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032.やってくれましたね漫研さん

 九月。まだまだ残りに残った残暑が肌をちりちりと焼いていくこの季節。


 学校が始まって第一弾の体育がプールということもあって、なおさらげんなりする状態である。

 もちろんプールにはドライヤーなんてものはおいておらず、タオルで拭いただけの髪からはまだ湿気が残っている。他の男子なんて水滴がぽたぽた垂れてるやつもいるくらいだ。


 水泳の授業は木戸にとって割と鬼門である。泳ぐのが苦手とかではなく日焼けの問題があるからだ。

 ウォータープルーフの日焼け止めを朝塗って、それでプールのあとの塗り直しは顔と腕だけやる。

 え、なにをそんなにというかもしれないが、女子服を着るときに男の水着のあとがでるのはやはりまずい。もちろんどこかのイケメンさんしかり、ビキニブリーフタイプを穿けば日焼けの問題はだいぶ回避できるのだろうが、学校でそれはいくらなんでも無理だし、他のだとスカートがめくれた時にはさすがに困る。そんな機会があってもらっても困るのだが。


 あとは上半身。もともとルイの肌色を知っている人からは、焼けたねぇといわれるだろうが、トップスが全部焼けてるのは不自然なことだ。

 それに気づく人はたぶんそんなにいないだろうけれど。気づく人はいるかもしれない。その時、トップレスの痴女といわれるのはさすがにきつい。ああ、男なのではないかという疑問よりも前にそっちがくるだろうと自惚れてはいる。社会常識の問題だ。性別を変えるより、トップレスで泳いでるほうが社会的には常識である。


 肌が弱いなんていう理由をつけて全体的に日焼け止めを塗りなおしてもいいのはいいのだが、顔と腕くらいしか塗れないのが実際だ。それなら日に焼けるのが明白なところだけケアをしておけばいい。

 ちなみに逆パターン。ルイとして日焼けをするという機会は今のところない。しっかり日焼け対策をしているというのもあるけれど、水着を着るということも今のところないのである。やれなくはないだけの技術は持っているけど、どちらかというと海やプールよりも山のほうが行く機会が多いのだ。

 泳ぐのは嫌いじゃないけれど、水に入ってしまうと撮影ができなくなるので、あまりルイで泳ぐというシチュエーションが発生しない。

 そんなわけで今年も水泳の授業を乗り切ったわけなのだけれども。


「うーん。誰かに見られてるような」

 頭をタオルでかしかし拭きながら、妙な視線にきょろきょろと周囲をうかがった。

 ここ一年以上、女子生活をしているおかげか、こういう視線には割と敏感になったと思う。

 周りを見渡しても特別それらしい影はない。他のクラスメイト達はあーだこーだと雑談をしながら歩いているし、視線は校舎のほうからだったと思う。

 なんだろうなぁと思いつつも、その視線の正体が発覚するのはその日の放課後のことだった。




「うぅん。ついてくるべきではなかったか」

 バイトまでには時間はあるものの、それでもホームルームが終わってすぐに待ち伏せされて部室棟に連れてこられたあたりから嫌な予感がひしひしと感じられた。

 そこは部室棟の一階の奥にある部屋だった。いかにも薄暗くて日のあたりが悪い立地だ。

 前を歩いているのは同じ二年らしいけれど少し離れたクラスなので面識はまったくといってない。

 そんな彼女が部室にくるまでまるっきり会話らしい会話を振ってこずにここまでこいというのだから、ついていく側としてはとても不安になるし怖いものがある。


「漫画研究部へようこそ。我々はあなたの来訪を心より歓迎します」

「はい?」

 中に入った瞬間、いくつかの黄色い声が漏れ聞こえた。

 そこにいたのは全員女子部員。漫画研究とかいうんだからそれはもう八瀬みたいな男子がフィギュアを眺めてにまにまする部だとばかり思っていたのに、いるのは女子部員だけというなんという奇妙な光景だろうか。

