321.キャラクター博覧会5
場所はまだまだ、ふれあいコーナーの一角。
目の前では、にこにことあいなさんがこちらに視線を向けている。
お仕事はいいの? というところだけれど、企業向けの本日は子供の来場があまりない。
そんなわけで、本日のこのふれあいコーナーでの撮影係はそこまで忙しくないのだった。
もちろん人はいるんだけど、大人ばっかりでその質感を確認しているバイヤーさんという感じの人が多くて、一緒に写真をと言う風にはならないらしい。
今日なら、あいなさんじゃなくて、別の人でよかったんじゃないかと正直思う。
「さて。じゃあ元気になったルイちゃんに。明日と明後日は用事ある?」
「いえ? 町にでて撮影って思ってましたけど」
チケットとれなかったので、というと、そうかそうかーとあいなさんはうんうんと何かを考えているようだった。
「えっとさ、もし良かったら、明日と明後日、アシスタントやってくれないかな? このスペースで今日こそ小さいお友達が少ないからこんなんだけど、一般公開の日はたぶんもっとわんさとくると思うの。それを一人でカバーできるかといわれると……」
やってやれないではないけど、まったり撮れないとあいなさんは少し表情を暗くした。
まあ、そうだよね。こういうイベントだもん。記念写真の様に流れ作業で撮ればいいってわけじゃない。
しっかり撮ろうとすれば一枚あたりの時間も増えるというわけで、できれば増員が欲しいなというところなのだろう。
「それは構わないのですが……どうして私です? さくらにも話を振ってあげれば良いのに」
この前のゼフィ女の時はずいぶん恨めしそうなことを言われたんですよ、というと、あー、とあいなさんは頭に手を置いた。
「あの子はなぁ……今でも教え子の一人ではあるんだけど、別のやつのところと繋がってるからねぇ」
「別のやつって? 写真家さんなんですか?」
いきなりな話に、ちょっと頭がついていかなかった。確かにここのところのさくらの写真はぐっと良くなっていっている。でも、それが別の人から教わってるからっていう所にいまいちピンとこなかったのだ。
っていうか、それならそうと言ってくれればいいのに!
「そ。石倉さんとさ、できてんのよ。あの子」
「はぁ?!」
ちょっと大きい声がでてしまった。もちろん女声である。いや。
ちょ、まって。まった。えっ、ちょ。
「石倉さんって、男の人好きなんですよね? え。なんで」
「なんだかね、天才で天然なやつらに対する感情がお互いを結びつけたとかって言ってた。まったく、あたし全然天然じゃないのになぁ」
「私だって天才じゃないですー」
天然なのは認めるのね、とあいなさんに言われてしまったけれど、そりゃまあ天然なのは認めるしかあるまいよ。
経験値の問題もあるけれど、どうしてもアホな子扱いされることが多いのだし。
でも、それにしても……なぁ。
男にしか興味ないっていってたじゃん。それがさくらとなんて。
なんか、もやもやする。
「男……が好きなのに、女と付き合うとか……」
何言ってんだ、と海斗はこちらの会話に愕然とした様子だった。
まあ、そうだよね。
あいなさんからちらりと視線が向けられる。ええと、どういうことなのかな? という感じだ。
こちらは、肩をすくめながら首を振っておく。
そう。ルイは少なくとも、海斗が男性同性愛者だという事実を知らないのだから。
「人が人と付き合うのは、別に恋愛だけじゃないって話なんじゃないかな? 石倉さんは確かに男好きな男性カメラマンで、もうほんと、あの人が撮る男の人はひと味もふた味も違うのね。被写体に恋をするなんて話もあるけどさ、好きな方が良い写真撮れるの。だから、あの人は恋に落ちるとしたら男の人だけ。でも……」
ちらりと海斗の方に向き合って、これ以上いっていいのか少し海斗に口をはさむ余裕を与える。
さすがは大人な対応である。
「別に恋をしてなくても、つきあえるんじゃないかな? あの二人の場合は同志って感じ。むせかえるような、熱い恋ーとかじゃなくて、一緒にいて親友以上に深い事が話せるようなら、お付き合いしてもいいじゃない?」
あーそれなら、私とルイちゃんだって、そういう関係になってみてもいいかも? どうかも? と言われて、えぇ、あいなさんとですかーと、少し呆れた視線を向けた。
確かに、考えたこともなかったけど、写真家同士でつきあうこと自体はありなのかもしれない。
まあ、正直今だって、こうやって頻繁に連絡を取ってるわけだし、この関係性で十分なんだけれどね。
「そして、そこで愕然となる海斗さんは、あれですかー。実は女の人が大好きで大好きでしょうがなくてーですかー?」
カメラを向けつつ、うりうりと言ってやると、なっ、おま、ちょ。と彼は慌て始めた。
うん。こっちからは別にアウティングはしないよ。そういう趣味はない。ただちょっと。
誘導するだけの話である。
「俺は男が好きなの。まっとうなの! って、あれ?」
「へ? ど、どういうことですの? 海斗さん」
自分の失言に、うぐっと言葉を失う海斗に、冬子さんはぽかーんとした表情を浮かべていた。
というか、今の状況ならまだいくらでも言い訳はできると思っているよ?
