297.
検診後半と……よーやっと、ストレス展開にはいりますゾ。まあ逃げ道はいくらでもあるのですガ。
「さて木戸くん。公式に質問攻めにできる時間ということで」
さぁ問診に答えてもらいましょうか、と椅子に座ってこちらをじぃーと見つめている足立女史は、満面の笑みでにまにましていた。
う。なんだか嫌な予感がひしひしと感じられるわけなのですが。
「ご飯は食べてるの? お菓子だけじゃ生きられないのよ。ダイエットしてると生理だって止まっちゃうし、きちんと食べること。育ち盛りなんだもの」
「そのくだりは去年もやってますし、隣に聞こえる環境でやめてもらえませんか? ただでさえ男装女子疑惑をかけられてるんで」
そこで堂々とした対応をすることで男装疑惑を晴らそうという試みはさすがに玄人向けすぎるのではないだろうか。こちらは意図はわかっても、普通の人はわからないよ。むしろ、やっぱりなって思うんじゃないだろうか。
「つれないなぁ。木戸くんったらほっとんどセンターによりつかないし、こういう機会じゃないと質問攻めにできないというのに」
「それ、必要性がないからですし。それに今日は後ろもつかえてますからね。さっさと終わらせてくださいよ」
「えぇー、いろいろ聞きたいことはたんまりあるんだけどなぁ。いづも達は木戸くんの話は、良く来る常連さんくらいしか言わないし、いっぱいいろんな話を聞きたいのよ」
せっかくの上物なのにーと嘆く姿は、年齢の割に可愛らしい。
「それに……学会とかにもお誘いしたいくらいなのよね。たぶん、一つの演目とかやれるわよ」
「そっちにまで足を突っ込む気はないんですよね」
「えぇー、そこまでやっててそれって」
「だって、俺、普通に男ですし」
嘘だーというささやきがカーテン越しに聞こえたような気がした。
「この前の学会だと、声関連の発表とかもあったし、木戸君ならそこらへんもいけると思うのよ」
っていうか、普段の声がそれで、作るとああなるなら、みんな教わりたいんじゃないかしらと問われてふるふる首を横に振っておく。
「知人には教えないでもないですが、専門でやってるわけじゃないし。そもそもベースラインは鈴音さんだからあの人に公演とかはしてもらえばいいじゃないですか」
「鈴音さん、か。その名前を出すと志鶴が怖くなるから、さっさと診察することにしようかしら」
あの子ったら、鈴音さんの話題をしたとたんにあご掴んできてさ。それ以上言うなってめっちゃ怒ったの。怖かったんだから、なんていう足立先生は本当に怖がってるようだった。
「あー、逆鱗のたぐいですからね、そこは」
「でしょー。だから鈴音さんとのコンタクトは無理。そこでそんなに自然に女装ができる貴重な木戸くんに、いろいろと知識を披露して欲しいところなんだけど」
「それ以上言うと、あご掴みますよ?」
冗談っぽく言うと、えー、こわーいと、歳に似合わない可愛い声をだされてしまった。
ううむ。確かに木戸馨の女装はそれなりに完成度は高いという自覚はあるのだけど、足立女史がそこまでこだわる理由がよくわからない。
身近な人達がばんばん女装している身からすれば、そんなに大変なことだとも思ってはいないのですが。
もちろん、エレナみたいな天然素材がごろごろしてるわけじゃないのは知ってるけど、技術である程度はカバーできるものなんだけどなぁ。
「じゃー、ほれ。男の子なら上半身裸になっても問題なし、ということで上着脱いで」
隅々まで診察してあげちゃうから、と両手をわきゃわきゃしてるのを見ているとうぇーとでも言いたい気分にもなる。どうして身近な大人たちは大人っぽくないのだろう。好奇心に愚直すぎる人ばかりだ。
「去年は下からこそこそ聴診器いれてましたよね。それで十分ですよね?」
「えー、男子の上半身なんて、ばばっと見せびらかせても平気じゃない?」
男子でしょ? 男子なんだよね? と詰め寄られると返す言葉も無い。
そう。木戸馨は、男の子。つまり上半身をサラしたってはずかしくなど、ないっ。
「うはぁ……」
上着をがばりと男らしく脱いでみたら、思い切り足立先生に目を丸くされた。
「だからヤだったんですぅ」
その視線。それは柔肌を思い切りみたときの驚きの表情だ。
女子を相手に服を脱ぐとだいたいこんな反応をされる。
もちろんそれは日頃のケアのたまものなのだから、誇って良いところだと思ってる。
思っていても、こういう反応はさすがに恥ずかしくなってくるのだ。
「その仕草もあわせて、ごくりってなってしまうわね。こりゃいづもがへこむのも納得いくところかも」
