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305.銀香の春祭り2

「ん~。あんがいこのスタイルの撮影もありっちゃ、ありなのかも」

 ふふっ、と笑みが漏れそうになって、くっとそこで表情を整える。あまりふにゃけた顔をしていると、ルイだと思われる恐れがある。

 あれから、町の中を撮りつつ公園での催しなんていうのにも参加してきた。


 春祭り、ということでイベントが銀香では行われているわけだけれど、夏や秋のお祭りが夜も込みのイベントなのに比べて、こちらは昼間だけの開催だ。

 春の訪れを感じてもらうための、ちょっとしたものという位置づけで、商店街や、町内会の人達が出店をだしつつ、地域の子供達がそこに遊びに出て祭りを楽しむ、というような感じになっていた。いわゆる田舎の祭りなので例年、地元の人達が楽しむくらいの小規模なものなのである。それでも今年はルイの一件があったから、野次馬が少し増えているようだった。


 当然、そんな子供達の姿も撮ってきたわけだけど、この格好をしていると男の子からの注文がわりと遠慮なくなってた感じだった。ルイで撮影するとすごくちっちゃい子はともかく小学生くらいになると、ちょっと緊張しちゃうんだよね。

 それはそれでかわいい写真だとは思うんだけど、気を抜いてる写真を撮れるのもまた楽しい。


 さて。そんな春祭りなわけだけれど、大きな催しは今年は三カ所で行われているらしい。

 もちろん銀杏(いちょう)の前のスペースは出店なんかも割とでて活気づくわけだけど、もう一カ所広場を使って、春の花の配布会みたいなのをするという話だった。

 さっき知り合った人には、あんちゃん、せっかくだから彼女さんにでも鉢植えをプレゼントしてみちゃどうだい? なんて言われたんだけれど、そんな相手はいないので、と答えたら、まるでモデルさんみたいに綺麗な顔してんだから、モテるだろうにと茶化されてしまった。


 うーん。そもそもこの見た目で外に出るのが二回目なので、いまいち自分がどういう感じなのかはわからない。

 というか、おちつかぬ!

 撮影するスタイルとしてはありとはいっても、手綱をしぼらないとするっとはわはわしてしまうし、人前の写真を撮るのは危険なような気がしてならない。

 そりゃ、オネエっぽい芸能人とかがいるという話も聞くけど、木戸馨の撮影スタイルがそれというのは、ちょっと違うような気がする。


 こー男性のカメラマンっていうと、ちょっとクセがあるというか、今時のスタイルっていうのをあえてしないみたいな、ニヒルなかっこよさがあるように思うし、佐伯さんとかも洗練はされてるけど、おっちゃんっていう感じという感じだし。

 かっこよさのベクトルがいわゆる、一般的にモテる系のかっこいい人とはちょっと別なような気がするのだ。まあ、そういうタイプの人ってルイとしてはかっけーって思うんだけどね。もちろん恋愛要素抜きで。


「もうちょっと、きりっと。きりっと行かねば」

 うむぅと目頭を押さえつつ、表情を作る。

 自然物を撮るならいくらでもはわはわしていていいのだろうけれど、対人でそれをするのはさすがにマズイ。

 いつものもさ眼鏡ならまだカバーできるのだろうけど、今の木戸の眼鏡はレンズのサイズが半分以下という、確かに眼鏡は顔の一部ではあっても、その面積はとても小さいものなのだ。


「……いかん。男らしさがわからない」

 別に、ゆるゆるはわはわ撮っている男の人がいてもいいと思う。実際佐伯さんとかは好奇心満載でばんばん撮るし、石倉さんだっていい被写体を見つけたらにまにましていることもある。仕事の時はぱりっとしてるけどね。

