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303.

かなり長くなりましたが、とりあえず告白騒動の真相に突入です。

「……馨が、おしゃれな格好をしている」

 着替えて居間に向かうと、母さんがこれでもかというくらいに目を真ん丸にしていた。

「はいはい。どーせ男の時だとろくに着飾ったことがないですよー」

 なので、あえて女声をあげると、がくっと母さんは椅子に座り込んだ。どうせうちの子は、とうわ言を言ってるように見える。


「昨日話しておいただろうに。外の人たちに説明をするためにほどよく別人になるように変装するってさ。それがこの形なんだって」

 はぁと深いため息をつきながら、鏡に映った姿に自分でも首をかしげそうになった。


 崎ちゃんはあのあと、自分のスタイリストでもあるあやめさんのところに木戸をつれていった。そしてわりとさらっと無茶な要望を突きつけてきたのだった。


 男子状態でいじったらどの程度イケメンになるのか、というような。そんなお話。

 もちろん最初は無理でしょそれはと断ったのだけど。

 素っぴんで男子に告白されるようなやつなら、うまくいじれば理想的な男子にだってなれると崎ちゃんたち二人に思いきり力説されてしまった。可愛い男の子だって需要はあるんだぞ、とはあやめさんの言葉である。

 そこで蠢のことを出されてしまうと、まぁ、そりゃテクニックでできることもあるのかもしれませんが、と反論も苦しくなってしまった。肉体的に女子なあいつがメイクテクニックでああなるなら、自分も……って、あれ。なんかこの反論って……まあ、いいか。


 そんなわけで。 

 ちょっとスタイリッシュで中性的な感じのコケティッシュ系男の子という風な見た目にさせられてしまったわけだった。

 髪の毛も指示のとおり、男子っぽくワックスで軽く固めている。

 もさ男子とスタイリッシュ男子の違いは、髪に宿るのよっ、とはあやめさんの魂の叫びである。


 眼鏡もいつものものから変更。

 シルバーフレームの眼鏡のさらに先に行った感じで、レンズこんなに細くていいの? と言わんばかりでかつ、フレームが半分ないものだった。そして半分つけられている細いフレームは赤。ちょっとくすんだ赤だった。


 男子で赤とかどうなんですか? と聞いたら、最近の若い男子は暖色系もばしばしつかうものよ、とさらりと言われてしまった。すみません。まったくもって男子のおしゃれのなーんも知りませんで。

 女物なら、いくらでもトレンドとか流行とかは押さえているのですが。


 崎ちゃんからは、写真家としては男の人も観察してなきゃダメなのでは? という突っ込みが来たわけだけど、残念なことに町中の撮影をあまりしないルイさんがおしゃれ男子を見る機会というのはあまりないのでした。

 だって、ほら。男の人をじろじろ見てると、なにガンつけてやがんだぁって怒られるっていうじゃない? そもそも、そんな熱い視線を向けられると男の人ってむしろ困るんじゃないだろうか。


「てっきり、普段……じゃないけど、しので行くんだと思ってたけど」

「母さんまでそれってどうなの? 俺一応男だし。こっちで行った方が良いに決まってるだろ」

 わざわざしのでって発想になるとは、母もそうとうに汚染されてしまっているらしい。

「違うわよ。犠牲にするなら、女の方でしょって言いたいの。テレビなんかにでてその後話題になるのって嫌でしょ、貴方」

「うっ……」


 どうやら、かーさんは説明にでたらしばらく女装はしないで居て欲しいなとか思っていたそうだ。

 うーん、まぁ、そりゃしので説明にでることも考えはした。

 と言うか、そうすればいいじゃない? って崎ちゃん達にも話したんだけれど、それだとルイとの接点を掴まれるリスクがあると二人に言われてしまったのだ。


 性別というものは、不変なものだ、という認識が一般にはある。

 しのを見てルイを連想する人はいても、馨を見てルイを連想することはまずない。

 ましてや今回は、映像として残ってしまうので、そこそこ露出の多いルイにちょっと似てるかも、なんていう風に思う人もいるんじゃないか、と諭されたのだ。


 説明にでるのが男であれば、まずルイとの接点は発想すらしないだろうし、おまけに木戸馨の印象が世間的に果てしなく薄い。もっさりした眼鏡男子という印象しかないからこそ、変装をすればあっさりと世間の目は欺けるはず、というのが彼女達の言い分だった。


