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327.ナムーさんカレー2

さぁ飯テロ回ですよー。おいしくなーれ。

「ナムーさんデラックス、おまちどです」

 テーブルにサラダとスープ、そしてカレーのセットが配膳された。

 スパイシーなカレーの香りは、本格的という感じがする。

「本来なら、サラダとスープって感じでサーブしてくれるんだけど、今日は撮影のために一気に出してもらっているの」

「それはありがたい限りだけれど……」

 ううむ、母様ったら撮影に寛大だなんて珍しいじゃないか。

 確かに食事としては、時間がかからないで出せるものを先にして、食欲を調整しながらメインに行くのが普通で、一気にというのは、それこそ、なんたら丼的な一つのどんぶりで世界を写すたぐいのものである。

 たぶん、サラダを食べてちょっとほっこりしてスープで食欲をかき立てるところなのだろうね。


「とりあえず、撮っておこうかな」

 冷えるまで撮影を続けるわけにはいかないけれど、カシャリと数枚写真を撮っておく。

 外からの光のおかげでそこそこおいしそうなのが完成した。


「ナンは、お替わり自由よ。ぱりぱりうまうまね」

 そんなことをしていたら、追加でナンがご到着。店主がいうようにこんがり焼けててぱりぱりだ。

 一般的なのはちょっと柔らかめなので、ここまでぱりぱりなのは珍しいかもしれない。


「じゃ、それもセットにして、写真をどうぞ」

「はいはい。もちろん上手く配置してっと」

 母様のも撮ってね、と言われたので、配置を考えながら数枚写真を撮った。

 まるでメニューに載せるような感じの仕上がりである。


「……もっとこーこだわりまくって時間かかるもんだと思ってたんだけど」

 目の前でいただきますと手を合わせているこちらに、母様は少し驚いたような顔をしていた。

 ん。


 さっき撮った写真はそこそこの枚数にはなる。

 でも、時間をかけたかというと、そんなこともない。

 目の前に温かいカレーがあるのだし、最高というよりは、撮りたいおいしそうな写真を何枚か抑えた。

 だって、もったいないじゃない? 冷めてもおいしいのがカレーだとは思うけど、ナンがさ。

 つやつやしてんのよ。これ温かい状態で食べたい。


「時と場合によるってこと。俺だって撮影のタメに全部がないがしろになれば良いとは思ってないよ」

「撮影のタメに自分の性別をないがしろにする子が、なんかまともなことを言ってるわ……」

「ん? それはなんのリスクもないじゃない? でもご飯は冷めるとおいしくないよ。特に今日みたいなのはね」

 おべんとはさめてもおいしいものだけどね、というと、はぁと母様はとても深いため息をついた。


「家事を任せれば、ちょっとは諦めるかと思ったら、むしろそっちに目覚めるとか、どうなの年頃の男の子として」

「んー、年頃の男子は、最近はほら、自炊できないとモテないとかでそこそこできるみたいよ?」

 さて、無駄話しないで、いただきますよーと、まずは、サラダにフォークを入れる。


 うーん。いちおうサラダをフォークでいただけるようになったけれど、お箸があるとさらにいいかな。

 もくもくと、キャベツやニンジンの千切りが入っているサラダをいただく。

 ちょっと珍しい甘めのドレッシングだ。

 家ではシーザーとか、梅ぽんずとかなので、この味は新鮮である。


 そして、スープ。これが絶品だった。

 ちょっとスパイスがきいた感じのスープで日本だとあんまりお目にかかれない感じのものだ。

 うん。食欲がしっかりと沸き立つ感じ。

 母様は今回はいっぺんにだしたってはなしだけど、たしかにタイミングを合わせて先にコレを出すのはアリだと思う。

 メインをわくわく待つ感じになるだろうしね。


「よっし。じゃー、やっとメインということで……つっ」

 ちょっと時間は経っているにもかかわらず、ナンはまだまだあつあつだった。

 反射的におしぼりに手を伸ばす。うぅ。あっついのはおいしいってわかってるのに手を出すのが難しいのがナンの悩ましい所だと思う。


 なんとかかんとかそれを千切って、カレーをのっけて口に入れる。

 色が暗めなマトンカレーの方だ。

「うぉっ。辛すぎないけど香りがなんか複雑な感じ」

 うん。まごう事なき「店カレー」。


 自宅でカレーを作る時って、こういった香草の香りみたいなのってないんだよね。

 木戸家のカレーは特売のカレーを、辛口と中辛をブレンドする感じなのだけど、こういう「辛くは無いけど突き抜ける感じ」っていうのは感じた事がない。

 汗をかきそうな感じだ。


「どう?」

「んっ。好き。こういうのは、ちょっとこう……って、いかん」

 対面でサラダを食べていたかーさまの前で思い切り女声をあげてしまった。

 最近、いろいろマズイと思う。感情が高鳴った時こそ女声にするようにならしてしまったせいで、今も自然とそうなってた。


 っていうか、いまの母様の雰囲気もいけないんだと思う。

 家だと、やっぱり母様なのだ。いろいろ教えてくれて、いろいろ叱ってくれる人なわけだけど。

 ここにいると、女友達と一緒にいるような感じがしてしまう。


「まあ、そういう仕草がでてしまうのは、今日だけは許してあげる」

 あはは、と苦笑気味の母様は、自分の分のカレーに手を伸ばし始めていた。

 もくもくと食べる仕草は本当に幸せそうで。

 あー、こうやって客観的に見ると、やっぱりルイの母様(、、、、、)でもあるんだなぁとしみじみ感じてしまう。

 もうアラフォーだというのに中年太りもしていないお腹まわりはすっきりしているし、胸は……さすがに姉様には負けるけれど、普段のルイよりは十分大きい。

 

