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311.絵のモデル2

今日はこの時間に間に合いました。連日おそくなってすみませんでした。

「うぅ。ぬるぬるするよぅ」

「しかたないですよ。グロスってのはそういうもんなんですから」

 ちょっとですから我慢してくださいというのは何回目だろうか。


 衣装を着させて、メイクをいじっている間中、足がすーすーするだの、こんなかわいいワンピはむりーだの、散々言われ続けた。そのあとに必ず言うわけだ。撮影終わるまでだよと。町中に出てご飯を食べるとかそういうわけじゃないから、メイクもすぐに解けるのだと。

 ちなみに衣装は大学内で服飾系の学部があったので、話をしたら快くレンタルをしてくれた。

 ちょうど仕上がったものが、律さんにはぴったりだろうということもあったらしい。


「ううぅ。めんどうだよぅ。だるいよう」

「もう。私だってモデルやってるときあんまり動けなくて大変だったんですからね」

「そーれーはー、うぅー」

「はい、完成っ」


 よいせとメイク道具をしまうと、できばえを少し離れて観察する。

 よし。あとは光の加減をうまいことやって撮影を終わらせればいい。

 そういやこうやってコスプレ以外の服をコーディネイトするのは初めてだ。

 もちろん服飾系のところで試作されてた衣装の中からだから、そんなに選択肢はなかったのだけど。

 白ワンピに麦わら帽子、ヒール低めのサンダルは歩きやすさも踏まえてのチョイスで、ばっちり律さんの見た目おとなしめなイメージを壊さずに女の子っぽさをだせたように思う。


「そもそも髪の毛編む必要とかあったの? 面倒だよねこれ」

「律さん、髪自体は悪くないし長めだから編んでみたんですよ。某男の娘の画家キャラがこんな感じなんです」

 寮ではメイドさんなんかをやっちゃうすごい芸術家さんなのですよ? というと、あんまりそーいうのはわかんないと言われてしまった。

 まあ、そうですよね。


 でも、律さんの雑に後ろで束ねられてた髪はひもとくとちゃんとつやつやだったし、これも服飾系の学部の私物を拝借してきたのだけど、ブローするだけでさらさらになってくれるドライヤーを使わせていただいた。

 あんまり風呂に入らないと言っていた律さんだけど、昨日はちゃんと洗ってきてくれてたようだし、ちゃんとブラシをかければ絹糸みたいな上質な髪質だったのだ。

 これじゃあ、編めといってるようなものだと思う。


「さー、じゃー撮影行きましょー。中庭にいい感じなところ見つけたんで、是非とも」

 さぁおいでと手を差し出すと、うぅと困った顔をされてしまった。

 むしろ、この部屋から外に出るのは嫌だとでも言うのだろうか。それではクロスドレッサーではないですか。

 もう普通に外に出ているんだから、いまさらワンピに抵抗とか言わんで下さい。

 あ、クロスドレッサーで楽しむことも、ルイさんは絶賛応援中です。念のため。


「さぁ、遠慮ならさずに」

 あちらから差し出した手を掴んでくれないので、もう一歩踏み込んで手をつかむ。

 遠慮、しちゃってるんだろう。昔の自分もそうだった。というか今も積極的に女の子を触ることは避けている。

 けれども今くらいはいいだろう。

 被写体を引っ張り出すのだ。こんなことは写真家の特権というやつである。


「はい、ご到着。どうですか? いいでしょ?」

 首だけ後ろに向けて、にっと彼女にこの景色を見せびらかす。

 こちらのモデルがあらかた片付いて、お昼休憩を取っている間に見つけた場所だ。

 もちろんその間に律さんが着る用の衣装も探し回った。律さんはモデル無しで集中して絵の補強みたいなものをやっていたので、一人でだ。一緒にいたら全力で断られてたかもしれない。


 ご飯にも誘ったのだけど、パン……ちゃんとした菓子パンかじるから! って断られてしまった。

 ラフは上がったモノの、モデル無しでもうちょっと詰めたいというところだろうか。

 絵の完成までは二週間くらいはかかると言っていたので、正直まだまだ先は長い。


 ちなみに、学校のセキュリティはどうなってるの? という話だけれど。許可証はちゃんといただいているので、特に機密が多いところでなければ自由に移動してかまわないと言われている。

 もちろん守衛さんがこの人数の生徒を覚えているわけではないし、あからさまにおかしい人でなければ声などかけてこない。某鉄壁の要塞、ゼフィロス女学院とはセキュリティーの高さは異なるのだった。