「る、ルイを封印なんてしないよ? そりゃ今はあんまり外に出られない状態だけど、致命的に変な噂が立つのはやだよ」

 っていうか、俺とルイの関係が世間に知れまわっちゃって、かーさんは平気だと思うの? と問いかけると、少し考えてから、母さんは口を開いた。

「そりゃ、うちの子が女装して歩き回ってますーなんて、世間に知られるのは抵抗あるけど。最近のあんたはなんていうか……どんどんそっちのほうに重きを置いている感じで。もやもやするのよ」

 まあ、あんたが本心で女の子になりたいとかっていうなら、否定もできないけど、と悩ましげな顔をする。


「でも、あんた今も、気持ちはあまりかわらないんでしょ? 特別、女として生きる決意をしてるとか、覚悟を持ってるってわけじゃないんでしょ?」

 どうなの? と問われても、まあその答え自体は変わらない。ルイは撮影のための手段の一つだし、しのも……うん。その生活にかなり馴染んで楽しんではいるけれど、現状は緊急避難的な立ち位置だ。別にことさら女子でいないと死んでしまうのっ、というような事はない。


「そこ、がなんかわかんないんだよなぁ。母さんもだけど、誰も男になるとか、女になるとか、そういう覚悟なんてなくて、ただそうなだけじゃん。なのに、なんで性別変えようとすると先輩面して決意とか覚悟とか、言い始めちゃうのかがよくわからない」

 性転換をしている人達が、決意や覚悟って単語を使うのはわかるよ。それはその苦労からくる純粋なものだから。

 でも、普通の人が女性の先輩っていう感じになるのは、なんかむかっときてしまうのはなぜなのだろう。


「それは、ほら……女も楽しいことばかりじゃなくて、大変なことだっていっぱいあるのよーっていうそういうこと。窮屈だったり、自由がきかなかったりで大変なんだから」

「それはかーさんが若かったころの時代の話、なような気がしないでもないけどね。まぁでもそっか。良い点ばっかりみずに、大変なんだからーってことを言いたいわけか」

 ふむ。とその覚悟という言葉の意味を咀嚼する。

 隣の芝は青いと思って踏みしめてみたら、あんまり変わらなかったってことにならないように、とでもいいたいのだろう。


「そーいうこと。あんたみたいに両方つまみ食いしてるようなのだとよくわからないだろうけど」

「それを言われると返す言葉もないっちゃないけど。俺としては性別って武器の一つっていうか、武装みたいなものって感じだからね。リスクヘッジはするけど、決意とか覚悟とかそーいった重たいものは、あんまり考える気もありませんってば」

 うん。いづもさんや千歳には悪いのだけど、どっちかで生きていこうみたいな考えは木戸にはあまりない。

 いつまでやれるのかというのはあるけれど、出来るのならばどちらの性別も有効活用できるといいな、というのがとりあえずある。男女両方の生活を楽しみ尽くすべきとまでは言わないけど、片方に執着する必要もないんじゃないかなぁという思いのほうが強いのだ。

 だって、どっちの生活も楽しいもの。


「んで、そのリスクヘッジを外に出てやらなきゃいけないというわけで」

 そろそろ時間だから、行ってきます、と母さんに言うと、まぁさっさとみなさんが帰るように上手く仕向けてね、とげんなりした表情で見送ってくれたのだった。




 家を出たら数人の記者に囲まれた。

 時間はまだ八時を過ぎたあたり。なのにこれだけの人達が集まっているというのは、どうなのだろうか、と思う。

 実を言えばこれまでも外にでて話をしてしまおうという思いにも駆られはしたのだけど、学校の方をきちんとしたいのとバイトの兼ね合いもあって、本日ということになったのだった。

