292.他県へのお出かけ9
朝日がカーテンの隙間から差し込んでいた。
ゆらりゆらり。
隣のベッドでは、無防備な顔をさらした女の子がすーすー寝息を立てている。
うん。女の子、で正しいのだと思う。
今回の旅行中はずっとルイでいるので、という約束でもあるし、そもそもがルイをやってないときでも、馨ちゃんは可愛い。
この子はいつもボクのことを引き合いにだして、自分は持ってない方だから、というのだけど、そんなことはないと思う。
メイクをしていれば普通に可愛いわけだし、それに夜はメイクを落とすけれど、眼鏡を外してすーすー寝ている姿を見ても、これが男か……と誰しもハテナ顔になるだろう。男の娘だ、というならうなずけるけど。
ほっぺたももちもちしているし、こうやってつんつんしてみても、すごい弾力だ。
肌質も、ありえないほどに良い。そりゃ、平日にファンデーション塗ってないからでしょ? みたいな返しを受けたことはあるけど、普通の女性はファンデーションを塗り始めたらそれなしではいられないという。
ボクは日常生活は一応男子学生扱いだから、日焼け止めだけにしているけれど、あの魔性のアイテムは使用者を虜にするのだ。
ルイちゃんの場合はそんな心配もほとんどないような気がする。
平日は男やってるから意識もしない、だなんて本人もいっているけれど、気にする必要がないだけなんじゃないだろうか。
もちろんそれを維持するための努力はしっかりしていると思う。
昨日なんかも、ホテルのお風呂って初めてでユニットバスってなんか不思議な感じとか言いつつ、ほかほか湯気が立っている柔肌に保湿クリームを塗っていた。ルイちゃんの毎日の日課はこんな旅先でも実行されていることに、正直、そこまで手をかけるとはと感動してしまったくらいだ。
そりゃボクだって、それなりなケアはしているほうだとは思うけど、あそこまで丁寧となるとさすがに、男の娘の鏡やっ! なんて思ってしまう。
「んぅ……」
「まったく、ルイちゃんったら、寝息まで女声ってのはどうなのかな」
つんつんしたから反応したのか、ルイちゃんが悩ましげな声を上げていた。
本人は、声変わりしてるからどうのーというけど、してるからこそ無防備なこの状態で普通に女子声がでることにおののいてしまいそうだ。
掛け布団がめくれて少し覗く上半身は寝間着がはだけてしまっていて、うっすら胸元までがあらわになっている。
これで一緒にいるのがボクじゃなく、他の人だったらいろいろ危険が危なかったんじゃないかな。
男の人なら多分ころっと行ってしまっているだろうし、女の子だと……うーん。愕然としつつもちょっとおいたをしてしまうかもしれない。
え。ボクはほら。男の娘大好きだけど、どっちかというと憧れのほうが強いから、かわいい男の娘に手をかけるだなんて、そんなはしたない真似はしません。それにいくらルイちゃんが可愛かろうと、最近は自分にも自信はあるのでへこんだりもあまりしない。最初はルイちゃんの前で鼻の下を伸ばしてたよーじも、今じゃいい距離感を保てていると思う。
うん。最近のよーじは、よそ見もしなくなったし、大学でもいいカップル扱いされていたりもする。まあお父様の耳にそれが入ると困るので、みんなには内緒ね? って言ってあるのだけど。
って、ボクのことじゃなくて。
そんな彼女の今回の旅の最終地点は、フォルトゥーナでのメイド喫茶体験だ。メイドさん体験は昨日したけれどお客として楽しむというわけなのである。
フォルトゥーナ。最初に話を聞いたときは、男の娘メイドさんのモデルがいるということで、それで興味をひかれた。あのゲームはとても面白かったし男の娘メイドさんはボクの好みにとことんストライクだった。
でも実際昨日お店にいってみて、そのお店のサービス全般が今から楽しみだった。
もちろん、ボクとしては男の娘が最優先というところはあるので、集中して熱い視線を送るのは音泉ちゃんということになるのだけど、そればかりは仕方ないところだろう。男子状態であれだけ可愛いとなるとメイド服を着たらどうなるかだなんて、期待しないわけにはいかない。
さて。そんなちょっと興味深いメイド喫茶を前にボクがなんの仕込みもしないだなんてあるわけもなくて。
今回は少しだけ趣向を凝らしてみようかと思う。
ホテルを出るときのルイちゃんの表情が今から楽しみだ。
「ホテルの朝食って、なんというか……定番といえば定番なんだけど、こうもやっとするというか……」
「ま、美味しい方だと思うけどね? 朝食付き宿泊プランで二人で一万行かないのにさ」
朝。昨日はいろいろな出会いがあったからか、割と遅くまで寝ていた我らは朝食のバイキングに行ってきたところだ。ガゴンとエレベーターが動くとすぐに泊まっている部屋の階まで運んでくれる。
本日は早朝の撮影はなし。これから一日撮影するということもあるし、ついつい昨日の夜に夜更かししてしまった、というところもある。
だ、だってカスターニャのケーキが残っていたのだもの。
それをいただきながら、昨日撮った写真をぱーっと表示しつつエレナとつい話し込んでしまったのだった。
いつもほんわか受け身な姿勢のエレナが、昨日は珍しく男の娘メイド話で身を乗り出して話していた。
なにより、あの二人の関係ってどうなの? みたいな、おまえさんは女子なのかい? どうなんだい? と言わざるを得ないネタでの盛り上がりだ。
まあまあと宥めつつ、ホテルのポットで沸かしたお湯で出した紅茶を添えて、チーズケーキにフォークを入れた。
ちなみに、昨夜の格好はパジャマでもネグリジェでもなく、宿に備え付けの浴衣を使用することにした。
さすがに寝間着を持参すると荷物にもなるし、予約をする段階で置いてあるのをチェックしていたので、それを使ったと言うわけだ。ちなみに朝ご飯も浴衣のまま食べに行っている。もちろんはだけたのは直してだけどね!