ルイさんが女好きだーっていうもんだから、っていっちゃえばいいんだもんね。言い間違いってよくあるじゃない?
それにこちらとしても、一般論でいじっただけですよ? 男同士というのにそんなに反応するのは、極度の女好きだからーというのは、十分ありえる話だと思う。
むしろ海斗の切り返しがくることのほうが普通ではないのだ。
「だから……だな、くそっ」
けれど、海斗はごまかそうとせずに、あー、うーと悩ましげな声を上げている。
冬子さんは、辛抱強くその姿をじぃっと見つめている。
「……あの、さ。だからな。俺、男しか好きになれない……んだよ」
「どういうことですの?」
冬子さんはその話を聞いても、きょとんとしていた。
その言葉に呆然としてしまった、というよりは、たぶん意味がわかっていないのだろう。
うーん、あれね。ルイさんの日常がそういうのに満ちてるから、あれなんだけど、普通の一般女性の場合はたしかにこうなっても仕方ないのかも知れない。冬子さんったら箱入り娘って感じだし。
「えっとね、冬子さん。海斗さんはこういってんのさ。男の人に対してしか、ちゅーしたいとか、結婚したいとか思えないって」
いやぁ、こんなところで会えるとは、奇遇ですなぁと、敢えて少しおちゃらけた雰囲気を出しておく。
深刻に話すようなことではあるんだろうけど、深刻になりすぎてはいけないものね。
「……う。嘘ですわ。なら東雲さんのことはどう思っていますの? フィアンセなのでしょう?」
「あれは。すまん。お前を納得させるために協力してもらっただけだ」
「それにしては、ずいぶんと可愛らしかったですが」
わざわざ、そんなことに付き合ってくれそうな方にも見えませんでしたわ、と冬子さんはずいぶんと評価してくれたようだった。
というか、美人さんであるほど、自分本位な人が多いっていう風にでも思っているのかな。
「あいつはそういうヤツだからな。困ってるヤツがいたらたいてい助ける。んで、思う存分撮影するってやつだよ」
「……撮影、まるでルイさんのようですわね」
じぃと視線がこちらを向いた。
うぐ。あまりまじまじと見られて同一人物だと思われるのは困るのですが。
「でも、東雲さんよりルイさんのほうが活発で可愛らしいですわね」
そしてそのままにこりと笑顔を浮かべると冬子さんはその話題から離れていってくれた。
さすがは眼鏡の防御力とお嬢様スタイルである。
「にしても。海斗さん。どうしてそれを素直に伝えてくださらなかったのですか?」
事情があるのなら、私だって考えましたのに、と責めるような口調で冬子さんは言った。
うん。たしかに今にして見れば、冬子さんったらこれでだいぶ良い人なのだし、説得っていう手段をとっても良かったんじゃないかと思う。
きっと、海斗の中で先入観のようなものがあったのだろう。
「それは……だって、お前。嘘だってつっぱねるだろ」
納得しねぇだろ、と言われて、冬子さんは、それは……と口ごもった。
そうね。今この場所で、石倉さんの話題というお膳立てがあったから自然とそういうもんかという流れになったけれど、なかなかこの話を切り出してもうまく行く未来は想像しにくいかもしれない。
言い寄ってくる女性を振るための口実、と言う風にとられる可能性の方が十分に高いのだ。
「そもそも、本当に男しか好きにならないのか。これはやはり定例のあれでいくしかないでしょうか」
おぉっ、と拳をうちならしつつ。
やっぱり、やるならルイしかないですよねぇと、思いつつ二歩くらい海斗に近寄る。
半歩だけ彼は後ずさったけれど、それはそれである。
「こういうことされて反応しなければ、本当ってことで」
ぐいっともう動けない海斗の二の腕をがっしりとって密着してみる。
青木にコレをやったらきっと撃沈するだろうなぁと思いもしたけれど、はたして海斗はどうだろうか。
軽く耳元で、海斗さん、だぁいすき、と甘い声のおまけもつけてあげた。
「ちょ、ルイさんっ!? 何をやってらっしゃるの?」
破廉恥ですわ、と冬子さんが顔を赤くしているのだけれど、これくらいやらないと確認作業にはならないよね。
