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330.エレナさんの二十歳の誕生日2

 私がエレナお嬢様にお仕えしてから、もう二十年。

 まさかこのような日がこようとは、わかってはいてもなかなか想像するのは難しいものです。

 私、こと中田は、もとは母君であるマリーさまの執事です。

 外国で放ろうしていた私を拾って、日本人珍しいと大はしゃぎだったマリーさまの姿が今でも目に浮かびます。

 マリーさまとの時間は私にとってかけがえのないもの。

 ですが、エレナお嬢様の成長を傍らで見守っていることも、至福の時間でございました。


 マリーさまの事は、残念だったとしか申せません。今でも気持ちの整理はついていませんし、旦那様はまるでマリーさまの事を忘れてしまったかのように、部屋に近づかず、仕事に没頭されております。

 きっと、ショックが大きすぎてしまったのでしょう。心を守るために仕事をしているとしても責める気にはなれません。

 ですが、エレナさまのことはもう少し、見守っていただきたいという思いが強いのです。

 

 最初にエレナさまがマリーさまの衣類を着ていた時には、驚きもしました。

 ですが、火が消えてしまったかのようなあの家では、母親のぬくもりをどういう形であれ感じていたかったのだと思います。

 ご本人は、男の娘って最高! とか言っておりましたが、照れ隠しなのでございましょう。

 本来ならば、ここは教育係としてお諫めしなければならないことなのかもしれません。


 日本男児が女人の格好をするなどと、常識的にあまり褒められた事ではありません。

 ですが、私も思ってしまったのです。ああ、マリーさまのお若い時にそっくりだ、と。まるでマリーさまのお世話をしていたときの事が思い出されるようで、ついついそのままになってしまいました。

 通常、女装と言われるものは違和感の出るものだと認識しております。けれどもエレナさまに限って言えば、そのような事はなく、まるで少女そのもののようで可愛らしい。


 おまけに、今までどこかよどんでいた家もすっかりと明るくなりました。

 もちろん旦那様にはこの事は内緒です。

 ますますマリーさまに似てこられたお嬢様を見てしまったら、旦那様はきっとまともではいられないでしょう。

 エレナさまもさすがに父親にあの姿を見せるつもりはないようです。


 あの姿、と申しますと、三年前のあの日を思い出します。

 はじめてエレン坊ちゃまが友達を誕生日に招待した日の事です。

 高校二年の六月。あまり社交なれしてない普通の高校生だから、こちらで着替えてもらうという話を伺ったときは、どういう交友関係なのか不思議に思いました。

 もしかしたら、ワルい輩かも知れない。お嬢様に害になりそうであれば、この中田、身を呈してでも排除しようと思って下りました。


 そして、訪れた二人を見て再び驚くことになったのです。

 一人は元気そうな少女でした。エレナさまと同い年くらいの方です。

 そしてもう一人が……なんと表現をすればいいのやら。エレナさまと知り合いになるのが想像できないような黒縁眼鏡でした。

 ワルいやつとは感じませんでしたが、エレナさまに見合う男性かと言えば首をひねるしかありませんでした。

 どうせ連れてくるなら、同じ男子校のご学友でいいのでは、と思ったのですがどうみたって彼が名門校の生徒とは思えませんでした。

 よく言えば地味。悪く言えば没個性です。

 エレナさまとは対称的に人の意識に残らないような普通さです。


 けれども、エレナさまは、これがボクの友達、だなんていって、腕をぎゅっと抱き込んだりしていて。

 ぽかーんとしてしまったものです。まあいいからいいから、なんて言われながら着替えの部屋に連れて行くところで、さらに困惑は強くなりました。


 だって、そこはマリーさまの部屋だったのですから。

 最近はエレナさましか入っていなかったところです。それをどこの馬の骨ともしらない男を連れ込むだなんて。

 エレナさまはぐれてしまわれたのか。やきもきしていたのでその時は失念しておりました。

 その部屋はマリーさまのものです。つまり、男性の正装なんてものはその部屋には存在しません。


 そして。

 着替えを済ませて出てきた美少女(、、、)を見たときに、我が目を疑いました。

 あれは、確かマリーさまがあまり着ていらっしゃらないものだったと思います。アクセサリーもしっかり装着して、もう一人の方とにこやかに談笑していた姿はまるで別人のようでした。

 着慣れている、とでも言えばいいのでしょうか?