 そうはいっても女子だって漫画は読む。別段おかしいことなんてきっとないのだろう。

 けれど、そのあとのセリフはおかしかった。 


「ずばり、二人はつきあってるのですか?」

 そう問われて一瞬なにがなんだかわからなかった。

 二人。主語が省かれるとこれほどまでにわからないものはあるまい。一人は自分のことである可能性は高いが、相手はいったい誰なのだ。

 ときどき話をする女子といえば斉藤さんとか、一番多いのは遠峰さんだろう。

 とはいえ、そうそうスキャンダラスな話でもないし、今時付き合っているカップルなんていうのはごろごろいるし、あえて漫画研究部が探すようなネタでもないように思う。


「べ、別に隠す必要はないんですよ。私たちは応援していますから」

 そういいながら、彼女らの一人が恥ずかしそうに差し出してきたのは一枚の写真だった。

 それをじーっとみて、ぴしりと一瞬体が悲鳴を上げた。

 なんだこれ。


「これ、誰が撮った?」

 そこに写っていたのは二月に、残念な青木にチョコを放り込んでやったときの写真だ。

 このときこんな顔してたか? ととても疑問になるわけだが、そうじゃない。確かに困ったやつだな、という風にはしていたし表情としてなくはないかもしれないが。

 それ以前にだ、手の角度がおかしい。たしかにちょいと口に放り込んだけれど、そのとき左手を彼の口になど添えていない。

 そこにあったのは、実際にはおこなわれていない非現実の実体化だった。

 いわゆる、写真加工というものである。


「出所はわかりません。でも大量に出回ってるみたいで。それであたしたちあの……先輩たちが本当にそういう関係なら応援したいし、参考にしたいなって」

 一年生なのだろう。彼女はきらきらとした目をこちらにむけて、身を乗り出してきていた。それは他の子たちもまったく同じで、みんな一様に期待のこもった視線をこちらに向けている。

 その中で一人、話に混ざらない女の子がぽつんと奥に座っていた。

 彼女は自前のノートパソコンでなにかを熱心にいじっていて、まったく無反応だ。

 けれどそんな彼女に注意がいったのは一瞬のこと。


「ともかく、こんな写真がある以上は、二人の関係は濃密ってことですよね。リアルでこんなのが見られるなんて、なんていう、し、あ、わ、せ」

 とろんとした視線を中空にさまよわせながら、部員1がそう言った。もう名前なんざ覚える気はない。みんなどうせ漫研部員というくくりなんだろう。

「それでどっちが攻めなんですか? 順当に青木くんが攻め?」

「はっ、まさかの木戸くんの誘い受けっ」

 二人の言葉に背筋が冷たくなる。青木と木戸だとおそらく体格の問題なんだろう、受けはどうやらこちらになるらしい。


「そういう事実は一切ない」

 ぴしゃりといってやっても彼女らの妄想はとどまることを知らない。

「またまたぁ。全然照れる必要も隠す必要もないのに」

「だから、本気で勘弁してくれ。俺はノーマルだ」

 心の中で、たぶんという単語が続くが、少なくとも男が好きではないという点ではノーマルなのだ。

 そもそも恋愛感情自体あまり感じたことがないのだが、そこらへんは今いうことでもない。


「ええぇ。そんなの、男が好きなんじゃない。お前が好きなんだっていう定番。鉄板」

「やきそば食いたい」

 鉄板というので、少し話をそらす。もうどんな否定をしても火に油でしかないだろう。それならば唐突に変なことでもいって気をそらすしかない。


「おまえの焼いたやきそばを朝食べたいだなんて。もうどんだけいっちゃってるんですか」

 それでもついてくる腐女子のパワーに正直どんびいた。

 もうこれ、呼吸をしているだけで、青木と空気交換とか無茶なことを言い出すんだろうなぁ。

 ならばもう、ここにいる必要はないだろう。精神汚染が広がるだけだ。

「とりあえず、話がそれだけなら帰るから」

 さんざん、青木との逢瀬のための時間を削ってごめんだとかひどいことを言われたが、それで放してくれたのは、きっと行幸というものなのだろうと、その時は思ったのだった。

 そこに男同士でチョコを放り込む姿があったら何がなんでもきゃーきゃー言うのが腐っておられる方々の日常動作かと思います。

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