337.劇団の撮影1
一日お待たせしました。今回は珠理ちゃん絡みの話ということで。劇団での撮影でございます。ルイさんがわーいってするところまで行く予定でしたが、本日はルイさんは登場しません。
「おっ。珠理ちゃんまた来たんだ?」
「やっとロケも終わったんで、様子見に。今年の新人はどうですか?」
小さなビルの一角。劇団に顔を出すと、石毛さんはにこやかに崎山珠理奈である私を出迎えてくれた。
「まあまあ育ってきたかな。まだまだ舞台に立たせられるほどじゃないけど」
「次は九月公演ですか……箱はどこなんです?」
「いちおうまだ検討中ってやつだな。なるべく安くて人が来やすいところを考えてる」
ああ、どうしようと頭を抱えている石毛さんの姿を見ていると、昔を思い出してしまう。
私がここに所属していたときも、お金がないお金がないとわたわたしていたのである。
こういう姿を見てしまうと、そこそこ売れてる身としては協力もしてあげたいのだけど、石毛さんは自力で這い上がるぜというモットーを覆そうとはしない。他にも有名な人は何人かいるのに、みなさんが手を貸そうとしても断っているのだそうだ。
「ほら、うち貧乏劇団だろ。それで宣伝用の経費もって考えると箱のサイズとかも考えちまうわけよ」
「宣伝くらいなら、あたしやりますよ? ちらっとラジオとかで昔いた劇団がー的なことをうっかり言っちゃってもいいし」
「ありがたい申し出ではあるけど、きっちりした宣伝だとやっぱり金かかるだろ……」
番宣ばっかりな昨今ではあるけどさ、と石毛さんはこちらの申し出を断った。
なんなら、舞台に立ってあげてもいいくらいなのに。
「じゃあ、どんな風に宣伝するんです?」
「ホームページとパンフレットだな。もちろん制作費はかけられないから、団員の手作りになるわけだが」
「って、演劇畑の人間にそっちの才能まである子がいるんですか?」
自作という話を聞いてつい私は驚いた声を上げてしまった。
それはそれでありがたいことである。マルチな才能をもっている人は重宝されるものである。
「写真に関しては、ルイさんに頼もうかなって思ってるんだ。団員からそんな提案があって」
「はい?」
いま、なんか変な名前が挙がった気がする。
「だから、豆木ルイさんに頼もうって話だよ。ある団員がまだプロじゃないし写真撮れるなら格安でやってくれますよって言ってたんで」
いやー、名前売れてるから、どうなんかねーって思ってたんだけど、先日快諾のメールが来てたんだよねぇという言葉が目の前で流れていた。
そりゃ、ルイはプロかといわれるとまだ違う。写真集の売れ行きはすさまじかったけれど、あたしのに比べれば百分の一とかそんな話だ。そしていま、あたしがルイを自分の写真集に起用したいといったら、周りはけして許してはくれないだろう。佐伯さんに比べてしまうとまだまだ見劣りしてしまうのだ。個人的には好きだけど。
「いつか関わりをもつと思ったけど、もうとは……」
ぐっとつい、拳を握りこんでしまう。
もちろん、澪をいれる判断で悩んでいた石毛さんをけしかけたのは私なわけだけれど、ルイがここにこんなに早く来るとは、驚きより呆れるくらいだった。
「それで、いつ撮影にくるんですか? あたしも久しぶりにルイに会いたいし」
「珠理ちゃんとも仲良しなんだっけ? 女の子同士なんだから別にここにかこつけなくても遊べばいいじゃん」
「あいつ、わーいって撮影ばっかりいってて、誘ってなんてくれないもの」
メールの返信はくれるものの、デートに行こうよ、なんていう連絡は全く持ってこないのだ。
もちろんこちらが忙しいのを見越して連絡を寄こさないってのはあると思う。
実際この前のシフォレでのエレナの誕生日会その2の方も、急な仕事が入って行けなかったし。
……くぅっ。あのときは本気で仕事断ろうかとすら思ったほどだ。
「はははっ。珠理ちゃんがリードしてもらいたいだなんて、珍しい事もあるもんだな」
いっつもぐいぐいひっぱってくタイプなのに、と言われて、ちょっと顔が熱くなった。
うぅ。石毛さんに他意はないのだろうけど、そんなことを言われてしまったら変に意識してしまうじゃないか。
できれば、馨の姿でリードしてもらいたい、だなんて。
「おはようございます、石毛さんっ」