 さきほどの無個性で印象の薄い姿とはまったく異なっています。

 声音もがらっと変わっていて、もう一人の少女をからかう姿は、年頃の女性そのものと言えましょう。


 普通ならそこに驚きを得るものなのでしょうが、そこで私は苦笑をしながらも受け入れてしまいました。

 エレナさまの友人。これほどその言葉が似合う相手もいないでしょう。

 可愛さ、可憐さ。そういったものを愛するお嬢様です。花が咲いたようなあの笑顔にいろいろとやられてしまったことでしょう。


 今年で四度目。二十歳の誕生日会にもあの方は参加してくださるそうです。

 きっとあの頃よりも、少しだけ大人っぽくなった姿を見せてくださる。

 お嬢様はきっと、ルイちゃんだけ、ずるいーと頬を膨らませるのでしょうが、そればかりは致し方有りません。

 後日着飾って写真を撮ってもらう約束はしているそうなので、それで我慢していただくことにいたしましょう。


 さて。そろそろ時間です。

 節目の誕生日会はいつもよりも力を入れねばなりません。

 ああ。この場にマリーさまがいらっしゃれば。

 

 貴女のお子さんはきちんと育っています。どうか、ゆっくり見守っていてやってください。




「おおぅ。馬子にも衣装とはこのことか」

「それ、褒めてないよね」

 手早くサーモンピンクのドレスに着替えてメイクを終えると、隣の部屋からさくらが出てくるのを狙って一枚かしゃり。

 本日の彼女のドレスは藍色の思い切り肩がでているタイプのもので、特に鎖骨が綺麗。

 衣装がちょっと濃いめの色をしてるから、出ている肌の部分が相対的に綺麗に見えるのである。


「ちょっと大人っぽい装いになったなぁって思っただけ。べ、別に見とれてしまったわけじゃないんだからね?」

「はいはい、定型句おつ。見とれるもなにも普通に撮影してたじゃないの」

 こっちも撮ってやるーと、カメラが向けられた。

 もちろん慌てたりはせず、涼しげな顔で対応である。

 

