308.学校での邂逅
書き直しをしていたので遅くなりました!
本日、HAOTOの新マネージャーさんがご登場です。痛いこですので生暖かく見守ってやってください。
ストレス展開にはならないけど、ちょっともやっとするかも。
「自然科学科、木戸馨、教務課までお越しください」
GWも目前に迫った金曜日。お昼休みに入ったあたりでそんな放送が校内に鳴り響いた。
校内放送で自分の名前がでるというのはかなり恥ずかしいものがある。
あるのだが、きっと多くの学生達は「ああ、やっと呼び出されるんだな」とでも思っていることだろう。
今日の木戸も、しのの姿でここに居る。つまり思いっきり女生徒にしか見えない姿でだ。
水曜に釈明会見をしたHAOTOではあるけれど、あれを聞いてなお、大学の皆さまはざわざわしていた。
そりゃ去年の学園祭の絡みがあって、というのはわかるけれど、こんなことまで頼まれちゃう彼とHAOTOの関係は深いのでは、なんていう意見が多かったわけだ。
磯辺さんからは、両方ともって時点でもう、関係性深すぎよね、いい気味だわとにこやかに言われてしまったくらいだ。まあ、その後に、どうしようもなくなったら、頼ってくれてもいいんだからね、とかツンデレっぷりを発揮してくれたのが可愛かった。
さて。そんなわけで、先ほどまで一緒に講義を受けていた田辺さんがその放送を聞いて、うわぁと声を漏らしながらこちらに心配そうに聞いてきた。
「ど、どうするの?」
厳密に、今の状況だと木戸馨はこの学校に存在しない。しのさんから着替えなきゃいけないけど、大丈夫なの? とでも思ったのだろう。
「さすがに女装でいくのは無理だし、着替えていくよ」
移動中は針のむしろだろうけどねぇと、あきらめにも似た苦笑を漏らす。
「まさかの停学とか?」
「それはないと思うよ? 騒ぎは実際こっちの努力で回避できてるし、きっとあちらさんのマネージャーかなんか来てるんでしょ」
記者会見は終わったものの、まだ木戸馨に対しての謝罪なり説明なりというものは一切されていないというのが、こちらのスタンスである。
それはHAOTOの面々が、ルイに対して説明したからといっても、果たされてはいない。
「説明……かぁ。あんな会見やったのに、木戸くんのほうは後回しなんだ?」
「たぶん、ふっつーに忘れてるんじゃない? 男相手の告白に、相手がまともに取り合うはずがない、変な誤解もしないだろうから、後回しでいい、みたいなね」
「そりゃ、普通は……ねぇ。そうだろうけど、しのさんなら、顔を赤めながら、はい、とか言っちゃいそうだよ-」
「いっ、いわないからっ。それに蚕は、ほら、可愛くてちょっとアホな弟みたいなもんでね……」
いきなり何を言い出すんですかとわたわたしていたら、部屋の外から入ってきた人影がこちらに近づいてくる気配を感じた。
「あんたにアホって言われたくはないんじゃないかしら。ほれっ。とっとと教務課にいきなさいな。アッキーはお昼ご飯一緒に食べようねー」
「うわっ。そうだね。あんまり引き留めちゃダメだった」
ごめんごめんと、磯辺さんの指摘をうけて田辺さんは立ち上がった。
あとで詳しい話は聞かせてね、と言い置いて、彼女達は食堂に向かうようだった。
「さて。こちらも動くしかありませんね」
とりあえずは着替えていくしかない。多少時間はかかるものの、アポイントメントも無しなのだから、少しくらい待たせても良いかと、ため息をついた。
失礼しますといって入った応接室は、さすがに高校よりもグレードは高く、備えられた調度品なども申し分はなかった。
とはいってもそれは、我らが母校と比べてであって、ルイが行ってきた二つのお坊ちゃまお嬢様学校よりは劣ってしまう。お金のあるなしはこういう所にもでるのか、と少しだけ感傷的にもなってしまう。
「わざわざ呼び出して済まなかったね。お昼休みだったろうに」
部屋に入ると、ここまで案内してくれたおっちゃんがねぎらいの言葉をかけてくれた。
教務課の確か課長さんだっただろうか。入学式の時に挨拶をしていたような気がする。
中年よりもちょっと上というくらいで、教務課全部をまとめている人だ。そんな偉い人に同席してもらうというのも、少し申し訳なさを思ってしまうものの、それだけ今回のスキャンダル問題は大きな問題ということなのだろうと思う。
「いえ。むしろちゃんと大学にいてよかったですよ。もし居なかったら二度手間になるところでしたでしょうし」
「まぁ、そうなんだけど。と、さっさと話をしてもらいましょうか」
おっちゃんはそう言いながらもちらりと、ソファに座る一人の女性に視線を向けた。