では、胸を拝借、と聴診器が当てられる。ひやりとした感触が胸元に感じられて、んっ、と軽く息を吐いてしまう。
とくんとくんと鳴っている音は聴診器を伝わって足立先生のところに届いているだろうか。
「特別異常はなし、かなぁ。音も綺麗だし、肌も綺麗。ああ、肌の方は異常なくらいね」
「余計なお世話です。もう上着きますからね」
穢されてしまったよぅと呟きながら上着を着ると、なんかゴメンと足立先生に謝られてしまった。
そしてカーテンの外にでる。
そこには診察まちの赤城と、すでに終えたらしい志鶴先輩がこちらを心配そうな顔で見つめていた。
「えっらい時間かかったな、お前」
「……うん。なんかあれな。大切なものをいろいろ穢された気分だ」
「馨のは、自業自得というところもあるように思うけど」
隣に声が漏れていたのだろう。志鶴先輩はやれやれと肩をすくめていた。
鈴音さんの話題を出したことに対してはそこまで怒ってはいないらしい。
去年もなんでかんでけっこう話をしても大丈夫だったし、当時は敏感なお年頃だっただけかもしれない。
「ま、あれだ。俺も問診受けてくるから、一緒にX線ならぼうぜ」
まっててくれよな親友、と言い置いて彼はカーテンの中に入っていった。
きっと普通にすぐに終わるんだろうなぁと思って待っていると、ほとんど時間がかからずに赤城はカーテンから出てきた。
普通に問診して、心音を聞いただけだったそうだ。
「はやっ。問診ってそんなに早く終わるものなのか?」
「普通はこんなもんだよ。問題ありなやつだけが時間かかるんだ」
じぃと、赤城の視線は木戸と志鶴先輩に向かっていた。
「わ、わたしは普通だしー。問題とかは全然なくって、ただちょっと、若い男の先生をたぶらかしてみただけだし」
思い切り視線を背ける志鶴先輩はまったいらな胸の前で腕を組んでそっぽを向いた。
今日は検診ということもあって、パットをつけるのはやめているのだそうだ。たしかに聴診器をあてるのにパットがあったら邪魔だろう。ていうか、音が小さくなってしまうかも知れない。
それを思うと、沙紀ちゃんは健康診断を学校で受けなくてよかったんだろうね。
「たぶらかさないでくださいよ。先輩のことだからどうせ、優しくしてくださいねっ、とかなんとか言いながら軽く上着をあげたりとかしたんでしょ?」
「あんたがやるほーが、危ないっての」
ちろっと上着の裾をもちながら女声で言ってあげると、周りから、ごくりという音が聞こえた。
え。見る感じ女子に見える志鶴先輩がやるならまだしも、男状態の木戸がやったところで、そんな反応になるとは思えないのだけど。
「ま、まぁ。あれだ。二人とも自重すること。普通の男子はそれに耐えられないからな。しかも彼……彼女なしのやつもいっぱいいるんだし」
ほれ。さっさとX線の方にならぶぞ、という赤城の顔は、心底疲れたような、そんな感情がにじみ出ているようだった。
「さぁて。じゃー、特撮研によって、午後の撮影タイムとまいりますかね」
よしと、首元につったカメラの感触を味わいながら、春の日差しの中の構内を歩いて行く。
あれからお昼ご飯を学食で赤城と食べつつ、春休みにあった出来事なんかを話した。
もちろん、ルイとして活動していたことの大半はそのままでは話せないので、言えないところは言わないでおいた。
うん。さすがに高校の頃の友達と一緒に裸の付き合いだなんて、普通の人に言ったらなにその極楽とかって話になってしまうしね。
当然、学食にいったけれど、ご飯はお弁当。赤城はきつねうどんをいただいていた。
ゼフィ女の学食を経験したあととなると、うちの大学の学食のお値段がいかに良心的なのかがよくわかる。
志鶴先輩は検診が終わったら、用事があるからと別行動。桐葉先輩と約束があるとかないとかそんな話なのだそうだ。
そんなわけで、ご飯が終わって赤城とも別れた。
せっかくだから、夜まで男同士であそぼうぜ! エロビデオでも見ようぜ! とか誘われたけど却下しておいた。
18禁、どころかすでに20歳を超えている赤城は大人の階段を上れる状態ではあるのだろうけど、別に見ても面白いものではないのだし、どうせ撮影の仕方のほうに気が行ってしまう。それならば天気も良いし大学周辺の撮影でもしようじゃないか、と思っても仕方が無いことなのだと思う。
「やっぱ、春はいいよねぇ。心が浮き立つというか」
冬は冬で好きだけれど、一気に色彩が鮮やかになるのがいい。
