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四国にて

予告通り番外編です。本日はルイさんは登場しません。

「かーっとっ!」

 その音につい、体がぴくんと震えてしまった。

 建物の少なさが目立つ町並みが望める土手の上での撮影は、さきほどからなかなか進んではいなかった。

 

 当然のことながら撮影許可も取っているので、警察官が職務質問してくるなんていう事態はない。

 ただし、その分ちらほらと撮影を覗きにきている野次馬の姿はあった。

 ああ。そんな中での無様な演技に我ながら、悔しいやら悩ましいやらだ。


「いやぁ、珠理ちゃーん。なんていうかこうー、演技は悪くないんだけどねぇ。なんていうかこう……ちょっと違うっていうか」

 そんなに遠慮がちに言われなくても、自分の演技がダメだというのはわかっている。

 この崎山珠理奈。自分の演技が是か非かくらいは判断ができる。

 だからこそ、オブラートに包んだような歯切れの悪い監督の声にはよりいらいらが募る。


「はっきり言ってやればいいんじゃないかねぇ。解釈がちょーっとかみ合ってないってさ」

 今日はやめにしようよ。他のカットの撮影しようと、全力でだめ出しをしてきているのは脚本家のおっちゃんだ。

 今はその言い分の方が、よっぽどありがたい。


 三ヶ月後に公開予定の十一時台からやるドラマの撮影に、私は四国に来ている。

 撮影で地方に出向くことは、演者としては好ましいと思っているし、いろいろな景色が見れるのはいつだって楽しみだ。思わぬ出会いをすることだってあるわけだし、地方ロケや、地方撮影は今になっても大好きなものである。


 それは今回も例外では無い……のだけれど。

 渡された脚本と役がどうしても、つかめない。

 これまでここまで苦戦した経験というのはあまりない。

 正直、私は割とキャラクターの設定や、心理描写だったりは飲み込めるほうだ。

 

 つかめないときだって、きちんと周りと話をしつつ、へぇそういうもんかとすとんと納得したりもする。

 そう。納得こみじゃないと心からその役にはなれないし、入り込めない。

 それを、撮影までに準備しておくのがプロというものだ。

 見た目だけ、と言われて一時的に愛されるのなんて御免だ。

 きちんと実力はつけていきたいし、これまではなんとか間に合わせてきた。

 

 でも。今回ばかりは。

 撮影初日になっても、その役がいまいちつかめない。

 脚本家のおっちゃんの解釈もきいた。

 監督の意見もきいた。

 でも、どうしてもしっくりこない。


 撮影は明日もまた続く。主役である自分がこんな体たらくではいけないのはわかっている。

 でも。明日までに納得のいく答えがでるのだろうか。

 どのみち今の状態では撮影になんて入れるはずもない。

 ああ。目の前で他の役者達が演技をしていく。

 それを見ていると焦燥感ばかりが胸の中をちりちりとあぶっていくようだった。


「お困りのようですね、お嬢さん」

 そんな私に声をかけてきたのは、とある人物を介して知り合ったカメラ娘だ。

 まさかこんな土地に来ていると思っていなかった私は。

「なんで、さくらがこんなところにいるの?」

 素直に、そう問い返してしまっていた。




「あの崎山珠理奈が、この体たらくとは、本当に情けない。本当に情けない」

 大切なことだから二回いいました、とお通しのキュウリの酢の物に手を伸ばしながらおどけるさくらの姿が目の前にあった。

 調子が悪いなら、今日は抜けて構わないと監督からも脚本のおっちゃんからも言われて、撮影を一人抜けてきた。

 プロデューサーだけは渋い顔をしていたけれど、それは、スケジュールの関係で心配になっているということだろう。

 うちのマネージャーに関して言えば、ああ、あのルイさんのお仲間なのね。じゃあ、よろしくとあっさりよろしくされてしまった。

 

 あのルイの親友です♪ とかカメラを見せびらかせながらさくらがいうものだから、その説得力はより増したと言ってもいいのだろう。

 ほんと。この子ったら、最初はびくびくこちらを伺っていたというのに今ではいっぱしの友人気取りだ。

 やっぱり裸の付き合いっていうのをすると人は打ち解けるものなのだろうか。

 あの夏に、女子だけでお風呂に……ああ、うん。千歳も女子の中に入れないと各方面から怒られるので入れておくけれど、あのときから、さくらはなんだかんだでぐいぐいと押してくるようになった。


