035.体育祭の撮影を任される2
仕事の関係で夜更新です。
体育祭後半ネタでございます。
「そこをなんとかお願いしますよ」
ぱんっ。
昼ご飯を食べ終わった後。カメラをつった互いは、お互いお願いする方とされる方という立場になっていた。
お願いする方は、一眼レフを首筋に装備した遠峰さんである。ハーフパンツの運動服姿は、ほどよく発達した胸の起伏をわずかに表現している。
そう。あくまで「わずかに」が大切だ。
学生の服などというものは、そんなに体のラインに合わせてぴっちぴちにつくってあるものではない。男子のよりもシャープにはできているが、それでも少し余裕はもってつくられている。
それでも目立つでかさが! なんて青木あたりはいっていたのだけれど、さすがに残念すぎる発想だろう。
「午前中の負傷で、我ら写真部は、あわや部活対抗リレーに参加できない状態に陥りました! なので救援要請なのです」
「えっと? 一年は三人いて、二年は遠峰さんとあと二人。三年生もいたよね?」
部活対抗リレーは、部活を作るに当たって必要な五名という最低水準をもとに用意された競技である。
三年生は前に二人いたはずだ。この人数ならば十分に五人は確保できるはずである。
「うちら写真部よ? 三人は撮影に取られちゃう。残り五人しかいないの」
「五人いればいいだろうに」
「それが、午前中に一人怪我をしちゃったんだわ」
うぐっ。そうきたか。
確かにそれならばルイに声をかけるのには十分な理由になるだろう。
「その人、撮影はできないん?」
「うわっ、木戸くんけが人に鞭打つとか、割とえぐい」
そうは言われても、さすがに学校の表舞台で女装はえぐい。素顔を見ている連中は少ないとはいえ、危ない橋は渡りたくない。
「走れなくても撮影はできるってのが、写真部の売りじゃないか?」
「そー言いたいところなんだけれど。痛くて寝込んじゃってるくらいで」
「うわ」
さすがにそこまでいってしまったら無理だろう。
松葉づえをついてまで撮影をするなんて、ぶれるだろうし安定したものなど撮れはしない。
「イベント委員の分の肩代わり、うちのクラスのメインで撮ってくれるってんなら」
「やったねっ!」
きゃーと、手を取られてはしゃがれた。
それじゃーさっそくお着替えお着替え、と背中を押されると、被服室のほうへと向かわせられたのである。
「ううぅ。この格好はちょっとはずかしい」
ウィッグをつけて軽いメイクをして服装も着替える。
体操服は男女同じと思うなかれ! 男子用のほうが全体的に大ぶりにつくられていて、女子のほうが胸は少し広めに、そして腰が絞ってあるつくりなのである。
つまり、体のラインが男子のよりは如実にでる。いいやこの場合、男子のが大ぶりに作られているといったほうがいいか。
そんなわけで、体操服から体操服に着替えるという面倒なことをさせられているわけだ。
「それに走ってウィッグ外れたら、責任とってもらうからね!」
「だいじょーぶでしょー? ばっちり抑えてるのは知ってるよ」
そりゃそうなんだけれど、この髪で走るなんてやったこともないのである。
「あー髪の毛結わえるなら、ゴムかしたげるよー」
「ああ、やっぱポニテですか、そうですか」
髪の毛をいじることはそう難しくもない。普段そんなにいじらないけれど、一時期髪型どうしようかと試行錯誤したことがあるので編んだりすることだってできる。
けれど思えばうなじが丸見えなポニーテールっていうのはやったことがなかった。
「おおお、かわいいかわいい」
写真、撮っちゃうぞう、と彼女が構えるので、やめてよねぇと女声を漏らす。
もうこの段階でルイに切りかわっている状態だ。
とはいえ、どうしてこんなところで写真を撮ってるんだよっていう話にもなってしまう。
急にリレーにでることになって、着替えていたーとでもいえばいいんだろうか。
「しっかし、足のラインがめちゃくちゃきれい。スカートの時もそりゃいいなーって思ってたけど、ハーパンだとなおさら目立つわね」
「ううぅ。スカートよりも安心感があるはずなのに、この気恥ずかしさはなに……」
基本はさっきの服装と変わっていないのだ。そのくせ、肌の感覚自体が全然違う。
見られてるっていう意識が、この感覚を生むのかもしれない。
「まあまあいいじゃない。ブルマよりは全然ましだって」
「母親世代はよくあんなものをはいていたものだと、思います」
「男子はみーんな大好きだけれどねぇ」
でしょー? といたずらっぽく遠峰さんが聞いてくる。悪いけれどルイにはブルマの良さはそこまでわからない。