 そこそこ人が集まってからのほうがいい、という崎ちゃんのアドバイスもあるので土曜日の朝を選んだのだ。


「ねえ、君、この家の人? だったら教えて欲しいことがあるんだけど」

 集まっている芸能リポーターの人に声をかけられた。

 あきらかに目の前にいるのがあの蚕の写真のお相手とは思っていないようだった。


「なんでしょうか? この家の人ではないですけど、なにか聞きたいことでも?」

 心持ち声を高めに柔らかめに出す。

 目の前の女性記者は、なぜか一瞬息をのんだ。


「あ。うん。ここに男の子がいるよね? 確か木戸……馨くん。彼のことを聞きたいなぁって」

「ああ。例のHOATO? スキャンダルがらみですか……本人から口止めされてますけど、ここだけの話ってことなら」

 いっちゃってもいいかなーと、少し相手に譲歩する。

 キャラ設定としては、少し軽めな男子を目指しているので、こういう仕草も割と似合うことだろう。

 まんまと目の前の人達は、木戸馨の知人の男性という認識を持ってくれているようだ。

 これならば、うまく情報操作もできるかもしれない。


「HAOTO、ね。それで口止めされてるってどういうことかしら。ぎゅっと蚕くんに抱きしめられた時の感触とか心情とかそういうのかしら」

 そういうのが聞けたらありがたいのだけど-、となぜかその記者さんはいろいろ想像したのか顔を赤くしているようだった。えっと、芸能記者さんも腐っていらっしゃるのですね。


「男同士の恋愛はあり得ない、しっかり断ったのにそのときの情報が嘘で塗り固められている。取材陣に囲まれるのは自分みたいな隅っこ暮らしな人にはしんどいので少し身を隠す、だそうです」

 ちなみに僕はそのための荷物を運ぶように依頼されました、と自分の存在理由を伝えておく。

 今日は手荷物はそこそこある設定だ。小さめのキャリーバッグを引いている。

 もちろん中身はほぼ空なのだけれど、演出の一つとして持ってきているのだった。


「断った……のですか。取材によると二人で言い合いになって、その後和解したという話でしたが」

「……言い合いも実は照れただけ、とかですか? 勘弁してあげてくださいよ。いくらなんでもみなさん、男同士の告白劇を真に受けすぎです」

 そりゃ、そういう人達がいることは否定はしませんが、と前置きをしてから続けた。


「皆さんおかしいと思いませんか? いきなりあんな目立つところであんな行為をするだなんて。どっきりとかの仕込みを普通は疑うんじゃないかな」

 ね? どうでしょうおねーさんと尋ねると、彼女はうぐと口をつぐんだ。その通りだと思ったのだろう。


「なんにせよ、みなさんが撤収しないかぎり、馨はこっちの家には戻ってこないって話です。どうせ無駄ですしご近所にも迷惑なので、蚕や翅のほうに人手を割いたほうがいいと思いますよ」