「ねぇ海斗さん。どうです? ほら、柔らかいでしょ? 姉様くらいあったほうが本当はいいんだろうけど……」
二の腕に作り物の胸を押しつけているわけだけれど、どうせ海斗だし違いはわからないだろう。
あとはこのシチュエーションでどうなるかである。
「……脈なしみたいよ? っていうかルイちゃん! そういうことはダメって普段から言ってるでしょうに!」
「だって、こうでもしないと受け入れられないかなぁって」
あいなさんに叱られてちょっとだけ反省。
でも、冬子さんじゃ手を繋ぐだけで赤面しそうだし、もちろんこんなことをあいさなんにお願いできるはずもない。どうしても消去法的にルイがやるしかないのである。
「ルイさんで反応しないとなると……たしかに女性に興味がないっていうのもわかる気はします」
「だろ? 普通だったらきっと辛抱たまらんってなるだろう」
世の中の男子の意見を言えばだいたいそんな感じだ、と彼は言った。
確かにおっぱいは柔らかかったけど、柔らかいだけだしな、と言い切る彼はそうとうなものだろう。
まあ、ルイさんだっておっぱいなんてたんなるお肉の塊としか思ってないところはあるけれどね。
べ、べつにうらやましくなんてないんだからね!
「そんなわけで、俺とのことはいろいろあきらめて欲しい」
ごめんな、と海斗は軽く冬子さんの肩を叩いた。
冬子さんの表情が一気に凍り付くのが見える。このまま倒れてしまうのではないだろうかといわんばかりだ。
でも、無理もないのかもしれない。一番親しいと思っていた相手から、お前のことは恋人とは見れないという宣言を受けてしまったのだから。
頑張ればなんとかなるならまだいい。
でも、こればっかりはもうどうしようもないのだ。
「それは友達をやめるということでもあるんですの?」
冬子さんが泣きそうな顔をしながら、ぽつりと言った。
うん。まあ、そうなんだろう。
彼女としてはまだ始まってもいない恋人生活のほうよりも、今まで培ってきた友達関係のほうが気になるというわけか。
「海斗さんは、ほめたろうさんのキーホルダーをくださいました。初めての……殿方からのプレゼントで、とてもうれしかったですわ。これを捨てろとおっしゃいますの?」
「それは……その」
「女友達、として扱ってはくれませんの?」
その言葉は最後の頼みの綱というような心細さだった。
さて。海斗はそれにどう答えるだろうか。
「俺は女友達は……あまり……」
たしかに、彼は男同士でつるんでいることが多いように思う。もちろんもてはするんだ女子から。イケメンだからね。でも、彼のスマートフォンにはきっと男の連絡先ばかりが入っているのだろう。
まあ、想像はでいていたけど、がっかりな返事である。
「じゃー、こうしましょー。改めてここで三人でお友達ってことで。いままで女友達あまりいなかったなら、これからは作ればいいじゃない? 私に反応しない朴念仁だなんてそうとうレアケースなのだし、ぜひともアドレス交換から始めさせていただきたいのだけど」
「で、でしたら私もですわっ! 恋人は無理っていうなら友達になってくださいまし。
よし。冬子さんがうまいこと乗ってきた。
これを言わせるためにこちらも少しおどけた態度を取ったのだから、よい結果になってよかったものだ。
じぃ、と海斗を見つめると、彼はいろいろなところに視線を巡らせて、その中で唯一成り行きを見守っていたあいなさんに助けの視線を向けていた。でも当然、何の助けが得られるわけもない。
はぁと大きくため息をついて海斗は、じゃあスマホだせ、と言って来た。
冬子さんは思い切り大喜びで、小さなバッグからピンク色でパールがきらきらしているスマートフォンを取り出した。
「って、冬子さんはもう登録済みなんじゃないの? 元フィアンセなんだからさ」
「いいえ。家同士の付きあいでしたからね。使用人づてにというようなことが多かったのです」
直接のやりとりなんてしたこともありませんわ、と彼女は今更ながら不憫なことを言って来た。
本当に名目上だけの関係だったらしい。
「そういうルイさんはタブレットなのかよ……」
「んーまぁ、私にもいろいろあるんですよ。こっちのアドレスでぜひ登録をお願いしたい」
