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031.初めての売り子2

 お昼の時間は、この会場において、頑張る人は頑張るし、頑張らない人はご飯を食べるものなのだという。


 その頑張らない方のブースの中で、ルイは周りの雰囲気に流されながらもお弁当を広げていた。

 お弁当は持ってきているけれど、たいていみなさんブースにいながらお昼ご飯をとるものだということだったので、こちらもそれに倣うことにしている。どのみち店番は必要だからみなさんなかなか離れられないのだ。


 きちんとしたところではないという話は聞いていたので、小さめのおにぎりに野菜をもりもりと入れてみた感じなのだけれど。

 さくらが、かーいい弁当だ、こんにゃろうといちゃもんをつけてきた。

 まったく。お弁当についてとやかく言われる筋合いはまったくもってないのだけれど。


「そうはいっても育ち盛りなので、お弁当食べないと厳しいのです」

「はいはい。どこがどー育つのか、きりきり説明してもらいましょうか」

「えっと……胸、とか?」

 どう? と答えてみると、さくらの顔が怒り半分あきれ半分といった様子にきょとんとなって、そのあとこめかみのあたりをぐりぐりされてしまった。ぐりぐりである。別に今のボケははずれではないだろうに。


「そ、そりゃもー身長は伸びないかなぁって思ってる。去年と今年の身体測定の結果だって、まーったくかわんないしさ。体重はちょこっと増えてたけど、足の筋肉分だし」

「……ルイ。あんたいま、さらっとけしからんセリフ言ったわね。あたしだって今年は二キロ太っててみんなに、ぽっちゃりでもおっけーだよ、太って見えないよ、かっけーよ、とか散々なだめられたっていうのに……」

「だから。さくらだって筋肉分だってば。あれだけ外回りしてて足回りの筋肉がついてないならおかしいし、脂肪より筋肉のほうが重たいんだよ。ていうかさくらはその身長で何キロだったの? あたしよりは軽いんでしょ?」

「う……そういうルイは何キロなのよ」

「今朝はかったら49キロだった。よろしく、って感じ?」

「ぐっ」

 おちゃらけていうと、さくらの顔が悔しそうにゆがめられた。なにかいけないことでも言っただろうか。


「そもそも、女子高生は痩せすぎだと思うのです。それで胸とお尻があるんだよ? みーんな標準体重より下ってちょっとどうなのかなぁ」

 あたしのは胸とお尻がなくてこの体重なのですと言い切ると、なぜだか不思議そうな顔をされてしまった。 

 それがあったらもっと体重多いだろうかなんて計算しているのかもしれない。

「そこらへんは乙女心です」

「えぇー。ちなみにエレナはあれで割と体重あるほうだけど」

「まじかっ。ちなみに何キロなのです?」

 わくわくと、彼女は身を乗り出して目の色を変えた。エレナの身体情報を知りたすぎて暴走している感じだろうか。


「46だってさ。157センチだから、まー痩せすぎでもなくて無駄なお肉もついていないという理想的なボディなのですよー」

「まさかっ。一緒にお風呂入ったりとか、するので?」

 エレナたんとオフろ、おふぅとさくらは、悶えながらへにゃっと机につっぷした。ROM本の上は避けるあたり職人芸である。


「んー。言ってもいいんだけどねぇ。男湯にいれるか女湯に入れるかでとても悩むしなぁ」

 貸切じゃないと入れませんと、とりあえず周りの耳も気にしながらブラフを伝えておく。こんなところでうっかりエレナの性別について言及なんてできるわけがない。それに実際問題エレナとお風呂といったら貸切にしないとたぶん無理だと思う。アレを男湯に入れるのは良心の呵責が起きるし、女湯は犯罪なので入れない。エレナなら貸切やらも問題なくできそうだけれど、ルイの経済事情的にはなかなかそこまでできないのである。温泉とかすさまじくいきたいけれど。


