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312.撮影会議

「そんなわけで、今日は今度の大撮影会のために別の学校からスタッフに来てもらっている」

 GWが終わったあとの土曜日。

 この日は絶対参加な、と時宗先輩にいわれていたその日は、お休みにもかかわらず大学の会議室に座ることになった。

 うん。できれば土日は撮影に回したいものだけれど、それでも特撮研の方も撮影には違いないし、ルイとしての撮影再開は、日曜日からでもいいかなと思ったので、特別嫌では無い。

 もちろんGWもあけたのでしのではなく馨として、男子大学生としての装いになっている。


 普通にジーパンとシャツくらいなラフな感じ。靴も……いちおう男ものですよ? ふふん。

 ちょっと、そこのかた。足のサイズがぜってぇ男じゃないだろうとか言わないでくださいよ。

 ……はい。男ものの靴は探すの大変なんです。

 そりゃエレナよりは大きいのだけど、あの子は本当に女子のサイズなので。準にゃんもびっくりなほどです。


「うわ、ノエルさんがいる……」

「ね。ノエルさんだねぇ。まさか大学で会えるとは」

 さて。時宗先輩が言っていたように、会議室には他校の学生が一緒に座っていた。

 その中に混じっていたのが、クロキシとペアで活動しているノエルさんだった。ちんまりしている姿が相変わらず可愛らしい。

 もちろんクロキシの姿もあって、えっ、となったのだけど、そっちの詳しい話はあとにしよう。


 四月の中旬に特撮研に入ってくれた一年生の、柊さゆみちゃんも、おぉとちょっと興奮気味の視線をノエルさんに向けていた。

 入学早々こんなサークルに入ってる時点でお察しの通り。彼女もぞっぷりレイヤーさんだ。確か奈留先輩の知り合いとかだった気がする。

 今の所一年の会員は彼女だけだけれど、まだまだ五月だ。これからイベントなんかをしつつも募集をしていくというし、さすがに一人ということはないだろう。


 そんな彼女も、そして同学年の鍋島さんも、ノエルさんの事は知っているらしく、おぉ、と目をキラキラさせて、かわえーなーと言っていた。

 ちなみに、木戸としては、もちろんルイでの絡み経験もあるので、そんなにはわはわはしない。

 ただ、その隣に座っている人の姿をみて、おまえなんでここにいるの? と言いたいだけだ。


「はいはい、有名なレイヤーさんもわんさといるけど、三校共同開催、大撮影会のための打ち合わせというか、初回顔見せなのであんまりはしゃがないように」

 ほれほれ。ミーハーになんなおまえら、と時宗先輩が注意をしている。

 ちなみに、他に来てくれているのは別の大学の人三人だ。

 大学ではサークル間での交流も盛んで、特に特撮研のようなイベントに出ているようなところであれば、こうやってお近づきになることもあるのだという。


「でも、去年はやらなかったですよね。その大撮影会ってどういうものなんです?」

 すっと手を上げて、時宗新会長どのに質問する。

 確かに、去年はこんなイベントやっていなかったと思うし、声もかからなかった。


「期待の新人がきたときに開催……ってわけでもなくて、合議制でどうよー、やるー? ああ、やるやるーってなった年はやるって感じなんだよ」

「かるっ。なんかイベント開設かるっ」

「でも、大学のサークルだし、目的は楽しむことだからな。やる気になったときだけ開催ってのは良いことなんだ」

 それって、これなら他の奴らに見せていいって状態じゃないと、人は呼べないだろ? という時宗先輩の言葉に強く共感してしまった。

 たしかに、部屋の掃除したあとじゃないとお客さんは呼びにくいのと同じで、見せられる状態じゃないと躊躇してしまうよね。

 それが、今年開催されるということならば、今のここはそれなりに見せられるレベルにあるという判断なのだろうと思う。


「うちは、黒くん入ったから」

 ぽそっとノエルさんがいつものぼそぼそ口調でクロキシの影に隠れながら発言した。

 キャラに入っていないノエルさんはいつもこんな感じで、ちょっと奥手な感じの女性である。

 もちろん乙女オンリーっぽいイベントだとここまでにはならないのだけど。

 ちょっと男性恐怖症的なところもあるのだろうか。


「うちも今年は脂ものってて良い感じですよー!」

 もう一つの学校から来てる会長さんも、元気に手を上げて笑顔を浮かべていた。

 うん。確か前にルイが撮影したことある人ですよね。ぐいぐいと、撮ってくれー撮ってくれーって押しが強かった人だ。彼女が仕切ってるなら、わりと優秀なメンバーがそろいそうだ。


