033.まさかの黒幕はあの人だった
月曜日。午前の授業が終わって、昼ご飯を食べる前にすぐさま部室棟へと足を延ばす。
さすがに廊下ですれ違った人はまだおらず、部室棟はひっそりとしている。いちおうは高校生なので授業をさぼって部活に集中というような生徒はいない。姉の話だと大学の場合は自主休校して好きなことをしている人はいるのだそうだけど。高校生の限界としては授業の片づけをいち早くしてからこちらにくるというのが関の山だろう。
あの集中っぷりからいって、あいつはこちらと同じ匂いがする。そういうやつは大抵、学校でできることがあるのならそれに何を捨てても駆けつけるタイプだろうと思う。
となると。
「君、たしかこの前、漫研の部室にいたよね?」
漫研の部室に向かう角に陣取っていたらやはり予想通りに彼女は現れた。
こちらの姿をみると、ひっと一歩後ずさった。
いちおうは後輩の女の子だ。なるべく穏やかに。警戒させないように紳士的なトーンで呼び止めたのだが。
「ちょっと話ができないかな? そんなに時間はとらせないので」
「う……えと、その忙しいので」
ずいと近寄ると、その一歩分だけ彼女も後ろに下がる。
「漫研の部室は誰もいなかったし、一人で漫画でも描くのかな?」
「えと……あの。ううぅ」
漫画、とあえて少し強めに言ってやると観念したように彼女はうなだれた。
まったく、別に怖い顔をしていないというのにそんなに怖がられても困る。
「部室だと、他の人に聞かれちゃまずいだろうし、この時間だと絶対使われない部屋を借りますかね」
さぁついてこようかと、彼女を誘導して階段を上った先。
手近な社会科準備室に誘う。ここを管理している社会の教師は職員室で食事をとるのが常で、いくら忙しかろうと昼休みにここにいることはまずない。
高価なものがない、ということもあるし、また学生の興味をひくようなものもないという理由でカギもいつもあけっぱなしなので、ひそかに内緒話をする場合には適しているところだ。
実は盗聴器でもしかけてるんじゃないかーなんていう噂も立ったけれど、別に今回の話に関してはあの教師に聞かれたところで別段こちらの懐は痛まない。相手の子には悪いのだが。
「さあて。どうしてこんな写真つくったのか、吐いてもらおうか」
かちりと準備室のカギをうちから閉めたところで、がらりと口調を変える。ひっ、と彼女の悲鳴に近い声が聞こえるがそれは無視だ。
ある程度の脅しをかけてやらなければ、本当のことは話さないだろう。
「さ、さぁなんのことだか」
「一応、俺は当事者でその時の記憶もある。それでいえばこんな角度でこんな仕草をしたはずがないってことは言える」
「そうですか? ひ、人の記憶なんてあやふやなもんですから」
本当にそういうことをしていたのかもしれないと彼女は、ぎりぎりのところで抵抗をしてくる。
ならば少しだけ作戦を変える。
「けれど、ここの影のところあるだろ? これ、写真を撮ったときの光の加減を計算すると、こうはならないはずなんだよ」
だから偽造に違いない、ときっぱりと言ってやると、彼女は顔を真っ赤にしてその写真を睨むように見て。
「そんなはずないです! この場合、こうやって影をつけてやれば自然のそれと全く同一になるはずで」
はい。誘導尋問おしまい。素直な子だなぁ。まったく。
「うん。そうだなぁ。確かにその影の伸び方は他のものと同一の比率で、背景に映っている他の反射物なんかもあんまりないから、それでいい。完璧な仕事だ」
うんうんと感動したような面持でうなずいてやる。
けれどそれがどういうことなのか、彼女にはわかったようで、うぐっとばつの悪そうな顔をしている。
「それで、そんなもんを誰に依頼されて作った?」
彼女が認めたところで本題に入る。写真を作ったこと自体は確定事項。こちらももう知っていることだ。けれど問題はその先、どうしてこの写真がつくられたのかといった経緯だ。彼女が自分で楽しむために作った、という線はこの前の漫研部室での騒ぎの感じから言って、ありえないだろう。
だれか後ろに黒幕がいるのだ。
「青木先輩からの依頼だったんです」
「はい?」
さすがに、妙な名前を聞かされてぽかーんとしてしまった。
「い、いちおう確認しておく。この写真に写ってるこの男でいいのか?」
ぺしぺしと青木の写真を指差しで確認する。同性の腐女子に頼まれたという可能性もちらりと頭によぎったからだ。
けれど、彼女はこくこくと首を縦にふるのである。
