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328.ナムーさんカレー3

 あれから二週間がたった。エレナの誕生日イベントは無事になんとか終わったとだけ言っておこう。その詳細は後日のお話。


「なんかこう……うん。来ないね?」

「そうねぇ……」

 時計の針はすでに二時を指している。

 開店の十一時から窓際でカレーを食べながら母様と観察していたわけなのだけど、お客は相変わらずまったく来る様子はなかった。


「ママさんつながりはどうなっちゃったの?」

「それがね、先週は何人か来たみたいなの。でもやっぱりそんなに多くは無くてね。そして一回きても常連で毎週って感じにはもちろんならないわけで」


 田舎の料理屋に必要なのは常連客である。

 観光客狙いはまずむりだし、その前に勤め人の客すらろくにいない町なのだ。

 オフィスの真ん中だというなら、昼食を求めた仕事人達がわらわら街中に溢れたとしてもここはそんなことはない。

 木戸の貧乏性は確かにちょっと普通じゃないとは思うけれど、ここらへんの人達が外でご飯を食べるという文化を持ち合わせていないのは確かなことで。おまけに言ってしまえば数少ないそれは大概が友達と一緒にカフェに行くというような感じなことが多いのだ。

 そして、お祝いごととか、お客様のおもてなし。

 それは木戸家が使った個人レストランがここらでは定番だ。

 お祝い事なんかがあるとあそこという習慣がある程度できてしまっている。


「宣伝力不足なのかな……カレー自体はおいしいんだけど」

 うーんと、サービスで出されているラッシーを飲みながら母様がうめいた。

 たしかに、うん。たまに食べるカレーとしてはおいしいし、いいと思うんだよねここ。

 でも、やっぱり、木戸としては全面的に立地が悪いんじゃないかなっていう気がしてならない。

 うちの近所はそれこそ、この前のスキャンダルの一件で人が集まったくらいで、元来大人しいベッドタウンなのだ。銀香ほど自然はなくても、こちらが栄えているというわけではない。

 古くからやっている商売はあるだろうけど、たいていは自営業で、昼はかーちゃんが用意してくれるというような所も多い。

 そもそもが外食産業の需要というものがとことん少ないのである。

 ちなみに、チェーンのファーストフード店が木戸家の周辺にはないのも、そこらへんが理由だろう。

 

「うちの、おーな。宣伝大切、話してます。今度、インターネットっ、で紹介しよう言ってます」

 こちらがうーんと頭をひねっていると、給仕をやってるにーちゃん? おっちゃん? が声をかけてきた。

 いまいちあちらの人の年齢というのはわかりにくい。もちろん木戸より年上なのはわかるんだけれど、どれくらいなんだろうか。

 ちなみに、インターネットの発音だけはなんか、ネイティブな感じでした。


「それはお店でつくるんですか?」

「ん? んふ?」

 こちらが言ったことに、クエスチョンマークの店主は、母様の通訳であぁ、と頷いた。

 うーん、いちおう勉強はしているけれど、英語でぺらぺらに話せるって感じにはなってないんだよね。

 それを考えると、母様ったら地味にすごい。

 もちろん外国の景色を撮るために頑張ろうとは思ってるんだけど……どうしたって国内の景色に目が行ってしまうんだよね。


「オーナーさんが、作ってくれるみたいよ。ただ店の写真とかってのは、撮らなきゃって話らしくて。それは馨をアテにしてるみたい」

「まあそれは別に構わないっていうか、望むところなわけですが」

 うーん。正直「それ」だけでどうにかなるかなぁこのお店。


 今まで何件も変わってきているわけだけれど、ホームページとか、その手の食べ物系のサイトでの紹介ってのをやってきてないわけではないんだよね。

 それでも、上手く行かなかったのは、やっぱり食べ物系のサイトが多すぎるというのがまず一点。

 そして、検索の頻度の問題もある。

 