「もちろんうちも、モデル、撮影ともにずいぶんとパワーアップできてるしな。それにステップアップの場所としても、いろんな人を撮るのはいいことだから」

 花涌さんが少し不安そうな顔をしてたからだろうか。

 まだ初心者の域を出ない彼女に、彼は声をかけた。


「だね。花ちゃんはあんまりイベントでもばしばし行く方じゃなかったし、こういうので慣れた方がいいかも」

 鍋島さんもそんな花涌さんに声をかけていた。

 撮影技術とかは教えられても、テンションの話については自動でそうなっている身としてはなかなか教えられない。男としてテンション高めに撮れる方法をこちらがむしろ聞きたいくらいだ。

 え。男状態でも十分カメラバカ? はいはい。そうなんだけど、ルイほど、ではないでしょ? そこの所をなんとか埋めたいところなんだけど……女装してないといい写真撮れないとか、自分がやばい気がする。ルイをやってるときは、まーいっかって思っちゃうところも含めて。


「さて、そんなわけで。会場とか予算とかそこらへんの話し合いをしましょう。俺も一昨年ちらっと参加しただけなんで、いまいちどんな感じなのかわかってないですが、この大撮影回のスローガンの「やりたいようにやる」に習おうと言うことで」

 助言とか、意見とか、ばんばんお願いしますね、と他校の学生にそうお願いしたところで会議はスタートした。

 コスプレといっても、現代ものにするのか、歴史にするのか、異世界なのか。

 そもそも世界観を合わせるのかどうかから決めなければならないので、話し合いは長くなりそうだ。

 そうはいっても、基本やりたいように、から始まっているので。

 会議は、ぽんぽんと意見がでていき、ああそうくるなら、こっちはこうかな! なんていう感じで、むしろ意見が出すぎて収拾がつかない会議になっていってしまっていた。




「しっかし、まさか馨にーがこの学校にいたとは驚いた」

「俺も驚いた。学校の名前は知ってたけど、まさかそういうサークルに入ってるとは」

「そりゃ、入るだろうよ。ノエさんだって同じ大学なわけだし、そーいうの好きだしさ」

 俺は、馨にーと違ってオープンだからな、と健はちゅーとバナナオレを飲みながら答えた。

 会議が長引いているというのもあり、いったん昼休みを取りましょうということで我らは食堂に移動してきていた。

 他のメンバーもちりぢりになって、いろんなところでご飯を食べているようだった。


 ノエルさんの人気がすごいのでご一緒したいといってた人は多かったのだけど、クロくんが選ぶ人ならいいよ、なんていう一言で木戸が指名されたというわけで。

 ……健くん。モテないとか言ってたけど十分ノエルさんと親しげじゃないですか?


「……黒くん。この人とはどういう?」

 じぃと疑わしそうに目を細めてこちらを見てくるノエルさんに、クロキシはあー、心配しないでいいっすよとこちらの肩をぺしぺし叩きながら紹介してくれた。

「この人は、俺の従兄弟でね。カメラ大好きな危ない人だ」

「アブナクナイよ! 健はどうしてこう、俺のことをそういう目で見るかなぁ。俺、普通。無害で普通」

 ほらほら。怖くないですよーと言うと、えっ、なにいってんのこいつという目で見られてしまった。


「あんまり男の人なのに、臭くない? むしろなんか良い匂いがする?」

「馨にぃ……香水の残り香か?」

 じぃとクロから胡散臭げな視線が来た。お前平日から香水使ってんのかよとでも言いたいのかもしれない。

 でも、男の人でもコロンくらいはつけるんじゃないかな?

 まあ、木戸さんのはルイの時にしかつけませんけれども。


「んー。さすがに使ってから何日か経ってるし、残り香ってよりは、シャンプーとかかなぁ」

「……ですよねぇ。髪の匂いかな。つーか。普通だったら男くささがあるんじゃね?」

「それ、健もないだろ。てか、明日は甘めでいくんか?」

「いちおー毎日頭洗ってるしな。あんまり匂いするとノエさん嫌がるし。ああ、それと明日は女装コスだから甘いぞ」

 なるほど。ノエルさんが男の人とあまり一緒に居たがらないのは、そういう理由もあるのか。

 去年の夏のイベントの時はBLカフェの二人との同席も断ってたものな。


「……男、同士?」

 ノエルさんが、なぜか首をかしげながらぽそっと呟いた。

 いや。最近の若い男子は、シャンプーの銘柄とかも気にするよ? おかんのシャンプーから卒業するのも一つの成長だよ?