嫌な沈黙が流れた。頭の中が実際だいぶ混乱してる。青木がどういう意図でこんな写真を作りたがるのか、それがわけわからない。既成事実を作るといっても、青木から感じるのはただの悪友の感情だけであって、取り立てて恋愛関係でどうのこうのというのはまったくもってない。あってもらっては困る。
ルイとしてあいつの前に立つなら、少しは気恥ずかしそうにしてたりとかわたわたするので、少しはこちらの魅力に参ってしまっているのかもとも思うのだが、当然木戸とルイの関係についてはかけらも疑っていない様子なのは間違いはない。
「わ、私だって、その、こんなコラージュ嫌だったし、も、もちろん二人がそういう関係になったらそれはそれで楽しいなっておも、思ったりはしてましたが、でもコラージュをこういうので使うのはちょっとどうなのかなって思ってて」
彼女は言い訳がましくそんなことを言い出した。
彼女の言は間違いではないのだろう。コラージュが好きなのは間違いないだろうが、それが人を陥れるために使われるのを好むような人間かどうかは人それぞれだろう。彼女がどちらなのか今のところは判断は保留するしかない。
けれども、ではなぜ青木などに協力したのか。その点はしっかりと問いたださないといけない。
「嫌なら断ればいいだろうに。先輩っていっても直接の知り合いじゃないだろ?」
「誘惑に負けてしまいました」
青木の交友範囲は木戸ほど狭くはない。けれど女子相手となると圧倒的に少ないというのはすでによーくわかっていることだ。なんせ他のクラスの女子としゃべっただけで、嬉しそうに何組の誰と会話してしまったとか木戸に報告してくれるのだから。
後輩の女の子とここまで親しくしているのだとしたら、話を聞いていても不思議ではないのに、青木から後輩と仲良くなった件については全く聞いていない。
それならばこれは、なにかしらの取引の関係といったところなのだろう。
彼女は肩をこれでもかと小さくすぼませて、いつも持ち歩いているというメモリーカードを取り出して言った。
「この中に、相沢あいなさんの私蔵写真が満載なんです。えと、あいなさんっていうのはすごい素敵な写真を撮るこの学校の卒業生なんですけど」
それは知っているが、青木のやつ、ずいぶんなものを餌につかったものだ。
むしろそんなものはルイのほうが欲しい。
「スキャナで読み込むと微妙な風合いがとぶし、もとの写真データがもらえるなら、なんだってやっちゃいます。相沢さんの写真はコラージュの素材として破格なんです。きれいなんです」
「そりゃわかるが……」
あいなさんの写真は自然の風景がほとんどだ。一緒に撮っていて、同じ風景を撮っているはずなのにどうしてかあの人が撮ると透き通ってみえるのである。そこにいろいろな編集をしたい、と思ってしまうのはコラージュに特化しているものならば仕方ないことなのだろう。彼女の作品を見ていないから、もろ手を挙げてとは言えないが。
「えと……それで、私はこれからどうなっちゃうんでしょう?」
嫌な沈黙が少し続いたからなのだろうか。彼女は耐えきれなくなったようで、泣きそうな顔でこちらを見上げてくる。
さて。ため息ばかりしかでてこないのだが、この件はどう対処するべきだろうか。
ずいぶんと迷惑をかけられたものの、彼女自身にはそこまでの非はないと思う。
ただ、木戸としてはこれだけはやっておかないといけない。
「これ以上、俺と青木のコラージュは作らないって約束すること」
そう。製造工場の破壊である。彼女の腕がなければ青木と木戸の艶めかしい写真だなんてものはあり得ないし、これ以上の悲劇が起こることはないだろう。今出回ってるものの回収と噂の霧散のほうには手間取りそうだが、とりあえず病巣は取り除ける。
「それと、貸し一つってことで、いつか君の腕が必要になったら貸してくれ」
ま、俺はこういうバカげた依頼はしないだろうが、と付け加えつつ部屋のカギをあけてやると、うぅう。ごめんなさいーと、彼女は半泣きで社会化準備室を出たのであった。
「で?」
屋上に冷たい風が吹いていた。
下駄箱に入れておいた手紙を片手にうきうきを隠せない青木はこちらの姿を見ると、びくぅと硬直した。
まあ斉藤さんに協力してもらって女子っぽい手紙を作成したから、待っているのは確実に女子だと思ったのだろうことは予想ができる。
青木は、女子が絡むととてもやっかいになる。というか飢えているのだ。残念なほどに。
「よ、よぉ。屋上でどうしたよ、親友」
「その手紙は俺からだ。さあ愛の告白を始めようか」
ぴくりとも表情を動かさずに言ってやる。あからさまに青木の阿呆は後ずさった。
ちなみに、遠峰さんは今の瞬間を写真にとらえていたりするのだが、青木にはとりあえず内緒だ。
