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298.

「なにこれ。なにこれこの視線」

 うぅ。

 選択授業の登録のために校舎の事務室に入ると、周りの視線がこちらに向いた。

 やつだぜ。ああ、あの……

 蚕くんの趣味が男の人だってのはびっくりだったけど、寄りにも寄ってあんなのなんてショック。

 蚕くんなら絶対もっとがっちりした感じの長身イケメン狙いだと思ったのに。


 最後に入っていたのは、思い切り腐っておられる人の意見だろう。

 講義の登録期間である現在は、まだ授業はない。

 だから、狭い部屋で九十分をちろちろ見られ続けるということは、ないのだけれど。

 来週からもこの調子となるとさすがにしんどい。


「おお、これは木戸氏。講義の登録でござるな。拙者の現代オタク概論Ⅱは受ける気は……ああ、死屍累々というやつでござるな」

 るい、という響きに、ちょっとだけ心が折れそうになる。

 あれはもう二年前の話になるだろうか。ルイがHAOTOの翅と付き合ってるのではないか、という疑惑が起きた時も周りは騒がしくなったモノだけれど。


 今回の方がひどい。本当にひどい。どうひどいって、蚕のやろうが男相手に告白なんぞやらかすからだ。

 あの現場は週刊誌にすっぱ抜かれていて一昨日発売されたものにばっちりと写っていた。

 そして今朝のテレビでも、少しだけそのニュースにふれられていたのだ。

 人気はあるグループだ、とは思っていたけれどまさか朝のテレビに『衝撃! 隠された性癖』とかなんとか書かれてしまうくらいだとは思ってなかった。

 そう。あの告白のインパクトのすべては「木戸馨相手」ではなく「男相手だ」という事実でかなり大きく膨らんでしまっていた。

 