 その姿を一枚カシャリ。うん。あんまり家族の写真って撮ってこなかったんだけど、こういうときは撮るべきだと思う。男状態でもあるしね。

「まさか、食事中に写真を撮られる日がくるとはねぇ。うちの人、カメラはほんとダメだから、ちょっと新鮮ね」

 でも、せっかくのご飯が冷めてしまわないようにね、という忠告はもちろん素直に受け取ることにする。

 ご飯と一緒に口に入れたカレーも、突き抜けた感じがあって、幸せな気分になれた。


「そして、タンドリーチキンかぁ。ローストチキンとかはエレナんちでやるんだけど、タンドリーはさすがに珍しいかも」

 ちょっとカレー粉がかかっている鳥に手を伸ばす。

 油が落ちているせいなのか、あっさりとした感じの鳥に仕上がっていた。


「家でローストチキンが出来るって言うお宅もすごいけれど……まあ、いいわ」

 あまり深く踏みいってはいけない気がする、と母様はナンの最後の一切れを口に入れるとぺろりと指を舐めた。

 指ぺろはやっぱりかわいいなぁと思いつつ、今はこちらもナンを食べた直後だったので、シャッターは切れなかった。残念だ。


「そして、最後はさっぱりとラッシーというわけで」

 はぁ、幸せ、とほぼ空になった銀の皿を見ながら呟いた。

 途中でナンおかわり、どう? って聞かれたのだけど、さすがにお断りした。そこまでの健啖家ではないのだ。

  

「これでいくらだと思う?」

「んー、千三百円ってところかな?」

「……まじか。うちの子からランチに四桁の値段つけがくるとは」

「なっ、母様。これでもいちおういろいろ食べまわったりはしてるんですって」

 それで? 実際はいくらなの? というと、それがねぇと、母様は千円札を一枚だしてきた。

 お。割とリーズナブルな感じだ。 

 ゼフィ女のご飯よりもリーズナブルでお腹いっぱいになったし、これはこれでいいと思う。


「このセットで千円なら安いんじゃないかな?」

「ディナーだと1500円になっちゃうけどね。ちなみにかーさまのセットは750円です」

「なるほど。日常的に食べるとなるとBセットとやらのがいいかなぁ。わりとカレーだけで満足しちゃったし」

 そりゃタンドリーチキンもおいしかったけれど、三桁の金額の方がやはり馴染みが深いのである。


「でね。馨。改めてメニューをみせたげるけど、あんたからいって、問題点を言えるだけどうぞ」

 食後の余韻に浸っていると、ぴらりと、さきほど回収されてしまったものを渡された。

 いちおうラミネート加工されたそれである。


「うえ……開店一週間で、メニュー写真なしって、どうなってんのさ」

「海外だと、日本みたいに写真を載っけてるーってことがカルチャーショックなのよ!」

「まじか……まあフレンチとか、なんたら肉のポワレーとか、名前だけ載ってて、なんだかわけわからんとかあったけどさ」

「あらあら、この前うちにきたお嬢さんと行ってきたのかしら」

 にんまりと母様は下世話なことを考えているようで、にこにこしていた。でも、ほんとエレナとはそういう関係ではない。


「うん。奢ってもらった。エレナに対してはおごられるの遠慮しないことにしたんだ。パトロンって感じでさ」

「……あんなかわいい子をパトロンって。どうせなら彼女になさいよ」

「彼氏を押しのけて? それはさすがにヤダなぁ。そっちの彼氏さんも友達だし」

 どのみちエレナはどうしようもなく魅力的な被写体である。


「それで、他の問題点だったね。それは数字じゃないかな。英語も併記してあるのはいいと思うし日本語がつたないってのは重々承知でいうんだけど、アラビア数字間違っちゃダメじゃない?」

 これ、世界共通だよね? というと母様はそうよねぇ、と遠い目をした。

 そのメニューに載っていたセットの説明文が、出てきたメニューとあっていないのだ。

 たとえば、英語表記では二種のカレーを選べるって書いてあるのに、日本語のほうだと、一種になっていたりする。ナンorライスって書いてあるのに両方ともでてきたりもしたし。


