309.
「はぁ……」
ベッドに座り込みながら、ほめたろうさんをぎゅむっと抱きしめる。
ゴールデンウイーク初めの一日。
四月末の昭和の日は、朝から少し気鬱だった。
それというのも、今年の父の会社の社員旅行が今日と明日だからだ。
今朝準備をして、それで出発。時々はるかさんから写メが来るんだけど、ちょ、はるかさん、その撮り方じゃないよ! もうちょっと右を見せてよ! とか一人で突っ込みをいれたりして過ごしている。
外にでないのかって? まあ、例のイケメン?モードで行けば出られるわけだけど、ちょいと姉に、家に居なさいと言われてしまったのだ。
姉様の言うことは、なるべく守るよーにと幼いころから言われてる身としては、特に予定もないしその指示に従っているというわけ。
もちろん写真の仕分けとか、レンズの情報を調べたりとか、家にいてもやれることはあるし、ついさっきまでそれをやっていたのだけど。
うん。ルイとこの前、木戸馨として銀香に行ったときの写真を比較していて、少しだけ考え込んでしまったのだった。
楽しく撮ったつもりではいたのだけど、やっぱりルイとして撮ったときのほうがみなさん表情がいい。
それは慣れてるからってのもあるだろうし、見知らぬ初めましてな男子にカメラを向けられて表情を硬くしないってことはないとは思うけれど。
「うーん。撮影者のメンタルの問題ってのも……あんのかなぁ。たとえばほめたろうさんを撮る時に男装と女装で変わるのかどうか」
ちょいとやってみるかなと思いつつ、まずはほめたろうさんを配置してそのまま撮影。
やっぱりほめたろうさんはかーいいなぁ、とか思いつつ、そこそこの枚数を撮った。
そして、今度はルイとしての撮影。カメラの違いというものがでてはいけないので、一番良い奴を使用している。
「んっ、と。メイクまでやる必要があるか、と言われると悩ましいのだけど」
まあ、ここまでやった方がスイッチは入りやすいので、軽くやっていく。
アイメイクをごりごりやるというところまではしないけれど、それでも普段よりもはすっきりした印象に仕上がる。
大人っぽいとまではいかないのだけど、するとしないとでは女子っぽさがまったくもって違う。
って、まあすっぴんでも最近は女子に見られることのほうが多いですけどね。
「さて、んじゃー、ほめたろうさん。お覚悟をっ」
ほめたろうさんが少しびくりと動いたような気がしたけど、きっと気のせいだ。
再びカメラを構えてほめたろうさんを狙った。
でっぷりした感じの鳥であられるほめたろうさんは、いえーい、とのりのりで撮られてくれたようだった。
まあ、表情が変わるわけはないので、こっちの心理的な問題なのだろう。
「んしょ。これをパソコンに移しましてっと」
コピーしていますという表示がでて、かりかりとHDDが音をたてた。
データ量がカメラを変えて少し多くなったので、前よりもちょこっと時間がかかるようになってしまった。
とはいえそんなに待たずに終了のウィンドウがでて、かちりと写真を開いた。
「ぶれてはいない。光の入り方もまあ、いい。でもなんだろう……」
せっかくなので、両方で撮ったのを二枚並べて表示させてみる。
モチーフは変わらないし、時間差もほとんどない。なのになんかぱっとみルイで撮ってる方が明るく見えるのはなんでなんだろうか。ちょっとへこむ。
「とはいえ、ルイで外出はGW中はやめたほうがいいよねぇ」
まあ、その差にかんしては解明するのは後にしよう。どっちが好きかと言われたらやはりルイの方というのは以前からみんなに言われていたことだ。
それよりも、よりよい写真を撮れるルイの方での外出ができるのかどうか。
世間的に現在、どの程度の反応になっているか、検索エンジンに「ルイ スキャンダル」で検索をかける。
別のルイさんも引っかかってくるので、さらに更新時期の設定を二週間程度にしておく。
「ルイさんが新妻になったら、どんな子になるか、まとめ、だと」
ぱらぱら見ていった検索結果のなかで見つけたそれをうっかりクリックしてしまった。
押すべきじゃない、見るべきじゃないというのはわかってはいるつもりなのだけど、ほとんど無意識で押してしまった。
「うあぁぁ」
そこに並んだ文字の列を斜め読みして、変な声がでた。
曰く。台所で料理してくれてる後ろ姿を激写したいだとか。