「うわっ。こんなところ……あったんだ」

「ときどき人はくるみたいですけど。隠れ家的でいいでしょ? 最初の撮影は人前だと律さん絶対嫌がるって思ってね」

 ここなら、たぶん素直に撮られてくれると思ってと、中庭に置かれてあるベンチの前に彼女を誘導する。

 うんうん。とてもいいぼっちスペースである。ここなら美味しくお昼ご飯もいただけそうである。


「おしっ。想像通り」

 そこに少し困惑顔の彼女をおしやって、少し離れてからカメラを覗く。

 やっぱり思った通り。背景と一体になっていい感じだ。

 しかも時間もいい。太陽の角度がしっかりと彼女の横顔を照らして、悪い部分を隠してくれる。


「んっ。いいです。それでこそです」

 カシャリと何枚かシャッターを切る。ちょっとびくびくした様子の律さんが写し出される。

 その姿はオシャレをしてきて大丈夫なのかなといった初々しい姿だ。


「まずは、こんな感じです」

 どうです? とタブレットに移した画像を見せる。

 まあまあなできだと言える。


「なっ」

 さすがに口には出さなかったけれど、これが僕、状態のようだ。

「すごいでしょー? 着飾ると律さんだって十分かわいくなるのです。毎日これをやるってなるとたぶんしんどいだろうけど」

 そこらへんはわからんでもないのですよー、と伝えておく。


 化粧というものには、依存性があると思う。一度はまるとというか一度化粧というものを覚えていたら、すっぴんでいることがひどく怖くなってしまうのだ。週末だけ女子なルイとは違って普段から女子で居続ける人たちはそんな感じで、美しくするためではなく、「やらないと不安だから」メイクをする。特にカメラなんて向けると、大丈夫かしら、と言い始めるマダム達はけっこう多い。


「私も毎日やれって言われたら、さすがにないわーって思いますし、ほんっとマジで気合い入れるのってパーティーのときとかだけで、普段は割と控えめというか、適当というか」

 今日もそんなに力はいってないのですよ? と言い切るとそれはそれで、とまどった視線を向けられた。

 え。それで適当なの? とでも言いたいのかもしれない。

 ただ、今日に関しては姉からも普段のルイでいいというお達しを受けていたので、普段通りにしたまでである。

 アイメイクをごりごりしたり、というのは本当に特別な日だけなのだ。


「ポイント押さえていけばどんどん慣れるしどんどん早くなります。なんなら今度、普通メイク教えちゃいますよ? 手早くぱぱってできるやつをね」

 まー律さんはその必要もなさそうだけど、と冗談ぽく笑いかける。

 たぶんいろんな薬が入っているんだろう。彼女の体はもう男のそれとはだいぶかけ離れている。

 ノーメイクだろうと女子でとおるだろう。


 ルイはどうかといわれると……まあ表情と仕草を加味すればすっぴんでも全然いけるとは思う。

 我ながら本当に男としての成長がまったくないのに安堵していいのやら嘆いていいのやら。


「さーて、じゃー自分の魅力を再発見したところで、ばんばんいきましょー。日が傾いちゃうと絵もかわっちゃうしね」

 夕日の写真もたまんないんだけどねぇとにまにましていると、ほんと貴女はとあきれられてしまった。


 とはいえ、彼女自身の姿を映し出すには昼のほうがいいのは確かだ。

 夕暮れの写真は被写体になにかしら特殊な効果をだすものだと思う。あの狭間の写真もそうだし、その後撮られたルイの写真もそう。薄闇の中、黄昏の光を浴びてしまうと本人すら隠してしまいそうな独特な絵に仕上がる。