 あの夏の撮影もそうだけれど、その後もメール交換やら、実際にあって情報交換をしたりなんてこともあって、良くも悪くも、芸能界関係無しの友人というものになってくれた。

 そのこと自体は、掛け値無しに嬉しい。

 歯に衣着せない人は渇望していたわけだし、多少ミーハーではあってもサバサバしているさくらは一緒にいてもあまり気負わないでいい相手なのだ。


 ルイ、とは……まあ。今でもうっかり女同士の付き合いをしそうにはなるのだけど。アレは努めて女子同士の関係にならないように気をつけているので、ここのところは気の許せる友人という感じでは無い。

 というか。

 ルイは明確に恋敵なのだと思っている。

 私の馨を、身も心も奪っているあの女は本当に厄介だ。

 

 かといって、今の私が「しないで?」と破壊力満点の懇願をしたところで、「無理」とそっけなく言われるのは目に見えてわかっている。

 そんなお願い、誰にされたってあいつが聞くはずなんてない。

 

「あはは。ほんっともう、百面相しちゃって。むすっとしちゃってる顔とかばしばし……撮りたいけど、撮れないのはへこむ……」

 そんなことを思っていると、さくらがお酒を入れてないはずなのに、絡んできた。

 こちとら肖像権をしっかりと主張ができるお仕事をしている人だ。

 そういう意味では、さくらの言い分は正しくて、勝手に撮影はできない被写体に分類される。

 それでも、ルイのあんにゃろーはばしばし撮ってきて、だめ? とか可愛い媚び顔を向けてきたりするのだけど、さくらはその点はしっかりしていて助かっている。


「で? どうしてあんたがこんな遠出してるわけ?」

 そこらへんに感謝はしつつ、こちらもお通しのキュウリをいただきながら、最初に感じた疑問をはらすことにする。

 ちなみに今いるのは、居酒屋風なお店で、二人とも未成年だからお酒はなし。

 他の店を探そうとも思ったのだけど、あまり騒がしくないところを探したらここになったという次第で。

 未成年二人で居酒屋もどうなんだよ、とも思ったけれど、そこらへんは店主にも伝えているし、おっちゃんが呑んでないのはしっかり証言したるわぁ、なんて請け負ってくれた。

 

「春休み、っていうのもあってね。あの人のお仕事のついでに連れてきてもらった感じ」

 いやぁ、四国いいよね。空も高いし、すっごく綺麗とほくほくした笑顔を見ると、あ~あ、とこちらは気落ちするばかりだ。

 そもそも彼氏と遠出とか、羨ましいとしか言いようがない。

 馨と旅行とか……なかなか想像できない。そりゃこっちが経費を負担して「依頼」という形で撮影旅行とかはできるだろうけど、それならついてくるのは九割方ルイだろう。

 あれ。彼氏? 違うヨね。彼氏ジャないよネ?