 繁華街なら、食べ物の店を検索することはあるだろうし、その中のいくらかは見て貰えるだろう。

 でも、この町で飲食店を検索するというケースがどれくらいあるだろうか。

 作っても人の目に触れないのでは、効果がどの程度あるのかはわからない。

 市のPRの動画とか、再生回数三桁いかないもんなぁ……

 それこそ、千絵里オーナーが言ってたみたいに、「この店があるからこの町に行きたい」と思わせられるような店であれば、そこらへんはクリアできるのだろうけど、それを普通の店に求めるのは無茶だろう。


「あんたが、ちょいと知り合いの芸能人に紹介を頼めばそれでいろいろ片が付くような気もするけれどね」

「それは、だーめ。あいつらとは友達だけど、して良いことといけないことがあるよ」

 そりゃ、お願いすればちらっと口を滑らせることもしてくれると思う。

 蠢は純粋に友情から。他のやつらは……なんかね、見返りとか求めてきそう。

 虹さんとか、ぜったい「こういう衣装で写させて! ほらっ、もんまりもんまりっ」とかミニスカ強要しそうだし。

 翅さんは、二人だけでディナーとか、どう? とか言ってきそう。最上階の景色を君に、とかいいつつ、撮影は禁止ですからここ、とかひどいことをするんだきっと。

 蚕くんは、じゃあ、今夜はルイさん俺の抱き枕ね、とか言って甘えてきそう。寝入ったら寝顔を撮影ですね。 

 蜂さんだけがなんかあのメンツの中では一番の安心感な気がする。


 ほんと、これで自分が女子ならなんて乙女ゲーって展開だろう。

 え。崎ちゃんは、「はぁ? なんであんたのお願い聞いてあげなきゃならないの?」とか睨んできそうだしね。

 あの子は、普通の友達が欲しいってことなわけだから。


「ズカさん。看板ガール。日本いるってききまた」

「看板娘?」

「イエスっ。きれいな子に案内、私、もときめき」

 なので、とじぃと視線がこちらに向く。はて、その会話でどうしてその流れになるんだろう。

 いま、黒縁眼鏡かけてるよ?


「お嬢さん、きっとメガネはずすととってもキュートね。ときたま看板ガールする、ダメですか?」

「……うちのは息子です」

 ぼそっと母様がため息交じりに答えたけれど、ムスコという単語の意味がわからず、ん? と彼は首をかしげていた。

 改めて英語で母様が説明している。


こりゃあ、驚きだ(アメイジング)! 貴女はボーイ? キュートボーイ! あっちでもこんなかわいいボーイみたことないよ」

 タイ、ネパール料理ということで銘打っているけれど、どうやらお店の人はタイの人らしい。

 

 タイといったら、町中に平然と性転換した人が歩いている国である。本場といってもいいかもしれない。

 そこの人だからこそなのか。黒縁眼鏡をつけていてもそんな風に見られてしまったのかもしれない。


「看板ガール、女人じゃないとダメです?」

「この状態の馨じゃ話にならないだろうし、眼鏡とっておめかししちゃうと、それも……ねぇ」

「そもそも、俺、昼間は大学、夜バイト。ここで働くのは無理だよ」

「そうよねぇ」

 看板娘は毎日お店にいてせくせく働いてるからこそ看板なのであって、かかっていない看板なんてほとんど意味がないものである。


「ならかーさまでどうかしら?」

「はい?」

 なにを言い出すのよ、この人はという感じでぽかーんとしてしまった。

「お昼の時間だけなら、都合がつけられるし、人助けみたいなものよ」

 ふふんと、やや大きめなおっぱいを張って、母様はどう? この案はとにこやかである。


 たしかに、ルイの母様ですし? おじさんがめろめろになるのもわかるくらい可愛いですが。

 ……四十すぎて看板()はなくね? とちょっと思ってしまった。

 それに、経営的にもう一人雇うのってこの店大丈夫なの?