「せんせー。今時の情報化社会におけるねっとりてらしーについてもうちょっと、ちゃんとやるように知り合いの教授とかに言って置いて」

「……弱ってる木戸氏もなかなかにキュートにござるが、今回は写真を撮られている君にも落ち度はあるかと。あれさえなければ拡散などもともと無かったでござる」

「シャッター音が全然聞こえなかったんです。望遠とかで狙ってたのかも」

 そもそも蚕がきたせいで、周りの人達はざわざわしてしまっていたし、とあのときのことを思い出す。


「まあ木戸氏。僕からの助言は一つにござるよ。少し辛抱すれば噂も風化するでござろうし、それになにかしらのフォローは入るのではござらんか?」

「……それは、まぁ」

 今回のことはなにからなにまで、いびつな事件だ。

 普段、巻き込まれ体質を自負しているとしても、今回のコレは明らかに異質だと思う。

 実際、この前もドッキリの撮影を想定したし、周りに映像用のカメラがないかどうかをチェックした。

 きっとなにかあるのだろうとは思う。いずれは説明かなにかが入ることだろう。


「なら、それまでは外に出ずに家で大人しくしているとか、鎮静化するまでは人混みを避けるとか」

「それはできませんよ。来週から講義もはじまります。せっかく学費を払ってるのに自主休校とかよっぽどじゃないとしません」

「これはよっぽどのこと、に入ると思うでござるが……」

 木戸氏、タフガイでござるなぁと、悩ましげな顔をされてしまった。

 いや。木戸さん基本的に真面目で貧乏性な学生なので、どうしたって講義を休むなんてことはできないんだよ。

 それこそ、ゼフィ女潜入の時くらいの大事じゃないとお休みなんてしない。

 ……そりゃ、毎日この視線を浴び続けるとなれば、さすがに気も滅入るのだけれど。

 ま。こちらにはそれなりの切り札、というものがあるのである。



「あらま。しのさんで来てる」

「はいはい、来てますよー。講義選択の日が最悪だったんでね。ほんとマジで。マジ勘弁なので」

 はぁ、と深いため息をつきながらほおづえをつくと、肩先までのウィッグの髪がさらりと揺れた。

 はい。そんなわけで切り札はご想像の通り。

 木戸馨が学校で噂になるのならば、別人になれば良いじゃない、ということで。

 うちの学校は出欠を学生証のチップで行う講義が多いので、しばらくは問題にはならないはずだ。


「なるほど。確かに悪目立ちしちゃってたよね」

 大丈夫? とじぃとこちらの顔を覗き込んでくる田辺さんのシャンプーの香りがふわりと広がった。

 そんなに近くで見つめられると、ルイさんだと思われないか少し心配だけれど、シルバーフレームの力というのはなかなかなモノのようだ。友達を心配する姿勢しか見つけられない。


「そんなわけでちょっとほとぼり冷ますためにこっちで来ようかと思います。両親は説得しました。なにやってるのあんたとか、嫁にはいくなとか、いろいろ言われました。でも家から諸手を振ってこられるのはありがたいです」

 あの日の夜、ことのあらましを両親に伝えたときは、それはもう二人ともぽかーんとしていたものだった。その放心状態をテレビの音を聞きながらやりすごして、最初に口を開いたのは父の方だった。


 そう。定番の嫁にはいくな、である。

 まだアルコールが入る前だったから、大丈夫かと思っていたのだけれど、シラフでそこを心配しますかお父様。

 けれども、きちんと断ったこととか、周りの空気が重たくて耐えがたいこととかを話して、限定的に女子のかっこでの通学を認めてもらった。


 ミニスカートははかないとか、露出は控えめにとかいろいろ言われたけれど、もともとそんなに露出は多くないし理知的なお嬢さんという風なのだ。しのさんは。それともうちの親はあれか? ルイの格好でエロいとか露出度が高いとかいっちゃうんだろうか。

 今日だって、膝丈のデニムスカートに淡めのニットと、少し肌寒いのでジャケットを羽織っている。そして足元はカラータイツを使っております。素肌の露出もあんまりない健全スタイルです。普段と印象を変えるためにオレンジですけれどね。


「ご近所の反応は?」

「うち、二人しか姉弟いないんだけど三人に増えてマス」

「あらま」

 その反応に、常識人は目を丸くしていた。

 ま、ルイとしてお出かけするときも家からでてはいるのだけど、時間帯の兼ね合いなのだろうか。

 朝の時間に外にでたらご近所のおばちゃんであられる、清田さんが家の周りの掃除をしていたところをばったり、という感じで、ついついいつものノリで普通に挨拶をしたら、木戸さんちの子かい? なんていう話になった。

 詳しい話はする時間は無かったので、きっと良い感じにいろいろと誤解をしてくれていることだろう。


「人はね、常識の範囲内でいろいろ処理しようとするってこと。性転換するより、隠し子がいたってほうが……もしくは記憶違いの方がいいんだよね。それもあって三姉妹って感じなわけ。ま、そんだけご近所の関心がないってことなんだろうけど」

 正直、あんまりご近所さんと交流してないからなぁ、あたしというと、へぇ意外と言われてしまった。


 まあ、しのさんの性格だとご近所とも仲良くしていて、自治会とかに参加していたり近所のおじいちゃん達から、えぇのぅとか言われてそう! とか思われてるかもしれないけど、普段はしのさんじゃないからね! どうしたって学校とバイトと撮影とってなってしまうとご近所との交流というところまで手がでないのです。


 もちろん、ルイとしての人との交流はあるけど、あれは銀香での話であって、地元ではむしろ目立たないようにというのを心がけているくらいだ。せっかく女装して別人を作り出しているのだから、地元はちょこっと離れたいという心理をどういえば伝わるだろうか。

 旅先だとちょっとオシャレでハイな自分になれちゃうけど、地元だと恥ずかしいの! とかそういう感じと言えばいいのだろうか。

 