 にこりと笑顔を崩さずに、他の記者さんたちにも視線を向けておく。

 言外に、迷惑だからさっさと帰ってと言いたいわけなのだけど、どの程度聞いてくれるものだろうか。


「じゃ、じゃあ、翅さんの件については!? なにか聞いてることはありませんか?」

 藁にもすがるとはこういうことを言うのだろうか。

 確かに同じグループが起こした事件なのだから、関連は、なんていうことになるのだろうけれど。

 詳しい話を聞くのはこちらもこれからである。


「さすがに、翅さんのことはさっぱりですね。馨は自分の身を守るだけで精一杯なので」

 ご期待にそえずにスミマセンと、にこやかに答えておく。

 まさか、目の前の人物が、その渦中の相手二人と同一人物だと思っている人はいないようだ。


「それじゃ、そろそろ予定があるので、失礼しますね」

 にこりと極上な笑みを浮かべてその場を去る。

 記者のみなさんはぽかんとしてしまって、誰も追ってはこなかった。




「やぁ、皆さんおそろいでどうも」

 指定された建物の一室。そこに合い言葉を告げて案内をしてもらったわけなのだけど。

 とりあえず、そこに居る人影に向けて、けだるげに、やや低めの女声で挨拶をする。


 こいつは誰だ? というような三人の顔がそこにはあった。気づいているのは(しゅん)(てん)だけだ。

「家を出るのに大変だったんです。それとマスコミ対応ね。あんまり目立ちたくなかったのでちょっと変装してみました」

 にこりとルイスマイルを浮かべてみせる。どうだろうかこれだと男装している女の子に見えるものだろうか。

 崎ちゃんが作ったイケメン男子風なわけだけど、これくらいの眼鏡だと正直なところ表情を少し変えただけで女子よりになってしまう危うさがある。


「うわ、男装姿めっちゃかわいい。なにそれ、なにそれ」

「中学の頃もよく言われましたヨ。ええ、なにぶん誰かさんたちのせいでおちおち外出もできなくなってましてね」

 無邪気に絡んでくる蚕を、頬をひくひくさせながら牽制しておく。

 まったく、誰のせいで今の事態になっていると思っているのか。そこらへんを思い出して反省していただきたい。


「懐かしいね。かおちゃんって感じ」

「小学生のころよりも服装に気を使ってみました」

 一方、興味深げに全身を覗き込んでくる蠢に対してはフレンドリーな対応だ。

 こいつもいろいろやらかしてくれちゃってるのは確かだけど、今の所は一番無害だし、いろんな事件を通して常識というものも学んでいただいた。味方をしてもらえることを期待したいところだ。


 そんな蠢に言われた通り、今日の格好は今までになく、ややコケティッシュな男の子という感じを意識している。

 あまりやり過ぎると女っぽくなってしまう、とあやめさんはあくせくしていたけれど、完成する頃には、おぉっ、ちゃんと男子に見えるっ、と拳をぐっと握りしめていたので、これくらいのバランスでいいのだろう。

 実際、今朝鏡を見てそのバランスは再現できていると思う。どちらかといえば男子かな? と思われる程度の装いはできていることだろう。

 

 いちおう木戸馨の持つ顔として、女装かどうか、眼鏡のあるなしで大まかにタイプ分けはできるのだけど、男子状態で眼鏡を変えるだけでこれほど印象が変わるというのは一つ、ためになった情報だ。

 というか、黒縁眼鏡の印象というのはすごいもの、なのだろうと思う。防御力高めのアイテムなのである。


「それで? (しょう)さんに蚕くん。二人があたしや俺にコクった理由を聞かせてもらいましょうか」

 まったく二人してとか勘弁してよというと、翅と(ほう)(こう)さん三人が固まる。まあ知らせてなかったものね。

「ど、どど。どういうこと?」


「んや。だから蚕くんに告白されたのが俺」

 うん。間違いなかろう? と彼の前にたってじぃと顔を見つめる。もちろん男声で一段下げてるので、それを聞いた翅さんたちは、は? と目を丸くしていた。蚕と蠢だけは納得顔である。