「お、おはよー。今日は早いね」
「ほら、俺着替える前と後とで印象変わるんで、更衣室使わせてもらう時間をちょっと早くしようと思ってて」
「なるほどな。ああ、それと珠理ちゃんきてるから、挨拶しろよ」
お前の大先輩だからな、という声が聞こえた。
「あ、あのっ。初めまして。芦品澪音といいます。この春からこの劇団でお世話になってます。澪とお呼びください」
「ええ、よろしくね。噂はルイからちらっと聞いてるわ」
あくまでも初対面という風な彼の前でこちらも知ってはいますという反応を返す。あの学校訪問はお忍びなことだったのだ。ここでお久しぶりーなんて話はできない。まあこの子はエレナとばかり話してたけどね。
「なあなあ。珠理ちゃんがさ。ルイさんと遊べなくて寂しいみたいなこと言ってたけどどう思うよ」
にやにやと石毛さんはここぞとばかりに先ほどの話を膨らませたいらしい。
まあ、浮いた話があまりないこの私の、数少ないそういった話なのだから、食いつかないわけもないのはわかるけど。この子の前でその話をするのは勘弁していただきたい。
「連絡先は知ってるんでしょうし、普通に誘えばいいんじゃないですか? カメラ関係のネタならホイホイついてきますよ、あの人」
言われなくても知ってる。馨はそういうやつなのだ。写真展デートとかっていうのはもしかしたらありなのかもしれない。
「あとは可愛いもの全般でしょ。女の子同士あまーい感じの店に行けばいいんじゃないですか?」
まー俺はそういうの勘弁ですけど、あの人好きですからねぇと苦笑が浮かんだ。
まあ、そうよね。ファンシーなのとか可愛いモノとか普通に大好きな奴なのだ。
「てか澪。そろそろいかんと他のやつら来るぞ」
「あ、早く来た意味なくなりますね、それじゃ、ちょいと失礼します」
残ってるようならまたお話しましょうね、と言い置いて澪は更衣室に入っていった。
うーむ。正直、男子状態のあの子を見たこと無かったけれど、普通に男子だなぁという感じだった。
「アレが噂の……でしょう? どうなの実際」
「ああ、わかっちゃうんだ? いやぁ、あのときの助言に感謝だね。まだ正直演者としては成長途中だけど、すげぇよ。あれは」
そりゃ、馨の弟子だもの。きっとしっかり女優をやるのだろう。
「性別を変えるっていうと、とつ俺、良かったじゃない。一話目みたけどあわあわした姿が普通に可愛かったし」
「ありがとうございます。あれ、すっごい悩んだんですよ」
やったことがない役柄な上に……うん。さくらに言われたことが今でも頭に残ってる。
本当にどうして私の身の回りには、おかしな男しかいないのだろうか。
いずれ、石毛さんも女装とかしないか、ちょっと心配になる。
……今度ルイも来るって言うし。
「おまたせしました。あっ、珠理奈さんまだいるっ。よかったぁ」
「うわぁ、女子力あがりすぎだろぉー」
そんなやりとりをしていたら、澪が更衣室から戻ってきた。
ジャージにTシャツという、まあ舞台稽古をするときの一般的な格好ではあるのだが。
なんていうか、普通に女子だった。ウィッグは肩くらいまでのショートだけれど、髪の印象というよりボディーラインがやばい。
絶対下着も着けてるだろうし、胸の膨らみはCくらいか。あの、Tシャツを盛り上げてすとんと落ちてるラインが女子っぽい。
お尻や腰はちょっとほっそりした感じはしてしまっているけれど、こういう感じの女の子だっていないではない。
そして表情だ。さっきまでは男の子の顔をしていたというのに、今ではキラキラした女子の顔をしているのだから、切りかえが半端ない。馨がメガネというアイテムを使っている部分を、表情一つでこの子は切り替えている。
女優としては、好感がもてるスキルだ。
「最近の子はすごいよなあ、性別着替えるんだから。声とかまで変えられるってきいたときは、噴いたよまじで」
ほんと、とつぜん女になったって言われても信じそうとにやにやしている石毛さんに、あーあ、とこちらはげんなりしてしまった。
まあ彼がにやにやしてるのは、澪を見てこちらがどんな反応をするのかを見たいという思いが強いのだろう。
でも、あいにく……性別をころころ変えるやからは身近にいっぱいいるのだよ……遺憾ながら。