「それで? 珠理奈サマは、どうしてそんなに詰まっちゃってんの?」

 珍しいよね? と言われて、ちょうどでてきた卵焼きをあむりといただく。出汁がじゅっと口の中にこぼれでた。ああ、ほっこりしていて美味しい。


「あたしだって演技に詰まることくらいは……」

「んー、どうかなぁ? 他のお仕事だときちんと役にはいるってもっぱらの噂では?」

 チキン南蛮をいただきながら、あふーとけだるげな声を上げるさくらの言葉は確かに真実だ。

 私はこれで、演技派女優である。何度でも言うけど、そうそう詰まることはない。

 まあ、突き詰めすぎて時間がかかったり、というのは共演者一同、やりすぎちゃってもしょうがないと言ってくれるので、それは失敗にはあたらないだろう。


「その鋭さがほんっと、どっかのアホみたいでいやになるわ」

「どっかのアホとは、最近そこまで頻繁には逢ってないですけどねー。影響は受けちゃってるかなぁ」

 受けちゃってるなー、とさくらはあーあと言いながら今度は鰹のたたきをいただきつつ、今頃あいつなにやってるかねーと、想像をしているようだった。


 彼女もスケジュールは知っているはずだ。

 今頃春のスケジュールを謳歌しているに違いない。旅行に、卒業式系の撮影にと、みっちりだったはず。

 きっとにまにま撮影をして、出来た写真ににまにましなおしてるに違いない。

 というか、さくらも旅行は行ったと言っていたような気がする。あとで時間があったら見せてもらおう。


「それで? 珠理サン? そろそろ本題いきましょー? お酒が入らない我々は、一時間もしたらお腹も満足しちゃうしー」

 まー、喫茶店とかに移動もありですけどー、こみますよー? と言われて、うぬぬとうめき声をもらしてしまった。

 正直、あまり撮影のことを部外者には相談はしたくない。

 したくないのだけど、行き詰まってるのは確かではある。


「ほれほれー。きっと解決しないだろうけど、相談には乗りますよー。ほんっと乗るだけだけど」

「それ、ルイのやろーが言いそうな台詞ね」

「まあ、受け売りっちゃそうですが。でも、あいつは聞くとたいてい、強引にでも解決しちゃうんですよねぇ」

 ほーんと。自分は巻き込まれ体質だーとかいってるわりに、自分から首突っ込んでるんじゃないかと、というさくらの言葉はその通りだと思う。


「えっとね。そこまで言うなら、ダメ元でいうんだけど……」

「ほらほら、遠慮しないでばんばんいこー」

 女同士という気安さもあるんだろうか。こういうときのさくらは遠慮をしてくれない。

「今回撮影してるお話がね。ちょっとその」

 お客の話は聞き流すのが主義でさぁと言い放つ店主の言葉を少し疑いながらも、まあどうせ番宣もするのだしいいかと覚悟を決める。


「いま、撮影してるお話なんだけどね。とつぜん女の体になった俺は、流されない、ってタイトルで、その……」

「女の体になった男子役が珠理さんってことか」

 そんな話をやっちゃうって、ドラマも大変ですね、と生暖かい視線を向けられた。

 う。確かに最近は、刺激を追い求めるとかってことで、漫画原作のお話も多くなっているし、ちょっと奇抜な展開も多くあるけれど、それにすんなりついてくるさくらもさくらだと思う。


 とつ俺(、、、)のシナリオは、ある日とつぜん女体化した男の子が、必死に男性らしさを取り戻そうとするコメディだ。

 女体化してるので、キャスティングは女性に与えられるわけで、それに抜擢されたのはいいものの。

 三話目まで渡されたシナリオを見て、あぁ? と思ってしまったのだった。


「ええと、さすがに台本は見せて貰えたりは……ないんだろうけど、その女体化した子ってどういうことしちゃうの?」

「そりゃ、ほら……たとえば、おっぱい触ったり下の方を触って、ないっ、ないっ、とかやるの。ボク、女の子にっ、くぅっ、とかやるの」

 そう。まさに先ほど撮影していた場所。

 それは河原で目が覚めたら女子になっていて、確認作業をするところだったのだ。


「え。でもそれってわりとありがちな設定じゃないですか?」

「ありがち……なの?」

 え。さくらが、ぽかんとした顔をしているのがよくわからない。


「……もしかして珠理さんったら、普通の男が突然女になったら、どうなるかっていうシチュエーション、変に想像してない?」

「え……と?」

 え。なにそのなんかしらーっとした表情。

 

「シナリオではね。大変困惑して、それで、なんとかかつての自分を取り戻そうっていう、そこの愉快さをだしたいーみたいな感じで」

「うん。ありがち。とってもありがち。珠理さんが右往左往するのを見たくて書いたような感じじゃないかな」

 たとえばボーイッシュな感じの姿が見たいとか、と言われて、は? と逆にぽかーんとしてしまった。

 いったいどうしてさくらはこんなに、そのシナリオを受け入れているのだろうか。


「でも、さ。ほら。普通、女体化とかしたらさ……あのシナリオみたいになるものなのかな?」

「そ、そこからですか、この人……」

 ええぇーと、さくらから不満げな声が出た。

 なんだろう。一番のネックなのが、「女体化した男性心理」というここだった。

 シナリオの内容がこの私にはいまいち、しっくりこなかったのだ。

 残念ながら男友達がそんなにいない私は、サンプルとして扱える男性というものがほとんどいない。

 それを元に想像しても、この展開になるかといわれると、ならなさそうだなと思ってしまったのだ。


 そのことは周りにもきいてみた。これ、しっくりこないのだけど、と。

 でも、周りの反応は半々くらい。

 え、こんなもんじゃないっすかというのと、どうなんでしょう? ちょっとわかんないですねというのとだ。

 それがたとえば男女で分かれるなら、男性の意見を重視したところなのだけど、これが、男の人の意見も半々……よりむしろちょっとわかんないが多かったので、世の中の意見だってこれは微妙なのだという判断になった。