 ただ、そのテンションの上がり方が女子っぽいか、と言われたら微塵もそんなことはないわけで。


「別に楽しく撮影すること自体は男女同じことなはずなのに……」

 感情の振れ幅が大きすぎるのがいけないのだろうか。

 たしかに日常生活をしていて思うけれど、男女でのテンションの上がり方はそれぞれで特徴があるように思う。

 女子の場合は、好きなもの、好きなことがあれば、どんな状態でもテンションが上がる。


 うん。エレナもその傾向が強くて、可愛い物とかを見つけるとかわいいねーって盛り上がる。お前もだろって話は、まあそうです、はい。だって、可愛い物好きだし。

 それに対して男子の場合は、仲間内の中じゃないと盛り上がらない。

 他の人がいると、かっこつけちゃうんだろうか。男同士だったらバカ騒ぎするけれど、第三者がいると静かになっちゃう気がする。


「でも、セーブして撮影も……なぁ」

 緩んでしまうのは、楽しいからだ。楽しさはそのままで、顔に出さない練習でもした方がいいのかもしれない。

 今度あいなさんにでも相談してみるとしよう。

 場合によっては、男性のカメラマンにも聞いてみたいところだけれど、男の知り合いって……高校の写真部の後輩は論外だし、石倉さんは木戸馨として相談にいけば、笑顔で答えてくれるだろうけど、身が危ないし、佐伯さんに聞くにはちょっと技術からだいぶ離れてしまっている内容なので、言い出しにくい。

 

「とりあえず今日は、ばれない程度に行きましょう、というわけで」

 遠くからいつもより人が外にでている銀香の町並みを一枚撮影させてもらった。



 

「おっちゃーん、カツ丼中盛りで」

「おう、あんちゃんもルイ特集でも見たのかい? 最近もーカツ丼ばっかり出てしかたねぇ」

 町中の撮影をさーっと済ませてから、一軒の定食屋に入った。

 祭り、ということで人が増えているところもあるのだろうけれど、いつもなら少し空いている席ができるこの店も満員というような状態だった。


 普段、銀香に来るときもお弁当派であることは変わらないルイではあるけれど、三月に一回くらいは外食をすることもある。おばちゃんちのコロッケしかり、あいなさんに連れられて気に入ったここもしかり。

 そんな一軒が、この定食屋なのだった。お昼からビールがいただけるよ! とあいなさんには教わったものの、もちろんその注文はしない。


「ルイ特集ってなんですか?」

 ん? ときょとんとして答えると、知らないなら別にいいんだと言われてしまった。

 確かにいつもルイがくるとここのカツ丼を頼むことが多いけれど、どこかで好きな物として表示したことはなかったはずだ。


 ちょっと興味を引かれて、先ほどまで撮影していた写真のチェックを後回しにして、回りの様子をうかがった。

 見知った顔もあるけれど、知らない人達が多めだ。

 しかも、それがカメラを持った人達なのが少し気になった。 


「おまちどう。カツ丼大盛り」

 隣の卓にカツ丼の大盛りが置かれる。この店の盛りはまあすごく普通だ。

 小盛りが女性向け、中盛りは普通。大盛りは男性向けといったくらい。

 大盛りだとちょっと多いので、いつも中盛りをルイは頼む。もちろんそれとまったく同じ量を食べる木戸も中盛りを頼むのは自然の流れだ。そこまで健啖家ではないのだ。


「おぉっ。ルイちゃんはこれよりちょっと少なめを頼むのかぁ」

「いや、中盛りもわりとあるぞ。あんなほっそい身体のどこに入るんだろうな」

 カメラを持った二人組が、恐ろしく不穏な言葉を言ってくださった。

 

 もちろん、この町の人ならルイが食べているものとか、活動ルートとかは知っている。

 ある程度パターン化してしまっているところもあるのだし、ああ、また来たのかいって声をかけてくれる人も多い。というか、ここ最近は、おや、ルイちゃん、こんにちは、みたいなご近所さん状態になってる人達も多いくらいだ。

 

 でも、他の誰かにその情報を話すことはあるだろうか。

 マスコミに聞かれて話しちゃう人は多分いるとは思う。こちらも口止めしているわけじゃないし、それはそれでかまわない。

 ただ、まったくこの町に縁がなさそうな人達が、ルイのおっかけをしている理由がよくわからない。

 

「あ、あの。お二人はルイ……ちゃんの話を聞いて、ここまで?」

 自分で自分にちゃんをつけるのもなんだけれど、呼び捨てにするのもさすがに不審がられそうなので仕方ない。

 地元の人という風を装いつつ、二十代も中盤から後半くらいの男性二人組に声をかけた。


「あれ? 君はあのサイト見てここに来たんじゃないの?」

「近所で春祭りがあるっていうので来ただけなんですが」

 大盛りのカツ丼をはふはふいただいている所に申し訳ないのだけれど、情報収集はさせていただきたかった。

 ちなみにこちらの説明では、嘘は言っていない。

 ルイのおっかけじゃなくて、ただ春祭りを撮りにきただけなのだ。


「二週間前くらいかな。地方の小さな雑誌社のホームページに記事がのってさ。そこでルイちゃんの特集が組まれてて、こりゃーマスコミも騒いでるしちょっと遠出して行ってみようかなって」