「えぇ、私なんかまだまだですよー。仕草の研究とかもいっぱいしなきゃいけませんし。それにその……私服で外を歩くのはまだ抵抗ありますし……」
「あら。貴女はそうなのね。てっきり外でもそのままなのかなーって思ってたけど」
「ないですないです。あの人達と一緒にしないでください」
あの人達。いうまでもなくルイ達のことだろう。
なかなかにこの子も仲間の異常性には気付いているらしい。
「それで? 石毛さんからみて、上手くやれてる感じ?」
私ほどにもなると慣れちゃうけど、偏見とかもあるのでは? と聞くといやぁと彼は首を横にふった。
「最初はそりゃ、変な目で見られてたけど、これ見せられたら納得するしかないだろ」
完全な力押しだな、と彼は苦笑を浮かべた。
たしかに、澪は見るからに女子という感じである。
「にしても珠理ちゃん驚かなさすぎてびっくりしたんだけど」
「ま、とつ俺やったし、免疫があるんですよ」
両声類とかいまどき珍しくないですから、と言ってやると、おぉ、珠理ちゃんがそっちの世界にどっぷりか、と石毛さんは目を丸くしていた。
ふぅ。とつ俺が言い訳につかえるとは、とてもありがたい。
知り合いがごろごろ女装マニアです、だなんて言えないもの。
そんなやりとりをしていたら、石毛さんのスマホが着信音を鳴らした。
「っと。すまん。電話だ」
二人で話しててくれ、と言い置いて彼は部屋の外にでていった。
うーん、借金の話とかじゃないといいんだけど。
いちおう、オーナーが変わって、ここも軌道には乗ったとはいうのだけど、古巣が上手く行って欲しいというのは、誰でも思うことだろう。
「そういえば、あの人達って言ってたけど、他にも似たような子っているのかしら」
私が把握しているのはルイとエレナ、そして澪と千歳だ。
それ以外にも馨のことだから、女装者を量産しているような気がしてならない。
本人は、巡り会っちゃうの! ってことだったけど、本人が育成してる部分だってあると思っている。
「同学年に二人、ですね。千歳はちょっと事情が違うかもしれませんが」
「ああ、あの子は女子カウントでいいんじゃない? 別に一緒にお風呂に入っても何もなかったし」
ああおっぱいはあったかというと、目の前の娘は、うわんと今にも泣き出しそうな顔をしつつ崩れ落ちた。
「夏のプライベートビーチイベントの話ですね……いいですよねぇ。どうして私はお呼ばれされなかったのか……」
「まずはしっかりビキニを穿きこなせるようになってから、じゃない?」
「うぐ。さすがにそれは人外魔境かも」
そんな反応をするのが少し新鮮と思っている自分がまずいと思った。でもこれが普通だよね。え、普通じゃないの?
「そうそう、さっきルイがここの撮影に来るってきいたのだけど。いつなの? あたしも来てもいいのよね?」
「はい。今度の日曜に撮影してもらう予定です。ご予定が空いてるなら、我らの活動を見に来るのはいいのでは?」
ここの大先輩ってことであれば、誰も止めないと思いますよ? とにやにや言われてしまうと、ちょっとがっつきすぎてるのがわかってしまったのか。ルイの弟子というから朴念仁かと思っていたのに。
「うっ。澪はちょっとは恋愛系もいけるのか……」
「いえ、全然ですよ。一番ルイ先輩と属性的に似てるのが私ですし。よく朴念仁っていわれます」
っていっても、ルイ先輩ほどではないですけどね、という言葉に、そうよねぇとげんなりした返事をしてしまった。あれほどの相手はそうそういない。
「でも、逆にルイ先輩は写真の人です。あの人、それに絡めればたいていなんだってやってくれますよ」
「うん。ある程度知ってる」
それはもう嫌というほど。今まで会ったのだって偶然か、はたまたカメラが絡む場合ばかりだ。
「たとえば、ギャラリーに一緒に行くとかって話なら、口実としては良さそうに思いますけど」
「それで、あたしそっちのけで、写真ばっかり見てるわけでしょ……しかも、ほぼ百パールイでになるだろうし」
もちろん、スキャンダルになると困るでしょ? てルイが配慮するのはわかってるけど、もう今年で二十歳なのだし、さすがに男女でデートというのもやってみたいのだ。
「否定は……できませんねぇ。なら偶然に被るようにセッティングするとかですけど、大事になりそうですよね」