「うぅー。ほんっとそういう服着てもまったく動じずに着こなすのは反則だと思う」

「でも、ネックレスとかってあんまり使ったことないから、内心ちょっと、これで大丈夫かなぁって心配にはなってるよ?」

 ま、表には出さないけどね? と言ってあげると、こいつぅーとさくらが口をとがらせた。

 なんというか、最近一緒にいなかったけど、この掛け合いは時間をおいてもあまり変わらないらしい。

 我らの関係は、相手に彼氏が出来ようがあまりかわらないというわけだ。


「んで。今回は二十歳だからご飯も豪華なのよね?」

「うん。シェフさんが頑張ったって話だから、楽しみにしておこう」

 実は朝ご飯少しにしたんだ、と言うと、あはは、あたしもだー、とさくらがお腹をさすった。

 ドレスで食べ過ぎるとお腹がぽっこりしてしまいそうなのだけど、どうしてもおいしいご飯が目の前にあるのなら、手を出さないわけはない。

 残ったものも箱詰めして持って帰る気はまんまんである。


 二人ともカメラをつったまま、会場への扉をくぐる。

 中からくる客というのもそういないのだろうが、すでに会場にはそれなりの人が集まっていた。

 いつも使っているホールは立食スタイルの様そうでテーブルが並び、その上には料理が盛りつけられている。

 アワビやエビなんかの高級食材から、デザートのたぐいも甘そうなフルーツがたんまり。

 プチケーキみたいなのもいっぱい並んでいる。これ、エレナがきっとシェフさんにおねだりしてそろえてもらったんだろうなぁ。


「じゅるってしてしまうよねぇ、これは」

「……ルイじゃなくてもこれはくるわね。さすがはお金持ちの誕生日会」

 そういや、あんた別のところにも行ってたんだっけ? と言われて、あれ? と一瞬なんのことかわからなかった。

 ああ。そっか。海斗のところのパーティーに行ったときのことか。

 エレナ経由で話を聞いたのかな。


「あのときは、ちょーっと厄介事の依頼を受けててさ。淑女っぽくしてなきゃだったから、実はご飯あんまり食べられなかったんだ」

 ほんっと悔しかったから今日はちゃんと食べるのさ! というと、んじゃ、その横顔撮っちゃお、とさくらはにんまりとカメラを構えた。

 

 さて。それじゃあ何から手を出せばいいのだろう。

 最初はやっぱりサラダからかなぁ。鴨肉の乗ったサラダがででーんと置かれている。

 ドレッシングが五種類。おぉ。ちょっと見たことないようなのもあって楽しみだ。

 すぐにでも食べ始めたいところだけれど、さすがに乾杯前に手を出すことはできないので、まずは何枚か写真を抑えておく。

 今年は、撮影解禁と言われているので、自由に撮る。

 人を撮る時はもちろん、その相手への許可は必要になるけれど、料理とかはもう思い切りにやってしまってもかまわない。  


「もしや、あの壁ドンのルイさんですよね? まさかこんなところでお会いできるとは」

「私は○×プロダクションをしています、なにがしですが」

 そんなことをしていたら、こちらを見つけた人に声をかけられた。


 あの事件の収束から二ヶ月もたっていない今、確かに言われて仕方ないとは思うけれど、あまりにも芸能関係の人が絡んで来すぎる。三枝の家はそっちのほうまで影響があるんだなぁとちょっと思ってしまった。

 というか、あなた方。ルイさんに絡むよりもエレナたんを表に出した方が儲かると思うのですよね……マジで。


「君はルイちゃんの友達? なら、交友関係とか、実はあのやらせな話が実話だったりとか知らない?」

「しーりーませーん、無関係でーす」

 ひどい。さくらが知らない人オーラをまきちらして、こんがりローストした鳥の写真を撮っていた。狙う気まんまんらしい。


「それは私も実はおーーいに気になっている。今回で四回目になる息子の誕生日で、二人の関係を大暴露とかはどうだろうか?」

 そんな会話をしていたら、どうやらこちらが会場についたのを発見したのだろう。他の人との話を切り上げてまでエレナのおじさまがこちらに寄ってきてくれた。

 えっと、今日の主役で、乾杯の準備とかあるんでしょう?

 こんなことやってないで、さっさと乾杯の音頭をとってお食事させていただきたい。

 って、そんなこといっても他のお客様がそろうまでは、時間までは始まらないんだけどね。

 目の前に料理があるというのに、あと十分はお預けである。


「そんな、にやっとした感じで言わないでくださいよ。私たちはお友達です。ね?」

「ねっ、て満面な笑顔で言われちゃいました」

 隣にたたずんでいるエレン(、、、)ににこりと極上の笑顔を浮かべておく。

 本日も、王子様もかくやという装いである。可愛くないからスーツとか絶対ヤダっていうのが通ったのだろう。大人になる誕生日で、男の正装をないがしろにするとは、なかなかの猛者である。

 