会心の写真ができたら連絡したげるから、というと、そういう理由かよ……とちらりとあいなさんのほうに海斗は視線を向けた。
そう。大正解。タブレットのほうに通信回線を入れてからというもの、あいなさんからの写真とかがしっかりダウンロードできて、大変便利になったのである。しかも見るなら小さい画面より大きいほうがいいわけで。
ちなみにガラケーで展開しようとするとファイルサイズが大きすぎますといわれて開けないのは、もうどうしようもないことだ。ちなみに木戸さんようのアドレスはもっぱらガラケーのほうである。
「さてと。そんなわけで友達としての再スタートおめでとうございます。冬子さん。さてここからはわれらの時間ですからね! ちゃんとモデルとしてばしばし写ってもらいますからね」
さて、ここはどこでしょう? とアドレスの登録を終えた二人にカメラを向けると、うぐっと二人ともおそろいで頬を引きつらせていた。
おっかしいなぁ。こんなふれあいコーナーで撮影するのにうってつけの場所で、当たり前なことを言っただけだというのに。
「なんなら三人一緒に写してあげるから、好きなキャラクターがいたらリクエストどうぞ」
若いっていいなぁ、とあいなさんがほんわかしながらこちらを見ていた。
そう言っていただけるのであれば、やることは一つである。
「じゃあ、巨大ほめたろうさんと一緒に撮影しましょう!」
他の子はあとでばんばん撮りますからねー、というとへいへい付きあいますよー、と海斗は最初のよりちょっと肩の力が抜けたような気の抜けた返事をしてくれた。
さきほどまで泣きそうな顔をしていた冬子さんはようやっと笑顔を見せてくれて、もふもふのほめたろうさんにぎゅっと抱き着きながら写真を撮られていた。反対側にルイ。そして正面で胡坐をかいているのが海斗だ。
ほめたろうさんのお腹に頭をうずめるがいいよ! といったのだけど、座ったまま抱き着くと、変な場所にあたるから、と彼はなぜか赤面をしていた。ほめたろうさんの中の人って男の人なんでしょうか?
ちなみにそのあとも他のキャラクターたちと一緒に写真を撮りまくってきた。いくらお友達だからと言って毎日一緒にいたら身がもちませんわ、と冬子さんがげんなりした声を上げたりもしたのだけど、それは気にしないでおこうと思う。
だって、出来上がった写真をしっかりと見ればきっと、少し前の自分とは違った笑顔がそこにはあるのだから。
新しい関係で二人とも過ごしてほしいものである。
ああ、そうそう。それで翌日の撮影のお手伝いのほうなのだけれど。
小さいお子さんいっぱいで、あいなさんの読みはばっちりあたっていた。というか予想よりも多かった。
二人で撮影してもなかなかに手が回らない。
おまけに、木村のクマも参加していた影響か、クマの妖精のおねーちゃん、とあのときのイベントの参加者の人にも見つかり、あの時お休みした本場ものの妖精役のおねーさんとも話をしたりすることができた。
まあ、忙しかったのはそうなのだけれど、可愛いキャラクターたちに囲まれた三日間はこうして幸せのうちに幕を閉じたのである。
やっと終わったー! キャラクター博覧会。
いやぁ、同性愛者の人に女友達をつくるにはどうすればいいか、というような感じでちょっと悩みましたが無事に終わってなによりでした。
まあルイさんはもともとこういうお人好しなところがある子なので、妥当な終わり方だと思っております。サツバツ!は似合わないのです。
ちょっとばかり撮影枚数とかは増えたのでしょうが、それはそれということで。
あいなさんとも一緒に仕事ができて、ルイさんは大満足な回でした。まあ四月部分ではそうとう扱いがあれだったんで、ご褒美です。
え、さくらちゃんの彼氏の話は、いままでいろいろと伏線はひいてきたつもりではいますよ! ちょっと普通のカップルっていう感じではないかもしれないですけどね。
さて。ここまで終わって、次話はどうなるかといいますと。まだ書いてないんですがねー、志鶴先輩の男装モードとお出かけです。っていうか、時宗先輩もついてきますよ! 男三人旅? ということで。町中でいろいろやらかしてもらおうかと思います。