「でも実際、周囲の目はとことんごまかせてるみたいね。教室まで顔を見に来て噂の相手はいないじゃんみたいな声がけっこー聞こえたし」

「そりゃねー。去年の討論とってるヤツじゃないとあんたのそのスキル知ってるのいないし……それにあのときのウィッグとそれって髪型違うからわかんないんじゃない?」

 よっすと、磯辺さんも合流してきた。今日もがっつり眼鏡をかけていて彼女も大学二年デビューは特になしらしい。というか、彼女は講義は来週からって聞いてた気がするんだけどなぁ。


「ロングウィッグも割と好きなんだけど、ま、しのやるならこれが一番かなぁ。肩先までのショートだとめんどうくさくないし」

 まあ普段のルイのウィッグとまたちょっと印象は違うのだけど、それは田辺さん対策というやつだ。せっかく女装するなら長くしようよ! という意見もいろいろあるだろうけど、長い髪は扱いが面倒だし目立つからこれくらいのほうが日常にまぎれてしまって良い。


「なんなら地毛のばしちゃえばいいんじゃない?」

「いやいやいや。別に素で女子やろーってんじゃないし」

 まあルイになったときに地毛の方が便利だよねとはとことん思うんだけど、その一線は越えてはいけないと思っている。司さんたちからは、さあ伸ばしてしまおうとさんざん言われたけれど、それだけはやってはいけないことだと思っている。


「髪質は……割とやわらかそうだし、地毛だとすごいんじゃない?」

「まー、いちおーウィッグから出る毛もあるから、キューティクルボンバーですよ? 頭皮のケアとか髪質の維持とかね。地肌のケアほどは気を遣ってないけど、定期的にトリートメントはしてるつもり」

「うちの弟と比べるともーまったくもって大違い。男の髪なんてがーってあらって、ぶぉーって乾かせばいいとかいってたよ?」

 それがあってのしのさんかぁ、と田辺さんはウィッグの髪を無意識になでなでしている。感触を味わっているらしい。


「だいたいの男子はそんなもん、だよ? 中高の旅行イベントでそんなんだったし。うちは基本生活ペースが三つ上の姉の影響を受けてるってのと、その友人たちの影響で洗い方は丁寧だけど」

「うっわ。その顔で男子と一緒のお風呂とか……なんかいけない香り……」

 うわーと田辺さんはあきれ顔でこちらの体の上から下までをなめ回すように見た。


「べ、別に問題は……おきなかったよ? ほんとだよ?」

 ええ、そうですとも。中学の時もそうだし、高校の時も……八瀬がいうにはその美しい体をがん見したとかなんとかだったけれど、二年の修学旅行の時にちょっとやらかしただけ。というかやらかしたから風呂にはいらなかったわけで、問題にはならなかった。


「うっそだー。しのさん背中のラインとかめっちゃきれいだもん。お尻だってそこそこ大きい方だし、女子シャワー室とかでシャワー浴びててもぜんっぜん気づかれないんじゃないの?」

「それなんてエロゲっていいたいけど、あながちできなさそうに思えないのはまずいようにも思う……」

 あっ、やったことはないよ? ほんとだよ? と言っておくとじぃと目を細められて見つめられてしまった。

 ちらりと磯辺さんの方に助けを求める視線を向けたけれど、彼女はやれやれ自分で切り抜けろーと投げやりな反応をしてくださった。

 そう言われても、そういうのはないのだ。そう、そういった法律上問題になりそうなことは、しない。


「じゃー、しのさん今度一緒にシャワーいこう?」

「いやぁ。それは無理デス。やれるっていうのとやっていいっていうのは違うから」

「そーだよそーだよ。こんなやつと一緒にシャワーとかやめておくべきだ」

 正気にもどれー、見た目にだまされるなーと、磯辺さんがようやっと助け船を出してくれた。

 