「つい雑誌の方も買っちゃったんだよね。ほれ、ホームページの記事の完全版がこっち」

 地図とかいろいろ入ってて、細かく説明されてるんだ、とその兄さんは手持ちの雑誌を見せてくれた。


 さて。翅さんのスキャンダル写真が撮られたのが日曜。そしてそれが世の中に出回るまではほとんどタイムラグがなかったわけだけど。ここまで詳細にルイさんの記事の取材なんてものをやってる余裕があっただろうか。

 いいや。元からそんなものはない。

 彼らは二週間まえくらいからホームページで特集してたといっているわけだし、狙ったということではないのだろう。


 うん。犯人の目星はついていますよ? ルイの直接の知り合いで記者もどきが一人いますからね。

 ほんと。安田さんの息子さんじゃなかったら、思わず手というか、足がでそうですよ。がごんです、がごん。

 っていうか、メールを送って置こう。あんまり文句を言わないって千紗さんからは言われたけど、今回のはきちんと言ってやらないといかん。


『ずいぶんといいタイミングですネ。まぁーったく、そんな特集が公開されてるだなんて、ルイさんつゆとも知らなかったのですが。どういうことなのか、弁解は聞いてあげます』

 雑誌を見させてもらいながら、片手間にメール作成。ガラケーなので見ないでもキー入力くらいはできる。

 送信先はもちろん、この記事の記者こと「タケ」さんだ。

 個人情報だだもれさせやがってくれまして、本当に迷惑な話です。

 とはいえ、逆に、普段と同じ行動をしても、あまり怪しまれない隠れ蓑としては機能してくれそうだ。


「でも、スキャンダルってすげーのな。俺達が見たときはそこまで閲覧数多くなかったのに、今週に入ってからカウンターがまわりっぱなしっていう」

 ほい。こっちがサイトな、と気安く兄さんはスマートフォンの画面を見せてくれた。

 よくある町の穴場紹介みたいな感じに仕上がっているものの、その材料はルイなので、なに取材してんすか、と声に出そうになってしまった。


「テレビに出るって恐ろしいことですよね……ほんと」

 ちなみに前にも言ったけど、ルイの写真館も恐ろしくカウンターはまわっている。

 まあこっちは、翅の壁ドン写真がDLできるっていうので、拡散しているのだろうけれど。

 おまけにあのときの翅さんったら、女装姿できれいにしている上に、表情がたまらぬと大好評なのだ。


「でも、こういう記事は俺達としてはありがたいんだよな。ルイちゃんってかなり正体不明で私生活とかもさっぱりわからないし」

「あの子が普段見てるものとか、食べてるものとか? 興味ある」

 普通にカツ丼美味(うま)いしーと、二人はがつがつとカツ丼をかきこみはじめる。

 

