熱烈な歓迎に、ちょっと驚いていますが……どうすればいいのですか?」

「依頼したいのは、宣伝用のホームページの元素材の写真と、パンフレットの素材だな。撮影スタイルに関しては……まぁ、たぶん、こっちで好きにやるから、今日一日自然に撮ってもらうのと、午後は衣装合わせもかねて、そっちの撮影って感じで」

 その方がいいって知人に言われてね、とちらりと視線を向けた先には壁に寄りかかるようにして腕組みをしている崎ちゃんの姿があった。

 

「ここ、あたしの古巣なのよ。それであんたが来るって言うから、様子見に来たの。べ、別に都合が合ったから来ただけだけど」

「それでさっきみたいな助言ってわけか。こっちとしては助かるけどね」

 変に指示をだされて撮るよりは、自然に目の前の風景をばしばしいったほうが躍動感はでるし、ホームページの素材としては、こちらのほうがいいと思う。

 そして、ポスターやパンフレットの素材としては、かっちりと衣装を着せて撮りたい。

 そこではびしびしと粘着撮影をしてあげれば、よりよいものになるだろう。

 

 いちおうこっちでも台本はもらってて、それぞれの役はこんな感じなのかなってのはあるけれど、役の掴みに関しては演者が一番なのは間違いが無い。そこは本人達にしっかりと声をかけて撮らせていただきたいところだ。


「はいっ。ではみなさんっ。本日撮影させていただきます豆木ルイと申します。ちょっとシャッターの音とか気になるかもしれませんが、本日一日しっかり撮らせていただきますのでよろしくお願いします」


 ぺこりとあたまをさげると、みなさまからもよろしくーという声が返ってきた。

 さきほどまでざわざわしていた演者のみなさんも、こちらの紹介でいくらか静かになったようだった。

 ちゃんと仕事しなきゃ、っていう風になったのだと思う。

 

 そしてそれからは各自の練習風景を撮影させてもらった。

 澪もしっかりと女優さんをやっているようで、この前街中で会ったときとは雰囲気がかなり違う。

 体のシルエットとしてもいいし、なにより声。

 ルイが教えた発声法がそのまま進化したかのような声は、すごいなぁもうとうなりそうだった。

 もちろん、普通の女子としてはハリのある声、くらいで片付いてしまうのだけれど。

 女子声を、そこそこ響く大音量で出すというのは苦労する作業なのだ。

 どんだけ肺活量があるんだよって話になってしまう。


「お疲れ様。崎ちゃんは練習には参加しないんだ?」

 休憩時間になったところで、撮影をいったん切り上げて、ずっと壁の花になっている彼女に声をかける。

 劇団員さんも崎ちゃんがいることは知っていても特別意識はしていないようだった。古巣といっていたけれど、一緒にやっていた人とかもいたりするのかもしれない。


「今日は、あくまでも見学だからね。石毛さんに舞台やるって話をきいて澪の事も気になるし、じゃあって感じで」

「ああ、そういや澪のこともいちおう、顔合わせさせたことあったっけ?」

「あのときは、エレナにばっかりあの子、つきっきりだったけどね」

 あたしを眼中にいれないとはけしからん、と女優さまが膨れていたのでその顔もカシャリと撮らせていただいた。

 あとで、消せと言われたら削除しようかと思う。


「あの頃はあの子、とにかく演技をするより、女優としての基礎、女子であること、が課題だったから、許してあげてよ」

「そして、どこかの誰かさんに鍛え上げられてああなったというわけね」

「それは心外。別にあたしが鍛えたわけじゃなくて、あの子がかってに育っただけ」

 正直、表情も前より自然になったし、すっごくよくなったんじゃないかな、と言うと、ドツボにはまってる最中ね、となぜか崎ちゃんはげんなりした声を上げた。


「それでルイ先輩(、、)は声をかけたりとかはしないの?」

「うん。仕事が終わったらね。いちおう話を持ってきたのはあの子だけれど、仕事にまずは集中したい」

「ま、そういう所は嫌いじゃないけど。でも……普通に、劇団員の子達があたしよりルイにミーハー心満開なのはやるせない感じよね」

 はぁ、と相変わらず崎ちゃんはテンションが低そうだ。


「そもそもなによあんた。かぼちゃパンツスタイルとか。太ももとかえっらい綺麗だし、なにそれ痴漢さん寄ってきてくださいとかってこと?」

 しかもトップスもレースたんまりとか、どんだけ女子だよと言われたとしても、いまさらだと思う。

「いちおう前に痴漢されたときのショートパンツよりもこっちの方が安全かなって思って。実際今日は痴漢されなかったしね! されても、つぶすぞコラって言い放とうかなって思ってたし」

