323.男三人?の休日2
「堪能できましたか? 二人とも」
紙袋を手にしている二人を、少し離れて一枚撮影。
あからさまに、うぉっときょどった顔をしていたのも撮影しておく。
「まあな。あとで戦利品をお前にも見せてやる。そんでどこがどういいのか教えてやるよ」
「無駄っぽい気もするけど、ま、そだね。うちらはこんなんですってのを見せることはいいことなのかな」
ははは、と志鶴先輩が苦笑を浮かべていた。
まさか、腐女子の方々にチラ見されていたとは二人ともつゆとも思っていないらしい。
「さて。それでこれからどうします? そろそろお昼ご飯……なのかな」
作ってくるなっていうから、手ぶらですが、と答えると、あーはいはい、それくらいはおごったげるからと、志鶴先輩の苦笑が濃くなった。
なんかたかってるみたいで申し訳ないのだけど、こちらとしては公園でお弁当でもいいので。
……それが男同士かといわれると、町歩きっぽくないのかもしれないけどね。
花見とかならまだしも、町をぶらつくなら外食が基本なのだろうし。
「だな。どこ行くよ。この街、いたる食いもんあるからなぁ。あ。でもあんまり高いものは無理だな」
「昔は食事場所探すのもなかなかって感じだったみたいだけど、でっかいビル様々なのかねぇ」
「って、下調べなしですか……」
てっきりご飯を持ってくるなといったので、予定が決まってるものだとばかり思ったのだけど。
「いや。僕としてはオススメのお店があるけれど、二人が行きたいところがあるっていうなら、そっち優先でもいいと思ってるだけだよ」
「志鶴先輩のオススメは気になるなぁ……木戸はなんかねーの?」
ほれ、あんまり外食しないからこそってのもあるだろ? と言われて、んーと首をひねりつつタブレットを取り出す。
ここらへんの料理屋情報を検索したら、うわっとなるくらいの件数が出てきた。
こ、こんなにあるの?
「牛カツとかはちょっと気になりますが……ぐっ、けっこうどこもお高い」
「なんでも有るけど、金がねーと困る街、っちゃそーだな」
ラーメン、カレー、中華、フレンチ、イタリアン。
いろいろあるけれど、そこに並ぶメニューはどれも珍しくて、普段の木戸の懐事情から言えば十分にお高いものだった。
さすがにゼフィ女の食堂レベルとまでは言わないけれどね。
「んじゃー、僕のオススメの店に行くって事でいいかな」
「それでおっけーです」
「では、ご案内いたしましょう」
ついといでー、と声だけ変えると、志鶴先輩の印象が一気に女子よりになる。
男ものの服をきつつそれとはなかなかのものである。
「先輩のオススメか……なんだろな。UDXの中っすか?」
「んやー、そこは素通りしちゃうよ?」
UDXというのはこの街にある大きな商業ビルだ。広いイベントスペースと多くのレストランが入っていて、上の方はオフィスになっているらしい。
その建物には大きな街頭テレビの画面が嵌まっている。あれって何インチくらいあるんだろうか。
へたすると小さな映画館くらいのサイズはあるんじゃないだろうか。
「素通りかぁー。ちょいとあそこのとん茶とか気にはなってたんですが」
「あらー、朝日ったらー、ルイちゃんの特集記事見て、当てられたかー?」
「んなことねーっすよ。それにアレは銀香でしょ。ただ俺はとんかつな気分なだけで」
しかも、銀香のとんかつやよりこっちの方がボリュームたっぷりなんすからねーという二人のやりとりを苦笑しながら少し離れて横目で見ていた。
イケメンとフツメンの語らい。
なんていったら怒られるかもしれないけれど、近くで男の先輩がわーわーやっているのはやっぱり新鮮だ。
サークルの方はどうなんだって話だけど、あそこ、地味に男子率が低いんだよね。
撮影班の方もなにげに女子多めになっているし。
「またまたぁ、ほれほれー、朝日たんはルイたんが気になって仕方ないと告白しちまえよー」
「き、気になりはしますよ。撮影をやる身として、すげーなぁって。先輩だって気になって仕方ないでしょう?」
「男の娘レイヤーの撮影者としてはね」
でも、変な下心は全然これっぽっちもないから、と言い切る志鶴先輩は、心の底からそう言っているようだった。
ふむ。前に一度会ったことはあるけれど、その時の志鶴先輩ってどんな感じだったっけな。
「俺だって、下心はこれっぽっちもないっすよ。ただ同じ業界にいるわけだし、会場でちらっと会えたらいいなぁとかは……ないでもないけど」
ぽりぽりと頬のあたりを掻きながら時宗先輩が視線をそらす。
「ほ、ほらっ、テレビ画面の向こうってんなら、距離あるけど、あの子の場合は会おうと思えばって感じで」
「あ、崎ちゃんだ」
二人がそんなやりとりをしている脇で、ばばんとUDXの巨大ディスプレイに思い切り、ドラマのCMが流れていた。