たとえば、木戸パパのお仕事関連で撮影が必要な場面を探っておいて、そこに珠理さんも呼ばれるようにする、とか、という言葉の最後は、ほとんど消え入るようで。自分で言ってて無理っぽいと思ったのだろう。
「そもそも、カメラと女装の絡みも珠理さんならご存じですよね?」
「そりゃまあ。相手を萎縮させないためにってことなのは知ってる」
すべて、よい写真を撮るため。そのためにルイという存在はある。
「あの人の女装をやめさせたいなら、木戸馨がルイをこえないといけないわけです」
「むりじゃん!」
思わず、言ってしまった。
本心では、馨がすごい写真家になるのを願ってる。
でも、あいつがルイの壁を越えられる未来がまったく見えない。
だって、馨が成長すればルイだって自然に写真が上手くなるのだもの。いたちごっこというヤツだ。
「なら、もうどっちかを諦めるしかないですよ」
「どっちかっていうと?」
くすんと、あまり交流のない年下の女装娘に弱気な声をもらしてしまうのも、崎山珠理奈としてどうなのか、と思うものの、そんなことは言ってられない。
「彼の趣味や性癖、この場合はルイさんを認めて受け入れるか、彼自身を諦めるか、ですね」
「……どっちも無理。さすがに二人でウェディングドレスっていうのは」
「ああ、ルイ先輩、結婚式の撮影とかもやってて、新婦さん綺麗ーとかうっとりしてましたよね」
「……それも知ってる。うちにもきたもの。結婚式綺麗だったー! って。そりゃさぞかし、あんたのウェディングドレス姿も綺麗でしょうよ(怒)って返事しといたわ」
あー、話をするとドツボにはまりそう、とげんなり言うと、澪は苦笑を浮かべていた。
「おはようございま……崎山さん!? おはようございます!」
そんな話のところで、第三者が部屋に入ってきた。
こちらの姿を認めて襟筋をただしているあたりはとても可愛らしいと思う。
演者というには少し地味な感じの女の子だ。
「レオくんったら、崎山さんと仲良しって……どういうこと?」
「偶然、一緒になったからおしゃべりしてただけだよ。ほら、いちおールイ先輩つながりで話題はあるからさ」
「……ああ、そっか。あの人、崎山さんと仲良しなんだっけか……」
うぅ、羨ましい、と本人を前に彼女は、芸能人に会ったときの一般人みたいな反応をしてくれていた。
「それで、こちらは脚本家みならいの結理です。名前は覚えなくていいですよ。高校の頃からの腐れ縁というやつで」
「は、初めまして」
喜びつつも、紹介は不満というようすの結理さんには、なんだか不思議と妙にシンパシーのようなものを感じてしまった。
「初めまして。この劇団にいるなら、あたしもちょくちょく遊びにくるから、今後ともよろしくね」
澪っちもよろしくーと、改めていうと、結理さんは明らかに慌てたような顔をし始めた。
「い、いいですか珠理奈さん! こいつはこう見えて男なのでっ。簡単に気を許さないでくださいね!」
もう、レオくんったら、女子同士な見た目を良いことに、女の子と仲良くなりすぎ、と恨めしそうな顔で彼の事を見ていた。
ああ。そっか。この子、澪の事が大好きなのか。
なら、いつか女装の彼を好きになることについて、話なりもできるかもしれない。
もちろん、ルイの事は普通になにも知らないみたいなので、むやみに話は出来ないだろうけど。
「まさかっ。これで男だなんてー」
「滅茶苦茶棒読みですよね、珠理さんったら」
「だって、変に演技して真に受けられても困るじゃない?」
それくらいの事はできるわよ、あたし、というと、おぉーと素直に感嘆された。
「お待たせー。お。結理ちゃんも来てたか。いいねいいねぇ。可愛い女の子と、おっさんの俺。一緒の空間にいていいのかなぁって思ってしまうね」
まだまだ若い石毛さんは、電話を終えたようで部屋に戻ってきた。
「……あの。頼むから、石毛さんは道を踏み外さないでくださいね?」
わりと真面目にそう言ってあげると、彼は、ん? と不思議そうな顔をしたのだった。
やっと、釣り針に魚が食いついた! という感じで。澪たんを劇団に入れておいた成果がここにっ。ていうか、珠理ちゃんはもう、闇落ちして強引にいかないと木戸くんはどーしょもない気がするのです。
さて次話は、撮影当日の話だけれど……間に合う、かな。3,4話くらいで終わる予定です。




