294.他県へのお出かけ11
遅くなってすみません。ひさしぶりに気がついたら朝でした。
本日は撮影回です。そして次話がデザート回。分割です。
「んぅー、良い香り~。なんかここに来てから、ぐわっと香りがせてめくるーみたいな感じしちゃう」
「だねぇ。音泉ちゃんのフレーバーティーも良さそうな感じだったし。他の子のフレーバーティー制覇するために通いたいくらいかも」
アッサムティーももちろん美味しいんだけどね、と、カップをふーふーしながらエレナはにぱりと笑顔を漏らす。
「それで? ルイちゃんとしてはそろそろうずうずの限界かな?」
「どうかなぁ。そりゃー入ってからずーっとうずうずはしてるけど、料理の写真は撮ってるし、あとはタイミングを見つつ、になるの?」
「そうなりますの。だね。メインがくるまでどれくらいかかるのかってのはあっても、おすすめ以外はある程度みなさんの分は出そろっているようだし、お昼時を終えてそろそろ客足も落ち着くみたいだから」
そろそろ声をかけちゃってもいいのかなぁとエレナは心配そうに音泉ちゃんの働く姿を見つめている。
エレナが心配しているのは、メイドさんとの記念撮影というやつだ。
もちろん撮影はメイドさんを拘束しなければならないわけで、あんまり慌ただしい時間にとなると、メイドさんも焦るだろうし、良い表情も撮れないだろうというわけで。
「そんなわけで、音泉。一緒に写真を撮ってちょうだい?」
ざわ。周囲がなぜかその言葉にざわついたようだった。
ケーキと紅茶を楽しんでいるおばさま方はまったく先ほどまでと変わらずに談笑しているようだけれど、この感じは他の方々だろうか。
「はい。お嬢様。わたくしなどで良ければいつでもご一緒させていただきます」
食器を片付けていた音泉ちゃんは笑顔で快諾。
うんうん。写真撮影は純粋にそのモデルさんの懐にお金が入るらしいから依頼はかなりありがたいらしい。
三枚で五百円。そのうちの半分が報酬になるのだそうだ。
「背景はやっぱり、あっちじゃないとダメな感じ?」
「……はい。ルイさんとしては給仕風景を撮りたいのだとは思いますが」
じぃと視線を向けると、ちょっと背景になりそうな空いたスペースがある。
撮影はそこに立ってというのが、ここのルールらしい。
うん。正直、光が差し込むこの席で、お嬢様なエレナとそれに付き従うメイドさんっていう所を撮りたかったのだけど、それはお預けになってしまうらしい。残念。
「カメラはこちらのでいいんですか?」
「はい。それはチェキにするかデジカメにするか選べますから。それ……でじかめ、の分類に入るんですよね?」
ずいぶんごついですが、と音泉ちゃんに言われて、ああ、とすちゃりとカメラを見せる。
前に使っていたものから、黒一色になったから、彼女も、え? と思ってることだろう。
しょうがないじゃない。ハイスペックなのはカラバリないのだもの。
「いまいち可愛くないけど、すっごい綺麗に撮れるよ? トナみんのつやっつやなほっぺもしっかりとね」
「うぅ……ケアはしてるつもりですけど、まじまじ見られるとなるとぉ」
うううと一歩後ずさる姿は、あんまりまじまじ見ないでというような乙女のそれだ。
そこを心配するあたり、男の子じゃないように思うんだけれどね。
「チェキよりははっきりくっきり写っちゃうかなぁ。でも、音泉ちゃんならぜんっぜん心配する必要は……っていうか。より綺麗に写るよ?」
だいじょぶ、ほれほれ、おねーさんに全部を委ねるのです、というと、上目使いの不審そうな視線を向けられた。
んー。昨日は旧交を深めたわけだし、夏の写真だってできは良かったと思うんだけど。
「夏の時よりも……綺麗に撮られちゃうんですか?」
「ん。そだね。正確には引き延ばしてポスターにしても耐えられる写真ができる、だけどね」
腕のほうは、前より上がってるといいんだけど? と悪戯っぽく言ってあげると、そっちも上がってそうですよねぇと、なぜか頬をぴくぴくされてしまった。
ああ。そういうことか。
「だいじょうぶ。カバーする技術もあがってるから」
だから、耳元でぽそっとささやいてあげた。
カメラの性能があがって、よりはっきりしっかり写せるのなら、粗も写ってしまうのではないかと思うのは、仕方が無いことだろう。
でも、これだけエレナの撮影をしているのだし、まさか男の娘の粗を出すような写真、狙ってじゃないと写しませんってば。
「さて。じゃあ、写される覚悟ができたところで、撮影タイム、始まりといきましょうかね」
三枚。どういう構図にしようか? とエレナに問いかけると、まったくルイちゃんは相変わらずだねぇと苦笑されてしまった。
でも三枚なの。前に千紗さんのメイド喫茶でも制限されたことがあるけれど、今回もそうだ。
いつもひたすら撮ってから選別してるけど、構想段階でああ撮ろうこう撮ろうと考えるというのも新鮮でいいと思う。
さぁ。あの背景でどういうシチュエーションでいこうか。
「一枚目は、掃除とお嬢様ってことで。音泉ちゃんは壁側に座ってね。そいで、エレナは遊んで欲しいお嬢様風で」
「あ。なかなかルイちゃんの割りには練ってきたね?」
ふふ、と余裕のからかい顔のエレナに、そりゃシチュエーションくらいはねーと答えておく。
もちろん普通のツーショットを撮るつもりなんて、こちらにはさらさらない。
一枚くらいはそれでもいいとは思うけど、三枚も撮れるのならいろいろなシチュエーションは考えたいところだ。有料で撮らせていただくのだもの。無駄うちはしない。
「んじゃ、一枚目ねー。さぁ音泉ちゃん。良い子だから撮影スペースで。はい。ちょっと壁の下の方を掃除してる感じでね。ぺたんと。ほら。ぺたんと女の子座りしようかぁ? あはは。うんうん、スカートふわっとね。上手く処理しないと見えちゃうからねぇ」
ほれー。恥ずかしがらないでねぇとにんまりしてると、音泉ちゃんが、ひいぃとなぜか後ずさった。
エレナが、ぽんと肩をつかんできて、ふるふる首を振っているのだけれど、いつもの感じだよね? 別におねーさん、怖くないよね? ね?
