302.
今回で解決編までいくつもりでしたが、ことのほか崎ちゃんがよくしゃべったので、釈明会見は次回ということで。
あ。前半一人称はいちおう崎山さんです。言わなくてもわかるとは思うけれど。後半はいつものスタイルに戻ります。
「ぬあぁあ、なぁにやってんのよ、馨のあほんだらはー」
四国の撮影を終えてこちらに帰ってきてみたら、なんだか週刊誌で変な記事を見つけて、ベッドの上でごろごろしながら怨みがましい声を漏らしてしまった。
私としては、あまり芸能界の恋愛事情というものにそれほどの興味はない。
だから、週刊誌を見るにしてもドラマ特集だとかで誰がどんな役をやるのか、という方が重要だ。
けれども表紙にHAOTOの名前が載っている場合だけは例外だった。
衝撃、HAOTO、蚕のやんちゃな恋愛事情、とかなんとか書かれていては、手を出さざるをえない。
そう。あいつらの恋愛事情なんてどうだっていいという思いが半分くらいはあるのだけど。
その一人がルイにべたぼれという事実が、その話をどうでもよくないものにしてしまう。
翅とルイの関係は、エレナの女装コスプレが原因なんだと思っている。
もちろん、馨は蠢と幼なじみというのがあって、そのつながりもあるのかもしれないけれど、それだけであんなに夢中になるかと言われると、悩ましいところなわけで。
ああ。どうしてあの女装娘はいつだって厄介事を持ってくるのだろう。
というか、そもそも芸能人を弟子にして女装の仕方を教えるあたりでなんかおかしい。
そりゃ、あの子自身はすごく可愛いし、女装した翅も隠れた特技としてやれるくらいには見れるモノに仕上がるわけだけど、普通はそんなことはさせないし、そもそもしない。
っていうか、あれか。ルイが女装コスの撮影ばっかりにまにまやってるから点数稼ぎのつもりなんだろうか。
ルイからは、え、最近は会場でもあまり逢ってないけど? というようなことを聞いたけど、実際はどうなのかわからない。
ともかく、翅さんはルイのことがなぜか大好きで、HAOTOのメンバーともそれなりにあいつが懇意だ、ということは確かな事実としてある。
「にしても、なんで蚕? 翅さんじゃないのがわけわからんって……いうか蚕くんにしても、なぜ馨なのかわけわからない」
印象としても同性愛者という感じの子ではないし、昔は女の子と付き合ったことがあるとかないとかって話も聞いたことはある。そんな彼はルイが男なのを知っているわけで。というかそれ以前に馨の方に告白をしている。
私に断りもなくしている。むかつく。
でも訳がわからない以上、あのマネージャーが絡んでる可能性もあるよなぁとも思う。
あの人はやり手とは言われているけれど、割と強引な手も打つことで業界では有名だ。
それくらいやらないと生き残れないという点は否定はしない。でも、嫌がる子を無理矢理矢面に立たせるようなことはしないと思いたい。……のだけど、この前の年末の打ち上げパーティーの時はかなりぞっこんで声をかけていたので、それもアテになるのかどうかはわからない。
「というか、ルイと馨の関係はあいつらの中だと二人しか知らないはずなのよね……マネージャーさんに知れたらもっとひどい目にあってるだろうし、女装モデルとして売り出そうよとか言われてそう」
しかもそれで売れそうなのがさらに複雑だ。
本人のあの社交性と見た目で、今でさえ虜になっている男たちの数は多いのだけど、デビューしたら桁外れに増えるに違いない。
というか、うちの社長にも、一回でいいからルイさんに逢わせてくれないかな? なんて言われたくらいに上手く行きそうな原石なのだ。
そうなるともう、どういう思惑が重なっているのか想像がつかない。
二件続いているのを見ると、炎上商法なのか? という気もするし、少なくとも蚕のは本気じゃないと思う。
とはいえ、その焦げ付きはさすがに、メリットがあるのかどうか……
ちょいと焦げ付きすぎじゃないでしょうか。
「ああ、もう、思惑とか考えても埒があかない。とはいえ、どうしたものか……こっちから声をかけるというのも……」
そもそも、どういうメッセージを送ればいいのだろうか。
私と馨の関係は、はっきりいってメル友と呼ばれるたぐいのものだ。それにしては連絡の取り合いが頻繁すぎるという部分はあるだろうけど、ちゃんと馨は返事をくれるしうざがられたりはしていない。きっと。
こういう状況だと心配してますメールでもすればいいだろうか。友達として。
そうこうしていたら、スマホが着信を告げる音とともに震えた。
仕事のメールでも入ったのだろうか。
なんて思いつつ、枕元に放り投げてあった、スマホの画面をちらりとみて、そのままがばりと起き上がった。
ちょ。あっちからメールがくるなんてそんなにないのに、このタイミングとか。