公園で大型犬にべろべろなめられてるだとか。
ピクニックでお手製のご飯をもってきてくれてるとか。
「翅の件があってから、注目もされてこういう妄想のターゲットにもなる、か……芸能事務所とかにいるなら抗議とか削除とかあるんだろうけど、個人だともう、なんもできないよね」
あー、うー。新妻っていう単語だけで、精神的にかなりくるものがある。
そりゃーこっちで娶りたいとかはないけれど、誰かのお嫁さんにっていうのはさすがにちょっと、ねぇ。
男の人と友達づきあいをするってのはもちろんありなのだけど、その先にというのはさすがに想像しにくい。
「んがー! みんなアニメの見すぎなんじゃないの! なんなのこれ。みんなエロゲ脳なの!?」
そのまとめに書かれていた後半が、割と妄想満開の、ルイさんと俺、っていう話にシフトしていって、それがあまりにエロゲ的な発想で、ついつい大きな声がでてしまった。
「どうした妹よー」
「妹よばわりはどうなのですか、ねーさま」
ちょうどというか、そんなタイミングで帰省してきた姉が部屋に入ってきた。
声を聞いて駆けつけてきたという感じだろうか。
たしかに今はルイさんですから。妹よばわりでもいいのだけれど、ナチュラルにそう呼ばれるのもどうなのかと思ってしまう。
ぱふんとベッドに座り込んでほめたろうさんをきゅっと胸元で抱っこする。
「無駄に可愛いわね……もう二十歳になる弟が、女装してぬいぐるみを抱っこして、ベッドの上でぺたんと座っている件について」
「ほら、楽だから、としかいえないじゃない?」
いわゆる女の子座りは、骨格に負担がかかるという話もある。けれども楽なんだからしょうがないじゃない?
そんな反応をしていると姉は、あーあ、こいつ大人になってもぜんぜーんかわんねーでやんの、と久しぶりに里帰りしてきた姉はため息交じりだった。
なにか変わるとでも思っていたのだろうか。
「ちょっとやつれてる、かな?」
「そりゃもう。ここのところいろいろな事がありすぎて、へんにゃりです。おまけにいらんことにまで気付かされるし。へこみまくりです。くったりです」
はへぇと、ほめたろうさんに体重を預けると、ぶにっという感触が返ってきた。
どうやら胸のパットとほめたろうさんがそれぞれ反発しあったようだった。
「はいはい。ほめたろうさんは回収ね。そんなぶにぶにつぶされちゃってかわいそうだから」
ほい、こちらに停まりなよ、といいつつ姉がほめたろうさんのぬいぐるみをひっぱりあげてむぎゅっと抱きしめた。
豊満なおっぱいに挟み込まれるようにして抱きしめられているわけだけれど。
「べ、別におっぱいの大きさは気にしてないもん……」
ちらりと自然に脳裏をよぎった単語に頭をふるふる振っておく。
あまりに女装生活が長いせいなのか、どうにも感覚が自然と女子寄りになってしまっている気がする。
「それで? やっぱりHAOTOと揉めた件で疲れちゃってる感じ? 最初あのニュース聞いたときは普通に噴いたもの」
まあ、メールで連絡したけどテンプレな返事しかこなかったから、とりあえず様子見はしてたんだけどね、とねーさまはぽりぽりと頬をかいていた。
たしかに、あの蚕のやんちゃな記事が出たときに、知人や姉からかなりのメールがきていた。
それに対しては、いちいち送ってられないので、一斉送信をさせていただいたのだ。
そして片付いたら連絡します、という話もそこには書いておいた。
GWの空き時間に、メッセージを作ろうかといったところだったのだ。
……エレナにはWEB電話でぐいぐい聞かれたので全部伝えてあるけどね。
「ねーさまの学校でも騒ぎになったんですか? 割とミーハーなんですか?」
「んーそりゃねぇ。年頃の女の子多いし。ルイの事も話題には上がったけど、あんたのことも割と盛り上がってたわよ。ちょっともっさりした眼鏡男子だけど、こういうのは化けるんじゃないかって。シンデレラボーイよねってね」
「シンデレラって男に言う台詞じゃーないし、しかもそれどーなの。みんな本気にしたの?」
「んー。半々、かなぁ。やんちゃな蚕くんが男の子好きになっちゃった、ていうのはない話でもないし、実はあの地味な子がきかざればイケメンかもって憶測は飛んでた。まーあながち間違いじゃないわけだけど」
ねぇ? 素顔はイケメンの弟さんや、と姉がいたずらっぽく笑う。
「それいうと、虹さんも私服はすんごいオタクっぽいよー?」