普段の木戸に手を貸してくれるというのは、遠峰さんとしては珍しいのだが、ことがことだけに興味津々らしい。彼女もコスプレ大好きな人達よりの感性をしているし、男同士の行き過ぎた友情は大好物らしい。
「俺たち友達だよな。スキンシップも多い。とても多い。こうやって頬に触れたり、首筋に触れたり」
手をつないだりな、とコラージュされた写真の中身を再現していく。
青木は、嫌な汗をかきながらされるがままにしているようだった。別にこれで頬を赤くするとかいうことは別にない。ルイにやられれば大喜びはしそうだが。
「で? 俺はいつお前にこういうことをしたんだ? うっかり記憶が飛んでしまっているようなんだがな」
肩をさわったりといった程度のことはある。それはあるのだ。だがそれ以上に男同士で触れ合うということはそう多いことではない。
「す、すまんかった!」
写真のことがばれたと理解できたのか、青木はぺこりと頭をさげる。きっちり90度の立派な礼である。
「どうしてこんなことをしたのか、ぜひとも頭の悪い俺に教えてもらいたい」
どうしても理由が解せない。この前漫研のコラージュ娘から名前を聞いたときにもほうけたけれど、これでどこに青木のメリットがあるのかさっぱりわからないのだ。
「こ、これは策略の一つなんだ。風が吹けばおけ屋がもうかるっていう寸法なんだ」
どういう寸法なのかさっぱりわからない。わけがわからない。
「いいか。よくきけ? 俺たちがその禁断の関係だとするだろう? そういう噂がたつと俺に片思いをしている女子がめらめらバーニングしてだな、勇気をもって告白してくるんじゃないか、というような次第だ」
「……バカだバカだと思っていたけど、ここまでとは」
は? かくんと体から力が抜けた。これが脱力感というやつなのか。
ああ。実にくだらない。本当に理由がくださなさすぎて涙がでてくる。
どこをどうしても、これで気を引ける相手なんていない。ルイですら「写真のコラージュっぷりに興味」をしめしても、被写体には、は? もぶ? となる。
どうして片思いをしている相手がいる、だなんて妄想を前提に動けるのだろうか。
「むしろ、暖かく見守ろうって空気のほうが圧倒的に多いぞ」
逆効果だ、といってやると、青木はあんぐりと口をあけた。
そんなばかな、といった風だ。
「そもそもそんなにがっついていては、近寄りがたいだろうが」
どうしてそんなに彼女が欲しいのか、木戸としてはさっぱり理解ができない。
「それは持てるものの余裕というやつか? 女の子といちゃいちゃしたいのは男子高校生として当たり前のことだろうが」
「わからん……むしろ面倒くさい」
ちらりと頭に遠峰さんの顔が浮かぶ。彼女というわけではないが、女の子に引っ張りまわされるという現状としては割と近しい状態に違いない。別に一緒に撮影をすること自体は悪い気はしないけれど、というかルイとして相手をするならむしろ楽しいのだけれど、男として彼女に気をつかうとなると、破格に面倒くさくなる。
「まさかお前、本当は男が好きとかっ。だがだめだぞ親友、俺の貞操は渡せない」
一歩引いて青木が蒼白になる。なんだ男のくせにお尻の心配か? いわゆるネットのアーなあれか。詳しいことはしらんが。
根本的に、発想がおかしい。青木の頭はもともとおかしいのだが。
そもそもなんで男好きだとみんな立ち前提なのかがわからない。いや、いちおう男として認識してるってことか。
正直そちらの道の方々は、受けの方が多いんじゃないだろうか。それに貞操といったって誰でもいいってわけでもないだろう。
一瞬、ルイがベッドで青木に押し倒される姿が浮かんで寒気がした。さすがにそれはない。確かにルイの姿はかわいいのだが、本人的にバッドエンドである。
「手相うらないしてやろうか? 手がぶっつぶれるまでなぁ」
ぎじぎじと手をつかんで爪を思い切りたててやる。
青木が、うぐおぉああ、と奇妙なうめき声をあげるのが聞こえた。
「貞操と手相はちが……いだだだ」
再度力を込める。悪いがルイとしての生活がながかろうとも、基本的に木戸は男子である。平均握力よりは確かに弱いが女子のそれよりはそれなりにある。痛がらせるくらいの芸当はできるのだ。
「いいか、よく聞け。今回出回った写真一枚残らず回収しろ。それと漫研のやつら、お前から事情を説明してそんな関係はないと説得しろ。まあ一日二日でできるはずもないから、一か月くらい訪問でもすればいい」
実際それくらいかかるだろうなと、あのきらきらした顔を思い浮かべて表情が曇る。しかも木戸が行った後に青木が話をしにいったのでは、どんだけという話に数日はなるだろう。