しかもタイトルが、助けて崎ちゃん、と来ている。
ぬふっ。あ、ちょっと気持ち悪い笑みが浮かんでしまった。いけないいけない。あたしは女優。
ちょっと余裕があるように見せておかないとね。
差し出された餌に飛びつくようじゃまだまだ一人前とは言えない。
メールの本文を読むと、ここのところの騒動の話と、つい先日、翅から告白を受けたこと、そして今朝から木戸家の周りにマスコミがちらほら集まるようになっているというような事が書かれていた。
本人としては翅の話が広まったとしたら、ルイさんに注目がいって、自分は風化するはずなのにというコメントがきているけれど、それは馨の発想が甘い。
ルイは正体不明、消息不明のカメラマンだ。それを探しに銀香周辺に来る。その後情報がまったくないと知って、じゃあ近くに同じHAOTOのメンバーからこくられた子がいるじゃん、となってしまってぞろぞろ集まるという結末だ。呼び水、とでも言えばいいのだろうか。
続々行われるメンバーの告白劇の真相について何か知っていないかと思われて、取材陣が集まってる所もあるのだろう。
……ルイへの矛先は、イベントの時だけしか向けられないという点をみんなは理解していない。
というか、その二人が同一人物だ、なんて知っている人間でも、まさかと思うだろう。
そんなわけで、平日は馨を狙う以外できない。数少ない情報源として彼をマークしてしまうのも仕方ないことなのだろう。
「これからもっと増えるとしたら、近所迷惑になるし、なんとかしたい、か」
簡単な方法は、いくつか考えられる。
けれど、電話でのやりとりで相談というのも、なんというか……うん。
せっかくなので、ちょっとでも逢っておきたいところだ。というか、こういう事態でもないと木戸馨と私が会うことなんてできないような気がする。
そう。今回は千載一遇のチャンス。きっと、チキンな私の背中を神様が押してくれたに違いない。
だって、いまはルイは封印中なわけで、必然的に馨は男装で来るしか無いというわけだ。
え。私の所に男が来るのはスキャンダルじゃないのかって?
まあ、そりゃ、蚕と馨の密会写真をスクープしようとしているカメラマンはいるかもしれないけれど、そこはちょっとした工夫をすれば済むだけの話だ。
「おっと、そうと決まったら……掃除をしなければ」
返信のメールを作って送りつつ、ちょっとだけそわそわしながら部屋の掃除を始めることにした。
相談した先を間違えたかもしれない。
そんな事を思ったのは、崎ちゃんの提案に従って訪れたお高そうなマンションの一室でのことだった。
一階で部屋の番号を押すとそこのインターフォンに繋がって、扉を開けるようなシステムになっているらしく、さらに一緒に入るような人がいるケースを想定して監視カメラも仕掛けられているようだ。
エレベーターもその必要な階にしか止まらないのだと言う。
果てしないセキュリティ。ああ、これがマンション。
場所によってはエントランスにコンシェルジュがいて、いろいろなサポートやサービスをしてくれるところもあるらしい。
「お待ちどう。紅茶でいい?」
「あ、ありがとう」
ゆらりと湯気がたゆたっているカップを手で包むとぬくもりが伝わってくる。
まだ四月も中旬。気温はそこまで高くないので温かい飲み物はありがたい。
この前のイベントはその熱気もあって熱いくらいだったけれど、今日は気持ちが落ちているせいもあるのか、少し寒気がしてしまっている。
「それにしても、良い部屋、だね。二部屋もあるんだ?」
「うん。高校も卒業したし、稼ぎもあるなら仕事しやすい場所に一人暮らしもいいんじゃない? って言われてね」
「……なんで、わざわざ郊外にしたの? 局に近いとかならもっと良いところあったと思うんだけど」
さて。すごいマンションだ、というのは先ほど述べた通りなのだけど、場所によっても住宅の値段というものは変わってくる。
呼び出されてそれなりに時間も空けずにこれたことからわかるように、崎ちゃんのマンションは銀香から数駅いったところにある。木戸家から向かって三十分程度でつけてしまうところにあるわけだ。
最初に住所を指定されたときに、こんなに近い所なの? と正直疑念に思ったくらい。
「うぅっ……いいのっ。値段と交通時間との折り合いがついたのがこ、ここなだけなんだから」
別に他に深い事情があるとか、そんな事はないんだからっ、となぜか彼女はあわあわしながら弁解を始めた。
はて。良いマンションということなら、それはそれでいいのだけれど。
「っていうか、キャラがぶれぶれなんですけど? 普段のぶっきらぼうな馨くんって感じじゃないというか」
そんなことより、という勢いで崎ちゃんはこちらの口調にご不満なご様子だった。