 ……まあ。普段木戸が使ってるのは、女性がCMやってるヤツですけどね。


「男同士ですよ? 従兄弟同士だしね。まぁクロやんは女装すると可愛いから、男同士かといわれたら悩ましいけど」

「それ、普通にブーメランだろ。そんなかわいいお弁当自作しといてそれはないだろ。新妻だろ」

「新妻はやめてっ、トラウマスイッチ入るから」

 お弁当から、少しさめた唐揚げを口に運ぶ。

 研究室とかにお邪魔をすれば電子レンジがつかえるのだけど、まだまだ一般学生の身の上としては冷めても美味しいお弁当という感じだ。

 可愛いかどうかは、なんとも言えないところだろう。キャラ弁とか、愛妻弁当とかって感じにはしていないし。


「男なのに、新妻でトラウマ? そういえば黒くん。ルイさんとも親戚とかなんとか聞いた気がする」

「……健くんや。ルイさんと親戚だったんだ? へぇ。ふぅん」

 げしげしと足を蹴ってやると、いたいっ、いたいよ馨にーと、健が情けない声を上げた。

 でも、アウティングはダメ。


「だって、まさか馨にーと絡むとか思わねーじゃん」

「俺も特撮研にいるって話はしたよな。ならいるっていうのもわかるよな」

「馨も……ルイの知り合い? ……まさか。え。でも……」

 ノエルさんがはむついていたサンドイッチをぽとりと落としていた。

 お皿の上に落ちたので、いちおうはセーフだ。

 クロからどうすんの? というお伺いの視線が来たわけだけど、まあ、ここまで行ってしまったら答え合わせはしないといけないだろう。


「ノエルさんもカンが鋭すぎじゃあないですか?」

 はぁと、周りに人が居ないのを確認してから、頬杖をついて声を変える。

 眼鏡はかけたままではあるものの、これだけで雰囲気はかなり変わるはずだ。


「……黒くんの声が良くなったの、ルイさんのおかげだった?」

「いろいろクロやんには教えましたからね。二年前くらいだったかな」

 ああ、誰に聞かれるかわからないから、もう戻しますよ、と断ってから声を元に戻しておく。


「あまり、秘密、じゃないの?」

 内緒なことを知られたわりに動じてないと言われてしまうと、苦笑が浮かんでしまうのだけど。

 ノエルさんになら、そこまでばれたところで、痛手にならないだろうなと思っただけのことだ。


「できるだけ秘密、ってところですよ。最近は……っていうか先日までの一件があるから、できればばれないのがいいんですが、疑わしいってなった段階で、さっさと曝露して二次被害を防ぐってのがスタンスですね」

 まあノエルさんなら悪いようにしないかなっていうのも加味してです、というと、うぅとなぜかノエルさんは少しだけ恥ずかしそうに口をつぐんだ。

 褒められ慣れてないのだろうか。


「にしても、クロやんの失言があったとはいえ、さすがにノエルさんは鋭いよね」

 前の夏のイベントの時も上手くさばいてくれたし、すごいなぁというと、ノエルさんはさらにそっぽを向いて言った。

「そうでもない。黒くんが女装の達人っていうヒントがあれば割と誰でも行き着く」

 というか、もうちょっと自衛しないと危ない、と言われてしまって健がしょぼんと肩を落とした。

 まあ、そうだよね。その失言がなければ行き着かなかったはずだもの。


「……大丈夫。誰にも言わないし、そんなに怯えなくてもいい。ただちょっと優先して撮ってくれるだけでいい」

「まったく、奈留先輩みたいなことを」

「なるるさんも知ってたのか……せっかくチャンスだと思ったのに」

 ノエルさんはあまり残念がったようすもなく、それなら特別扱いしないでいいと言ってくれた。


「それで? ノエルさん的にはこれまで通り撮影してよい感じですか?」

「それは構わない。というか変に遠慮されてもこまる。ルイの撮影は刺激的。たかが日常男装趣味をしてる困った子でも問題ない」

 びしぃっ、とサムズアップを決めてくれたわけだけれど。

 あの。ノエルさん。いくら冗談だからといって、その言いぐさはないと思います。


「ちなみに、黒くんに対しても同じ認識。普段、男装してる子認定。あんまり、男の人って感じしない」

「……うん。健。良い子良い子」

 可哀相に。仲良しで良い感じだと思っていたのに、まさかの健まで、男認定されてなかったとは。

 これは、ノエルさんがおかしいんだろう。もちろん木戸だけなら今までだってそういう風に言われることは多かったけど、健もとなると、これはもうそっちを疑った方がいいと思う。