けれどそれはやっておかなければならないミッションだ。この噂をこのまま定着させておきたくはない。
「それと、コラージュつくったやつには責任はないから、そっちにはつっかかるなよ。名前も伏せろ。あいなさんの写真データは使えるようにちゃんと彼女にお願いすること。お前のことだ、どうせこっそりパソコンから抜き出したとかなんだろ?」
「あう……」
こんな計画のために、彼女がデータをプレゼントなんてことはあり得ない話だ。いちおうはプロの写真家さんでそれをもとに写真集までだしてるくらいなのである。それがダダ漏れというのは商業的にありえない。青木が持ってきてしまったものは、木戸も見覚えのある彼女が個展に出そうとしている予定のフォルダに入っていたものだ。
でも、あんなにコラージュ娘が笑顔なのだから、それをとりあげる、というのはさすがにかわいそうだとも思う。
今回の件でルイとして関わっているなら、いくらでも取り持ってやるのだけれど、木戸のほうではあいなさんとの接点が全然ないのだ。遠峰さんにお願いをするにしても、当事者じゃないのにって話になってしまう。
木戸がこちらの姿であいなさんに会うというのはできれば避けたい。
「必要ならコラージュ娘をあいなさんに会わせてやって直談判させてやれ。それであいなさんがダメってんなら、しょうがないけど」
一つ突破口があるとすれば、彼女自身があいなさんと話をして、許可をとるということだ。事後承諾になってしまうけれど商業利用をしない、なんていう約束があればあいなさんなら許してくれそうな気もする。
まあ、コラージュについてどういう考えを持っているか全然知らないから最悪のケースもあるのだけれど。
「おまえ、被害者なのに女には優しいのな……」
若干恨みがましい視線をあびて、深いため息がでる。
あの子は今回の件では完全にとばっちりだ。ニンジンをぶら下げられた馬のごとくに全力で走っただけなのである。
「まあ、残念な青木に、一つ忠告をしてやろう」
手を放して、屋上のフェンスに寄りかかりながら、はぁとため息をつきながら、青木に告げる。
「女の子にもてたいなら、優しく真摯に接すること。嘘つかれるとか、気持ちを押し付けられるとか、めっちゃむかつく、はず」
半分ルイとしての気分なのだが、まあ間違いでもないだろう。
もてたいという思いはないし、恋愛に発展しているということはまずないのだけれど。
それ以前に、友好関係を築くためにはそこらへんは必須なことなのである。
「俺らはイケメンでも美女でもないのだぞ? こんなトリッキーな策略が生きるのは、かっこいいやつだけだ」
あきらめろ、というと青木はうわーんと言いながら、なぜかこちらに抱き着いてきたのであった。
その瞬間を、遠峰さんがカメラに収めているのはいうまでもない。
「あ、そういや最後に一つ謎が残ってたな」
そんな青木をひっぺがして、最後にひっかかっていたことを彼に聞いた。
「結局俺たちの写真の素材を撮ったのは誰なんだ? バレンタインの時も、体育の時も、近くにカメラはなかっただろ。シャッター音が聞こえればわかるけど、そんなもんまったく感じなかったし」
そう。コラージュをした人間は確定したけれど、木戸と青木の日常風景の写真なんて誰がうれしくて撮影するというのだろうか。
「写真部の先輩からもらったんだよ。今は卒業しちゃった人。お前去年の学外実習から写真部に目をつけられてただろ? それでいろいろ休み時間に張り込んでたらしいんだよな」
対岸である部室棟の屋上からなら、一年の教室はしっかり狙えるだろうか。望遠なら問題なく撮れる距離だろう。
「それで一月から三月までの写真が多いのか……」
卒業式の時に、木戸君、さくらをよろしくねぇなんて言ってきていたのだが、むしろこれでは木戸と青木でよろしくやってくれというメッセージにしか映らない。
「……あとで、とっちめておこう」
さくらなら出所はもしかしたら知っていたかもしれない。それでも内緒にしてたというのならば、きっちり写真部の人たちに苦情の一つでもいってやろうと、木戸は心に決めたのだった。
コラージュ写真も問題だが、隠し撮りもさすがに問題視する以外にないのである。
コラージュ写真には元画像が必要ということを最初すこんと忘れていて描写追加をいたしました。私生活の写真を撮られること自体が、私としてはちょっとむりーなのですが。
うん。どこにだれの目があるかわからないから、立派にいきねばなりませんね……無理ですがねー。