「……お願いだから、そういうのはやめて。痴漢に同情はしないけど、あんたの身が危ないから」

「ご褒美でござるーみたいなのは、エレナじゃないとでないと思うけど……」

 痴漢されたら毅然と対応するというのが、最近のトレンドというものではないだろうか。駅にはポスターとかはってあるし。通報するともちろんこっちの身の上とかもばれちゃうから、そこまではできないけど、せめて一矢報いてやりたいと思うのは間違いだとは思わない。


「まあ、いいわ。午後になってから衣装替えの時間があると思うから、その時にちょっと用事があるから、この部屋にきなさい」

 あんたでもわかるようにちゃんと細かい地図にしたから、と彼女はなぜかそわそわしながら一枚の紙を渡してきた。

 そこを開くと、ここのビル詳細な地図と、ここの部屋、という赤丸が書かれていた。

 隣の部屋の特徴だとかもしっかりと書き込まれていて、どうやらこちらがこの手の建物で迷子になるのを彼女は理解しているらしい。


「荷物運びかなにかかな?」

「き、来た時に話はするわ。次の休憩時間の時にお願いね」

 ぷぃ、とそっぽを向きながら、彼女はとことこと休憩時間を過ごすためにどこかに向かっていった。

 なるほど。トイレですね。


「にしても、呼び出しとはいささか気になる所だけれど……」

 ふむんと、もう一度その紙をみながら呟いていると、ガチャリと扉が開いた。


「やぁー、やってるねー。気合いたんまりでよさそうだなぁ」

「うげ」

 その人影を見て、思わず目を背けてしまった。

 一人が手を上げながらみんなに声をかけていて、その後ろには秘書……には見えないけど、長身の男性がたたずんでいた。


「なんで、あの人がここにいるのか……」

 そこにいたのは、ルイが何回か顔を合わせた事もあるHAOTOの所属している事務所の社長さんだった。

 最初の頃のトラブルは、マネージャーさんとのやりとりで済んだけれど、この前の件などではじきじきに謝罪なんかも来たのである。いちおう顔見知りの相手なのだった。


「うちのオーナーがあの人なんだよ。今年の春からなんだけれどね」

 それを聞き取った石毛さんが苦笑混じりに情報提供をしてくれた。

 彼としても、前のオーナーとの関わりとかいろいろ思うところがあるのだろう。貧乏劇団って言っていたものね。


「そして、もう一人のほうは、出資者さんだな。いろんな会社手がけてる人で、ルイちゃんも見たことないかな? 咲宮の御曹司って経済誌とかだと表紙飾ったりしてるんだけど」

「ええと、まだお若いですよね?」

「ああ、三十前だったかな。若くても、ほら、咲宮の家の跡取りって話だから」

「あれが噂の従兄弟殿か……」

 たしかに、かなりの美形さんだった。線も細めだけれど、身長はまあまあある。女装が似合うか、と言われたら作り込みかた次第かな。

 ちなみに、跡取りではなく、跡取り候補なんだけど、あえて訂正する必要もないだろう。


「ここの活動資金とかも出してくれてる人だから、ルイちゃんも失礼のないようにね」

「でも、率先して挨拶したりはしなくていいのでしょう?」

「それはもちろん。君はうちの人間ってわけじゃないし」

 そこらへんは、声をかけたければどうぞってくらいだよ、といわれてほっと胸をなで下ろした。


 おそらく。咲宮のお家事情に詳しくなってしまっているルイが、彼と会話をすることで特に得られることはないと思っている。いつも沙紀矢くんとは親しくさせてもらってますーといっても、それは木戸のほうなのだし、そもそも敢えてすり寄るだけのメリットもない。

 こちらをちらりと見たけれど、その視線は普通にすいとはずされた。

 カメラをつっているので、どういう人なのかはそれだけでわかっただろう。


「まあ、穏便に行きましょうってことで」

 さぁ、そろそろ午後の撮影ですかね、とばらばら集まってくる劇団員さんたちをみると、カメラを再び握ることにした。


というわけで、撮影回です! いやぁ澪さんも立派に女優さんというわけですが。

演技がどうの以前に「女子になる」ほうで力を使うのでかなり大変なのではないかーと、思ったりするわけですが、立派にやれているようです。


そして撮影方法はルイさんのお好みのようにという感じで、楽しそうです。

珍しくスカート姿じゃないのは、夏だし無理な姿勢とかもするかもしれないから、という思惑もあります。あとは趣味です。穿かせたかっただけです。はい。


出資者とオーナーに関しては……まぁ、事件の予兆しか感じませんよね。もう、演劇のほうをね集中してやるべきだと思うのですが。

次話、部屋に呼び出されたルイさんは、崎ちゃんと急接近!? いや、どっちの意味でかは次話をまっててちょーだいなー!

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