「はいよー、にーちゃんカツ丼中盛りねー」

「ああ、どうもです」

 テーブルにおっちゃんがカツ丼を運んでくれた。

 いつも頼んでいる中盛りで、ふたをぱかっと開けるともわりと香りが広がってくれる。


 うん。今日も良い感じの匂いだ。

 どうしても鼻をひくひくさせてしまう。

 一瞬、おっちゃんと目があったのだけど、彼は少しだけ怪訝そうな顔をして、ごゆっくりといいつつ厨房に戻っていった。


「んじゃ、いただきます」

「そいつが中盛りか。やっぱり結構あるよね、それ」

 はむりと、真ん中のカツにかみつく。

 つい、小さめな口になってしまうのは、クセみたいなものなので仕方ない。

 じゅわりとつゆと一緒にお肉の味が口に広がっていく。相変わらず、んまい。


「まー、普通だと思いますヨ。それにカメラやってると歩きますしね」

「そういや、君もカメラやるんだ? オススメスポットとかもサイトに乗ってたけど、そこら辺を狙うのかな?」

「ええと……まあ。撮らないでもないですが、今日は祭りのほうですね。銀杏さまは撮らせていただきますが、それ以外はわざわざそっちは狙わないです」

 サイトに表示されている撮影スポットは、確かにルイが好んで撮るところだった。

 でも、残念なことに、季節の記載がまったくないので、そこが「いつ」がいいのかがわからない結果になっている。


「あとは春先なんで、それっぽいものがあったらって感じです。別にルイのおっかけやってるわけじゃないですから」

「おおぉっ。なんかおっかけの子とかマネしてる子ばっかりかと思いきや……」

「真面目なカメラ少年もいるんだなぁ……」

 あむりと、最後のかつの切れ端を咀嚼しながら、その二人組は感心したようすだった。

 でも、その中の発言の一つの単語が気になったので一応注意しておくことにする。


「少年って、俺もう大学生ですが……」

「うわ、高校入ったばかりくらいかと思ってた」

「……どうせ童顔ですけどねぇ……」

 うう。ルイをやるためにスキンケアをやっているのも問題なのかな。

 ルイの方は年齢相応か少し若いくらいで済むのに、こっちだと確実に年下だと思われるのだから困る。

 

 すまんすまんと言いながら、彼らは店を後にした。どうやらルイさん出没スポットをまだまだまわるらしい。

 田んぼとか普通にスポットに入っていたので、今いってもなんにもないですよ? と普通に忠告してあげたいところだけれど、がまん。


 さて。そんなわけでカツ丼を美味しく三分の二までいただいたところで、おっちゃんに一声かける。  

「ああ、おっちゃん、お茶もちょーだい」

「あいよっ。って、あれ? 最近あんまり頼まれてなかったけど珍しいな」

「カツ丼の締めはお茶漬けですよ。常識ではないですか」


 ここのお茶はほうじ茶ベースなので、ある程度食べ進めてからお茶漬けにするとうまい。

 それはあいなさんが教えてくれたものだ。ルイも三回に一回はやっている。


「はは。裏メニューなんだがなぁ、いちおうは」

「あいな先輩からいろいろ教わりましたし」

「ああ、あいなちゃんの知り合いか」

 どうりでな、とまったくもってルイと同一人物だとおっちゃんですら気づかないようだった。

 人の先入観というものはやはり怖いものだ。あいなさんの名前を出しても、まさか目の前の男子?がルイさんだとは思わないらしい。

 さすがは眼鏡男装モードである。


「はいよっ。サービスでわさびもつけてやろう」

「わーい、ありがとうございます」

 おっちゃんが何かをいいたげにしていたのだけど、すり下ろしたわさびを盛ってくれたのでそれを適度に乗せながらとんかつにお茶を注いでいく。

 お茶が油を吸い込んで少し表面に油が浮かぶのだけど、こうすると最後にちょっと油っぽいなっていうのが取れて美味しくいただけるのである。


「ふぅ。ごちそうさまでした」

 手と手のしわとしわをあわせて、ふぃと息を吐きながら食後の挨拶をしておく。

 うん。久しぶりだったけれど、たまの外食は美味しかったです。


「にしても、この騒ぎはいつになったら収束すると思う?」

 お勘定を払いに行くと、おっちゃんは外に視線を向けながらそんなことを言い始めた。

 なるほど。お店が繁盛するのはともかく、少し銀香自体をざわつかせてしまっているのかもしれない。


「さすがに夏祭りの頃には収束してると思いますよ」

 そうすれば、また帰ってきますって、と微笑んであげると、なぜかおっちゃんは、あ、ああ。そうだな、といいながらおつりを渡してくれた。


 そして一緒にガムをくれたのだけど……おっちゃん。これ女性限定のサービスじゃなかったっけ?

 とはいえ、初めて入ったという設定のお店でそれを突き返すわけにも行かず。

 ちょっと首をかしげながらも、ありがたくいただくことにした。

 お店の外に出ながらガムを口の中にいれると、さわやかなミントの香りが口の中に広がってくれた。

 さて。馨くんのターンということで、男子状態でカメラを握らせてみましたが。

 ルイならこう動くけど、この子だとこうなるなーっていうのが、なんか明確にわかれてしまう回でした。

 我ながら、ここまで男としての撮影ができなくなってる木戸くんに脱帽です。ど、どうすんのこれ……

 ま、まぁ男の先輩達に聞くしかないですが、聞いてもぽかーんってされそう。


 そしてとんかつ茶漬けです。作者的には新宿すずやに影響を受けているというしかないのですが。たまには行ってみたいものです。

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