「んでだ。この前壁ドンっていう興味深いことをされたのがあたしってわけなのさ」

 眼鏡をすっと外しながら表情と声を変えて今度は翅さんに向き合う。浮かべるのはいつものような花が咲いたような笑顔だ。もちろん目だけは笑っていないわけだけれど。


「うわ、髪の毛短いけどルイさん?! え、これどういう状況?」

 翅さんがきょろきょろ周りに助けを求めるように視線を向ける。


「あー、つまり、まー二人して同じ人に告白したってわけ。蚕は男状態の木戸馨を、翅はルイ状態の木戸馨を、ね?」

「は? えと。理解が追いつかない。ルイさんがなんだって?」

 いや、髪の毛短くてもめっちゃかわいいけどと、いいつついまだ助けを求めるような視線を周囲に向けている。

 うん。確かにその事実を君が知るのは辛いことだろうが、とりあえず納得していただきたい。


「蠢とは幼なじみって話したと思うけど、なんで蠢がしつこく外に遊びに行こうって誘ったと思います?」

「そりゃ、ルイちゃんほどかわいきゃ誘うだろー」

「小学一年なんですがね……気楽に男友達を誘おうとした、その結果なわけですよ」

 我ながら残酷なことをしてるかなーと思いつつ、それでも同情はしない。こっちとしても今はとても面倒臭いことになっているのだ。


「ってことは……あんなことしたのは……慣れてるからって……」

 あー。息子さんを人質に取ったこともあったねぇそういえば。

「いちおー言っときますけど、慣れてはないからね? 左手がお友達って同級生は口をそろえるけど、あたしはそういうのわかんないからね?」

 ただ、遠慮と羞恥心は普通の女子に比べれば格段に低いだけの話だ。だからあんな演技だって出来る。


「それで? 翅の壁ドンについては、その後どうなの?」

 蠢に心配そうな声をかけられて、ああ、とそちらの話を進めていく。

「いちおー、サイトの方ではなんとか餌まいたりとかいろいろして、落ち着いてはいるんだけどねぇ。ほんともー大変よ? 二人してあんなことするとか、もう、めっ。ですよ」


 あの壁ドン事件以降、エレナのサイトは爆発的な集客を集めている。特にルイの写真館は二十倍くらいで、手を打ってなかったら簡単に炎上していたと思う。一日で万単位のカウンターが回るというのは正直、見ていてうわぁと思ってしまった。


「ま、さすがはかおちゃんだとは思うけど」

 対応早すぎと蠢はあきれ顔だ。

「へへ。なんとなくツボは押さえてるもん。アイドルに描く願望とか熱狂って、感情ではわかんないんだけど、理性ではわかるし。大好きな人が好きな子っていじめたくなるっていうか殺したくなるもんだっていうから、先手うって自分で自分を叩いといたの」

 そう。写真館のところにお詫びというか日記を載せたのがあの当日の夜だった。


 おおむね壁ドン事件は目撃者もいるし、拡散するだろうことはわかっていたし、先に自分でディスっといたのである。

 いきなりわけわかんない人を好きとか言われちゃったら、殺意わくよねとか、壁ドンはさすがにきゅんとしたけど、我らはそういう関係ではありませんだとか。


「そして、お裾分け、か」

「そ。素材はがんばって撮ったしね。あのときの翅さんの表情がすんごいせつなそうで、あれあってホントによかった」

 最後の仕上げはファンである彼女達に送る、えさだ。あのとき撮った写真を数枚アップして、いやぁいい顔シマスよなぁとか、あと斜めから撮った写真はルイの表情にモザイクをいれつつ、さぁ自分が壁ドンされてると想像して幸せに浸るといい! みたいな使い方をさせてもらった。