「あの、ズカさん。お給料、だす、余裕ない」

 うん。店主さんが困ったような顔をしている。確かにこのお店はお客が居ないときは冷房や電気を切ったりしていて節約しているものね。


「なら、週三日、お昼の三時間働くってことにして、最初の一時間でまかないでカレーをいただけない? それなら食材も無駄にならないし、サクラにもなるし。十二時から本格的に働くっていうことなら、看板にならないかしら?」

 我が母様ながら無茶ぶりである。

 もちろん、時給計算なんかを考えるとランチのカレー千円で実勤二時間労働だったら、ほどよいとは思う。お店に客が一人でも入っている店というのは入り安いというのもわかる。

 でも、この提案でのんでくれるものだろうか?


「ラッシー、なしなら、いいよ。カレー食べてくれるの嬉しい」

 一日お客こないと、へこむよ……と、店主さんはがっくりきていた。

 そりゃへこむよね、想像しかできないけれど。


「それじゃ、きまりねっ。それならホームページのほうには母様も登場しなきゃね」

 なんせ看板なんだから、と不敵に笑う母様の顔は、何かを思いついたような悪巧みをしているようだった。




 そしてさらにそれから三週間後。

「看板娘ってこんなに効果あるもの?」

 お店の席の半分くらいが埋まるくらいにお客さんは来るようになっていた。

 店では、母様がエプロン姿で給仕をしている。うん、美人なお母さんって感じだ。


 しかし、客層がどうなんだろうこれ。

 近所の人が何人かいるのはわかるけど、明らかに毛色が違う人が混じっているわけですよ。

「……たしかに、ルイどのに似てる感じはするでござる。雰囲気というかなんというか……」

「だろ。あの写真は確かに加工してます! って書いてあったけど、実物も若くて綺麗だし。ルイさんの年の離れたお姉さんって話もありかもしれん」


 さて。近所の人達が来てくれるようになったのは、純粋に、母様の看板娘効果であることは間違いない。なんせルイの母様である。美人な奥さんとして地元でそこそこ有名なのだし、なおかつ店に日本人がいるというのが一つの安心感になる。

 都内とかならさほど気にならないのだろうけど、この町ほど田舎にくると外国人に対してびびる人が多いのである。


 では後者の人達はなんなのか。

 その原因は、お店のホームページに掲載した、写真にあった。


「画像の加工をして欲しいと言われたときは、ほんと、大丈夫なのって思ったのですが……」

 テーブルの向かいでカレーをはむついてるのは、コラージュ娘の未先ちゃんこと篠田美咲ちゃんだ。

 今回の件のお礼として、本日はご招待させていただいている。

 もちろん、シフォレにも連れてってくださいね! と言われているけれど、それは別の日にする予定だ。

 そもそも、この子には加工用の画像を提供してあげてるので、それでチャラな気がしないでもないのだけど。

 ああ、彼女もしっかりしてきたなぁほんと。


「それ、俺も思ってた。でも、看板娘でかーさんの年齢って、それこそ老舗のお袋の味な店とかならまだしも、ここでそれは厳しいと思ってたので」

 助かりました、と答えておく。

 彼女に依頼したのは、こちらで用意した看板娘な母様の写真を「少し若くしてもらうこと」だった。

 だいたい二十代中頃くらいには見えるくらいのものにはなったと思ってる。

 あちらの民族衣装を、という案もでたのだけど、普通にエプロン姿にさせてもらった。

 出来るだけ身近な感じを演出したかったのである。


「でも、先輩、大丈夫だったんですか?」

「っていうと?」

 少しとぼけてみせると、未先ちゃんが耳元でこそっとささやいてきた。

 うん。カレーの香りがふわりとして、とてもおいしそうです。


「だから、このお店に、ルイさん似の女の人がいる件について、です」

 ぽそっとささやかれた単語は、まぁ、こちらも知ってます。

 地元の人を集める、ということで市の広報なんかにも載せてもらったりもして、そっちのほうを目指していたのだけど、副産物で地方からのお客さんも来るようになってしまったのだ。


