304.銀香の春祭り1
「二日連続でこの格好というのは、なんというか……」
ぐりぐりと丸がつけられているカレンダーの日付をみつつ、鏡もちらりと見て、どうかねぇと軽く髪をいじる。
さて。四月も後半の日曜日。その日は銀香町の春祭りの日なのだった。
どうにも四月というと桜の方のイベントばかりをクローズアップしてきてしまっているけれど、行けるときは例年行っているイベントだ。もちろんルイでね!
そんなわけで今年もと思っていたわけなのだけど先日の騒動のせいで、ルイとして銀香に行くことはできない今週。
散々悩んだものの、まーやってみようじゃないか、という感じで、木戸用のカメラを取りだした。
ルイとしてはいけないというならば、もう一つの選択肢だってあるじゃないの、ということをいまさら思い出したのだ。
そもそも。あまりにも最近は写真といったらルイというように思考が偏っていたようにも思う。
ま、まぁ。楽しいから? 女子でお出かけしたほうが楽しいからね? 仕方ないんだけれどね。
けれども、男子で放課後活動してもいいじゃない?
男子としてもカメラ活動をしていこうと思ってこちらのカメラを買ったのに、どうしたってルイの方を優先してしまって、学校関連でしかこちらのカメラを使ってこなかった。
「ようやっと出番ってこと、かな」
だから、放課後活動ではこのカメラのデビュー戦ということにもなる。
もちろん、夜間撮影用にルイが持ち出したりはしていたけれど、男子状態で放課後使うのは初めて、という意味ではデビューである。
……まあ、旅行の写真とかは撮ってるけど、自主的に男子で、というのがなんか初めてな気がする。
さて。昨日外に居た記者さん達は昨日の一件で、三分の一くらいに減ってくれた。
ある程度満足すれば他にいってくれるわよ、というのが崎ちゃんのアドバイスだ。確かにその通りで、今残っているのはどうしても木戸馨から話を聞きたいと粘っている人達ばかりだ。
昨日に引き続いて声をかけられるとは思うけど、それはまた毅然と回答をすればいいだけのことだ。
「まあ、カメラはしまっていかないとだけど」
こればっかりはしかたないか、と思いつつ、カメラをバックにしまうと少し重いそれを担ぎ上げたのだった。
「おばちゃん。ビーフコロッケとクリームコロッケを一個ずつお願い」
「はいよーって、あら。はじめて見る顔ねぇ。あなたもカメラやるのね」
ルイちゃんの影響かしら、と彼女は笑いながらコロッケを包んでくれる。二個という量がそうさせるのか、いつもみたいにすぐ食べると判断して温かいのを渡してくれた。まだそこまで外の気温も高くないので、ほかほかのコロッケは温かくて美味しそうだ。
「んじゃー一枚ぜひ」
渡されるところで、いつものようにおばちゃんの表情を撮る。
けれども、いつもの安心した顔ではなくどこか不思議そうな、驚いたような絵ができてしまった。
しかたがない。やっぱり別人になるということは、今までの付き合いそのものをなかったことにしてしまう行為でもあるのだ。
「あらま。ルイちゃんもよくそうやって写真を撮ってくれてるんだけど、もしかしておにーちゃんもルイちゃんのおっかけなのかねぇ」
はいよと渡されたコロッケを受け取りながら、これは純粋な趣味ですよと答えておく。
間違いではない。自分はルイのおっかけではないし、人の写真を撮るのはライフサークルのようなものだ。
間違いではないのだ。大切だから二回言った。
そして、そのまま軒先から少し離れてコロッケをいただく。
くぅ。さすがにいつも通りほっかほかでおいしい。
「あれ? 木戸くんじゃん。どうしたー? 珍しくなんかちょっと今時の子っぽく着飾っちゃって」
「今時って、普段が昔っぽい感じじゃないですが」
軒先でコロッケをいただいていると、ばったり千紗さんが出てくる所に鉢合わせをした。
これからアルバイトにでも行くところなのだろうか?