確かに絶大なる人気があるのは知っているけれど、それは自分で穿く可能性をちらりとでも想像したならば、理不尽ですがな! ということになると思う。まあ世の男性の1%でもその可能性を想像したことはないのだろうけれど。
「健全な太もも、か。そんなに見ていて、いいものかどうかわからないけれどね」
むしろ女子よりも男子のふともものほうが明らかにきれいだ。けれどそれを体育の授業で凝視しているといろいろと言われるしカメラも持ち込めないので、木戸ですら鑑賞するつもりはない。
「健全な男子は、ルイちゃんのふとももに釘づけだと思うんだけどなぁ」
にひりと笑う彼女の顔を見ていたら、ぽーんとチャイムがなる。そろそろお昼休みが終わる時間。
午後一番にあるクラブ対抗リレーのエントリーまでの時間はもうない。
「言っとくけど、こういうの今回だけなんだからっ。ホントは撮影がメインなんだからねっ」
少し伏し目がちに言ってやると、遠峰さんの手を取って外へと飛び出した。
「え、ちょ、だれ……」
ざわざわと周りにざわめきが起こっているのが聞こえる。
別に大きな胸があるでもないのに、どうしてそんなにどよめかれるのがわからない。
見たこともない女子という意味では驚かれても仕方ないけれども、この注目のされようはなんなのだろうか。
まさかウィッグがずれてるとかっ。あわあわとしながら身なりを見渡してみる。
ガラスにうつる姿をみても特別おかしいことはない。
「あのさ、さくらぁ。めっちゃ目立ってる気がするのは気のせい?」
服装もおかしいことはない。標準的な女子の体操服だし。下着のラインだって問題はない。
「さぁ。きっと見慣れない女の子がうちらに合流してるから、誰ってなってるんじゃないの? 学外部員のルイさん?」
お披露目をするのが楽しくて仕方ないといったようすの遠峰さん。
「で。いちおう伝えておくけど、この部活対抗リレーは、その部を象徴するもの、うちらで言えばカメラをバトン代わりに走るわけ。他の部は衣装だったり望遠鏡だったりいろいろあるけど、うちらのバトンも高いから! 絶対落とさないこと!」
そんなの言われなくてもわかっている。さくらが持っているバトン用のカメラの機種、そして値段。頭の中にもやっと想像できるほど有名なものだ。何時間弁償すればいいか途方にくれるレベルである。
「リレー自体は、予選と決勝にわかれるんだけれど、さすがに文化部と運動部合同ってのはむりなので、うちらがやりあうのは文化部だけ。まあエントリー自体もそう多くはないんだけれど」
苦笑交じりにいう遠峰さんの顔をみつつ、自由参加なら辞退すりゃいいだろうととても思ってしまった。
「んー? 辞退なんてしちゃったら、写真部活動してなさげに見えちゃうじゃない。っていうかこういう時に表に出ておかないと存在をアピールできないし、新入部員も入ってくれなくなってしまうし」
どこかの誰かさんみたいにねーと、彼女はわざとらしく視線を教室のほうに向けた。
はいはい、木戸として参加できなくて申し訳ないですよ、まったく。
「それならそこそこ頑張る方向でいきましょう」
彼女の言い分だと、優勝を目指すというよりは目立って部の宣伝をしたいというところなのだろう。
各部の特徴をもったバトンというのもそういうことなのだ。
「おわっ、ルイさん!? どうしてこんなところに」
そうこうしていると、出会うわけだよ。体育祭委員の青木に。
去年もこいつは体育祭委員だった。イベント委員をやりたい! と先日言っていたけれど結局こいつはまた同じところに居着いていたらしい。
「青木さん……さくらにはめられてつれてこられたんです」
うぅ、と少し涙目で彼の顔を見上げると、青木はうぐっと息をのみながら硬直した。
普段よりも少しかわいらしくなってしまうのは仕方ない。べ、別に青木に気があるとかそういうことではなくて、ばれるのを防ぐための作戦なのだ。青木の目からみれば、か弱いいたいけな女の子みたいにみえるかもしれないけれど、普段の木戸との違いを出すのには必要なことなのである。ルイは普段は清純なお嬢さんなので、この状況ならありだろう。
「はめられたは失礼だなぁ。応援にきてくれてた学外部員に、足らなくなったリレー走者の助っ人をお願いしただけなんだけれど」
「願わくばそのまま見ていたかったです……」
青木の視線がちろりとふとももに伸びる。まて。その視線はおかしい。
おまえは普段これと同じものを毎日とまではいわないまでも体育の時間にしっかりと見ているはずなのだ。
なのに、どうしてこう「ルイのふともも」に執着してしまうのかわからない。
我ながら均整のとれたいい太ももでありますよ。シミもないしスキンケアもばっちり。でも、普段からおまえは見慣れているだろうといいたいのである。