「でもさー、前に泊まった温泉旅館は朝ご飯すっごい豪華だったよ? 煮物焼き物、デザートに、定番の納豆とか卵とかさ」
なにより、一人分ずつ並べられるのがなんかゴージャスだったというと、んー、とエレナは苦笑気味な顔をした。
「文化の違いといってしまえば、それだけなんだろうけど……今朝だってちゃんと焼き物、煮物、スクランブルエッグに、食パン、バターロール、サラダ、割といろいろあったと思うんだけど」
トレーに入れると学食みたいな感じがしちゃってちょっとチープに感じるだけなんじゃない? と言われて、うぅーんと、悩ましげな声を上げる。
そう言われると確かに、焼き鮭もあったし、煮物……はアレだけど、サラダとかは充実してたようにも思える。
となると、やっぱり少し物足りなく感じるのは、配膳の問題、ということになるのだろうか。
「日本文化的には、食べきれないご飯がおもてなしになるわけだけど、朝で食欲がない人向けにそれっていうのも重たいところもあるし、選べて量の調整もできるっていうのはいいと思うんだよね」
「うぅ、なんだろう……そう聞かされると、洋風バイキングもいいかもって思えてしまう」
「それにほら、はらぺこりんな男の子とかなら、がっつり朝食を食べるーってこともできるわけで」
温泉旅行とかに行くと、おひつに残ったご飯がいっつも気になっちゃうんだよね、とエレナは肩をすくめた。
エレナは男の娘だから、男性ばりに食べるもんだ、という話は、もちろんない。
ほっとんどご飯の量は他の女子と変わらないくらいだ。あのサイズの身体を維持するにはそれくらいで問題はないらしい。
それよりちょこっとルイの方がご飯の量は多めだろうか。
もちろん甘味は別腹だけれど。
「場所によってはおひつに残ったご飯で夜食用に小さいおにぎり作ってくれるところがあるとかないとかきいたけど」
「あー、そういうサービスはいいね。いちおー、ほら。浴衣関係があるから、よーじと旅行するときは男女一名ずつで予約いれるようにしてるんだけど、やっぱりそれでもちょっと多い感じで。言ったらお替わりくれるってところもあるくらいなんだよね」
文化といえば文化なんだろうけど……もったいないって思っちゃう、とエレナさんは不満げな声を漏らした。
まーこの子はもともともったいない精神は持ってる方だと思う。誕生日パーティーの食材だって、余ったものを持ち帰る宣言をすると大喜びするくらいだしね。そんなエレナ様からすれば、おもてなしも気になっちゃうところなのだろう。
「あー、もう。いいなぁ。温泉旅行。エレナが行くならそりゃもう、部屋風呂がついてたりとかするんでしょ?」
「もちろん。もしくは貸切風呂前提だね。よーじと一緒に入ったり、一人で入ったり、ね。他の人と一緒だとさすがに厳しいものがあるし」
混浴とかも恥ずかしくて入れない、かな? となぜか疑問系で言われてしまったのだけど、うん。
更衣室の問題があるから、エレナさんは入らない方がいいと思います。
「うぅ。部屋風呂はともかく、貸切ができるところに泊まりにいこう……がんばって」
「えっと……ルイちゃん。誰といくつもり?」
「……その時がきたらお願いシマス」
あはは、と思い切り笑われてしまったわけだけど、一緒に旅行にいける相手が実はそう多くないルイさんです。
候補にあがるのは、家族関係だろうか。ねーさまあたりはあんたはもぅ、とか言いながらついてきてくれたりはするだろうけど、クロやんたちとの方がちょっと安心な気はする。
さくらは……二人きりだとどうなんだろうか。三人ならあんな感じだったけれど。
男友達はまず論外。せいぜい八瀬くらいが限度だろうか……必然的に、同行者が男の娘になるというのは、この身の上では仕方ないことなのかも知れない。
「それで、朝のお風呂はどうするの?」
そろそろ部屋の前につきそうだというところで、エレナが疑問する。
「んー、昨日入ったからいいかなぁ。そんなに寝汗かいたりもないし。別に臭いとかはないよね?」
「うん……だいじょぶ」
くんくんと鼻を寄せつつ、良い匂いだねぇなんて笑顔で言われてしまうと、少し微妙な気分だ。
昨日の石けんの残り香でもあるんだろうか。
「それじゃボクもオッケーってことにしちゃおうかな。それで、その……ですねぇ」
ちょいと提案があるので、外で待っていてくれるかな? すぐ済むから、とエレナは一人部屋の中に入っていった。
