300.
お。ナンバリングが300行きました。長らくのご愛顧に感謝を。
本日は久しぶりのカメラ回です。
「えっと、このキャラはファイブワース伝説っていうゲームの姫で」
「どんな性格の子なんです?」
「最初は深窓の令嬢って感じなんですけど、だんだんと戦いを経て成長していって、強く、そして壊れていくんですけど」
「変化するキャラですかっ。成長するヒロインってかわいいですよね」
目の前には白を基調としたドレスに鎧をつけている女の子がポーズをとっていた。
本日の第一被写体さん。真ん中でみんなに囲まれてる人ではないところから一人、自信なさそうにしているものの衣装のクオリティが高い子を選んで声をかけたのだった。
ルイにとっての第一被写体さんは割と貴重な人だ。
なんせ、二人目以降は撮ってくださいと申し込みがくる。
そうなったら自分で被写体探しなんてしにいけないのだ。
そんなわけで、目の前にいるのはすこし堅くなっている女の子である。
こちらがやるのは、その堅さをとること。
相手の自尊心をくすぐりつつ、緊張感を取っ払って自然に見える顔をさせる。
そのキャラを作り上げる上でのお手伝いをするのだ。
「じゃー、せっかくですから時系列でいきますか? それとも一番好きなタイミングの姫にします?」
「時系列でお願いします。変化がある写真なんて撮ってもらったことないし、是非っ」
「はいはーい。じゃー最初は深窓の令嬢モードから」
それぞれの時期で、その頃やっていたであろう表情と仕草を再現してもらう。
少しもじもじしていた人だけれど、ポージングを始めればもうその空気は霧散する。
はぅぅ、幸せですーと、とろんとしながらその子の撮影は終了した。
我ながらテンション高めに撮りまくったけれど、まーこれで正しいのだろう。
タブレットで写真をチェックしてもらいつつ、ねだられたのでそのデータをコピーしてプレゼント。
コスプレ会場の場合はたいていrawではなくjpegで撮るようにしている。
その子は公開NGということだったので、フォルダをつくって鍵付きにして保存をしておいた。
「うわ……まじリア充臭がぷんぷんする。なんて撮り方すんだよあんた」
「じゃ、幸さんも行ってみればいいんじゃない? ほらほら、最初の一言はお写真撮らせていただいてよろしいですか、だよ?」
「きゃーん。ルイちゃんその子いったいどういう関係? かわいー。中学生?」
どこで拾って来ちゃったの? となるるさんに言われて、おぉう、こいつぁいい所にきたもんだと、ナイスなタイミングににんまりしてしまった。
他にも知り合いがいないではないけれど、いろんな事情とかこっちの性格を知っている人となると、一番手頃な相手なのだ。
乙女イベントなら、はるかさんあたりが来てないかなぁとも思ったんだけど、新人教育がまじ忙しいとかって、ぐったりしていた。きっとゴールデンウィークまではあの人はろくな活動はできないだろう。社会人乙である。
「さっきとあるブースで拾ってきたんです。いちおう高校生みたいですが、どーにも人撮るのが駄目っぽくってねぇ。試しにどうよーって連れてきちゃった」
どうです? なるるさんなら知らない仲じゃないし、被写体になってあげてくれません? とお願いするとどんとこいですーと、請け負ってはくれるものの、肝心の幸くんが思い切り体を引いていた。二歩くらい思い切り。
「お、女の人としゃべるの……苦手……で。ルイさんは話しかけるの上手すぎて気持ち悪い」
「よく言われるよー。町中でもじゃんじゃん話しかけてるから、こういうところでもこういうスタイルです」
でも、ま、それ真似なくても他のカメ子さんみたいに普通に、ポーズ取ってもらって自分が気に入るところでばしばし撮ってけばいいんでないですか? とアドバイスしてみる。
実際、周りを見ても視線こっちにとか好みのポーズをおねだりしたりとかそういうカメ子さんばっかりだ。
しかもマンツーマンで撮ってるところは、ほとんどない。たいていは十人程度の人に囲まれて撮られてる。
あれだと反対側の撮影者が映り込んだりとかしないものか? と疑問に思うのだけれど、まーそれでなんとかなっているらしい。あとで本人以外の人はモザイクかけたりするのかもしれない。
「たしかにねー。ルイちゃんのマネをしようっていう人は滅多にいないし、できないんじゃない?」
「でも、うちの師匠筋の人って人物撮るときだいたいこんな感じですよ? アイドルの写真集とか撮っちゃってる人たちですけど」
「あー、それと比較されてもねぇ。あっちはプロだし。こっちはしがないレイヤーなのですよ?」
こちらの意図を酌んでいるのかいないのか。なるるさんは少し呆れたように肩をすくめながら、こちらの望みの台詞を言ってくださった。