『男子のふともも見慣れてる男子がいたらそれはそれで危ないから』
ぽそりと、心を見透かされたように遠峰さんにいわれてしまって、だうんと肩が落ちた。先入観というものはどこの世界にもある。そんなものを取っ払ってしまえば男子の中にもいい太ももの子はいるのに。もったいない。
「まあいいや。レースに参加するっていうんなら、これは守ってくれよ! がんばって走る。でも無理はしない。怪我してお姫様だっこなんていうのは少し萌えるシチュエーションだけど、怪我したら負けだと思ってくれ」
その台詞はむしろ、怪我したら我々の手中におさめます発言に聞こえて背筋が冷たくなる。
怪我だけはしないようにしようと思った。
「じゃ、ルイはアンカーだからね。一周だから、がんばってねー」
「うぅ。どうなっても知らないからね」
校庭の一周は200mだ。体育の授業で走っているから、距離感はある。
授業で走るとたいてい、運動部がごっぱぁって感じで走り去って終わる。身体能力的に中よりちょっと上くらいな木戸ではあるけれど、実際どの程度やれるかは未知数だ。
そんなことを思っていると、ぽふぽふと遠峰さんが肩をたたいて笑顔で言った。
「私からの指令は一つ。他の部のゴール風景をばっちりこのカメラで納めなさい」
他の部員、特に先輩がそりゃないわと頭を抱えていた。
まあ、そうだろう。それは一位になれということに違いない。
けれど、歴代の写真部はまず走ってる最中に一枚とるというのを基本としてレースをしているらしい。
それ自体は危ないとは思うけれど、写真部としてはありといえる。けれどもそれがゴールしたあとを撮れっていうのは、割と無茶がひどい。
「もちろん、バトン用のこれを使ってくれてかまわないからね?」
けれど、渡されたカメラをもつと、ちょっとこれはと思ってしまう。
先ほどまでコンデジでいろいろ悩んでいた問題をさっぱりすっきり解決する機能がついているやつなのである。
そう。連写とデータ記録の速度がめためた早い機種で、動いている被写体を撮るのに適しているといわれているやつなのだ。ルイが普段使ってるのよりもお値段だってべらぼうに高い。
そしてレースが始まる。
けがをしたという女子部員の代わりということでアンカーにたっているけれど、横にいるのはやっぱり女の子ばかりだ。
しかも文化系である。
50メートル走の男女の平均は高校生になれば2秒ほど差がでるという。
200メートルで言えば8秒差。それこそ50メートル程度は差がつく話になる。
もちろんそんな体力はないので、みんなぜぇはぁするんだろうし計算で予測はできないのだけれど。
四分の一周差未満だったらぬけなければ、ルイの責任という話になる。
まずは予選だ。
ぱっと第一走者が走る。苦しそうにしながら他の人たちのベストショットを抑えるのには男気を感じる。
そのあとの走者もしっかりと撮影をしながら走り続ける。転ばなくてよかったとほっとしてしまう。
それでも、バトンであるカメラは一位で回ってきた。
どうにも写真部はフィールドワークに出ているだけあって、足の速さは文化部の中では上の方らしい。
「だったら」
走りながら、観客席をとりつつ、それでも半分流しながらゴールへと駆け込む。そして、それからが仕事だ。
走り切った少女たちの姿を克明に写真に残すのだ。
こちらも息は上がっているけれど、ゴールシーンを真正面で狙える至福はない。
「写真部! 予選圧勝です! まさかゴールしてから他の選手を撮るという余裕をもたせました。文化部優勝候補に躍り出ました」
地味に、今回の予選はみんなが頑張ってくれたのでルイはろくに力をだしていないのだけれど、アンカーはやっぱり目立つといったところだろうか。
「予選おつかれ。写真みせてー」
「あいよっ。最後までで稼いでくれたから、何とか撮れたけど、決勝は保障できないから」
「もちっ。出てくれるだけでありがたいくらいだから」
そうはいっても、走っている素顔を見るのは楽しそうだ。
地味にルイも、走る絵というのは好きだ。汗がしたたり落ちるという水っぽい絵は好き。頑張ってるっていうのがわかるからだ。
そんなやりとりをしている間に、運動部の予選が始まる。
運動部の方は予選の数が多いからそれなりに時間がかかる。
さすがにみんな足が速くて、これはルイでも無理だと痛感させられる。
ルイというか木戸の足の速さは男子の平均値なのだ。けして遅くはないが速いわけではない。ただ女子の見た目だから、うわってなるだけのことに違いない。