「えぇー、でもしのさんだよ? この見た目だよ? ちょっとその服の下に隠された姿を見てみたいじゃない?」

「うぬぬ。アッキーったら、いつからそんな痴女になってしまったのか。おねーさんは悲しいわ」

 正気に戻ろうとぽふぽふ肩を叩く光景はそういや去年もみたなぁと、少しだけデジャヴった。

 あのときの対象はルイだったわけだけれど、田辺さんは奇しくも同一人物でこんなにテンションを上げているのだ。


「それもこれも、全部しのが可愛すぎるからいけないのよっ。なによそのノリノリな格好は。隠れるためにはもっと地味にすればいいのに」

「いや。自然が一番、でしょ? わざと地味な女装(かっこう)をするとか、不自然さがでちゃってダメだよ」

 自然体が一番デス、と言い切ると、あんたはもぅ、と磯辺さんが頬のあたりをぴくぴくさせた。


「自然にしててキラキラしてるとか、ほんっとイヤミな女だわ……」

「はいはい、むくれないの。ってか磯辺さんも大学デビューすればいいじゃない。お化粧、なんなら教えるよ?」

「わー、しのさんにお化粧してもらうとか、なんか面白そう」

 私も私も、と田辺さんが手を上げてくるけど、とりあえずは今は磯辺さんのほうの反応を伺っておきたい。


 そんなとき、ちらりと男子生徒と目が合ったのだけど、すっとそらされてしまった。

 ええと、女子三人でわいわい休みあけの会話を楽しんでいるという風に写っているだろうか。


「お化粧講座はパスで。それよりもそろそろ講義始まりそうね」

 私はそろそろ退散しようかしら、という磯辺さんの言葉に、おや? と眉をあげる。

「そーいや、今週は磯辺さんの取った講義始まらないっていってたよね」

 そう。木戸達が取っている講義は今週から始まるけれど、ものによっては来週から始まるというものもけっこうおおい関係で、まだ春休みという感覚の学生もけっこういるのだった。

 そんな彼女がわざわざ教室を覗きにくるだなんて、どうしたんだろうと思ったのだ。


「アッキーに会えなくて寂しかったからきちゃったんだよぅ」

 きゅっと磯辺さんが田辺さんの手を握る。別にあんたのことが心配で見に来たわけじゃないから、とこちらに真顔で断りをいれなくても、存じておりますとも。


 ええ。春のイベント落ちたのか、と普通に納得した。

 今度の日曜日、大きめなイベントがあるのだ。コスプレイベントでもあり、そして女子向けの同人誌の大きなイベントでもある。

 そこで彼女はコピー本を出したいというようなことを言っていた。コスプレではなく同人誌のほうが落ちたって、別に当日参加すればいいのにと思ったものの、どうやらなにか事情があるらしい。

「もう、そんなにきゅーってされるとくすぐったいってば」

「んっ。十分アッキー分を摂取したから、サークル行ってくるね」

 授業終わったら、お昼もご一緒していただきたくー、と言いながら去って行く磯辺さんは、最後にぽつりと呟いていった。


 まっ、持ちつ持たれつってことで、と。

 はぁ。木戸馨の知人である彼女達にもいろいろ追求は行ってるだろうに、こちらを気遣ってくれるとはありがたい。

 そんなことを思いつつも、女装で受ける二年初めての講義は始まった。

 まったく問題なく、その講義を受け終わったのは、もはや言うまでもない。

ナンバリングがなんか、にゃんきゅっぱだ。とか思いました。

まーことがことだけに学校が不穏な空気でございます。けれども、しのさん的にはまったく無関係の事柄ということで……無事に適応完了です。解決はあと二話か三話必要となります。無事に終わる+元原稿がわりとあるので、大丈夫です!


さて、それで次話ですが、今回のお話ででてきた「週末乙女イベント」に参加です。一般的にはGWにやる企画ですが、ちょっと都合上前倒ししてます。男女比でいうと、男子五人っていうようなかのイベントですね。

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