「どう考えたって、男の人が女体化したら、こうなるんですって。普通なら」

「ふぁっ?」

 いけない。さくらがなんか変なことをいうので普通に変な声が漏れた。女優にあるまじき失態である。

 

「あいつとその周辺のことを基準に考えると、痛い目あいますからね。そりゃ、あいつなら……って基準で考えれば、珠理さんの想像通り」

 そう。最初にこのシナリオを見せられた時まっさきに感じた違和感がこれだ。


 たとえば、馨が突然、ある日女体化したらどうなるか。

 そう考えたなら、その違和感は明確になるだろう。

 あいつが、あんな思考をするなんて考えられない。

 必死に戻ろうとするより、まーいっかと言うだろう。

 

「間違いなく、あ、なんか。なっちゃったかー、くらいな感じで、そのあとまあいっかって言う」

「でしょー。あのあほんだらは、性別だって着替えられるよね? とかほわんというのよ。そんなのを見ちゃってる身としてはそうなるのがいまいち解せないというか」

「この前の旅行じゃ、下をきっちゃっても別に、痛くなければいいよーみたいなことを言ってたけど」

「そんなの困るっ!」

 ほとんど無意識だ。さくらのあんまりな言いぐさに彼女の手につかみかかってしまった。


「だからー、そこらへんはほら、珠理さんがその身の魅力で、あいつの眠れる本能に火をつける以外にないんじゃないのかな?」

「なんか、えっらい高いハードルを何個もばしばし建造された感じがするのだけど」

 さあどうぞと提案してくるさくらの表情に、どうせ無理でしょうというあきらめが混じっているように思えるのはこちらの心情が反射しているからなのだろう。

 なにをどうしようと、ルイから馨を奪うだなんて芸当はできやしないような気がする。


「場合によってはお二人の初々しい初体験をヌードで写真集とかも、承りますよ? どうせその頃には三十路過ぎてるでしょうし、落ち目な女優さんとスキャンダルってことで」

 ほれほれー、と指でフレームを作りながら無遠慮に迫ってくるさくらに渋い顔を向けておく。

 あと十年以上進展しないという台詞もだが、落ち目というのはどうだろうか。

 そりゃ、幸せな家族がどうのーとかってのも憧れるけれど、二十歳前後だけで消える役者にはなりたくない。

 若い頃だけ活躍するのでは無く、きちんと演技で見せられる役者になっていたいのだ。

 三十だろうと四十だろうと、きちんと表に出ていたい。


「ひ、ひどい言いぐさね。そんなの馨が三十路の魔法使いになるの前提みたいなのって……」

「いやぁ。どう見たって男にどうにかされてしまうーな将来しか今の所は見えない、というか……あいつ、恋愛関係はほんっと受け身だからね。珠理さんからなんとかしないとどーにもなんないよ?」

 滅茶苦茶淡泊なんだから、あいつ、といいながら卵焼きを食べてるさくらの意見には全面的に同意だ。

 年頃の男子といったらもっと、異性のことをじっと見て変な気を起こすもののはずなのに、そういうのがごっぽりとない。特にルイをやっているときはまったくだ。


「この前だって、うちらが裸を見せたってなんの反応もなかったし」

「はい?」

 箸で掴んでいた鰹がぽとりと落ちた。

 なにを言っちゃってんですか、この子ったら。

 うん。旅行にいったというのは聞いてた。でも、そこまでやってただなんて初めて聞いた。

 そりゃ、女湯に入ってもさらっと流すヤツだろうなとは思っていたけれど、実際そうだとなると頭が痛くなりそうだ。


「そんなわけで、あいつは良くも悪くも普通じゃないから。みんながみんなあんな風ってことはないって。っていうか、そのシナリオの方がまっとうな男子なんじゃない? ってお話」

「で、でも他の男の人も、このシナリオはどうなんかねーみたいなこと言ってたし」

「そこは、複雑な男心ってやつなんじゃないかな? 実際になった場合に胸をいじっちゃったりとか、下をいじったりとかそういうのに興味があるのを知られたくない、みたいなさ」