三十は過ぎてるだろうか。スーツをしっかり着込みつつ、少し崩している感じは、それなりに仕事をしてきたという印象を回りに与えている。
「私はHAOTOのマネージャーをしております、音束さぎりといいます。貴方の話は蚕からよく聞いています」
「はい」
すちゃりと名刺を差し出してきたので、反射的に両手で受け取ってしまった。
とはいえ、こちらは先日の会見以外の情報を知らない設定なので、これでいいのだろう。
そして目で座席をすすめられる。
ちらりと課長さんのほうも見てみたのだけど、少しゲンナリした顔で座席をすすめてくれた。
木戸が座ると彼もソファに座った。
立ち話よりも少し長くなる、という判断なのだろうか。
真相をさらっと話して終わりにして欲しいところなのだけど。
「では早速だけど。先日のHAOTOの記者会見は見てもらっているかしら?」
「ええ。他に情報収集の手段が無かったもので」
「それは話が早いわ」
暗に誰も説明に来ませんでしたからね、ということを匂わせてみたのだけれど、特に反応はしてくれなかった。
そもそも、謝罪にきているはずなのに、顔に浮かんでいるのはどこまでもある自信と、面倒くささみたいなものだけで、申し訳なさみたいなものは一切感じられない。
「今回の件は、HAOTOがさらに新しく、輝くための戦略の一つです。人は恋をして輝くものですからね。それを押さえ込むだなんて、前のマネージャーは一体何を考えていたのかしら」
蠢の件があるから、一律で恋愛禁止にして女性からのアタックを抑えていたのだと思うのだけど、どうやらこの人はそこらへんの話はあまり考慮する気はないらしい。
HAOTOがようやく自分達で蠢の扱いをなんとかできるようになったというのに、マネージャーがこれでは瓦解も早いのかも知れない。
「マネージャーさんは、それが男性相手でもよし、とするタイプですか?」
「とんでもないっ。今回のは誤算だったの。好きな相手に協力してもらうようにとは言ったけれど、まさか男相手だなんて……一歩間違えればスキャンダルだったわ」
事前にしっていれば絶対に止めた、という彼女の顔はいらだちと忌ま忌ましさで歪んでいた。
うーん。この人は同性愛に批判的な人、と言うことになるのだろうか。
「別にリベラルな芸能界ならそれくらいでどうこうなるとは思いませんけどね」
今時だし、実際そういうのを標榜してる人だっているわけだし、やんちゃな火遊びとして男女両方ともいけるっ、というのもいいんじゃないだろうか。
「そんな事はないわ。同性愛は芸能界でもスキャンダル。今回の騒動だって貴方が女性なら、記者もあそこまで過剰に集まらなかったでしょうね」
普通なら一般の人の家の周りをあんなに囲まないもの、と疲れたような声がきた。
たしかに、あの記者の数は異常だったとは思うけれど……
「まったく。あの子も頼める女友達とかいなかったのかしら」
ほんと、恋愛禁止礼とかしてるから、ちゃんとした異性との付き合いができなくなるのよ、と彼女は憤慨しているようだった。
「あれだけキラキラしてると、頼まれた相手が勘違いしたりとかするからでしょう」
頼まれたけれど、本気になってしまったなんて話もあるでしょうし、と肩をすくめてみせると、彼女はそう、そこ! と過剰反応をしてくれた。
「貴方は大丈夫なのよね? 男のほうが好きとかないのよね?」
「え? まあ。そうですね。これでも健全なので、男相手ってのは……」
どこが健全なの? という磯辺さんや崎ちゃんの声が聞こえてきそうだったけど、まあ、いちおう健全と言い張ろう。
翅に迫られても嫌だと思っているわけなのだし、男の人が好きということは……ないんだと思う。たぶん。
そりゃ、青木の時はちょっとぐらっときたけど、恋愛をしている暇があるなら、カメラ触ってにまにましていたい。
「翅は大丈夫かしら……本人は、いやぁーあっさり振られてるから大丈夫っすよーなんて言っていたけれど」
「もう一人のほうですか」
そちらの事の顛末ももちろん木戸としては知っているのだけど、もちろんそれを教えてやる義理はない。
「あの女も、いつか翅の前に現れて、貴方の子供ができたの、なんて言い出さないか心配だわ」
「……それはさすがに、ないかなぁ」
うーん。好きな男を自分の物にするために、子供をだしにつかう、なんていう昭和のドラマもあったようだけれど、実際問題そういうケースってどの程度あるものなのだろうか。
それにそもそも。ルイさんは妊娠しませんからね。
つい、お腹のあたりをさわさわ撫でてしまった。
「今回のお披露目のために活動したのは二人だけなんですか?」