 ホームページやら写真の加工は当然、みさきにお願いした。それこそイベントであの写真を撮ったすぐ後にすぐに連絡したのはその件についてだ。

 恋する乙女たちにとってすれば、なんて欲のない女子力のないやつだろうと思っただろう。


「せつないって……いや、そもそもマジな告白だったんだけどなぁ……」

 しょぼんと翅さんが力なく肩を落とす。たしかに翅さんはルイのこと気に入ってくれていたものな。


「それで、実際どうなの? あたしの正体知って幻滅した?」

「んや。むしろなんかいろいろ納得した……っていうか、なんなんだろうな。こういう格好見せられてもルイさんのこと俺、スキだわ」

「はへ?」

 すっと頬に手を当てられて、体がぴくんと震えた。なんだか翅さんがやたらと柔らかい顔をしている。

 吸い込まれそうな大きな瞳。それが真摯にこちらを向いているのだ。


「こほん」

 一番冷静な蜂さんが咳払いをいれた。

 翅さんも手を引っ込めてやれやれと肩をすくめる。

 入れ替わりで蜂さんが解説を始めてくれた。


「君と翅の事は、個人でやってもらうとして。まずは……ええと、ルイさんって呼んだ方がいい?」

 いや、木戸くんのほうがいいのかな? と彼が困惑気味に聞いてくる。

「いちおー、呼ばれたのはルイさんなので、そっちで行きましょっか。こっちの方がずけずけ突っ込みとかいれられますし」

 さっきのキャラはまだあんまり作り込めてないのでしっくりいかないんですよーと、女声で答えておく。

 そう。眼鏡つきイケメン?バージョンは、イマイチ声の出し方一つをとっても安定していない存在なのだ。


 それじゃ、ルイさん。と改めて蜂さんは約束していた、今回の騒動の詳細を教えてくれるようだった。

「ことの起こりは、マネージャーさんが代わったところからでね。今までの清純派アイドルからの脱皮をうながされちゃってるんだわ、これが」

「えっ。あのマネージャーさん首?」

 まじっすかと驚きの声をあげると、蜂さんは首を軽く横に振る。


「ああ。首っていうか別の若手育ててんの。HAOTOはほどほどビッグになったし自分の手は必要ないだろうってさ」

 まー蠢の件も上手いことカバーできるようになったしと付け加えられる。

 そうだろう。HAOTOの一番の懸念事項は蠢の存在だ。当時のこいつらには危機管理能力が無かったわけで、あれではマネージャーさんも心配だったことだろうと思う。そしてその懸念はルイさんの犠牲の上でいくらか解消された。

 それで、彼はもう大丈夫という判断を下したのだろう。今回のことをみるに危機管理とか全然できてるようには思えないけどね!


「んで。新しいマネのコンセプトが、もっとビッグに。もっとエキサイティングに。スキャンダルの一個や二個は起こさないと大物じゃないみたいな感じでな」

 恋は人を熱く大きくさせるが口癖だとあの蜂さんですら苦々しく言い切った。

 そのやや大柄で鍛え上げられた体を小さくして盛大にため息をついていた。


「でも蠢はこれだろ。恋愛っていっても変にスキャンダルがでるといけない。それで俺たち二人がまずはって感じだ。ルイさんなら上手くさばくだろうなって思ってたし」

「いや、いくらなんでも男に告白されるとかスキャンダルの斜め上を行ってませんかね」

 蚕くんが悪びれずにいうもので、こちらもあきれはてて、むぅと不愉快そうに彼を睨む。

 あぁ、そういう顔もめっちゃ可愛いという雑音が聞こえたような気がしたけど、とりあえず無視だ。


「しかたねーじゃん。本気にしなさそうで問題なさそうだったの、馨くらいしかいなかったんだもん」

 他の女子に告白して、本気にされたらそれはそれで大変だろ、と言われて、あぁ海斗と同じような理由かよとげんなりしてしまった。偽装恋人して欲しいけど本気になられたら困るっていう、そんなやつだ。

 申し訳なく思ってますと、蚕に涙目で言われてしまうと少しだけ、あぁ仕方ないよねぇ、こんな風におねだりされたらおねーさん許しちゃう、とか言いそうになるけれど、ぐっと我慢。