 あいつの場合は、たぶん鏡を見て、ほうほう、胸のラインがーとかいう反応になるんだろうけど、と苦笑を浮かべながら、さくらは大根サラダをはむついていた。


「そこを赤裸々に見せていくのが、珠理さんのお仕事なんだと思っているんだけど。設定は制服姿ってことだし高校生男子なんでしょう? それならTSものに込められた欲望(ねがい)を再現してほしいなぁ」

 男女の考え方の差ってやつをうまく表現するための舞台装置なんだし、珠理さんも普通の男の子の思考回路をベースに考えてみたらいいんじゃないかな? なんてさくらに言われても、やっぱり参考になる男子がいない。

 うぅ。もう少し男友達を増やすべきなんだろうか。


「ちなみにさくらの彼氏さんだったら、どう反応しそう?」

 参考意見を増やしたくてそう尋ねたら、彼女はあわあわと体を震わせながら、そして遠い目をして言った。

「女の体になんてなったら、自殺する……くらいな感じじゃないかな、あの人の場合」

 あぁ、どうして私の身の回りの男たちったらこうクセがある人ばっかりなんだーと嘆くさくらの頭をぽふぽふなでてあげた。  

 さすがはあのルイをさらっと受け入れただけのことはある子だ。彼氏になる相手もそうとうのくせ者らしい。


「あと参考になりそうな人……って、私から話しかけて変な感じにならなさそうな人があまりいない……」

 大丈夫そうなのはおかしい人達ばかりなんですけど、と何人かの姿を思い描く。

 馨はまず、どう見たって無理。無理の筆頭といってもいい。

 おつぎはエレナか……正直あの子が本当に男子なのか、いまいち確信が持てない。馨以上にわけわからない感じになりそうだ。


「千歳は男子カテゴリに入らないっていうか、TSなんて実際に起きたらむせび泣いて喜びそうよね……」

 なんで、元に戻る必要が? とかあの子は絶対にそう言うだろう。

「他には……うぅ。思い当たり節がなさすぎる」

「……モテる女優さまは満足に男友達ができない、か」

 まー、異性との友情はなかなか作れないっていうけど、これほどとは……なんてさくらが目の前で呆れ顔をしている。

 話しかけるだけで、勘違いされるとまでは思っていないけれど、一線は引いている自覚はある。

 どこかのアホみたいにずけずけ誰とでも仲良くなるなんていうことはできないのだ。


「なら、友達の彼氏とかはどう? うちのはダメとしてもほら、あの夏の海に来てた男の子」

「あー、エレナの彼氏っていう子? でも連絡先がわからないし……」

 なるほど。確かにエレナにべたべたなあの子なら、他の女子になびくこともないかもしれない。

 そして、いちおうきっと、まとも……まともなのかしら。

 男子だとわかってる子相手に、普通に恋愛感情を持てるという時点で、普通の定義からはずれそうな気はするけれど。

 まあ、あの子くらいに女子成分が強いのなら、いわゆるボーイズラブと呼ばれる関係という認識は薄いのかもしれない。


「そこは私がなんとかしますよー」

 前に連絡先は交換しておいたのです、とスマートフォンをとりだして、すぐにメッセージを作る。

「あの。そのメッセージで話を聞いてくれたりは?」

「えぇ。そこは本人からいろいろ質問をぶつければいいんじゃない?」

 聞きたいこと、いっぱいありそうですけど、と言われて頬が少し熱くなる。

 ああ。そうか。

 彼は、男の娘の彼氏、恋人だ。この際、そういう人と付き合う場合のなにかアドバイスを貰えるとよりよいかもしれない。


「あ、電話オッケーみたいですよ。ほれ」

 この番号にかけてくださいね、と表示された番号を自分のスマホでプッシュしていく。

 いちおう非通知設定での送信だ。信じていないわけではないけれど、一般男子にこの番号が伝わるのはあまりよいことではないだろう。


 そんなわけで、電話をしたわけなのだけど。

 結果としては、割とあっさり、あー、元に戻るために頑張りますねーなんて答えがきた。

 でも、その理由というのが少し面白かった。


『あいつ、多分俺が女になったらなったで、わーい、可愛い服いっぱい着ようねーなんて笑顔で言ってくると思うんですよね。でも、俺としてはその……彼氏でいたいので』

 男として出来ること。そういうのがやっぱりあるじゃないですか、とテレながら言う彼にちょっとだけ不覚にもかっこいいだなんて思ってしまった。

 ああ。こういうところが馨にもあれば、と思ってしまうのだけど、求めてもきっと無駄なのはわかっている。


「どう? 普通の男子の意見ってやつは」

「参考になった。そっか。好きな子がいたりとかすれば、戻りたいっていう意識も強くなるものね」

 三話目までだとそこらへんの描写はなかったから想定してなかったけど、脚本のおっちゃんに確認しておく項目としてスマホのメモ帳に記録しておく。

 