「だってさ。幸さん、あれだけカメラの知識あるんだから、自信もって普通に撮ればいいよ。赤目と手ぶれと、ポーズのタイミングをしっかり把握して撮れればたいてい文句言われないから」
「おぉっ。ルイさんから超初心者向け講座きたこれ」
「昔私も言われたことがあることだからねー。懐かしいなぁ。最初にこういうイベントに来た時はほんっとドキドキしたものだけど」
いきなり出展ブースで、ルイちゃんお願いねーとかいって、さらっと一人だったからねぇ、というと、それを普通にこなすあたりがありえねぇと、幸さんからおののかれてしまった。
いえ、まあこちらも接客業やってますしね? エレナのコスROM自体は完成度は高いわけだし、そこらへんは自信もあったし。
ちなみに、イベントに撮影者として参加したときは、さくらが一緒にいたのであんまり緊張しませんでした。
「それで、どうかな? 撮られる準備はできているんだけれど」
さぁ、シャッター押してみようか? ととどめのように奈留先輩にきらきらした笑顔で言われて、幸はあきらめたようにカメラを向けるのだった。
にゅふふっ。ルイたんに撮ってもろうたぁ、とにまにましながら、奈留先輩は会場の他のカメコさんのところにご機嫌で向かっていった。うん。幸さんのモデルをやる代わりに、ほれ、ギブアンドテイクですよと言われてしまったのだ。
他の子と一緒にいたおかげでルイさんはまだ囲まれていなかったので、まぁいちおうご要望通り撮ってあげた。
普通にその撮影風景が凄惨な粘着撮影だったわけで、ひでぇ、あれはひでぇと、幸さんを相変わらずおののかせてしまったわけだけれど、それはそれだ。少なくとも初対面の時よりはずっと警戒心はなくなっていると思う。
それからまあ、いつものように囲まれつつ、撮影をしながら幸さんもその脇であぶれてしまった人を相手に撮影をしていた。周りのおねーさん方としては、ちょっと初でボーイッシュな子に気が緩んだようで、撮って撮ってーと大はしゃぎだった。まあ、実際ほんとに男の子だったらこんな反応にはならないんだろうけど。
さて、それが落ち着いて……はいないんだけど、幸さんがあまりにもぐったりして来たので、みんなに断って会場の外に出た。
イベント会場の外、廊下に当たるところにはいくつものベンチが設置されている。
この建物全部を貸し切って行われるあの大きなイベントの時は、みっちり人で溢れるのだけど、半分だけしかスペースとして借りていない今回のイベントの場合は、そこまで休んでいる人の姿はない。
「どう? 落ち着いた?」
水筒の中身を紙コップに入れて渡してあげると、へんにゃりとしている幸さんは、うぅと弱々しい声を漏らした。
はい。こういう現場でもルイさんは水筒女子でありますとも。
ちょこっと熱気むんむんなので、今回はアイスティーをご用意。さわやかなマリーゴールド風味のフレーバーティーにしてみました。
フォルトゥーナに行ってからというもの、紅茶の風味を味わうようになったおかげでちょっとばかりこういう所も気をつかうようになった。美味しいものは正義なのだし、疲れて表情が曇った子用に少し多めに持ってきているので、彼女にわけたとしても問題はない。紙コップ持参もそこらへんが理由だ。
知人と分け合ってお茶をするなら、水筒についてるカップでいいけれど、ほとんど初対面の相手の水筒のカップを使うのはいやかなぁという判断で持ってきたものだった。
「普段からそのサイズの水筒を持ち歩いているヤツなんて見たことない……」
「まー、労力と対価が合わない、というのはわからないでもないんだけど、クセみたいなもんでね」
最近、水筒男子という単語が世間に流れているわけだけれど、それはあくまでも自分用のマイ水筒を持つという意味合いで、一リットル入るようなものを持ち歩いている人は珍しいかもしれない。
こちらも自分用のお茶を用意して彼女の隣に座った。
会場の中ではまだまだ黄色い声が響いているのだけど、こちらは静かな空間といった感じだ。
ゆっくりカップに口をつけると、柔らかい花の香りがふわりと広がってくれる。うん。美味しい。
「あんたは不思議な人だな。なんでか女嫌いの俺でも話ができる」
そんな仕草に困惑しているのか、幸さんはこちらをちらりと見ながら不思議そうな顔をしていた。
「遠慮がないから、とか、強引にぐいぐいくるから、とかそういうのじゃなくて?」
「いや、そういうのが一番俺だめだし。お節介系女子ってとことん面倒だし、怖いっての」
「なら、あたしは? 割とお節介やいちゃったと思うけど」
「だから、不思議なんだよ」
普通、嫌悪感とかが、ずわわわわーって、沸き立つはずなのにそういうのが全然なくて、しかたねぇなこの人はってなぜか思ってる、と言われると、あーそれはきっとルイさんだからかねぇなんて思ってしまった。