 弟系甘えキャラである蚕くんであろうと、いや、そういう彼だからこそ、きちんと叱ってあげないといけない。


「それにさ。ヒートアップしてきて、記者会見するまでって思いもあったから。そりゃ、負担かけて悪いとは思ったけど、その間だけ」

 それこそ七変化って感じで、いろんな格好できるし、他のやつに協力してもらうより全然いいって思ったんだ、と蚕は申し訳なさそうに背を丸くしていた。


「正直、片方だけならどうとでもなりました。でも相乗効果でけっこうひどい目にあったんですからね。そこのところしっかり認識してくださいね」

 こういうことしちゃダメですから、と言うと、ホントごめんなさいと、メンバー全員が頭を下げてきた。

 うん。もっと謝ってくださいよ。よっぽどの事じゃ学校を休まない木戸ですけどね、崎ちゃんの家に行った日は学校休んでいるんですからね。


「ちなみに、マネージャーの意見を覆そうっていう気はなかったわけ?」

 言いなりのお子様ってわけじゃないじゃない、と不思議そうに言うと、あ~あ、とげんなりした声を皆さまに上げられてしまった。

「今のマネさん、けっこー強引なおばちゃんでなぁ。前のマネさんよりもなんつーか、理にかなってない強引さっていうかさ。そういうのが目立つんだよ」


「そして女のわがままと癇癪ほど、対処できないものはないってな。だから俺、ルイさんのことあの事件だけじゃなくて、他の事も合わせて好きなんだよ。一緒にいてすげー居心地いいし、おまけに可愛いし」

「へぇ。可愛いがおまけとは、なかなか珍しい事をいいますね、翅さん」

 ふーん、そっかー、私そんなにわがままと癇癪ないですかーと、目を細めながら翅さんに伝える。

 たしかに、写真のこと以外はどうでもいいので、あんまり男の人に何かを頼むってことはないほうではあると思うけど。

 そんなに世の中の女性って、わがままで癇癪持ちかなぁ。そりゃ崎ちゃんはそのケがあるかなぁとは思うけど。

 身近にいる女性は、癇癪はあまり起こさない人ばかりだし、理詰めな人の方が多いように思う。

 え、姉が横暴なのは、姉弟ならしかたないことなのですよ。


「結果的にルイさんに多大な……というか想定の二倍以上の負担をかけて申し訳なく思ってる。止められなかった俺達年長者の落ち度でもあるしな」

 今度きちんと保障をさせてもらいますという蜂さんの顔を見ていると、それが本心からのものだということはわかった。新しいマネージャーさんの事が本当に疎ましいのだろうな。


「それで? いつまでこの状態になるのですか?」

「来週の水曜に記者会見の予定だよ。そこで今回の騒動のネタばらしをして、ご迷惑をおかけしましたと謝罪する予定。炎上商法って一部で絶対叩かれるだろうけどな」

 確かに注目は集まったけど、これでビッグになれるかどうかと言われると謎しかないと彼らは心底嫌そうに肩をすくめた。

 にしても水曜日か。その後になったらホームページを更新することにしよう。

 事の顛末をこちらからも語っておくわけである。


「あ、それとかおちゃん。実際のその……被害ってどれくらいあった? 今すぐ困ってるっていうなら、早めるとかなんとかできなくはないし」

 それくらいはさせてくれと、蠢が心配そうな顔をしてくれる。

 でもいまさら予定の日を変えるとなると、会場の費用とかでそれなりにかかりそうにも思う。


「早めるといっても、明日までに解決は無理でしょ? あたしとしては明日の撮影を棒に振るしか無いのが一番ストレスたまる感じ。ルイとして銀香に行こうものならひどい目に合うんじゃないかな」