 男の娘との付き合い方のコツというやつに関しては、残念ながら満足な返事がこなかった。

 男女で付き合い方が変わってくると思いますし、その……あの人と恋人になるなら、クリアしなきゃいけないことが他にいっぱいあるような気がします、と苦笑混じりに言われてしまった。

 ……あの人が誰なのか、よーじ君はしっかり把握しているらしい。


 でも。その中で一つだけ。彼が言っていたことがあった。

 出来ることと出来ないことの線引きはしっかりして置いた方がいい、と。

 恋愛をしているとどうしても、押し付け合いになってしまうことがある。願いとでも言えば良いだろうか。

 自分の願望を相手に投影して、こうなって欲しいと願ってしまうのだと。

 そこで、男の娘を相手にすると、できないこともそれなりにあるのだと。


『つーか、まあ俺が男だから、エレナのことを守ってやりたいとか、泣かせたくないとか勝手に思ってるだけってのもありますけどね』

 珠理奈さんの場合は、ちょっとそういうのとは違うような感じがしますと言われて、思わずうめいてしまった。

 今の時代、女性が男性を守るということも十分にあるだろう。

 でも、自分がそう思えているか、というとそうでもないような気がする。

 

 もっと構って欲しい、もっと一緒にいて欲しい。

 そっちの思いのほうが強くて、ルイの笑顔を守るだなんて男前な台詞は言える状態ではない。

 というか……それだと普通に、気の合う親友で終わってしまうようにも思う。

 親友のような恋人というのもいるみたいだけれど、もっとこう、特別になって欲しい。

 とっくに私の中で馨は特別なのに、あいつにとっては被写体の一つにすぎないだなんて、そんなの悲しすぎる。


「えっと、あの……ね。とりあえずは撮影に臨めそうってことで。かんぱーい」

 すでに口をつけているグラスをかちりとあわせて、さくらが無理矢理テンションを上げようとしていた。

 電話が少しショックだったのは認めるけれど、あのさくらに気をつかわせるとは、そんなに落ち込んでいるように見えただろうか。


「ええ。とりあえずは撮影よね……馨のことは……撮影が終わったら考えとく」

 明日も無様な撮影シーンを見せるわけにはいかない。

 そう気を取り直したところで、シメの焼きおにぎりを注文した。

 少しすると、ぱちぱちと香ばしい醤油の香りがあたりに広がっていく。

 

「それじゃ、ぱぱっとドラマの撮影を済ませてもらって、その後は四国の空を背景に、撮影させてくれたりとか……しない、かな?」

「彼氏とデートなんじゃなかったっけ?」

「デートじゃないよー。おまけでついてきただけ。あっちも仕事だから夜帰ってくるのも遅いし、明日はまるまるここら辺をまわって、いろいろ一人で撮ろうと思ってたんだ」

 そこに、良い感じな被写体がいるとなれば、撮らないわけにもいかないじゃない? とにひひと笑われてしまうと明日はNGを出さずに頑張ろうだなんて思った。


「はぁ……写真バカは伝染するのかしらね……」

 きっと今日もカメラを握りしめているであろう友人(ルイ)の姿を想像しながら、氷が溶けて少し薄くなってしまったオレンジジュースを私は飲み込んだ。

想像以上に長くなってしまいました。

四国というと、あいなさんもよく撮影にいきますが、ちょいと伏線を張っておいたとおり、珠理奈さんに出演していただきました。

女体化した男の子役。

なかなかつかめないとお嘆きでした。


うん。この子はまっとうだと思っていたのに、周りがおかしいとそれによって作られる常識も歪むのだなと、しみじみ思ってしまいました。

そしてよーじくん。かっけー。さすが男子高校生で同性愛者ってわけでもないのに、男の娘と付き合う決断をした子なだけあります。

お幸せになりなさい、としんみり。


さて。そして次話ですが二年の四月に入ります。健康診断とその後のお話。

作者多忙のためちょいと更新頻度は落ちる予定です。六月になったらいろいろできると思います。

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