 そっちも撮りたいけれどいまは昼だ。目の前だ。

 せっかくの律さんなのだから、夕闇のカーテンをかけずに撮りたい。


「へ? 写真ならさっきので十分じゃない? いい感じに撮れてたし」

「えええっ。何を言ってます? 律さんだって散々ポーズはあーだこーだ言ってくれたじゃないですか。ならあたしだって最高の一枚をプレゼントしたいです」

 ささ、どうぞどうぞ、好きにポーズ決めまくってくださいなといっても彼女はあまり動く様子はない。

 どうしていいのかわからない、ということか。


「しかたないですね。なら日常をしてもらいましょう。ほいこれっ」

 ぱしりと渡したものはアイスミルクティーだ。こんなこともあろうかと先ほど買っておいた。

 まだまだ冷えていて冷たい。


「適当にのんでください。椅子に座ってもいいしその場でもいいし。この中庭でゆっくり過ごすとしたらどんな風にするか考えてください」

「ありがと」

 プルタブをぱかりとあけるところからシャッターを切る。そして唇。

 まったく。律さんの唇だってこれだけアップにするとそのなまめかしさがわかる。もちろんそれはグロスなどの影響はあるのだけれど、ちゃんとおいしそうな唇だ。


 そして彼女はベンチに座ると、ぽけーっと空を眺め始めた。

 本当にぽけーっとしている。演じているわけではなく、この場でやれることをと考えてひなたぼっこにしたらしい。

 確かに一人でここにいるとしたら、やることはそんなに多くはないなぁとは思う。


 それから木に寄りかかってもらったり、まー好きにやってもらった。

 そして好きな角度からこちらは撮り続ける。

 どれくらいたったろうか。メモリーはばんばんと写真を記録していく。


 もう撮られることへの抵抗はなくなったらしい律さんは、ごく自然な姿だ。

 しかも途中で、あーあれしよーとかいって、スケッチブックを取りに一度戻って途中からは、風景のスケッチをとりはじめるしまつだ。

 まーわからないでもない。モデルが大好きなら何時間もの撮影も問題はないだろうが、素人が二時間も拘束されれば退屈にもなるもんだ。


「えへへ-。どうですか? スケッチおわりました?」

「んー。なんか気がついたらばーっと行ってしまった感じ。そっちはどう?」

「ふふふ。たんまり撮らせてもらいましたから、きっとお気に召すものがたんまりございますよ」

 そろそろ部屋にもどりますか? と尋ねると、かえるー、もーかえるーとかわいらしい返事が来た。

 さすがにスケッチしてたとはいえ、疲れてきてしまったのだろう。

 お疲れ様ですといいながら、ほっとした顔を最後に一枚撮ったのはいうまでもない。




「ふぃー、さっぱりさっぱりー。すっぴんさいこー。もーどうしてメイクなんざしなきゃならんのかわけわからん」

「いやいやいや。そういう台詞は写真を見てからいってくださいよ」

 うはーとタオルで顔を拭いている姿があまりにも「らしくなくて」すごい人だよなぁと改めて思う。ほんっとうにこの人は性転換とかしようとしてるんだろうかと思ってしまうくらいだ。


 自分を女子だと思う理由の一つとして、やはり多いのは、かわいい格好がしたいだとか美しくなりたいっていうのはあるだろう。それがすこんと抜けてて、女子ですと言い切れるというのはなにやらすごい気がしてしまうのだ。

 それでいて律さんはしっかりと女性だ。

 仕草や雰囲気。けして甘くも柔らかくもないけれど、そこに男っぽさは感じない。


 違和感がでているのは純粋に外見からだった。

 お化粧やらでだいぶカバーができるはずなのに、まったくしないのはそれでもなんとかなってきちゃったから、なのだろう。違和感といったところで玄人から見ればというだけのことだし。


「おっ。さっきの? って……んな。200枚越えって」

「二時間あればそれくらい撮れますってば」

 そんなことよりもベストなの選んどいたので是非とも見てくださいなとピックアップしたものを見てもらう。


「おおぉっ。なにこれっ。最初の写真見てもうわって思ったけど、自分じゃないみたい……」

「紛れもなく律さんですよ。こーんなにきれいなんだから、着飾ればいいのに」

「たしかにねぇー。これ見せられちゃうとたまにはいいかなぁとは思う。でも……しょーじき、今までほんと本職の人にしかばれたことなかったんだよ? 牡丹も一緒にお風呂はいりましょーよーって誘ってきたりするし」

 まだ、ついてるのにねぇと律さんは意地悪そうにいうものの、こちらもへぇーそうなんですかくらいな反応しかできない。


「そもそも、取っちゃうのって痛かったりするんでしょ? あたしはちょっと抵抗あるなぁ。別にとらんくても水着くらいいけるだろうし」

「って、ルイちゃん女の子がそういう切り返しはどうよ。なんかすっごい慣れてますって感じ」

「まーそこそこ慣れてはいますよ-? 男の子の体なんて見飽きているしね」

「そ、そんな顔して男ったらしですかこいつぅー」

 はて。かまかけの意味もあって聞いてみたんだけれど、律さんはどうもこっちのことには気づいていないらしい。あれだけ絵を描くためにこちらを観察していたのだから、ばれてるんじゃないかなーと思っていたのだけれど。