「えっ。うそ。あの虹さんが? キラキラスマイルの虹さんが?」
まーそういう反応だよねぇと思ってしまう。我々も素の虹さんを見たときといったら、そのオーラのなさに幻滅したほどだ。なんせエロゲを買っていても周りはほんっとうに全然気づかない。近くで見たことがあるルイだからこそ、ちらっと気づいたくらいなのだ。
「町中に居たら絶対気づかないねあの人。切り替えができるってのはすごいんだろうけど」
「も-うちの弟ったら、どうしてこう。自分でそれをやってる自覚がないのか」
「自覚はありますよー。それで? 姉さまが帰ってきたとなるとトラブルの予感がしますが?」
じとーと視線だけ姉に向けて、それでもベッドからは起き上がらずにくてんとしておく。
もう今日はあまり動きたくないのだ。くてんとしていたいのだ。
「もー、あんたねぇ。あたしだって毎度毎度トラブル持ってくるわけじゃないのよ? っていってもま、今回もちょっと厄介ごとと言えばそうなんだけれど」
うちの姉は今年でもう二十三歳。現在なんと大学院生だったりする。芸術研究だかなんだかそういう感じのところだったか。
「絵のモデルやってもらえないかな? なんかね、パッションがたりないとかうちの研究室のやつがねー」
「はぃ!? それって……どっちで? って聞かなくてもわかるけどさ」
「この前のルイの壁ドンの映像みて、びびっときたんだって言ってたよ」
「それで、あたし知ってますーって? やめてよねぇ」
「いやいやいや。さすがにおねーちゃんそんなに短慮じゃないよ? ただスマホに入ってるあんたの写真が偶然、たまったっま彼女の目についちゃっただけでね……」
もーあのゴスロリ服はかわいすぎでしょー、と彼女ははぅんとほっぺたを押さえた。
たしかに崎ちゃんに撮ってもらったあの写真は、普通にかわいかった、と思う。
姉様に見られて、ちょーだいちょーだいと言われた時に、それは彼女のスマホにコピーして渡してある。
崎ちゃんたちの写真はさすがに渡せないけど、姉に乞われればそれくらいはサービスするのである。
「彼女、ってことは女の人? 美大生とかなの?」
「うん。うちの大学美術科もあるし、そこの院生であたしの一個上。卒業制作のモデルを探してて探してて探しまくってそうなったみたい」
「うーん」
ルイは曖昧なうめきをあげた。
ルイとしては絵画は嫌いではない。しかしながらカメラをやっている身としては絵よりも写真の方が好きというところがある。というか木戸は美術の成績はそこまでよくないし絵も描けないからそれでひがみ根性ももちろんあるんだろう。そんなわけで、絵はちょっと苦手なのだった。
「あんまり乗り気じゃない?」
「いえ。絵のモデルっていうのがいまいち想像つかないって言うか……写真撮ってそこから絵に起こすとかじゃだめなのかなって」
「あー、そりゃだめよー、生のモデルと一緒に話したりとか、内面までもを表現しようとするみたいな、そんなんがあるっぽいから」
「ルイの内面を表現しようとしたら、そうとうアホな子になると思うのですが」
「そうよねぇ、アホの子よねぇ」
冗談で言ったのに普通に同意されてしまった。少しショックだ。
「まあ、そんなわけで、都合がつけばちょーっとモデルやって欲しいわけよ」
報酬もだしてあげるよ? という姉にすこし心は躍るのだが、それでも一介の大学院生が支払える謝礼などたかがしれてるような気もする。
ああ、君、モデルやるならマネジメントはしてあげるよ、なんてHAOTOの元マネさんのにやついた顔が一瞬頭に浮かんだ。
「いちおー顔見せくらいはしたげるけど。ヌードだけは勘弁ね」
こっちの意向に沿わなかったら断るから、とげっそりしながら答えると、姉は満足げにぱーっと微笑んだのだった。
ねーさま! お久しぶりにおうちに帰ってきました。
いちおう、あのHAOTO事件の時は心配していたようです。半分くらいは、あーあ、ここまできちまったかい、でしょうけれど。
しかし、ほめたろうさんはほんと使いやすい子でありますよね。
さて。次話ですが、モデルのお話をうけにGW中にねーさまの大学に遊びに行きます。
明後日更新予定。
そして、明日ちょっと「ルイさんが新妻になったら、どんな子になるか、まとめ」を掲示板回みたいな感じでアップ予定です。おまけ程度の長さですね。