「昔っぽいっていうか、普段のあれは、もさい。きっとMってもさいのMなんじゃないかな?」
どうかな? とふふんと言われてしまって、うぐっと先週のあの光景を思い出す。
千紗さんもどうやら、蚕×M本の存在を知っているらしい。
「モブのMっていう話ですけど? っていうか、今の俺はMじゃないんで」
「……滅茶苦茶、俺っていう一人称が違和感ありすぎる……」
ここでもかっ。今は男子の装いなのだから……って、このキャラなら、僕っこの方がいいんだろうか。
「まあ、それはいいや。それでイケメンショタさんや。今日はこれからすぐに撮影かな? それとも話をしていく時間はあるのかな?」
「ショタかい……」
そりゃ確かに木戸の身長は160ちょっとだ。世間一般では小さい方になるのだけど、さすがに二十歳目前の男を捕まえてショタ扱いはないと思う。
まあ、二十歳を過ぎてるノエルさんがショタキャラをやっているので、無理とも言い切れないのだけど。
「じゃ、お時間あるなら、是非ともいろいろ聞かせてもらいましょうかね。うちの町を騒がしている元凶さん」
「うぅ。ではお邪魔させてもらいますよ」
本当に申し訳ないことでございます、と言いつつ千紗さんの手招きに従ってコロッケ店の奥へと足をすすめていく。
「あら、あんたの友達だったのかい?」
「西にいた頃にちょっとね」
見知らぬ男が家の中に入っていくのが気になったのか、おばちゃんは千紗さんに声をかけた。
ルイなら、あら今日は寄ってくのかい? の一言だったのだろうけど、見た目が違うだけでこんな反応になるのだなぁといまさらながら思わせられる。
千紗さんは苦笑を浮かべながらもほれ、こっちこっちと手招きをしてくれた。
嘘は言っていないが、それ以上はいいませんというような言い方ではあるものの、おばちゃんは今はそこに言及するつもりはないのだろう。
というか! どうしておばちゃん。娘さんが男友達を部屋に入れようとしているのに、無反応なのかな!?
「なに複雑そうな顔してんの? 遠慮しないでいいから、ほれ」
お話してもらう代わりにコロッケ奢るから、と言われなくても、千紗さんにはいろいろと説明をしないといけないので、彼女のあとについて彼女の部屋にお邪魔することになったのだった。
「相変わらず……呆れる」
「……千紗さんまでその反応っすか……」
千紗さんの部屋に案内されて、ずいぶんと低めなテーブル、ちゃぶ台の前でちょこんと座って今回の事の顛末を話して聞かせていると、うぇー、なんなのこの人ーと彼女は思いきり呆れたような顔をしていた。
我ながらひどい事件に巻き込まれてしまったとは思っているけれど、客観的な反応を見るとどうやらそれ以上らしい。
「巻き込まれ体質なもので……面目ない」
「そうじゃなくて!」
ぺこりと、温かいお茶を両手で包み込みながら頭を下げると、千紗さんはふるふる体を震わせながら、こちらの謝罪を止めた。
「それだけやられて、なんも損害賠償させないですませちゃったの?」
「損害賠償って……被害はそうないんだし、落ち着いた日常が帰ってくれば俺としては別にそれでいいんだけど」
はて、と首をかしげていると、千紗さんはわしりと両肩を掴んで、こちらを真正面から見つめてきた。
かなり真剣な表情である。
「いい? る……木戸くん。写真さえ撮れれば実生活なんておまけ、みたいな貴方だろうけど、ちょっとその沸点の高さは問題よ? そこはちゃんと怒らないと、アホな子としていろいろ利用されたあげくに滅茶苦茶になって、男無しじゃ生きられないのぉぉお、みたいなびっちになっちゃうのよ?」
うぅ。両肩に食い込む指が痛い。そのままゆっさゆっさ前後にゆらされて力説をされると、そういえば前もこんなことあったっけなぁと、記憶が掘り返された。
そう。あのときは八瀬の件の時だったか。さくらが、あんたはちょっと危機感が足りないと、忠告してくれたのだった。でも仕方ないじゃない? もし女の子だったらそういう心配だって必要かもしれないし、ちょっと周りに厳しくあったほうがいいとは思うけど、木戸は男子なわけだし。
それにこうやって撮影だってなんとかしにこれているので、迷惑ではあったけど、痛烈に責めるってほどにはならないのですよ。
「基本のところに、男の子だからーってのがあるんだろうけど……」
いまだにぽかんとした顔をしてたせいか、千紗さんはじぃとこちらの顔を覗き込みながら、真剣な顔をして言ってくれた。
「安い女って思われたら、あいつらはどんどん甘えてくるんだから。気がついたらヒモな彼氏を抱えて、ルイちゃんは日銭を稼ぐために、体を売ったりしちゃうんだよ……」
「ヒモて……さすがにあいつらがそんなことをするとは思えないですが」
そもそもそこまで許すほど心を開いていないです、というと、ホントに? と心配そうな顔をされてしまった。
うーん。いちおうこちらもしっかりはしているつもりなのに、千紗さんはちょっと過保護だと思う。
「ともかく! 約束して。大事な体なんだから、もっと自分を大切にしなきゃ」
「大事な体って言い方は、どうなんです?」
「あれだけ会場で囲まれる人の体が大事じゃないわけないでしょ? あなた一人の体じゃないんだからね!」
はぁ。確かにその言い分は間違いではないけれど。なんだか身重みたいでちょっと変な感じがしてしまう。
ルイさん、妊娠しませんけど!