大学の構内にはそれなりに植物も植えられているので、そこらへんの撮影をする予定だ。
なんだかんだで、人ばかり最近撮っているけれど、基本は木戸さんは自然撮影の人なのだ。
「お、いたいた。やぁ、木戸くん。探したよ」
「……大学にまで押しかけてくるとか、何用ですか?」
さぁ撮るぞーとカメラを片手ににまにましていたところで、声をかけられた。
男の、少年のような声といえばいいだろうか。
まさか個人的にここにくることはまずは無いだろうと思っていた相手がそこに立っていた。
前の時の女装の変装とはもちろん違うのだけど、サングラスと帽子という、これぞ芸能人の変装ですというような装いをしていた。
「それが、その……ちょっと緊急の用事があってさ。迷惑だろうなって思ったんだけど」
ちょっと手伝って、と手をあわされてしまうと、無碍にもできないのがなんとも悔しい。
どうせこいつのことだから、蠢がらみのことなんだろう。
いや、それとも翅がらみだろうか。この子は、木戸=ルイを知っているわけだし。でも、それならホームページの方にメールを飛ばしてくれればいいだけのことだ。
「迷惑っちゃ迷惑だけど。時間がかかるのか?」
これから撮影にでる気まんまんなんだけど、というと、ああ、と彼は胸元のカメラを見ながらなにかを納得してくれたらしい。
「そんなに時間はかからないし、ちょっと歩いてもらうだけでいいんで」
「はい?」
彼の反応がイマイチよくわからなくて、小首をかしげつつ、ついてきて欲しいという申し出を受けてその後ろについていく。
先ほど歩いていた道よりも人が多めの大学の正面の入り口に当たるところまで進んだところで、先を歩いていた彼はくるりとこちらを振り返った。
「聞いて欲しい、ことがあるんだ」
HAOTOメンバーの中で小柄な少年というイメージの彼はさらさらの髪を風になびかせながら、大人っぽい真剣な顔つきで、その後の台詞を言ったのだった。
「僕は、キミ、木戸馨が好きだ。あの学園祭の日から君のことを思わない日はない。愛している。僕と一緒にきてくれないか」
「は?」
その申し出があまりにもばかばかしくて。
「カメラはどこにあるんだ?」
じぃと、呆れた顔をしながら周りに視線を向けるしかなかった。
だって、いきなりの告白だ。
翅さんがルイに好きって言ってくるのは、別にわかる。アレはルイの正体をしらないし、あんなことをしてしまったからそのままずるずるいってしまったのだ。
でも、目の前の彼は違う。そもそも男の状態の時に告白をしてくるという時点でおかしいだろう。彼が同性愛者だって話は聞いたことは無いし。
それにHAOTOは恋愛禁止だという話を聞いたことだってある。
全部があべこべで筋が通っていない。
となれば、答えは一つしか無い。
「どっきりなんだろ? それに協力してくれっていうアレなんだろう?」
「いや、それなら驚いてくれないと、って先にいうし! 俺は本気でお前のことを……」
「俺は撮る側、撮られる側じゃあないよ」
困るよこういうことは、といいつつ念のためカメラの電源を入れておく。
けれど、その手はがしっと蚕くんの手に阻まれてしまった。
あれ。あんまり男の子と手をつないだことはないのだけど、こんなに大きいものだったっけ?
「だから、そういうのじゃなくて! そりゃ俺なんて木戸さんからすれば、羽虫かなにかくらいな扱いなんだろうって思うよ。でも、本気なんだってば!」
「なら、こちらもまともに取り合おう。男と付き合うつもりはないし、今まで通り友達でいましょう!」
そう言い放つと、周りの人達からひそひそと話し声が上がった。
やだ、あの子ったら、蚕くんと友達だって。だとか、たしか学園祭の時にMCやってたやつだよなーとか。
蚕くんにマジ顔で告白されるとか、羨ましい、とか、でも男相手はないわ-、とか。
そんな周りの学生達の喧噪の中にまぎれてしまって。
シャッターがばちばちときられていたのに木戸は気づけなかったのだった。
さー二年になったらHAOTO編になりますよーという話でしたが、ついに始まりました。ストレス展開になるかというと、まーさらっとかわすのがルイさんですからね! 安心してくださいね!
この困難を切り抜けて、一回り大きくなっていただきたい。
さて。大きくなるというと健康診断で木戸くんの胸は一ミリも大きくなっていませんでした。当たり前ですがっ。
聴診器と女医さんって、なんかこうごくりという感じの設定なのに、木戸くんの反応が一番どきどきしてしまうのが、不思議な感じです。