ええっと、確か春に撮ってたってやつで、もうちょっとしたら新番組として始まるってやつだ。
「お。確かなんか、女体化した俺がどーのってやつだったよな」
「異色役っていって、あの時間帯にやる番組の割りには宣伝やってんだよね」
にしてもいきなり女体化とかしたら、おめーらどうよ? といいつつ、やっ、やっぱいいっ、と時宗先輩はがっくりとうつむいた。
あああ。俺、なんて相手に変な質問をしてるんだーと、言った後にへこんだようだった。
「あ・さ・ひー。どうしてそこで質問を引っ込めちゃうかなぁ」
「ですよね。別に、女体化したらーって質問は、ちょっと夢があるというか、TSものも世の中では売れ筋ですよ?」
まー、俺はTSより女装とか男の娘もののほうが好きですが、と付け加える。
「おめぇらに聞いたら、はいよろこんでーとか言ってあっさり順応するじゃん! どきどきむふふな、TSの醍醐味とか全部ふっとぶじゃん!」
「えぇー、朝日ー、それはどうだろうねぇ。僕はちょっと興味はあるよ? 女の子のか・い・か・んってのがどんな風になるのかなぁっとかさ」
ねぇ、朝日はそういうの、ないの? と敢えて女声で先輩は迫った。
「そりゃ、ありますよっ。つーか、TSなんていきなり起きたら、胸と下を触って、ないっ、あるっ、てやるのが定番じゃないっすか」
「まあ、そうなんだけど、その、もーちょっと先っていうかさ。いろいろ落ち着いたあとの、むふふ展開ってぇやつですよ」
「そりゃ……興味ないっていったら、嘘ですがね……って。木戸。お前ぜんっぜん話に絡んでこないでなにやってんだよ」
二人の会話を聞きつつ、こちらはそれに混ざらずバッグからタブレットを出して少し作業をしていた。
まだまだスタートするのは先の事だと思っていたけれど、もう一月もすれば始まってしまうようなので、前情報とかは抑えておかないといけない。
「んやぁ。ドラマ情報をちょーっととっとこうかなって。崎ちゃんのドラマはしっかり抑えておかないと怖いから」
「怖いって……めっちゃ珠理ちゃんのファンの家族がいるとか?」
「……まあ、そんなとこです」
本人にしこたま怒られるから、とはさすがに言えない。
ついでに、街中のでっかい画面に映っていたよ、というメールも飛ばしておく。
きっとドヤ顔メールが返ってくることだろう。
あの女優様のことだ。今回のも自信作だから、しっかりみなさいよね! と徹底的に上から目線な態度で言ってくるに違いないのである。
「で? 馨はどう? 突然女体化したら、さ」
「んー、手のサイズ。ちっちゃくなるとちょっと困る、かな」
「……そこでそういう話かよ」
「筋力とかは訓練すればなんとかなるとしても、手の大きさばっかりは。ほら、このがっちりしたホールド感が変わっちゃったら困る」
まー力の入れ方とかで慣れるのかもしれませんが、と言うと二人に思い切りぽかーんとされた。
そうはいっても、大切なことだよ? 女体化したからぶれた写真が増えましたなんてなったら目も当てられない。
うん。男子として小柄な木戸が女体化したら、相対的に女子で小柄なほうになるんじゃないかと思うわけだ。
胸のサイズはわかんないけどね。
「あの。エロい想像とかはもう期待しちゃいないんだけどさ。どうしてそこ!? もっとこう、生活がーとか、リアリティを持って想像しようよ!」
「リアリティもなにも……たぶん、そんなことがあったら、友達は爆笑しながら、あーあんたならそういうこともあるかもねぇって言うだろうし、姉なんかは、ついにか……っていうだろうし」
「で、ご両親は?」
「父様は嫁には行くなっていうだろうし、母様は、とりあえず一月以内にお赤飯を炊けばいいのかしら、かなぁ」
果たしていまの状況で木戸馨がTSしたとして、起こりうるであろう周りの反応といったら、こんなもんである。
いや、リアルに想像して、ほんとこんなんだよ。
ま、実際、翌朝おきたら性別変わってましたーなんてことは、ファンタジーなんだけどね。そんなことがあるなら、千歳とかいづもさんとか泣いて喜ぶだろうから。
「あー、でも世間的にはこんなシナリオなのかな。ようは清水くんの感覚にプラスしていままでの男としての生活と価値観ってのがくっついてくるというわけで」
いや、でもTSすると脳の構造も女子寄りになって、気がついたら男子が好きになってる的な展開もありうるのか……と呟きながら思った。
公式のホームページには、突然女の子の体になってしまった主人公が、それを受け入れられずにじたばたする話と書いてあるだけで、もちろんどうなってしまうかまでは書かれていない。全12話だそうだ。
「いやいやいや、もっと夢をだな! ファンタジーなんだから、自由にいこうぜ」