けれども、できればこういう写真は撮りたいよね、という思いはある。後ろからではこういう額の汗だとかっていう写真はとれないのだ。そういう意味合いではゴール前、もしくは最終コーナーあたりで陣取るというのもいいことなのかもしれない。
そうこうしていると、運動部の予選が終わる。
彼らの写真撮影に関してはレースにでない部員にお任せだ。こちらとしても撮りたいけれど、カメラもないし部外者が撮影という風にもいかない。
順当に陸上部とラグビー部が予選の三戦目を勝ち上がって、文化部の方の決勝戦が始まる。
さくらのことだ、今度もラストでゴールから写真をとれなんていうのだろう。
けれども、自分の番がくるまでのレース運びを見ると、さすがにいささか苦戦しているようだった。
ゴールまでで二十メートルは差が開いているだろうか。一番最後にカメラを渡されて、しかたないと体のエンジンをかける。
カメラを握り締めながら被写体を追っていく。
走り去る被写体というのもこれはこれでいい。
いちおう保険で一枚撮っておいた。
そして、懸命に体を前に進めていく。
距離がじりじり縮まっていく。決勝にでてきているとはいえ、みんな文化部の女子である。走り慣れているとはまず言えない人たちだ。ただ、追いつけるか、といわれると割ときわどい。
足の回転を上げる。
200mという距離はルイでも正直うんざりする。文化部の人間にとってこの距離を走り抜けるという行為は、わりと拷問なのだ。
息があがる。でも上体をそらすことをせずに撮影ポジションを守って接近していく。
あと数メートル。そこで一枚写真を撮る。
背後の絵というのも悪くはない。
そして。
残り五十メートルでスパートをかける。
さくらのいいつけを守るようにするならがんばらないと。
でも、他のみんなもそこで速度を上げる。負けられないといった具合だ。
ならしかたない。正面からの絵は捨てる。
軸足を少し外に向けて、みんなの外側、一番外に向けて体を動かす。そして。
ゴール。その瞬間内側に向けてカメラのシャッターを切る。
そう。
ゴールしてからシャッターチャンスを確保する余裕がないと思ったので、横から狙ったのである。
「ちょっと、これ……」
「あの子、陸上部にこないかしら……」
ゴールしたとたん会場がざわざわした。
当たり前だ。こちとらドーピングしているようなものなのである。女子ですといいはってこの速度はさすがに反則といってもいいだろう。
「ルイ……もともと身体能力やばいとおもってたけど……まさかあの距離をつめるとか」
「なに、いってんの。周り文化、部の女子でしょ。あたし、これでも50m7秒台なんだし」
「あたしより一秒早いか。あはは。さすがね」
そうは言われても、運動部の男子に比べればこれでも十分に遅い。相手があくまでも文化部の女子であったという点で今回のことが起きただけなのだ。それでも息は上がっていてかなりきつい。ウィッグのずれがなくてよかったとは思うけれど、つらいのはつらいのである。
けれど、厳密にはこれはルール違反だ。文化部のレース規定は、男子二人、女子三人のチーム構成なのだから。女子が増えることに関しては問題はないが、男子が多く出場することはできない。
ルイは見ためこそこれだが、筋力なんかは男子とかわらないのである。どうせばれなきゃどうでもいいというのだろうが。
「約束通り写真は撮ったけど、ちゃんと撮れてるかは保証できないから」
はぁはぁと息をきらしながら、それでもカメラを遠峰さんに渡すと、彼女は再生モードにして写真を確認した。
「うはっ。割と冗談でいったのにあんたはまったく」
「そうい、う、冗談は、勘弁して……」
そうこうしていると後輩の女の子が、先輩すごいですーと抱き着いてくる。それを抱き留めてやりつつ、他の部員たちの姿も確認した。基本このレースは下級生がでるのが定番らしい。三年生はがっちりとカメラをもって撮影モードだ。
「まったくとんだ真面目さんなんだから」
彼女に水をもらって飲むと、幾分か息も楽になった。
「そんな真面目さんは教室で休んでいていいから、さっさと行きなさいな」
カメラをすでに回収している彼女はそんなことを言いながら軽くウインクをした。
さっさと戻って着替えてこいというところなのだろう。
「さくらぁ、このかりはいずれ……かならず」
しんどい、という顔をしながら捨て台詞をおいていくと、校舎の方へと向かうのであった。
よくある女装系エロゲで、ごぼう抜き! みたいなネタを見るので試算してみましたが、やれて木戸さんの身体能力てきにはこれくらいかなって。
でもトップクラスの男子をひょいといれたら、半周差をぶっちぎるも夢ではないのかと少しおののきました。