うん。自分でもちょっと話をしていてキャラがつかめていない感じは確かにある。
なぜって。男装状態でシルバーフレームの眼鏡をつけているから、だった。
男子にしていいんだか、女子にしていいんだかがわからない。
それに。
「いや、でも崎ちゃん。さすがに女優さんの部屋に男がいるっていう状況って、あまりよくないんじゃないかなぁって」
じぃと、女優さまの横顔をうかがい見ると、彼女はぷぅと頬を膨らませてこちらを凝視していた。
割とレア顔だ。カメラ……は、置いて来ちゃったんだった。崎ちゃんからのアドバイスの一つで、カメラは家においてこい、というのがあったのだ。
コンデジはバッグの中に入れてあるけれど、周りに見られないようにしてという彼女のアドバイス通りに、この部屋にくるまではいじったりはしていない。
そう。ここまでくるまでの道のりも、実はそれなりな冒険があった。
木戸家の前に集まったまばらな報道陣のマイクの突き出しに、なんにも知らないんで、と木戸馨状態でインタビューを受けつつ、移動をして途中で眼鏡をチェンジ。その際、最初は猫背ぎみにしていた姿勢もすっと整えておく。
これだけでかなり印象は変わっていることだろう。そして、もう一つはカメラだ。
それってルイの印象じゃね? と言われそうだけれど、あの日の写真にはカメラもセットで写っている。いちおう男子としてもカメラは握っているのです。
となると、家を出るときは持っていてもいいかもしれないけど、変装後は表に出してはいけない装備ということになる。
あんたのことだから、どうせ持ってたら撮りたくなるだろうから、と言われてしぶしぶ今日はコンデジだけの持参なのである。
「別にいいじゃない。今の話題は思いっきりHAOTO関連に持って行かれているのだし、あたしのことなんてまったくもって全然見てないもの」
世間の注目が別の人に向かっているのが嫌なのか、ぷぃ、と女優さまはそっぽを向いてしまった。
「それにここは完全防音だからね。芸能関係の人も住んでいるし、内緒話なんかをするためにも壁は分厚いの」
もしかしたらお隣でスキャンダルが起きてるかもね? なんて冗談めかして言われてしまったけれど、確かに周りの音はあまり聞こえない。
マンションやアパートは上の階の足音が響いてそれがもとでご近所トラブルになるだなんて話も良く聞くけれど、そういうのとはどうやらここは無縁のようだ。
「なら、馨口調でいくか。っていっても、普段の眼鏡かけてないとなんか違和感あるけどな」
声を一段下げて男声を出しつつ、口調も普段のそれにする。
シルバーフレームをつけてるときは心持ち高めの声になることが多いので、制御が少し難しい。
「いちおうさっきメールをもらったけど、確認するわね。あんたとルイがあのにっくき男性アイドルグループの二人から告白をされて、芸能リポーターとかが大騒ぎ。なんとかしたい、と」
「ああ。それであってる。蚕に告白されたときはそうでもなかったけど、この前の日曜の件から徐々に増えてる感じだな」
先週までは、たしかに学校では騒がしかったけどここまでではなかったように思う。
「学校とアルバイトはどうしてるの?」
「学校の方はしので行ってる。いちおう妹がもう一人いるような感じでご近所は思ってるみたいだし、眼鏡かけててカメラがなければ報道陣がいてもルイとは思われないみたいだし」
「ダメだこいつ、早くなんとかしないと」
事実を説明しただけなのに、なぜか崎ちゃんはこの世の終わりのような顔をしている。うう。仕事も忙しいだろうに、なんだか申し訳ない。
「アルバイト先は?」
「え。ああ。さすがに迷惑かかるといけないからって、おやすみ……」
「のふりして、女装して働いてるとかっていうんでしょ、どうせ」
「それは、しょうがないんじゃないかなぁ。あたしが悪いわけじゃないよっ。本当は休もうと思ったんだけど、店長が、女の子になればいけるでしょ、いけるいけるとかいうもんだから」
実際この季節はまだ新人さんもろくに育ってないし、しっかり働ける子が少しでもほしい時期なの、と女声でいうと、まったくあんたはーと盛大なため息をつかれてしまった。
「それで? 確認をしておくけど、馨はこの騒動をどうしたいの?」
まさかとは思うけど、翅さんと付き合うっていう結末はないのよね? とにこにこ笑顔のまま顔を覗きこまれた。
あの、崎ちゃん。笑顔が怖いのですが。
「ないないっ。いくらなんでもこれで翅と付き合うとかありえないし。そりゃ、あいつは俺のっていうか、ルイのことは本気なんだろうけど、そもそもあいつはルイの正体を知らないわけで」
「もし、知っても好きって言われたら?」
「それはないんじゃないか? あいつノーマルだろうし。そこで終わるだろうよ」