「ええ。全員がこんなことをする必要はないし、一人だけだとグループとしての方向性を示すことにはなりません。だからこその二人なわけです」
どうよこの完璧な戦略は、と言いたげなドヤ顔をされてしまったわけだけど、そもそもの恋愛解禁自体がやってしまっていいの? という感じなので、少し探りを入れておくことにする。
HAOTOのメンバーには話せなくてもこういう場だとあっさりなにかをこぼしてくれるかもしれない。
「じゃあ、今後恋愛に発展するような機会があったら、止めずにそのままということですか?」
「ええ。本人達が同意の上なら応援するわ。もちろんメンバー達の意思優先。変に近づいてくる女にあの子達は渡さないけど」
そこらへんはしっかりとガードするのが我らの役目だ、と相変わらずのドヤ顔である。
そりゃまあ、完全に恋愛禁止にしてシャットアウトしていた頃に比べれば、きっと今回の事でお近づきになりたいと寄ってくる人は増えるだろうから、ガードは必要なのですがね。
五人を果たして守り切れるのかは、ほとほと不安になるところです。
「そうなんですか~。個人的には、蠢の相手がどんな子になるのか気になる所ですね」
きっと、自分より華奢でかわいくて、ふわっとした子になるんじゃないかなぁと言ってやると、彼女は苦虫を噛みつぶしたような顔で、うぎぎと声を漏らしていた。
「そ、そうね。蠢は華奢で小さいから、それくらいの相手の方がいいかもしれないわね。でもね、私としてはもっと守ってくれるようなタイプでもいいと思っているの。だって、それがお……となの幸せじゃない?」
「……うへぇ」
ちらりと課長さんの方に視線を向けたのだけど、今のやりとりでは特に何がどうなっているのか把握はしていないようだ。
まったく。守るとか口では言っているけれど、まったくもってそれが実現できなさそうで涙が出そうになる。
あとで蠢にはメールをしておくことにしよう。
前のマネージャーさんはできすぎて苦手だったけど、こっちはアホすぎて苦手だ。苦手というよりは心配になる。
こんな人にどうして後任を任せたのか、訳がわからない。
「さて。ではこんなところで説明はいいかしら。質問がなければ……」
「どうして早めに説明に来なかったのですか?」
ちらりと時計を気にしたかと思うとそろそろ説明を終わらせたいという感じの彼女に、少し食い気味で最後の質問をしておく。
どう反応するのか、聞いておきたいと思ったのだ。
「それは、蚕が説明するって言ってたからよ。それで昨日確認をしたら謝罪もお詫びもしてないっていうからこうして出向いたわけです」
そのまま放置してはいけませんから、と軽やかにいう彼女の言葉に、少しだけ眉をひそめてしまった。
言っていることは正しいのだろうけど、言い方がいちいち自分すげぇ的な感じになるのはなんでなんだろうか。
前のマネージャーさんは、なんだかんだでメンバーの成長と、スルーしてしまった問題の穴埋めをしていたけれど、この人はそういった作業をやる気はないらしい。
マネジメントというものは、自分の思い通りに芸能人を動かすことだ、とでも考えているのだろうか。
「そしてこれがお詫びです。お騒がせしてしまったので、お納めください」
もしこの額では不満、もっと損害をうけているんだということであれば、検討させていただきますといいつつ彼女は封筒をテーブルの上においてこちらに差し出してきた。
中身を拝見させていただくと、福沢さんが五枚ほどそこには入っていた。全部ピン札である。
損害賠償といったところだろうか。
正直なところ、これがどの程度の相場なのか皆目見当もつかなかった。
木戸としてはこの額は大金だ。アルバイトで一月に得るお金がだいたいこれくらい。
お騒がせの結果で休ませてしまったアルバイト代くらいの認識なんだろうか。
実際は、ぜんっぜん休んでもいないし、がっちり収入もあるんですけどね。
あとは、日常生活での心理的な苦痛に対するお詫びの金額でもあるんだろうか。
……そういやルイの方はお詫びの品とかって形ではもらってないなぁ。保障はしますとは言っていたけど、どうするつもりなんだろうか。あのときはシフォレで奢れって言っておいたけど、よくよく考えるとスキャンダル後に公衆の面前で会っていていいものなのだろうかなんていう風にも思う。逆に開き直って普通に接しておくのもありかもしれないけどね。
「ええと……こういうのはいただいてしまってもいいものなんでしょうか?」
ちらりと、教務課の課長さんに質問する。
こちとら人生経験がそんなにないのでこういう場面など初めてなのである。
お詫びというのはわかるのだけど、手をつけていいのかどうかがわからないのだ。