 そもそも今朝見せてもらった広告そのものが、おかしい。今は六月である。五月一日にはオープンはしてなかったはずである。本来なら六月一日オープンだったのだろう。

 数字を間違えるということは、客商売だとやはり大きな減点となってしまうところだろう。


「それで? 母様はこれを見せてどうしようって思ってる?」

「んー、ご近所のよしみで、せめてそれくらいは協力してあげたいなって」

「だから、写真撮らせたの?」

 なるべく全部が入るように撮ってねといっていたのは、ここで思い切りメニュー用の写真にするためだったのか。

 もちろんそりゃ、ルイとしてはシフォレのメニュー写真を撮ったりもあるし、それなりに技術はあるわけだけれど。

 馨としてはお仕事というよりはお手伝いというような感じになってしまうのかぁと、少しがっくりときてしまった。


「ま、馨だって、近所のお店がころころ変わるのは嫌でしょ? 落ち着いてくれた方がなにかといいじゃない?」

「そりゃ、そうだけどさ。でも、それだけでなんとかなるものなの? ママさんネットワークでも使うの?」

 母様はこんなだけれど、一応二児の母である。そんなわけで木戸達が学生時代のころに培った、学校のPTAとのつながりというものも地元にある。

 そこらへんを使えば、お店にお客を連れて行くこと自体はできるんじゃないだろうか。


「牡丹絡みで知り合った相手に声をかけてみるつもり。それで来てくれたときに、メニューがちゃんとしててご飯もちゃんとしてれば、気に入ってくれるかなって」

 外の装飾に関しては、口出しはあまりするべきじゃないと思うし、と母様はちょいと視線を外に向けた。

 うん。言いたいことはわかるよ。この店は外から見るとお客も見えないし、やってるのかどうかもイマイチわからない店構えなのだ。人通りがない上に、あったとしても素通りしてしまうので、目に飛び込んでくるような看板なり、足を止めて貰えるようななにかがないといけないのだと思う。


「ちなみに俺のクラスメイト達のご家族には声はかけないの?」

「……あんたのは、ほら。母様ちょっと苦手なのよ。高校のはいいとして、あんた小中はおかしい子だったじゃない? ちょっとずれてるっていうか。ちょっとじゃないわね。だいぶ」

「ひどっ。俺のどこがそんなにずれてたっていうのさ。ほわーっとはしてたけど、一応勉強とかはちゃんとやってたし、先生の言うことはたいがい守ってたよ」

「男の子としてどうかって話なの。先生のいいつけを守らないで、ほうきでチャンバラを始めるのが男の子ってものでしょ? 外でも遊ばないで男友達だってそんなにいなかったんじゃない?」

 あまつさえ中学のときは、あれでしょ? と言われてうぅ、と弱々しいうめき声がでてしまった。


「その節はスミマセンでした」

「まあ、あんたったら母様ににて美人だしね。モテること自体はしかたないけど、呼び出しの対象になるってのはちょっとさばきかたが下手過ぎよ」

 中学のころに男子から告白されまくったという話はしたけれど、それが問題視されて母様が学校に呼ばれたことが一度あったのだ。そういうのもあわせて今の黒縁モサモードが定着したのである。


「そんなわけで、あんたの知り合いの親は、変な子の親っていう風に見てるわけ」

「でもっ、別にかわいいこと自体は変じゃないと思うんだけど」

「そう思わない人も世の中にはいるってことね。母様より上の世代だと特にね」

 男女の文化がこれだけ混じるようになったのはここ二十年の話なのよ、と母様は苦笑混じりだった。

 

「ちなみに高校のクラスメイトの親御さんとはそこそこ仲良しよ? ああ、あの、木戸くんの……ってなるけどね」

「……普通の穏やかな高校生活だったはずですが」

「……あんたはもっと自分の胸に手をあてて物事考えるようにしなさい」

 ぷぃと視線をそらしていると、母様がぐったりしたような雰囲気でそんな忠告をしてきた。

 ルイとしての活動はまあ、積極的にやっているけれど、学校ではそこまではっちゃけた記憶もないのですが……

 バレンタインチョコ作ったくらいで大騒ぎされたら、困ってしまうよ。


「さて。そんなわけで、馨。あんたにはここのメニューを新しくするお仕事を依頼します。一応全部食べる必要があるから、今度は父さんも連れて全メニュー制覇する方向で」

 明日はなにかある? と言われてふるふる首を横に振った。銀香にでも行こうかと思っていたのだけど、まあ仕方がない。こういう事情なら全面的に協力をしてあげようとその時は思ったのだった。


はい。そんなわけで、カレーやさんのメニューの話は実体験です。注意するかどうか非常に悩ましい気分でいますが、作中では母様に思い切り頑張ってもらいました。彼女は英語喋れるので、この後も活躍がみこめます。


そしてPTAの関係! ママトモって言葉がありますが、できる友達がそういう感じになっていくもので、子供を基準に親と付き合うみたいなやりとりになるのです。「あの木戸くんの親」というわけで。


さて。次話ですがまだカレーの話は続きます。メニューを作ったその後果たしてこの店はどうなるのか! 二週間後のナムーさんカレーは果たして賑わっているのやらー。

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