「ボクならそのテンションでオッケーだけど、祭りでもないのにそれはさすがに引くから」
「え……前は……お祭りテンションだったから、がんがんいこうぜですか……」
えぇー。と不満げな声を漏らすと、あのときだってそこまで迫られてないですぅーと音泉ちゃんに泣き言を言われてしまった。うぅ。
「そこまで依頼していいものなのか……すげぇ。ルイさんはんぱねぇ」
「えげつねぇ。確かに見たい写真っちゃそうだけど、えげつねぇルイさん……」
お客さんからそんな声が漏れ聞こえてくるけど、しらないっ。別にルイさん的にはこれが日常だし、えげつなくもないもん。みんなちょっと遠慮しちゃってるだけなんだよ。
「別に、えっちなのを撮りたいとかそういうことじゃないよ? ただ、座って掃除してて。それで声をかけられたら反応してくれればいいだけなの」
それくらいなら、いけるよね? ね? というとそ、それくらいなら……と弱気な声が返ってきた。
うんうん。そうだよね。それくらいできるよね。
エレナが移動する間に、ぽんぽんと肩を叩きながら何かを耳打ちしていたのだけれど、それで音泉ちゃんがなぜか安心した顔をしていた。解せない。
「それでは、遠慮無く」
そうはいっても、最高のシチュエーションを作ってくれたのは事実。
しっかり、掃除中のメイドさんと、同年代のお嬢様の図は撮影できた。
エレナの顔がとても良い。しっかりと設定もくんだうえで入っている感じだ。
「音泉っ。音泉っ」
「は、はい、お嬢様っ」
かしゃり。しっかりと振り向きざまいただきました。
「ちょ、普通になんか、撮影現場みたいになってる現実」
「ルイちゃんがいるなら仕方ないと思われれ」
外野から少し声が聞こえた。
ちなみに、中学の子供がどうのというマダム達の声は変わらずである。うん。そっちに影響がないならこのまま続けさせていただこう。
「二枚目は……エレナからなんかある?」
「んじゃ、この設定のあとで、立ち上がった音泉ちゃんの頭にのっかった埃を取ってあげたい」
「はいはい、じゃ、それで」
二人人物がいて、絡ませるとしたらどんなシチュエーションがいいか、という中で今回提示された内容はある意味、使い古し感のあるものだけれど、それだけ王道展開というやつだった。
「さ、最後の一枚は、ど、どうなるんですか?」
「え。ああ」
びくびくした音泉ちゃんを安心させるように、最後はこう言ってあげた。
「普通にツーショットで。そろそろメインもあがりそうな香りがするしね」
さぁ、成し遂げた感じの笑顔をほれ、どうぞ。
そういうと、あははぁと音泉ちゃんは、ちょっとつかれた、でもおわったーというゆるんだ笑顔をしてくれた。
まあ、結果的には、これで全然おわりになってなかったわけなんだけれど。
このときの彼女がそれを知るよしもなかったのだった。
「あのぉ……撮影の注文をお願いしたいのですが」
そんな撮影風景も終わり、カップに残っていた少し温くなった紅茶を飲んでいたら、客席の方から声があがった。
「はいっ。ご指名などはございますか?」
その人を担当していた渚凪さんが声をかける。
音泉ちゃんより少し年上のお姉さんって感じのメイドさんだ。
「渚凪さんとがいいんですが……あの。撮影する人って、こっちで選べたりとかするんですか?」
「はい。こちらで撮らせていただくか、ご主人様方のカメラで撮影していただくかは自由となっていますが」
その質問の意図が捉えきれないらしく、彼女は困惑しているようだった。
たしかに撮影のルールは明示してあるので、いまさらきかれてもとなるのはあるかもしれない。
「なら、ルイさんに撮影していただくことはできないでしょうか?」
はい?
