お土産
本編をと思っていましたが、予定変更でちょっと閑話をもう一本です。すんません。
あ。なんかすまん。男の一人称とかあんまり、どうでもいいだろうと思うわけだが。
番外編を続けろ、お前がなんかやれと天の声を聞いて、物語ることになった。
どうも、俺の名は、春井洋次。
大学一年の春休みを、自宅でまったり過ごしている男子大学生だ。
今でこそまったり、などといっているけれど、しばらく前は彼女と旅行にでかけたりもしているし、アルバイトなんかもしているので、そこそこ春休みも忙しかった。
え、なんのバイトをしてるのかって? それは家庭教師だ。
インテリ大学生の定番バイトと言えばこれだよねぇ、という感じのお仕事。
四月からはまた新規の生徒を教えることになるのだけど、まぁなんとかなるだろうと思っている。
エレナからは、可愛い女の子に当たってもでれでれしちゃヤだからね? とかなんとか言われている。うちの恋人は時々こう可愛く拗ねたりするのだけど、私だけを見なきゃ嫌だという押しつけがましさがなくていいと思う。
大学に入ってからできた友人たちは、彼女が面倒といっているやつらがわりといる。
じゃあ、別れてしまえよとモテない別の友人から怨みがましい声が漏れ聞こえるわけなのだけど、そこらへんまでもあわせて様式美というやつなのだろうと思う。
え。俺は別にその会話のターゲットにはならない。
付き合ってる相手がエレナだというのは学校中で噂になっているし、こちらも変に隠そうなどとはしていない。
おまけにエレナは大学では、いちおう中性的な装いをするようにしている。まあ初対面だとまず男として認識されることはないけれどな。
恋人はいるけれど、あれだけ可愛いけれど、だが男だ、という認識が周りにあるものだから、割と生暖かい目で見てくれているような気がする。
普通なら、同性愛なんてーという偏見もでるのだろうけど、エレナがああなので、そこらへんは通常の同性愛への忌避感みたいなのはまったくでなかったようだった。
そうでなくても、俺の周りにいるやつらは、自分と他人をわけて考えられる人達ばかりなので、おまえはおまえ、別に好きにやれや、という意見のやつらが多いのだ。
まあ、俺だって別に男が好きというわけじゃない。エレナだから好きなのだし、万が一にもエレナと別れる……いや、こちらが振られないようにがんばろう。うん。
ともかく、付き合うなら断然一緒にいて楽しくて可愛くて、ほっこりできる子がいい。
たまたまそれがエレナだっただけの話だ。
前にエレナに、ボクとルイちゃんとどっちが好き? と悪戯っぽい笑顔で聞かれたことがある。
あの学園祭の時のことをいまだに根に持っているようで、確認作業して? と上目使いをされてしまったりするのだ。
確かにあのときは、女っけのまったくない場所で、しかもあれだけ美人な子が来たのでまいあがったりもしてしまったのだけど、今にして思えば、エレナで良かったんだと思っている。
だって、あのルイさんだぞ? 一緒にいてほっこりどころか、慌ただしい毎日に決まっている。
俺はそういうのじゃなくて、こーまったりいちゃいちゃしていたいので、あそこまでアクティブな子はたとえ付き合っても長続きしなかったと思う。
そんな二人なわけだけど、昨日と今日とで知り合いのメイド喫茶に旅行にいっている。
文字面としてはメイド喫茶に旅行というのは、ぴんとこないけれど事実なのだから仕方が無い。
遠方にあるところだそうで、泊まりがけじゃないといけないのだそうだ。
エレナと一緒のホテルで……万が一でも間違いがないかどうかは、あまり心配していない。
あのルイさんだ。今までだってエレナの家でお泊まりもしているわけだし、同性の友達同士で旅に出ているという認識でいいのだろう。
って、あれ。マジで同性の友達同士か。ややこしい。
「にいさま。にいさまっ。ちょっとこっちまできてください」
「ん? どうした彩」
自室でそんな回想をしていると、隣の部屋から妹の声がかかった。
うちの自慢の妹、彩だ。どうしてこういう読ませ方にしちゃったかなぁとぶつくさ文句をいう妹は今年高校に入学する予定だ。