「将来的に訴える気がない、というならもらってしまって構わないんじゃないかな? 受け取ったら謝罪を受け入れたということになって、和解成立。裁判沙汰にしたいなら受け取らずに法廷で会いましょうという感じだろう」
「裁判ですか……」
冗談なのかと思いきや、課長さんはわりと真面目な顔だった。
いまいち木戸としては、被害を受けた感がそんなに強く……いいや。
普通なら生活を滅茶苦茶にされて、心理的にもかなり追い詰められて、になるから裁判沙汰というのも十分ありえるのかもしれない。
「そういうことなら受け取っておきましょう。口止め料というか、あまり騒がないようにという意味合いも入っているのでしょう?」
「ええ。賢明な方で安心しました。彼らが望むなら友好はしていただいて構いませんが……今回の件はこれで終わりということで」
よろしいですね? と言われてはこちらははいと答える以外にない。
これ以上引きずるつもりも、ふっかけるつもりもまったくないのだ。
「それでは、次の仕事がありますので私はこれで失礼いたします」
今後ともHAOTOの事をよろしくお願いしますといいつつ、彼女は立ち上がった。
こちらもそれにつられるように立ち上がったのだけれど、座ったままの教務課のおっちゃんがこちらになにか言いたげな顔をしていたので、彼女について部屋を出るのはやめてここで見送ることにした。
足音が完全になくなって、彼女がいなくなったのを確認してから、おっちゃんに声をかけることにした。
「なんか、スミマセンね。お昼休みだっていうのに、付き合わせてしまって」
「いや。これも教務課の職員としての業務だからね。それに我らの昼休みは一時からなんだ。学生と同じ時間に休んでしまうと手続きが出来なくなってしまうだろ?」
言われてみれば納得だった。
そうか。昼休みを普通につぶされたのは木戸だけということだった。
「にしても、芸能界の人というのはああいうのばかりなのかね。私が木戸くんの立場なら学校を休んでるだろうし、いきなり来ても会えなかっただろう。アポイントメントの取り方もしらんとは、まったく」
「あれは例外ですっ。みなさん礼儀正しいし、時間もきっちり守るし、そうじゃないと生き延びられないです。あれでよく、稼ぎ頭のマネージャーに収まったものです」
訳がわからないと肩をすくめていると、大変な騒ぎだったねと、教務課のおっちゃんはなぐさめてくれた。
「騒ぎというと、木戸くんは結局、学校は休んでいたのかい?」
たまたま今日だけ出席というなら、ナイスタイミングってやつだけど、とおっちゃんは不思議そうな顔をしていた。
実際、大学で騒ぎになってしまったのは、授業選択の日くらいなもので、その後はわざわざ顔を見に別の教室に行く生徒達が出たくらいで、そんなに大きな騒ぎにはならなかった。本人がいなかったからばらけていったのだ。
そして今日だ。
移動する間に、ああ、あれが、と指をさされたくらいで、騒ぎとしてはそう大きくはなっていない。
「いいえ。ちゃんと出席してましたよ。なんなら僕の出席状況を見てもらってもいいです」
「うわ、それにしては騒ぎにならなかったと思うけど」
「ほら、木戸馨という、蚕に告白された人の特徴が、黒縁眼鏡ともさい髪型なわけです。それをいじれば変装自体はしやすいんですよ」
ふふっと不敵に笑ってあげると、さすがだなぁとおっちゃんは素直に感心してくれたようだった。
「まあ、ここまでの騒ぎで困ってないとなると、そうそう出番もないだろうけど、困ったら教務課に相談に来なさい」
円滑な大学生活の手伝いをするのが我らの仕事だからね、と優しげに言うおっちゃんの姿を見せられると、あぁいい人達が多い学校だなぁとつくづく思う木戸だった。
昨日ほぼ書き上がっていたのに、メモ帳のデータが飛んで書き直しに……
そして地味に長めです。ホントはサークルの話もだしたかったのに。
そんなわけで、新マネージャーさんは、ちょっと痛い感じの女性です。
まるで漫画に出てくるようなダメ女を目指しました。利己的で価値観がステレオタイプという、変な人ばっかりな当作品の中に入ると「たちまち変な人」になる不思議。
しかし、自分は絶対否定されたくないって大人、割といるものなんですよね。
それがどうして社会の中で生きて行けたのか。そこらへんの理由もまたステレオタイプだったりしますが、そのお話はまたちょっと先ということで。
そして次回でーっす。
GWも作中間近ということで、姉様が久しぶりに帰ってきつつ。
ちょいとルイさんに依頼が迷い込みます。ちょっと次話はほのぼの……できるといいなぁ。