 大丈夫なら別にばらさなくてもいいのかも。


「へへへー。そりゃー合コンとかでもモテモテなのですよ。まー男の子とのつきあいどうのよりも、そっち系の友達が多いからそういう思考に行くだけなんですけど」

「ああ。だから見破ったのかな」

 そういや、さっきもそんなこといってたっけね、と律さんは納得顔だった。

 最初はルイさんも玄人に見られたらばれるんじゃないかーと思っていたけれど、どうやらその心配もあまりしないでもいいのかもしれない。いづもさんの件もあるから油断はできないけれどね。


「でもこれで、貴女の絵も完成できそう」

 そんな感じで、ふぅと一安心していたところで、律さんから不穏な発言があった。

 顔を見ると、とても嬉しそうに笑っているのが見えた。

 

「あれ、さっきのである程度仕上がってたんじゃないんですか?」

「実は牡丹から、あの子の内面を知りたければ、撮影ははずせないって言われてたのさ。それで何枚か撮られる覚悟はしてたんだけど……まさか桁が違うとは思わなかったけど」

「計算づくでしたか」

 ああ。確かに絵を描くには内面がある程度必要という話も聞いたことはある。主観による描画。カメラとの絶対的な違いはそこにあるのだという。

 彼女がルイを見たときに、感じるものをキャンバスに乗せていく。そしてそれを感じ取るためには、撮影ははずせないと思ったということか。


「モデルがいい顔をするようにってのはわたしも同感だしね。ルイちゃんはカメラ持ってる時の顔が一番可愛いから、それは思う存分しっかり見れたし」

「ああ、さっきのスケッチって」

「うん。いろんな角度からね。のど仏ちょっと女の子にしてはおっきいかなって思ったりもしたけど、まー個人差あるし、声にも影響ないみたいだし。絵の方ではちょこっと修正しちゃおっかなーとか思ってます」

「あ、はい……お願いシマス」

 なるほど。いちおー律さんも見てるところは見てたということか。それでいて他の要因でルイ=女子という判断になったということだろう。

 

 ルイもところどころ体で気になるパーツがあるので、そこを律さんがカバーしてくれるとなると、絵の完成は楽しみだった。普段カメラだと上手く隠したりごまかしたりしてるところが、絵だとそもそも描き方でカバーできるというのは、少し新鮮な体験だった。

 カメラはなんでも写してしまう。だからこそ、隠したいものは写さないようにするしかない。


「そんな処理とかもあるので、完成は一ヶ月以内をめどにしようかと思ってます。ある程度土台は固まったけど、あとは背景の構想とかいろいろやるからね。完成品は、どうしよ? できたらメール送ればいいかな?」

「はい。それは是非。きっとその頃にはいろいろ落ち着いてると思うので……変装なしで来れると思いますし」

「あはは。そうだね。絶対眼鏡状態より素顔の方が可愛いから。町中で活動中の顔もちょっと見てみたいかも」

 いつか撮影の日に一日一緒に外回りとかさせてもらいたい、という律さんの顔は社交辞令を言っているようには見えなかった。


「なら、その日は目一杯おめかしをして行きましょうね。きっと周りの男の人達が黙ってはいないですよ?」

「うぐ、それは勘弁かも……」

 ふふっと微笑を浮かべながらそんなことを言ってあげると、律さんは、すっぴんがいいのー、と情けない声を上げたのだった。

 せめて、もうちょっとだけ身だしなみを整えられるようになっていただきたいものである。

狭い部屋の中で、モデルと描き手なわけでしたが。今回は完全に反転しつつ。でも律さんもそれだけで終わらないというところが、芸術家っぽいよね、と思っています。

律さんの髪の長さについては前話で入れてなかったですが、割と長めです。というか女装で芸術家、といわれると、乙女シリーズの2でしょーみたいな感じで。


お化粧に関しては、ルイさんの中ではナチュラル、ノーマル、ハードがわかれています。本日はノーマルメイクをさせていただいた感じで、ナチュラル+口元くらいですね。

いずれ、律さんと街中を回る日がきたら……にまにま撮影してるルイ+それを観察する律さんという奇妙な取り合わせが実現しそうです。


次話は特撮研のお話予定。春ですしね。あのイベントがあるのですよ。

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