妹なんていたのかよーっていう意見は、まあ。あれだ。俺の家族事情にフォーカスされたことがなかっただけの話としか言いようがない。どうせ端役だし。主人公補正なんてものはかからない。
「にいさまっ。どうでしょう? 似合いますか?」
「ああ。ばっちりだな」
部屋に向かうと飛び込んできたのは、今度入る高校の制服をきて、笑顔を浮かべている妹の姿だった。
あ。にいさま呼びに関しては強要したのは俺ではなく両親だ。別に俺の趣味じゃないし、家でエレナにご主人様って呼ばせたりももちろんしてない。断じてしてない。時々演技でしてくれたりはするけれど。かわいいけれど。
うちもそれなりのいい家というやつなので、女の子だったら言葉使いも丁寧にいこうよという教育の結果でこうなっているのだ。
その結果といっていいのか、おそらくお嬢様がいっぱいいるのであろうゼフィロス女学院に通っても十分に恥をかかないですむくらいの礼節は出来上がっていると思う。
ここら辺の男子だったら誰しも憧れるゼフィ女だ。正直妹があそこに行きたいと言ったときは小躍りしそうになるところだった。
そう。家族があそこの学生であれば、男であってもあの敷地の中にはいれるのだ。もちろん学園祭や入学式などの特殊な時だけだけれど、それでも禁断の地とまで言われてるあそこに男の身で堂々と入れるのは、喜ばない男子はいないだろう。あまり表にだすと、エレナに拗ねられるわけだけれど。
「でも、本当に寮生活にするのか? 家から通ってもそんなに遠くないだろうに」
「わかってないですねぇ、にいさまは。あえて通えるにしても寮で暮らしたいと思わせるだけのものがあそこにはあったんです。みなさんはどうやら訳アリの人ばかりみたいですけど、私は普通にあそこの建物が気にいっちゃったんです。風情があって三年の間住むにはとてもいいかなぁって」
基本的にゼフィロスのお嬢様がたは家から通う子が圧倒的に多い。
家がそばにある子も多いし、車での送迎なんてものをしているのもいるのだとか。
そして親御さんからすれば、可愛い愛娘を寮で暮らさせるなんてするはずもなく、例年あそこの寮に入るのは十人に満たない程度だという話だ。
ある程度いる一般家庭の子女は、寮のお値段のからみで断念するのだそうだ。
ご飯付ということもあって、そこそこの家賃がかかるらしく、家から通う子がほとんどらしい。
「それで、本音は?」
妹はきらきらした目で、寮のすばらしさを言っているわけだけれど、それが全部じゃないのはわかっている。
「にいさま達のいちゃいちゃをわきで見ているのが申し訳ないので」
「そいつぁーすまん。でもいちゃいちゃはする。うん」
わかってます、と妹は生暖かい視線を向けてくれた。
いちおう言い訳をするけれど、別に、そんなに大人の階段を上るようなことは、してない……うん。してない。
「でも、あれは、じゃれてるだけなんだぞ? 好きな子とほら、体を寄せ合ったりとかはわかるだろ?」
「やっ、それはちょっと近すぎないかな? ってエレ姉ーさまいってましたけど?」
「それはびっくりしただけじゃないか? それで避けられたりはしてないっていうか、きゅってむしろ寄ってくるし」
「さらっとそういう返事がきてしまうところあたりが、ちょっとあとは若い者たちだけで……っていう反応になってしまうんです」
お前のほうが若いだろうというつっこみはしないでおいた。
確かに妹からしたら、俺たちは仲良しすぎるように映るだろうし、その自覚もある。
もちろん自重するつもりなんてまったくないわけだが。
「でも、鹿起館の建物にほれちゃったってのは本当ですよ? 歴代の生徒会長さんとかも割と寮出身だったりとかしますし、昨年の生徒会長さんだってそうだったっていいますし」
「おまえ、そういうのに興味あったのか……いや。いいぞ。にーさまはお前が生徒会長を目指すなら応援する」
「って、そういうのではなくてですね! その、きらびやかな人達と一緒の空間に居れるってのがいいというか」
うん。知ってた。彩はこれで目立つタイプではない。先頭にたってなにかをやるというよりは支えるタイプのほうだろう。