 どこかの誰かさんのせいでね、と言ってやると、翅さんはうぉぉ、すまん、と胸元で両手を合わせて謝り姿勢だった。このまますすめていくと土下座とかしそうな勢いである。


「それと、普段の生活の方は問題ないから、心配しないでいいよ。大学には変装していってるから」

 この格好じゃないけどね、と注釈を入れておく。

 今の服装で大学に行くこと自体はできないではないだろうけど、先ほどテレビにも出ているし、騒ぎの元になってしまうのは良いことでは無いという判断だ。


「ところで、ルイの方の対策みたいなのはいろいろ聞いたけど、俺に対しての謝罪とか対策とかは、どうしようと思ってた?」

「……うぅ。そんな可愛い顔して一人称俺とか」

 翅から弱々しい注意が入ったけれど、ほほぅと眼鏡をかけながらそちらに視線を向けると、な、なんでもないですっ、と彼は押し黙った。


「蚕が個人的にやっておくって言ってたんで任せてた。男同士なんだし誠心誠意謝ってきますって言ってたからさ」

 蜂さんは、あー片方に説明すれば終わるっていうもくろみがあったんだなぁこいつと、わしりと蚕の頭を大きな手でつかみこんだ。いでででという声が響く。

 ふむ。男同士のじゃれ合いは、ふーあたりは大喜びするだろうけど、ルイさんとしてはあまりお得感はないのですが。


 そんなやりとりを、苦笑混じりに見ながらふと、さっきから蜂さんばっかりが仕切ってるなぁと不思議に思った。

 HAOTOのリーダーはげりぴーな彼ではなく、虹さんのはずだ。

 そんな彼はまったくもって、一言も声を発すること無く大人しくしているだなんて、一体どういうことだろう。

 話はあらかた聞き終えたけれど、そこらへんがイマイチわからない。

 というか、前にフォルトゥーナに旅行に行ったときに寄ったジャンボストロベリーパフェのお店で、彼が言っていた台詞はこれのことかといまさらになって思い知らされる。

 迷惑かけるかもだけど、悪意はないからね、というあれだ。


 そんなことを思い出しながら、静かにしている虹さんの方に視線を向けた。

「男の娘がおる……うふふ。はあははは。三枝以上の男の娘がおる……」

 とりあえず説明が終わったぞ、というところで今まで無言をつらぬいていた虹さんが壊れた。


「かわいい。男装していてこれってことだろ。なんということだっ。俺ぜってールイさんは普通に女だと思ってた。食指も全然働かなかったっ。でも今なら触手で攻めたい! 服とか破れて涙目にさせたいいいいっっ」

「こらこらっ」

「はぁはぁ。このやわらかなほっぺ……エレナもすんごいけどそれ以上だ。まさにキセキだ……」

 うはぁと欲望混じりの視線を向けながら、虹さんはほっぺたに手を置く。

 さっき翅さんにやられたときは特別嫌な感じはしなかったのだけれど、なんかこれだけ欲望まみれだと気持ち悪い。


「こーら。ルイさんはおれんだ。リーダーは二次元の嫁のところにでも嫁いでろ」

 翅さんが無理矢理リーダーを引きずり倒す。

 俺のといいきられてしまうと困るのだが、かばってくれるのは純粋に嬉しい。

 というか、今まで謝罪ムードだったというのに、いきなりはっちゃけられると、肩すかしを食らったような気分になる。

 あまりルイさんは沸点が低くない人ではあるのだけど、今回の事はわりと迷惑には思っていたのですよ。なのに虹さんのこんな欲望まるだしの姿を見せられてしまうと、逆に微笑ましくて毒気が抜かれてしまった。

 なんだかんだで、彼も八瀬みたいな人だよねぇ、と苦笑が漏れてしまう。 


「とりあえず、そんなところ。あと数日不便を強いることなっちゃうけど、それが終わればたぶん大丈夫だから」

 ホントごめんな、と蠢が弱々しく頭を下げる。

「まあ、みんなも成長したと捉えておくことにするよ。それと……今度シフォレでハニトを奢ること。迷惑料ね」

 蠢の頭を軽くぽふぽふなでながら女声でいうと、ううぅと三人の恨めしそうな声が聞こえたのだった。

分割すべきかとも思いましたが、このままいきましょう! ということで久しぶりに長めでした。

かーさまとのやりとりが割と長くなってしまったのがアレですね。

そして、マスコミ関連の対応と、HAOTOメンバー達です。

まー問題児達ではあるけれど、ルイさんが頼りになるアホな子なので、そこら辺もいけないような気もします。


さて。そんなわけであと四日くらいうだうだすれば記者会見となります。

さしあたっては日曜日にルイさんとして撮影にいけないのをお嘆きなので。

次話はたまには放課後活動をちょっと変わったテイストでお届けしようかと思っています。

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