「いやぁ、ルイさんがうちの嫁にとなると、いろいろな面で面白いかなというのと……うちのとここまで親しい女性というのも、そういませんからな」

 おじさまは、はっはっはと笑いながらも、こちらを見極めるような視線を向けてきた。


 少しだけ期待もあるんだろうか。

 お父様は「男友達がどうの」というのとは別にエレンに彼女ができるのを、期待している。

 それも、おそらくそれなりに知名度なり、家柄なりがあるっていう良家のご息女を。


 去年まではたぶんルイはそこにはいってなかったんだろう。正直「どこの馬の骨」である。

 いや、いいんだ。ルイはそういう存在だし隅っこ暮らしで結構。

 そもそも、エレナと結婚とか、憲法でまず阻害されるうえに、自分でも無理。自分よりかわいい子をお嫁さんに……だなんて周りの女子と同じ台詞は言わないけど、エレナには自分よりずっといい相手が居ると思う。


 そう。我らの中では「ルイとエレナ」という関係が九割九分をしめていて、他にはほとんど考えられないのだ。

 男のエレンをルイがスキになるシチュはもとより、木戸がエレナをスキになるっていうのも、たぶんない。

 エレナはずっと、かわいくて、どうしようもなく気弱で、それでいてときに行動的で。はらはらさせられて。それこそそう、弟か妹かそのどっちかだ。


「ずっと友達でいましょう!」

 きゅっと抱きついて、ほんわりエレナの香りを満喫する。男装してるくせに匂いはくらくらくるようにあまくかわいい。


「脈なしですか。それならそれで仕方ないですね。やはり本命は翅くんなのかい?」

「まだ恋愛はいいかなって感じです。私はただ、写真を撮っていればそれでいいので」

 前の報道はそのままで、偽装ですからね? と言ってあげるとおじさまは、あ、ああ、となぜかぽかーんとしたようだった。


「もぅ……ルイちゃん。ボクの父様誘惑しないでくれる?」

「あはは。そんなつもりはなかったよ? それに。年頃のおじさまは、ちょっと若い子に声をかけられると同じ反応するものだから」

 心配する必要もないよ? と鼻の頭をちょこんと人差し指でつっついておく。

 うん。さすがに普通に会話をしてるだけで、誘惑だなんて言いがかりも甚だしいと思う。


「まあ、なんだ。芸能関係のみなさん。ルイさんはうちの嫁の候補なんで、翅くんの彼女ってのはおっかけないでくれないかな?」

 ふふんと、有力者でもあるエレナパパの発言は、どうやら芸能関係の人達にとっては効果があったらしい。

 は、はいーと言いながら彼らは、そそくさと去って行った。

 うん。上手いさばきかたなんだと思う。あくまでも話題の主体は翅だから、ルイがどうなろうと世間的にはどうでもいいだろう。

 マネージャーさんは、売り出せばすぐにでもー! みたいなことを言ってたけど、今は商品価値はない。

 その後のことは興味がないから、想像したくない。


「さすが父様の一声。ボクもいつかこんな感じに影響力を出せればいいけど」

 はは、と苦笑を浮かべるエレナは、将来的には、別の意味で影響力を発揮しそうな気がします。

 迷える男の子百人が目の前にずらりとかそういった感じの。


「なら、そろそろさ。一声を上げて欲しいのですよ。時間だし」

 ほれほれ、とカメラに表示されてる時間を見せつけると、おっと、とエレナ……いや、エレンさんは父様に目配せをしたようだった。


 そう。ルイが望むのは本当に一つだけ。

 それは乾杯の音頭なのだった。

さて。会のほうにすすまないなぁと思いつつ。中田さんのお話になってしまいました! いや、彼にもちょっと焦点あてたいなぁっていうか。普通、執事ならお坊ちゃまの女装行為をいさめるだろーって思ってたので、それの理由を。


そして。乾杯の音頭はいつくるのかー! ええ。次話ですよ。

他のメンバーが合流しつつ(よーじくんは深夜までこれないけど)、どうなるんかいねーって感じデス。


それで次話はちょーっと間あくやも。私生活でとらぶ……いえ、同僚に妊婦がでまして!

今日、休んだくらいの心労がどぱっと。orz

まじ一週間前におくったばかりなのにぽこぽことなぁ…… おりあいはつけます。

次話、がんばってー、ゆらがないふんわりかんで。いきましょー

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