かくいう俺もそちら側だ。物語の主人公にはなれないし、なる気もない。
そんな会話をしていたらチャイムが鳴った。
夕食も食べ終えているこんな時間に誰だろうか、なんていう風には思わない。
さきほど高速をおりたよーなんて連絡が着ていたから、そろそろだろうと思っていた。
「たっだいまー。あれ? 今日はおばさんたちは?」
玄関を開けるともちろんそこにはエレナがにこにこしながら立っていた。
しかし、どうして彼氏の家にくるのにただいまなのかがよくわからない。
今回は、旅行からただいま、なのかもしれないが。
「今日は二人とも仕事だよ。んで、さっき夕飯は済ませたところ」
おまえは? というと、うん食べてきましたよー、サービスエリアでという返事がきた。
まあ、食べ歩く宣言もしていたから、あまり地元でいただけないものを食べてきたのだろう。
あとでお腹のあたりをつついてあげよう。ぷにれるほどお腹にお肉はついてないエレナだけれどな。
「あれ? さいちゃん、その制服って」
「はいっ。ゼフィロス女学院のです。エレ姉ーさまは……お知り合いにゼフィロスの方がいらっしゃるのですか?」
見慣れちゃってます、って顔をしてます、という彩の指摘は間違いではないと思う。
エレナの表情はどうみても、似合うか似合わないかという視点だけであって、一般的な男子があの学院の子に向ける視線ではありえなかった。
「うん。幼なじみが通ってた。この前卒業しちゃったけどね」
卒業式の時はお迎えにいってパーティーとかもやったよ、とあっさりいうエレナは卒業式の光景でも思い浮かべているのだろうか。んー、と視線を少しあげている姿がかわいい。
「それと、学園祭の写真は、ちょっとしたルートで見せてもらったからね。さすがに拡散とかはできないから見せてもらっただけなんだけど」
「写真って……まさかルイさん経由、ってことはないよな?」
写真と聞いてまずピンと来てしまうのがあの人だ。いつもカメラを片手に上機嫌な子。
でも、さすがのルイさんでもゼフィロスの中に侵入だなんて、大それたことができるとは思えない。
あれでも男子だという話だしな。ホントかは知らんけど。
「いやぁ、ボクも驚いたんだけど、どうにも学園祭のカメラを助手って形で担当してたらしいよ」
「なっ……それ、まじか……」
「うん。最初話をきいたときは、あははぁ、さすがはルイちゃんだなぁって思ったけど」
だから、あのことはさいちゃんにも内緒ね、と耳元でこそっとささやかれると、その甘い匂いに体が反応しそうになった。
少し耳もくすぐったい。
あのこと、というのは当然ルイさんの性別の件だろう。暴露したところで誰も信じないだろうけどな。
「ところでエレ姉さま。玄関で立ち話もなんですから中に入りませんか?」
「うん。そうさせてもらおうかな。お土産もあるからね。さいちゃん、紅茶とかいれてくれると嬉しいな」
おばさまたちの分もあるから、それは冷蔵庫で保管ね、といってエレナが差し出してきたのはまるでケーキでもはいっていそうな白い紙の箱だった。
「それは?」
「今回の目的地、のケーキといいたいところだけれど、あれはお土産にはできないみたいなので、それを作ってる子のお店のケーキだね」
「おまえ……また妙な知り合いを……」
作ってる子という単語に少しだけ眉をひそめてしまう。
エレナはなんだかんだで女友達を作るのが上手い。それはもちろん本人がきらきらしているからなわけだけど、その交友範囲が広いほどに不安にもなってしまうのだ。
「あははっ。今回の知り合いはルイちゃん経由だし、それに彼女持ちのイケメンさんだから、変な心配はしないでいいよ?」
そりゃー、ご近所に一人欲しいっていうルイちゃんの言葉には頷いちゃうところだけど、とエレナが上目使いでこちらの顔を覗き込んでくる。くぅ。見透かされてるみたいで恥ずかしいじゃないか。
じゃ、移動しましょうというエレナを居間にご案内。
すでに彩はケトルをガス台にかけていて、お茶の準備を始めていた。
エレナは勝手を知っているので、冷蔵庫にお土産の箱の一つをしまってから、テーブルにもう一個を置いた。