 だって、健はこれでも、日常生活はちゃんと男子高校生だったし、これからは男友達もぼちぼちつくって、生活していくのだと思う。

 それを男装女子だ、と言い切るなんて、やっぱりノエルさんは特殊なのだ。


「私、男の人苦手だから、つい一緒にいたい人はそういう認識になる。許して欲しい」

「なるほど。男の人相手だって思うと緊張しちゃったり、敵意がでちゃったりするんですね」

 それで、対象の認識を変えてしまえばいいと思ったということだろう。

 なかなか暴論ではあるけれど、男性恐怖症っていうのを体験している身としてはわからないではない。


「そもそも、そう思える人がそういない気がするけど」

「そう。それがちょっと問題。さすがに必須単位の英語の教師とかを、男装女子と認定するのは……」

 あわわわ、と手をぷるぷるさせているノエルさん。かなり生活に支障がでるほどなようだ。


「ちなみに撮影はどうなんです? 男の人に撮られることもあるでしょ?」

 実際、ノエルさんとクロキシはそこそこ人気のレイヤーさんだ。しかもノエルさんはちんまい系の女子なわりにプロポーションは良い方だから、大きなお友達からも人気があるのだ。


「役に入り切ってればなんとかなる。高圧キャラとかだと、踏んで差し上げましょうか? とか言える」

「うわぁ」

 それはそれでご褒美ですありがとうございますって言いそうな人達もいそうだけど。

 まあノエルさんがそれで上手く対応できてるならいいんだろう。

 ちらりと健の顔色を見たら、やれやれと肩をすくめていた。

 どうやら、その後のフォローとかいろいろとやってあげてるらしい。

 うん。後で健にはいろいろと聞きだそうではないですか。なんならうちに泊まってもらって夜通し、いろいろとお菓子でもつまみながら。なんならケーキも作ってお待ちしております。

 ……こういうところが女子会とか言われる由縁かっ。

 

「もともとレイヤーになったのも、男の人に慣れるため。でも……どうして、こう……なった?」

 あう、とうつむくノエルさんは、クロやんにもたれかかるようにしていた。

 そりゃ、まあ。男慣れの方向を思い切り間違えてるもんなぁ。認識も含めて。


「男から逃げてるから、ですよ。クロやんはともかく、俺を男装女子扱いするのは無理があるし」

「……なにを言ってるかわからない」

「ね。何を言ってるかわからないよねー」

 ノエルさんだけじゃなくて、わざわざ女声にした健にまでだめ出しをされた。

 ひどいよ、もう。


「ま、俺とかクロはもーダメだろうけど。今度会う男の人はそういう認定しないで親しくなってみればいいんじゃない?」

「えええ。それひどくね? 今からでも修正しようよ」

「……どっちも難しい」

 うつむくノエルさんに、がーんと健はショックを受けていた。

 まあ、男として見てませんって面と向かって言われたらショックだよね、そりゃ。


「でも、今回の撮影会でちょっと頑張ってみようかな」

「えええ。そっちに頑張るの!? 俺にたいする認識をどうにかするほうを是非とも」

「それは無理。がんばりようがない」

 ぽそっと言われた言葉にクロキシが泣きそうな顔をしていた。

 可哀相に。


「ま、それはゆっくり考えた方がいいかもな。なんなら俺が相談に乗るし」

「馨にーに相談してもなんの足しにもならん気がする」

 こちらは善意で言ってあげているというのに、健ったらひどいんだから。


「そ、そんなこという子は、撮ってあげませんからね」

「ひでっ。そうやっていっつも撮影を楯にするのは、ひでぇって」

「ふふっ。やっぱり男同士には、見えない」

 ぽそっと言われる言葉を聞きながら、ああ、時々男状態でも、ふらっとルイとして発言しちゃうのがいかんのかもなぁと少しだけ反省することになったのだった。


特撮研がらみーという宣言をしていましたが、夏を目安に行われる三校合同撮影大会の打ち合わせとなりました。校内イベントとどっちにするか悩みましたが、あちらはこれが終わってからにしようかと。

ノエルさんの男性認識っていうのが初めて明かされつつ、作者もびっくりしました。クロやんはまあ頑張れ。

しかし、馨としての回なのに、どーしてこの子はこんなに女子っぽいんだろう。

次話は、もうちょっときりっといける……はずもなし。会議日の続きを予定してます。


それと作者さん先日SRS体験記みたいな漫画が出てたのでぽちりました。

というか、国内事情の本がでないあたり……アテンド会社つかって海外が主流なんすかねーと普通に思ってしまった。

そして、我ながら自分の「女装観」というものが……いえっ。かわいいは正義ですからっ! 

千歳たんはどこで切るんだろうか……

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