「えぇー、リアリティ大切ですって。ファンタジーだからこそ、原因と結果と、因果が上手く繋がってないと、ご都合主義とか、ヒロイン交代したいだけだろーとか、編集さんが変わったかーとかいろいろ言われちゃいますよ」
「それにしても馨のは、妙なリアリティすぎだってば。そりゃ馨ならそうだと思うけどさ……」
あんまりだよーと志鶴先輩までぐったりしてしまった。
「そこでうずくまってるにーさんがた! うちのお店においでよ!」
ぐったりしている二人の脇で、はいよとチラシを出している人がいた。
その人はまあ、もちろん、知っている人なわけで。
「そしてそこのおにーさん? さぁ。胸につったカメラでほれほれ、さぁ、いこう」
「行こうじゃないですから千紗さん。いきなり撮ってっていうのはマナー違反でしょう」
はぁとため息をつきながらそちらに視線を向けると、メイド服姿のおねーさんがビラを持って立っていた。
さきほどいたメイドさんたちも可愛かったけれど、こちらも背筋がしっかりのびていて良い感じだ。
「わーん。木戸くんに正論をいわれたのー。あんな異次元生物に正論を言われたのー」
「ええっ、と……?」
時宗先輩が、やっと判断力を戻してくださったようだ。
怪訝そうな顔で話しかけてきたメイドさんを見つめ返した。
「馨っち、この人達は?」
「特撮研の方々です。ひさぎさん関連と言えばわかりますか」
「ああーーなるほど! よくみれば、あのときのコスROMの娘じゃん! イケメンになっててびびったけれども」
あらあら。といっきにテンションが高くなった千紗さんはにこにこしながら二人を見比べているようだった。
そう。うちの大学には彼女のレイヤー仲間のひさぎさんがいるのである。
だから、もちろん前回つくったコスROMもそこ経由で渡っているのだった。
「なら、しづりん! 一緒に撮ろうよ! そっちのモブ男子でもいいよ!」
ひさぎの知り合いなら、私の知り合いでもあるはずだから、と彼女はやや強引に二人、特に志鶴先輩を誘った。
「モブかよ……」
「えっ、モブって行ったら俺ですが」
といったら、木戸くんは撮影に集中と、変に鋭い視線を向けられてしまった。
「じゃ、街中のメイドさんと、イケメンってことで。いつものようにおねがい」
さて。お願いされてしまったもののどうしたものか。
木戸と千紗さんの関係である。そりゃあ、お望み通り撮ってあげたいところはあるのだけれど。
目の前にいるのは、特撮研のお二人だ。
「妥協した写真、嫌なの知ってるから」
笑顔で追い打ちがかかった。
うん。なら、仕方ないね。
「しかた、ないですね」
ふぅと息をはいてから、カメラを構える前に光度計をチェック。
うん。そこそこ明るくて良い感じだ。
さすがに粘着撮影をするつもりはない。ただ。
「はい、千紗さん、もちっと上をみて。はい固定」
志鶴先輩もちょいと視線右にお願いしますねー、と指示を出していく。
微調整をいくつかやって、撮影。
街中のメイドさんと記念撮影、ちょっと興味があるイケメンさんという感じの仕上がりになった。
「ご、ごご。こんな指示されてとるのは始めてなんですが」
「何言ってます。こっちは俺の撮り方だからね。ま、千紗さんの憧れの人には、とうていかないませんけどねぇ」
投げやりにそんな台詞を言っておく。いちおう、いろいろな撮り方の勉強として、ルイがああなら、ってんで、こっちもこっちで撮影の仕方を考えてきているのだ。
木戸馨の撮影法のほうが一般的なんじゃないかな。心を開かせるのでは無く、絵を作っていく手法。
うん。男っぽいなっておもったから、採用したんだけれどね。
どっちがいいかはしらんけど。
粘着ならもうちょっと柔らかい顔をだせたのにな、と一瞬思うものの、それはまあ、いまは求めてはいけないのだろう。
「さて。じゃ、データは送りますから、それよりお昼ご飯の場所にGOなのですよ」
「えぇー、せっかくだから、俺も一緒に写っときたいんだが」
「時宗先輩は撮る側なのでは?」
そう言ってやると、彼は、いや、でもさぁ、かわいいメイドさんとのツーショットを撮れる機会を逃すのはさ、とぼそぼそ言っていた。
しかたないなぁ。
「じゃあ、何枚かだけですよ。さっきほど本気は出しませんから」
はい。じゃー千紗さんはちょっと嫌がる感じで視線を背けてくださいねというと、時宗先輩がぽそっと嘆いたのだった。
「ああ。どーせ美人とイケメンに限るだよ、くそぅ」
あまりにも悲哀がこもっていたので、改めてちゃんとしたツーショットも撮ってあげたのはいうまでもない。
ご飯を食べに行くぞーと思いきやそこまでいきませんでした。
そして時間がない!
女体化についてもあとがきしたかったのだけど。
次話こそおすすめのお昼のお店につれてまいります。