「わかりましたって。次がないように注意はしてありますけど、またなんかあったら、ちゃんと叱っておきますから」
「……今回の分からちゃんとして欲しいけど、まあ、る、木戸くんなら仕方ないか」
あーあ、とそこでようやく千紗さんは大人しくなって、ぺたりとちゃぶ台の前に腰をおろした。
久しぶりにエキサイトしてしまったとちょっと温くなってしまったお茶を両手でもって飲み始める。
さきほどの勢いから一転でまったりムードだ。
そのほやんとした表情を一枚。
コスプレ姿は撮影したことはあるけれど、こういった日常はあまり撮ったこともないので、にこやかに撮影をさせてもらった。
「ちょ、いきなり撮影とか……って。……あなたに言ってもどうしょもないか」
「無駄です。っていうかこっちの格好でも遠慮しないで撮る、が今日の目標なので」
どーにもルイならあっさり撮れてもこっちだと躊躇してしまうのだ、ということを伝えたら、たしかに今の方が少し落ち着いてるかも、というような感想をいただいてしまった。
「女装状態の方が遠慮無しにいける、か。まぁ女装の顛末とかも聞いてるからへぇって感じだけど、一般的には不思議な感じなんだろうなぁ」
「そんなわけで、今日はこっちの格好で、春祭りを撮ってみようということになりました」
「ちょっと油断すると、するっと女の子っぽくなっちゃうから、そこ注意しといたほうがいいかも」
「それはごもっともでございます」
千紗さんの指摘に、はい、その通りとかくんと肩を落とす。
どうしても銀香の人達にふれようとすると、ルイっぽい反応になりかねないので、そこらへんは注意が必要だ。
男装してるのがばれること自体はそこまでのリスクとは思ってない。
こんな事態なので変装していますとでも言えば、大方の人は納得してるだろうし。
でも今回は木戸馨としての撮り回りなので、なるべくならばれないのが良いに決まっている。
「ところで、ふと冷静になって思っちゃったんだけど」
そんなやりとりをしつつコロッケをもぐもぐしていると、お茶をのんでいた千紗さんの手が止まった。
「今回の騒動がやらせだってのはいいとして、翅さんがルイちゃんに本気っていう話って、一般人が聞いちゃまずかったんじゃないの?」
いまさらな反応である。
まあ、自分の身よりもこちらの身を案じてくれた千紗さんは良い人だなぁとは思うけれど、彼女が言うとおりその話は千紗さんだからこそ話したシークレットである。
「だから、千紗さんも内緒にしてくださいね? ひさぎさんにも言っちゃ駄目デスよ?」
あの人に知られたら大学生活もいろいろ危ういしなぁと遠い目をする。
きっと、毎日のように衣装を持ってきては、着てくれはる? とかなんとか言うに違いない。
奈留先輩以上に押さえのきかない人なのである。
「うぅ。秘密はばらしたくなるっていうけど、こんな感じなのか……」
なんだか重たい十字架を背負ってしまったぜぃ、とちょっと厨二病っぽい発言を千紗さんがし始めているので、その重荷を少し軽くするために彼女に敢えて女声で笑いかける。
「別に、言ってくれてもいいですけど、どうせまともに受け取られませんよ?」
たしかに千紗さんは、ルイがよく通っているコロッケやの娘さんで、話を聞くことができる人と周りには認識されていることだろう。
けれども、正規の会見とその話ならどちらを信じるだろうか。
「人は信じたい物を信じるから。憧れのアイドルがどこの馬の骨ともわからないヤツを好きっていうよりは、みんなのアイドルでいたほうが嬉しいんじゃないかな?」
「馬の骨じゃなくて、たてがみは好物です」
「あれは、こりふにゃで美味しいですよねーって、そうじゃなくて」
なんて高級食材の話をしているんですか、と呆れそうになった。
ちなみに馬刺しに関しては、エレナの誕生会でいただきました。
さすがに馬の骨はでてこなかったかな。