一体何をするんだろうか、と思いつつ廊下を眺める。
ほんのりとオレンジがかった照明が等間隔で配置されて、さらに窓からの光も漏れている。
さすがにまだチェックアウトしてる人もそうはいないらしく、掃除にはいる気配は無くて静かなものだ。
「おまたせ、もう入って良いよ」
「なっ。ちょっと、エレナさんや……これはなんですか?」
部屋に入って奥に進んでいくと、ベッドの上に服がばばーんと置かれているのが目に入った。
うん。正直、うわぁと言ってしまいそうになりました。
「服、だよ? ルイちゃんのサイズにはぴったりだと思う」
昨日食べすぎて太ってなければね? とお茶目な台詞を言うエレナに上手い反応はできなかった。
「えっと、これを着ていこうと?」
「うん。そだよ? せっかくのメイド喫茶なのだもの」
ふふっと、目の前のエレナはベッドの上の服をさわりとなでて、言い切った。
そこには二着の服がある。片方はエレナ用。そしてもう一個の方に広げているのがルイ用なのだろう。
「アマロリの服を着こなせるルイちゃんなら、いまさら、じゃないかな? 全然おとなしめだよ?」
「そりゃ、あたしだってこういうの着たことあるけどさ……これ、お帰りなさいませ、お嬢様っていうのに合わせてるわけ?」
「もちろんだよー。お嬢様って言われるのなら、それなりの格好はしてかなきゃでしょ?」
ニヤニヤとこちらに上目使いの視線を向けてくるエレナに……あぁ~なりきりプレイでもするつもりですか……と、かくんとベッドにへたり込んでしまった。
「それに、似合うと思うんだよね。お嬢様必須のレース多めのワンピース。いつものルイちゃんならあまあまにしないで、ちょっとジャケットはかっこいいのにしたりするのだろうけど、今回は少し厚手の生地で作ってあるし、このまま着てもらいたいかな」
「あきらかにエレナの方が普通のお嬢様風な気がするんだけど?」
じぃーと、ベッドに身体を預けながらエレナに文句と視線を向ける。
あきらかにエレナのほうがレース度が少ない。それこそ前に偽装彼女をやったときのしのさんくらいな感じだろうか。
上品な感じの仕上げという感じだろう。
それにくらべて、こちらのベッドに置かれているのは、少し気合いが入り過ぎな気がする。
そりゃ、ゴスロリか、と言われたらそんなことはないのだけど、ちょっと昔のヨーロッパなお嬢様という感じといえばいいのだろうか。ダークグリーンのワンピースで、胸元は白。エプロンドレスっぽくも見えるけど、メイド服ではない。スカート部分は広がっていてボリュームがあるように見える。
「せっかくだから、がっちりお嬢様と今時お嬢様って感じで」
だいじょぶだいじょぶ、着こなせるから、だなんてエレナはいうけれど、これならまだメイド服の方が私服じゃない分だけいいような気がする。
「着てくれたら、帰りがけに巧巳くんちでケーキ二つごちそうします」
「うっ……」
お持ち帰りはする予定だしね、というエレナの言葉に、少しだけ言葉を詰まらせる。
もともと、保冷バッグがあるのもあって、帰りがけに買って持って帰るつもりだったわけだけど。
おごりとなると、ちょっとだけ考えてしまう。
「じゃあ、三つなら……」
「ふふっ。じゃあ三つで」
あ。エレナが満面の笑みを浮かべている。エレナったらもともと三つで手を打つつもりだったな。
まあ、でも。お嬢様服を着てお店にいくだけなら、それくらいで妥当だと思う。
私生活の知り合いに見られるとなると、ちょっと恥ずかしいところはあるけれど、旅でのことならそこまで気にもならないだろう。
「んじゃ、着替えちゃおうね」
それとも、ボクが着替えさせてあげようか? ふふ、という満面の笑顔もみれたことだし。
これはこれで、まあいっか、と用意されたワンピースをじっと見つめた。
執筆ペースが落ちていて、我ながら危険な感じです。
結局GWも休日出勤とかで、あんまりまともに使えず……今月末は12連勤の予定orz
ろ、六月になれば、時間がとれるので、それまではスローペースで更新してまいります。
さて。本日はたぶん初である、エレナさん一人称からスタート。全部ルイさんをつんつんしたい作者の欲望からきたお話です。でも百合にもならず、微笑ましい朝の風景ですね。
そして回想とか朝ご飯とか、思いっきり日常風景でした。
次話こそはフォルトゥーナにまいりますよ。せっかくおめかししたので。