うん。ここら辺はたぶん間違いじゃないと思う。いままでいくつかのところで情報収集はしてきたけれど、付き合ってる人が男だとわかったとたんに手のひらを返す男の人は多いのだそうだ。
そこらへんが、きっと「あいつとなら寝れる」とかそういった言葉の根元となるのだろう。普通は同性となんて考えられないけど、あいつくらいかわいければ、という文章が最初につくわけだ。
もちろん近場にはエレナとよーじくんのカップルがあるし、よっぽど相手がかわいければそのまま落ちてしまうこともあるかもしれないけれど、あれは特殊なケースなのだと思う。
実際、千歳にも、いつ青木にいうの? というようなことを聞くと、怖くて無理ですっていう返事が来る。
その事実はそれだけでかなりの刺激になるものなのだ。
青木なら大丈夫だと思うけどね。
「はぁ。あんたがそう思うなら別にかまわないけど。付き合う気がないってのはわかったわ。それで今週末に彼らから話がある、と」
「いちおう呼び出したのはルイだけ、だけどな」
馨のほうはそのまま放置です、というと、あいつらの頭の中もなんか誰が誰やらとわけわからなくなってるのかもね、と変な顔をされてしまった。
よくわからない。
「とりあえず、それは聞きにいくとして、馨としては騒動をもう少し小さくしたい、ということでいいの?」
「ああ。さすがにこれ以上取材が来るのは近所迷惑だし」
できることなら、銀香のほうもなんとかしたい。
今朝も千紗さんからメッセージが来ていたのだけど、あちらも取材の人たちがちらほら来ているとのことだった。
「なら、あれね。記者会見、とかはさすがに素人でやったらむしろおかしいから、堂々とカメラの前にたって、実際の話をしてしまえば良いのじゃない?」
「え、それってしてしまって良いもの?」
「もちろん、良いに決まってるじゃない。そもそも口止めとかも全然されてないんでしょ? それなら好きに振る舞ってしまっていいの」
まあ、告白されたけど事実はしりませんとかいっても、突っ込まれるだろうけどねぇ、と崎ちゃんはプロとしての実感込みの意見をいってくれた。
うん。そんな気はしてた。今朝だっていちおう、無関係ですと言って出てはきたけれど、彼らはあれでは納得していないだろう。
「ご家族の方に協力してもらうわけにはいかない?」
「あの二人はちょっとなぁ……うち、放任主義だって話は前にしたと思うけど」
「事務所に入っていれば、そちらからのコメントってことでFAX流したりしていくらか相手を満足させる方法もとれるんだろうけど……」
「そういうコネもないよ。いちおー知り合いで芸能関係でモデルのヤツがいるけど、あそこから話をしてもらうのもなにか違うしな」
余計ややこしくなる、と美鈴の事を思い出して肩をすくめた。
「なにげにあんた、業界に知り合い多いわよね……」
「撮影者として知り合ったってのと、あとは幼なじみ系だな。同じ学校に一人くらいはそういうやつがいても不思議はないだろうし」
「馨なら、離れない……か」
ちょっとだけ崎ちゃんが、考えるような仕草を見せていた。
悩み事かなにかだろうか。
「となると、矢面に立つのは貴方自身ってことになるわけだけど……今のまま、受け答えする気はある?」
「……あの人数をさばくのはやだな」
正直なところ。そもそも木戸馨という存在は隅っこ暮らしが基本の人間だ。
とはいえ、このままだんまりをしていても、あの人達は散ってはくれない。
それなりなしっかりとしたコメントが必要になってくるだろう。
「なら、答えは簡単ね。誰にも頼めず本人がでるのも微妙。そうなったら、別の人にお願いするしかないってね」
「えー、なにをするつもりなのさ」
「こらっ。ルイが顔を出してるわよ。それとも仮面が外れてるわよとでもいえばいい? まったく馨をうちに呼んだんだからあの女は、退散」
散った散ったと手をぱっぱと振られてしまうと、まるでルイさんが悪霊かなにかのようである。
「なに、別人になる方法は別に性別を変えるだけじゃないよってことよ」
たぶん、しのとして説明するよりは、ギャップも作りやすくて良いんじゃないかしら、と。崎ちゃんは自信満々な顔をしてくださった。
はぁ。なんだか迷惑ごとに巻き込まれるような。そんな予感がした。
よくよく考えると、今がチャンスなのでは? ということで崎ちゃんが今回の主役です。この機会をのがしたら、馨に会えるのはいつになるのか、という感じで。
焦りぎみでがんばりましたが、ここら辺が限界です。
おうちに呼んだのだから、なにかあると思いつつ。ま、まぁ。ツンデレさんは根っこは甘いものなのです。
さて。次話はよーやっと、マスコミ関係を牽制しつつ、彼らの言い分を聞きに参ります。