お茶を飲みながら、その発言は耳に入った。
えっと、一体、何を言い出しているのですか?
「っ、さすがにそれは……他のご主人様にというのは前例は……」
「前例がないだけで禁止ではないってことですよね」
「その……ですがその、常識的に……」
渚凪さんは、わたわたしながら対応をしているようだった。
そして、じぃとこちらに伺うような視線がくる。
うーん。可愛いメイドさんに見られるのはいいんだけど、男性からのそういう視線というのはなんかこう。
ぞわぞわきてしまう。
「私は別に、かまいませんが……お店のほうとしてはどうなのかってこともあります。瑠璃メイド長はどうお考えですか?」
「……オーナーの予想をきいてまさかとは思っていましたが……ルイさんさえ良ければご協力いただければ」
あ、でも、メイン料理がきたら撮影はストップしますよ? と宣言してくれた。
メイド長の言葉は困惑混じりではあったものの、あらかじめそれが起こりうると予想しているような感じだった。
「ご要望とあれば、おこたえはしますよ。シチュエーションの設定とかもあれば。私が不機嫌にならないレベルでなら」
不埒な設定は却下しますと言い切ると、やだなぁそんな注文しないよーと、この店にわざわざ来てくださったお客さん達は快く答えてくれた。
「それと、普段からの常連さん方も、親しいメイドさんと一枚いかがですか? 一枚あたり160円ちょっとですし。記念写真的な感じで」
機械で証明写真撮るより安いですよーと売り込みをかけると数カ所から苦笑が漏れた。
いや、でも証明写真とかって500円とかかかるし、それが三枚でってなるとお得だと思うんだよね。
どうしようかしら、なんて声がおばさま達を中心に上がっていった。
「では、撮影を始めましょう」
「うわ……まさか普通に話が通るとは」
その男性はちょっと、まじかこれ、とぶつぶつ呟きながら撮影の場所にやってきてくれた。
「それじゃ、お好みのシチュエーションとかがあれば、どうぞ」
「いいのかな。じゃあお言葉に甘えて」
ネクタイのあたりを直すイメージで、と言うとおり、首筋のところをいじる渚凪さんとお客さんの構図で一枚ができあがった。
そしてお次は肩に埃が、というようなシチュエーション。とエレナがやったのを見ていたのか、似たような注文がきた。
三枚目は普通にツーショット。
撮ったデータを相手のスマートフォンに送っておく。
転送用アイテムを常備ですか……と瑠璃さんに呆れ声を漏らされてしまったけれど、どこでどんな撮影が発生するかわからないから、いつも持ち歩いている。そんなにかさばるモノでもないしね。
「じゃあ、我らも撮影お願いしたい」
「我らもでござるっ」
ござる? と思って店を見ると、いくつかの声が上がっている。
一瞬、長谷川先生がきてるのかと思ったけれど、普通に男のオタクの方だったようだ。
「あらあら大人気ね……こんなに一気に撮影が入ることはないんだけど」
「順番でーですよね。でもこんなにこき使ってしまっていいんでしょうか?」
こそこそっと音泉ちゃんがメイド長に心配そうな声を向けていた。
「オーナーからは、撮影大好きだし、撮れるってなったら大喜びになるわよーって言われてるから」
本人がいいって言うならいいんじゃない? と笑う瑠璃さんは、ちょこっとだけメイドさんというよりは守銭奴の顔をしていらっしゃるようだ。
「おめぇら、俺のメイン料理より、その女の撮影の方が大切か?」
ああぁ? とシェフである戸月くんに言われて、料理がまだの人達はいったん手を下げる。
厨房から良い匂いが立ちこめていて、彼の意見は正しいように思えたのだ。
「ルイさんのご飯を邪魔するわけにはいかないですし。食べながらシチュエーションを考えるということで」
撮影は是非ともお願いしたいと、息巻く彼らはとりあえずテーブルで大人しくしてくれているようだ。
「撮影自体は楽しいので良いのですが……シチュエーション撮りがエスカレートしないように注意していただけると助かります」
ことりとメインのお皿を並べつつ、音泉ちゃんは不安そうに呟いた。
「まあ、私がいる間だけ、って話になるんじゃないかな? 定着はしないと思うし大丈夫」
今夜からは普通のツーショットになるよきっとというと、本当ですかねぇと不審げな視線を向けられてしまったのだった。
今回でおでかけは終わりにするつもりが……デザート食べてないよね!
ということで、次話はデザート回です。巧巳くんのオシャレスイーツは次回です。
メイドさんと撮影って、メイドさんがだいたい撮ってくれるのですが、ちゃんとした写真でも撮りたいよねという感じでこうなりました。
まさか他の人からも撮ってといわれる日がくるとは。
次話ですが、今度こそ本当に旅の終着点になるはずです。ちょっと遅くなるかもしれませんが、よろしくお願いシマス。