「そういやここのそばにも温泉施設あるよね? 終わったら寄ってく?」

 おっきい複合風呂アミューズメントとでもいえばいいのだろうか。確かに少し足を延ばせばそんな施設もあったりするのだけれど。さくらのこの誘いは完全にNGだろう。女子のルイ相手に誘っている風を装っているのか、それとも単にルイの性別を忘れているのか。どちらにせよ行けるわけがない。


「いちおー今日は夕飯まで、できれば早めに帰ってこいって言われてて」

「あらま。夜の打ち上げはなしなのね」

 あまり残念そうではないさくらは、他のサークルの人と残る気まんまんなのか、それとも会場の撮影をばしばしやるのか、少し気にはなる。

 ルイとてせっかくここまで遠出しているのだから、海辺の写真をばしばし撮りたいのだけれど、このお盆まっさかりな時期はなにかと家の仕事があるのである。


「いちおーお盆ですからねぇ。親戚付き合いがあんまりないし、実家とは疎遠になっちゃってるけど一応、姉さんも帰ってきてるしみんなでご飯食べましょうみたいな感じ」

 家事を手伝えって割とさんざんだよというと、さくらが苦笑を漏らす。

 そうなのだ。姉には別に何も言わないのに、こちらにばかりだし巻き卵つくれとか夕飯の準備はまかせたとかいろいろ丸投げしてくるのである。


「エレナのところもお盆は一家団欒って言ってたから、早く帰るみたいよ」

「いちおう終了時間終わって後片付けして、それからだけどね」

 こそりと背後にエレナが立っていた。

 朝と衣装は変わっていて、この前写真集を撮ったときの一着になっている。まさに聖女というようなワンピース姿でほっそりした二の腕がこれでもかと露出されている。涼しそうだ。

「売れ行きはどんな感じ?」

「二十人で三十枚ちょっとかな」

「まだお昼だし、初回だとそんなもんじゃないかなぁ」

 まあ出だし出だしといいつつ、接客ありがとうとエレナが後ろから抱き着いてくる。

 ない胸が後頭部に押し付けられるけれど、いつものことだ。

 そうこうしていたら、遠峰さんが立ち上がって席をあけてくれる。ささっ。入ってくださいなと言わんばかりだ。


「きれいどころが座ってた方が売れる」

 しかもROMの本人なんですからぜひっ! と前に座らせると遠峰さんはすちゃっと背後に回った。

 男の娘売り子二人を前に出して自分は引っ込むというのは女子としてどうなのかと思う。

 けれど、エレナ効果は確かにあって、今までの三倍くらいのペースで人が集まるようになっていた。彼女が座ったのと同時にツィッターでのつぶやきも割とすごい勢いで広がっていたようで、朝買ってくれた人のつぶやきがフォローされて、コスプレ広場にいる人がそれを見て買いに来てくれるだとか、最初は中身を見てから買っていく人のほうが多かったのだけれど、後半はエレナ本を狙い撃ちというような状態で買いに来た人が多かったくらいだ。とりあえず二部みたいな買い方が多かったのだった。


 そんなわけで、てんやわんやの二時間を過ごしつつ、残り一時間といったところで持ってきていた150部が全部はけてしまった。

 かなり忙しかったけれどそこはコンビニ店員経験をなめてもらっては困る。

 いらっしゃいませからありがとうございましたまで、誠心誠意おつとめをするばかりである。


「初めてでこれって結構快挙なんじゃ……」

 正直、遠峰さんが遠い目をしていた。お隣とコスプレ談義をしていたりと、あまり彼女は表にでて販売という感じではなく、トイレに行くときだけ変わってもらったりした程度だ。ちなみにエレナは多目的トイレを利用とのことだ。

 けれどいまいちルイとしてはそれがどうすごいのかというのがしっくりこない。普段接客をしすぎているせいなのか、混雑はしたけれど普段の仕事に比べれば圧倒的にその数は少なかったし、この業界でどの程度のことなのかがさっぱりわからないのだ。