「私としては、ルイちゃんと翅さんが幸せにーっていうのもちょっと想像はしちゃうかなぁ。壁ドンでしょ? しかも見つめ合っちゃったりとかしてさ。美男美女のカップルだし、おまけにうちらとしては、男×男の娘っていう、これなんてご褒美ですかって感じだし。薄い本とかいっぱい出しちゃう感じ」
蚕×M本より、そっちのほうがみたいデスっ、と力説されて、普通にひいてしまった。
あっちだけでも現実を直視するのに大変だったというのに、翅×ルイ本はやめて欲しい。
しかも、ちゃんと途中で脱がされてついてるっ、的な感じにするのでしょう? BL本なんだしさ。
ナマモノでそれをやるのはさすがにちょっと、ダメージが。
「ああ、でもま。ルイさんがまさか、ってみんな思ってるから今の所描いてないけど」
「これで盗聴器とか仕掛けられてたら、一週間後は大騒ぎですね?」
「大丈夫。マスコミもそこまではしないし、母さんはともかく私はそんなに優先度高くないから」
レイヤーとしてリアルな素性は表にださないのだゼ! とドヤ顔をしてくれたのでそれもカシャリと一枚。
まあ、大丈夫ですって、と千紗さんは胸を張って断言してくれた。
あの事件から一週間、部屋に新しく入れた物もないし、たこ足配線用のタップも使ってないという。
「なんなら、いまさらだけど、糸電話で会話でもしてみる?」
「うわぁ、確かにあれなら音が外にこぼれないですが……部屋のなかでそれって結構シュールですね」
糸電話というものは、音と振動の性質を見るための学習アイテムである。それを実際に活用するとしたら、なかなか使いにくいのではないだろうか。
よくアニメなんかでは、隣の家の幼なじみとの連絡用、みたいなので描かれるけれど、どの程度つかえるものなのだろうか。
そして、常時会話するなら、受信用と発信用のカップを別に用意する必要があるようにも思う。
毎回、耳に当てたり口に当てたりは面倒だろう。
「あとは、筆談にするとかさ。キー入力をして文字を表示しつつーみたいな」
「パソコンにウイルスが入っていると、キー入力したのがそのままデータとして外部に流れるとかなんとか」
「そこで、ネットに繋がっていないワープロ的なアイテムの登場なのです」
あぁ、小説書きさんが前に使っているのを見て、おぉーカッケーと思ったのだと千紗さんは力説した。
でも、彼女の場合は文章よりはコスプレの方なのだろうし、購入にはいたっていない。
「ま、念のため、盗聴対策として、全部をうやむやにするおまじないをしておきましょうか」
ぴしりと人差し指を立てながらにんまりとすると、うわぁと千紗さんは呆れたような顔をした。
「今までの会話はフィクションです。盗聴してる人がいるかも、と千紗先輩がいっていたので、企画をした嫌がらせです。妄想の垂れ流しをご拝聴いただきありがとうございます」
なんてね? と千紗さんにドヤ顔をしてみせると、彼女はぽそっと呟いたのだった。
「本質は、あっちなのかなぁ、この子は……」
「ん? なにかいいました?」
あまりに小さい声で聞こえなかったので、聞き返したのだけど、千紗さんは、まぁ今日のお祭りの撮影頑張ってね、とにこやかに言ってくれるだけだった。
ちょっと変わったテイストでの撮影回ということで。「木戸馨として」の銀香訪問です。
ルイではいけないのだから、しかたないのです!
でも知人の前だとルイがはみでてるという、この体たらく……
カメラ握るとはわはわしちゃうのをどうやって男状態で処理するのかが問題なような気がします。
そして割とオープンに話しているものの、おばちゃんちはルイさん出没ポイントの一つなので、マークされてる怖れもあるよねぇなんてちょっと思ってしまい、盗聴ネタをいれてみました。
大丈夫デス。さすがにそこまでえげつないことはされてないので。
さて。次話ですが、木戸くんとしての銀香めぐりです。そもそも春祭りって何をやるのかーってのもあるので、そこも検討しつつ次話を書いていこうかと思います。