うん。ときどきしかたねぇ、みたいなことは言われる。まったくルイちゃんはーってエレナには言われるし、他の女友達にも、呆れたようにまったくあなたったらって言われる。
平たく言えばやり過ぎるわけなんだけれど、それでも嫌がられないのは、きちんと引くところでは引くからだと自分では思っている。
それと出発点からして、たぶん彼女の周りにいた子とは違うし、目標点だって違う。
ルイはただ、撮影に誘って、楽しいねって言い合える関係になれればいいなって思っただけ。
他意はあまりない。そこらへんがきっと、普通の女子とは違うところなのだと思う。
「ちなみに衣織ちゃんとは? あの子も女の子じゃない?」
「そこは、親友で幼なじみだからとしか。あいつさ、全然こう女っぽくないって言うか、素直っていうか」
無防備に周りを信じるし、俺のこともそのままふわって受け入れるし、普通じゃないんだよ、という彼女の顔に浮かぶのは、おびえのようなものだろうか。女子こえぇ、というのが顔に出ている。
「幸さんの中の女子像というものが、かなり歪んでいるような気がしないでもないけれど……」
そんなに怖がらなくても、とちらりと女子ばっかりのイベント会場の方に視線を向ける。
こればっかりは、もう、出会いの運としか言えないようにも思う。
正直、木戸馨という存在は幼少期アホの子でも周りからあまりいじめられることも無かったわけで、今にして思えばそうとうそれはレア体験なのだと思う。
まるでのれんに腕押しっていう状態だったからみんなが呆れたってのはあったとしても、小学校の低学年なんて自分のコミュニティと違うモノは嫌う傾向があるものだ。
もしあの当時、周りにいろいろ責められていたら、お前はおかしいと責められていたら、自分はどうなっていたかと思ってしまうのだ。
可愛いは正義、っていうあの言葉を素直に受け入れただろうか。
逆に、春隆みたいにコンプレックスに思って縮こまっていたかもしれない。
「あんたの中の女子像が美化されすぎてるだけだと思うけどな。脳みそお花畑できゃっきゃしてる裏で、あいつら何考えてるかわからないし」
「えええぇ。あたしだって裏ではなにを考えてるかわからな」
「この構図で撮りたい、あんなポーズ撮りたい、あんな景色撮りたい、以外になにかあると?」
「うぐっ」
綺麗な切り返しに、答えることができなかった。
た、たしかにですよ。ルイさんってば撮影のこと一辺倒な人なので、裏表っていうかほとんど表が撮影のことだけになるので、それで満ちているけれど、速攻で反論されるとは思ってなかったデス。
「共感できない相手には厳しい。輪ができない相手には厳しい。敵にはえげつない。こんなとこじゃない? だったらこっちから共感できる場所をさらしていって、敵じゃないよってわからせてあげれば怖くないって」
「なっ。それってつまり、女に媚びろってことかよ」
「歩み寄り、だよ? それに、あたし今までカメラ握ってて、可愛く写して嫌がる子って滅多にいなかったし。こいつを通して仲良くなる手段はいっぱいあると思うな」
怖がるより、ずっといいと思うんだけど、と言いながらカメラを向けると、幸さんはうぐっと顔を歪めた。
うむ。撮られるのが苦手な子がここに一人、か。
「ほれっ。ほっぺたぷにぷにしてあげようか? 表情ががちんがちんで、そんなんじゃもったいないよ?」
いったんカメラから手を放して、指をわきゃわきゃさせながら、幸ちゃんに迫る。
実際ぷにるわけではないけど、最悪硬くてしょうがない場合は、くすぐったりほっぺ触ったりもありだと思っている。
「良い写真を撮るためには被写体のケアが必要。ケアをするためならある程度のことまでならスキンシップもオッケー。ほら。これでお友達」
カシャリと一枚撮影をすると、なぜか彼女はさきほどよりもぐったりした様子で、紙コップを差し出してきた。
「……友達なら、お茶、もういっぱい」
「はいはい。どうぞどうぞ」
気に入って何よりです、と言いつつお茶を注いでカメラに手を伸ばす。
紙コップに唇をつける横顔を狙ってカシャリと一枚。
すると、彼女は、本当にひどいリア充だ、と嫌そうな顔をしたのだった。
乙女イベント2、でした。本当は翅絡みのところまで行く予定でしたが、幸さんとの会話が割と長くなったので分割。
そしてカメラ回でした。ルイさんはほんっとカメラのことになるとはっちゃけるので、そんな姿が可愛いです。
そして女の子相手に、「女子コワクナイ」って言っちゃう女装男子がここにイル……
る、ルイさんだから仕方ないですよね!
さて。次話ですがー、翅さん登場予定です。えっ、大丈夫ですっ。彼も学べる子なので……うん。きっと。