 それの原因が例の加工写真。

 母様を若くしたら、そりゃルイに似てしまうのは仕方ないことなわけだけれどね。

 もともと、こちらが静香さんの若い頃にそっくりだよ! って言われているのだし。

 どこかで目にした誰かが掲示板に書き込んで、えっ、ということで見に来る人が出始めたのである。

 ……あの。ルイさん撮る方なのに、どうしてこんなレアっぽい扱いになってるんでしょうか。

 はいはい、この前の翅との件があったからですね、わかります。


 ちなみに、加工写真にはちゃんと、この年で看板娘って言うのは恥ずかしいので、画像処理してますみたいな文言はきちんと入れている。写真より大人っぽくて素敵ですなんて言われて母様はかなりご満足な様子だった。


「あの、店員さん。なんか聞いて良いのか悩ましいでござるが……」

「ルイという名前に心あたりはありませんか?」

 ドリンクをサーブする時に、隣に座っていた男性客がようやく切り出した。


「ええと……ここのところ時々聞かれるんですけど、それはこの前スキャンダルで壁ドンとかされてた子のことですか?」

「そうですそうです。カメラを持った女神のルイちゃんです」

「うぅ、いくら演技だからって、壁ドンはずるいですよね。あぁ、あの子ったらもう……」

「!? あの子ってことは……お知り合いなんですか?!」

 母様のあの子発言に男性客達は色めき立った。あのルイさんの個人情報がっ、とでも思ってるんだろうか。

 しかしながらお二人さん。おばちゃんにとって「あの子」という言い回しは、テレビの中の人にも使うのですぜ。


「いいえ。ルイなんて娘を持った覚えはありませんけれど」

 笑顔でにこにことそんな返事を返す母様。

 ……うん。それ割とマジで言ってますよね。


「娘? 妹の間違いではござらんか?」

「やだもう、四十すぎたおばさんに、十代の妹がいたら、それこそ驚きの事実になっちゃうわよ」

 でも、若く見てもらえてありがとうね、と無邪気な笑顔をこぼしている。


「なんか、やっぱりおばさま……ルイ先輩に似てますよね」

「それは順序が逆かもなぁ。身近な人の影響を受けて育つから子は親に似るんだよ」

 見た目の部分は確かにそれなりにあるのだけれど、母様とルイは雰囲気がやはり似ていると思う。

 こそこそとそんな話をしていたら、母様がこちらのテーブルに近寄って来た。


「そんなに顔を近づけちゃって。まさかお嬢さん、うちの子の良い人なのかしら」

「っ、良い人だなんてそんなっ。そりゃ便利な人だとは思ってますけど」

「……まさか、うちの息子がアッシーくん扱いだとは……」

 マンゴーラッシーをサーブしてくれながら、あとで詳しい話きかせてもらいますからね、と母様はにこにこしていた。

 にしても、母様。アッシー君は死語だと思います。はっ。ラッシーとアッシーをかけているのか、これはっ。


「ま、でも今回の写真の件はありがとうね。カレーはおいしかった?」

「はいっ。次回来るときはもう一段階辛いのにしようかと思います」

 未先ちゃんの屈託ない笑顔に、母様も自然と営業用じゃないにこやかな顔をしていた。

 そんな二人の横顔をカシャリと一枚。


 今の所、席の半分しか埋まらないこの店だけれど、今回はつぶれずになんとかやって欲しいものだと、このときはしみじみと思ったのだった。

看板娘! 知名度のないところに必要なのはこれだな! ということで。

ルイさんがやっちゃぁ大変なことになるのは目に見えていますが、余波だけでこれとは……


そしてお久しぶりに、コラージュ娘登場です。次はコラボやろうね! なんていいながら結構な時間がかかってしまっているわけですが、密かに次のエレナ本の絡みで交流もそこそこしていたりします。もともとメールでのやりとりはしてますしね。

今の所半分くらいしかお客は入ってませんが、今後上手く定着することを祈るばかりです。


さて、次話からはエレナの誕生日会絡みがあるわけですが。その前に掲示板会いれられたらいれようかと。

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