 けれど、遠峰さんいわく、初回の参加者はそれこそ十部や二十部売れればすごいほうなのだという。あほみたいに出来はいいとはいえ、売り切れを起こすということ自体快挙なのだそうだ。


「実際ボクも初めてだったし、売り子の関係もあって半分の搬入にしたんですけどね」

「あとは委託とかで?」

「はい。最初からホームページで全力告知しておけばファンの人もきてくれただろうけど、広場の方にいかなきゃいけなかったし、ルイちゃん一人に店番させる状態で人があふれちゃったらちょっと無理かなって思って」

 最初から一定数は委託にしようって思ってましたと、エレナはお隣さんに伝える。


 なるほど。確かに最初はガチガチに固まっていたし、それでどどっと人が押しかけてきていたらどんびきしていたと思う。

 お会計はとっても楽だったけれど、あの圧迫感にはやられてしまっただろう。

 そう。ここの人たちはお会計に万札を出すのではなく千円札でたいてい支払ってくれるので、仕事自体はとても楽だったのだけれど、みなさま食い入るようにエレナの姿を見ているので、その迫力がすごかったのだ。


「でも、その出来なら、明日からホームページのほう五月蝿くなるかもよ?」

 買えなかったーってみんなからの悲鳴が上がるのが目に浮かぶと隣のおねーさんは愉快そうに笑っていた。

「どうなんでしょうねぇ。一緒に作った作品だし、もっと作るかどうかは二人で話し合いになるでしょうけど」

「重版するとしたら金銭的にどうなの? けっこう赤字になるって話さっき聞いてたんだけど」

 本の制作数についてはエレナに全部丸投げなので、そこらへんの話を聞いてみる。


「ああ、それは心配しないで。純粋に製本とROM焼きだけなら赤字にはならないから。枚数つくれて売れるっていう前提ならだけど」

 コスROMを作る上で大きな比率を占めるのは、実は衣装代と撮影代なのだという。通常ならカメラマンさんを雇ったり、スタジオを借りたりとかして撮影するものだから、そこらへんでも出費はかさむ。

 重版をする場合はもとデータがあるから、あとは何部つくるのかというところだけが問題になるというのだ。

 製本とROMプレスの値段は枚数が少ないほど高い。300枚でとりあえず1冊1000円以下に抑え込めるけれど100枚程度だと確実に赤字になるのだそうだ。そして普通なら100枚売るのに大変苦労する。

 理想は500枚つくれれば、といったところらしいけど、さすがにそこまでは勇気がでなかったらしい。前回頼んだところに発注をかければ重版扱いで値引きもかかるようで、そういう面でも売れさえすれば、重版自体は問題がないとのことだ。


「ま、需要がどれくらいあるのか……なのかな」

 残り半分残っているのだし、それの委託販売の告知はホームページにのせるらしい。それで売り切れてしまったら、というあくまでも仮定の話だ。


「しかし、ネットのつぶやきの力って恐ろしいね」

 あらためてつぶやきでの情報拡散の力には驚かされる。朝には無名だったこのサークルも昼過ぎには人が集まる状態になってしまった。ルイはつぶやきやらブログやらというのを全然やっていないアウトドア派なので、情報の伝達というのがこんなに早いものなのかと、驚きばかりが出てしまう。そりゃ銀杏町の町の噂のネットワークも早いけれど、見知らぬ多数がこんな風に情報交換しているというのはなんだかすごい。

 そんなルイなので、実は売り子をやっていた子がすごいかわいかった、なんていう書き込みを見るよしもなかったのだった。

 ルイさんの身長は161センチが公式設定なのですが、体重に関しては変動制をとっております。

 適正体重でいえば54とか55とかそんくらいですが、健康的で美しいを保てる最低ラインはここらへんかなと思います。

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― 新着の感想 ―
[一言] 厳密性を遵守したい作品ではないので、個人的には"あり"なご都合です。…こういうの好きでござる。
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