お皿なんかもてきぱき出して用意しているあたりが、なんかもう馴染みすぎだよなぁと思ってしまう。
ここ三年付き合っているわけだけど、大学生になってからは特にうちに来る頻度も増えたように思う。
すでに親公認という感じだ。
問題はエレナの家の親父さんだろう。もうちょっとは言い出せないかな? とは言っていたけれど。
「あ、私、イチゴのショートケーキもらいますね。こう、ザ・ケーキって感じでいいですね」
しばらくこういうの食べてないし、嬉しいですと彩は目を輝かせていた。
確かに自宅でケーキと言えば、クリスマスの時にエレナが作ってくれたブッシュドノエルくらいなものだし、こういうシンプルなのはご無沙汰なような気がする。俺個人としては、エレナに付き合ってシフォレでそこそこ食べていたりはするのだが。
「ていうか、シンプルすぎじゃね?」
紙の箱の中身を見て思わずぼそっと呟いてしまった。
あのルイさんがわざわざ遠出をしてまでお土産にするものにしては、ちょっと可愛さが足りないような気がする。
「それは食べてからのお楽しみ、かな?」
しゅーとケトルから湯気がもれはじめた。
あとは紅茶をいれれば準備は万全だ。いちおうみんな夕食は済んでいるのでがっつくという感じにはならない。
彩が手慣れた手つきでポットにお湯を注ぐとふわりとかぐわしい香りが広がっていく。
「お待たせしました。ではいただきましょう」
彩の前にはイチゴのショートケーキ、俺はモンブランをもらった。そしてエレナはミルクレープを選んでいた。
エレナがあれほど推すのなら、期待はして良いのだろか。
一口、あむりとモンブランをスプーンで口に入れる。
あ。確かにこれは……
「どう? 美味しいでしょ?」
にこにこしながらエレナはミルクレープをはむりと食べながら、あーやっぱりいいなぁとほっぺを押さえていた。
「幸せです-。甘すぎなくて大好きです」
彩もふにゃんとしながらフォークをいれていた。
確かに、見た目は普通なのに幸せになれる味だった。
「これでメイド喫茶の方は見た目もオシャレなんだから、たまらないよね」
ほんと、スイーツ作れる男子とか、ハイスペックだよねとエレナはうっとりした声を漏らした。
うぅ。確かに女子にはもてるかもしれないけどな……彼氏の前でそれはどうなんだろう。
「ほらほら、そんなに拗ねないの。はい、あーんってしてあげるから」
ちょっとしょぼんとしていたからだろうか。エレナはミルクレープをきりとって、こちらに差し出してきた。
あむりとそのままいただく。優しい甘さとクレープ生地が心地よい。
「あの……さ。今回の旅行なんだけど、楽しかったか?」
「うん。とっても」
満面の笑顔でそう言われてしまったら、素直によかったなとしか言えない。
いろいろな出会いがあったようだけれど、それにいちいち心を揺らすわけにもいかない。
「いつか、俺もその店に連れてってくれよ」
「えー、メイド喫茶だよ? おかえりなさいませだよ? よーじったら、ふけつー」
にぱりと笑いながらそんな冗談をいうエレナにお返しにモンブランを与えておく。
あまうまーと、嬉しそうな声が漏れた。
「単にお茶を飲んでケーキ食べてってだけだ。楽しかったのは十分伝わったし」
ちょっと興味が湧いただけだっての、というとエレナは、んー、と少し躊躇しながら、それでも口を開いた。
「でもね、いろいろあったけど、なんかあの二人の姿を見てたら、ボクもよーじに甘えたくなっちゃった、かな?」
ふふっと、笑う姿に思わずドキドキしてしまった。
その表情があまりにも大人っぽく見えて。
慌てて、紅茶を飲んだらけふけふむせてしまった。
「これだから、寮に入ろうって思っちゃうんですけどね」
あむっとイチゴのショートケーキを食べながら彩は、やれやれですとそんな光景を見ていた。
電話の話でよーじくんが出たので、ちょっと家庭事情とか出しておこうか! みたいな感じで。
よーじ君の妹さん登場です。恋愛は理性でするものではない、のですが、兄弟姉妹がいるっていうのは、エレナさんと付き合う上ではハードルがさがることだよね、ということで。
思わず妹さんが純粋かわいい系になってしまった。




