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003.学外実習1

 それからは特別変わらない週末が続いて。

 相変わらず平日のバイトをしていたし、週末には写真を撮りにいった。

 銀杏だけじゃなく、少し遠出をしてみたり。


 期末試験を前にしつつ、勉強時間はさほどとれていないものの、それをとやかくいう両親ではないのはありがたい。もちろん信頼には結果で応えなければならないのだけれど、それは授業という拘束時間中に行うのが効率的というものだった。

 そもそも必ずでなければならない授業を退屈するほど、すでに塾で学力をつけて望む、というのは本末転倒だしなにより時間とお金の浪費だろうと思う。大学受験のための勉強をするならまだしも、一年の今時分にそれをやるというのも、他にやることがない人間の時間の使い方なのだろうと思えて仕方がない。


 それが悪いわけではないにせよ、こちらとしては他にやりたいことがあるのだから、効率よく時間を使う以外にないのだ。

 それで青木につきあいが悪いといわれても、この際どうでもいい。


「えー、みなさんもご存じだと思いますが、あと一ヶ月も立たずに学外実習が待っています」

 そんなことを思いながら、午後のSHRの担任の話をちらちら聞いていたら、学級委員が珍しく壇上にあがっていた。

 いつのまに、という思いもあったけれど、確かに話があるから午後は少し長くなるかも、なんていう話を今朝のSHRで担任が言っていたような気もする。


「もちろんその前の期末試験も気になるだろうけれど、こっちの準備もしないとさすがに間に合わないので」

 委員が旅行のしおりを配っていく。一番前に人数分渡して後ろに回してもらう。

 それをめくりながら書かれた日付にめまいがしそうになる。実はスケジュール的にはかなりきちきちだったりするのだ。


 季節としては、もう紅葉もなりをひそめてしまい、少し寂しい冬の景色へと変わってしまっている。十二月の中旬に期末テストがあって、その後、終業式間近という日程に学外実習が入る。一月になってやれば良いのに、なんていう意見もちらほら出るのだが、どうやらこの時期の合宿所は安いとかいう話で、例年この時期にやるのだそうだ。

 年末年始は混むそうだが、その前はぽっかり空白の期間ができるらしい。確かにクリスマスは田舎より都会のオシャレなところでという人が多いだろうし、そうでなくてもお正月前の年末は忙しくて旅行どころではない。

 とはいえ、観光ではないのだからこのスポッと空いた季節を選ぶというのもあながち間違いでもないのかもしれない。


 ぱらぱらと冊子をめくると、印刷物特有のインクと紙の匂いがした。

 ああ、きっと委員の方々がコピーして織り込んでつくったのだろう。ホチキスどめも大変だろうに。

 冊子の中には、目的地である山村と、日程表や持ち物表なんてものが書かれてあった。

 そう。今回の学外実習は、泊まり込みで自然調査というなの親睦会のようなことをやるのである。

 もちろん地元の自然に触れる、という触れ込みもある。

 地元といっても移動に数時間かかる先なのだから、普段ルイが撮影している町なんかよりももっと田舎で自然も多いところに違いないのだけれど、来年にある修学旅行に比べれば地元も地元には違いないのだろう。


「委員の方は準備が大変そうだけど……」

 一般生徒は別段なにをするでもない。スケジュールは元からあらかた決まっているし、宿の手配やら電車の確認やらは教師陣が受け持ってくれているので、あえて言えば現地集合になる関係上、交通手段だけは決めておこうという程度の話ですんでしまう。それも今時は携帯でぱぱっと調べられる時代なのだから、そこらへんはもう労力とすら言えないだろう。


「ああ、今回もイベントなので、写真撮影はイベント委員に行ってもらいます。今回の担当は……木戸くんと斉藤さんですか」

「……うあ。ここで回ってくるか……」

 肩肘ついていたのがずるりとずれて、がくんと頭が墜ちた。


 イベント委員。そう。どこの委員会にも所属していない人達が任せられる自由人達の集まりのことである。

 美化委員やら図書委員やら選挙管理委員やら、いろいろな委員があるけれど、それらのどれかに必ず入れるわけもなく、無所属の人間はクラスの半数程度を占めてしまう。けれど建前上、一部の生徒だけに委員経験を積ませることは不公平ではないか、という話しもあって作られたのが、このイベント委員という役職なのだった。


 平たく言えば、無職をニートと読み替えたりとか、そういった類いに近いのだけれど、明確に違うといえば、各種イベントの時に仕事を割り振られることがある、ということだった。ちなみに自宅警備員は立派に働いているという話をこの前ネットで見たような気がするが、どうでもいい話だ。


「いちおう四月に決めたとおりに、ということで。二日間は長いですががんばって写真撮影をお願いします」

 こういう時に写真部の連中がいればそっちに任せたんだけど、と彼は少し申し訳なさそうに言う。

 イベント委員の数少ない仕事のひとつが持ち回りのイベントでのカメラ係だ。

 四月から順番でやっているのだけど、さすがに二日連続でとなるとさすがに学級委員も申し訳ない感があるのだろう。

 他のイベントだったらたいてい一日、もしくはもっと短い時間で終わる。

 このイベントだけ男女それぞれ一人ずつの撮影者がでるものの、それで負担が減るかといわれると、まぁ無理だ。今までで一番大きなイベントでの撮影係は責任だったり、いろいろと大変なような気がする。


 一瞬、相沢さんの言葉が浮かんだ。オファーに対しては真摯に取り組まないとプロじゃいられない、って。

 もちろんこれはお金が発生するわけではないけれど、人から期待される写真を撮らなきゃならないと思うと、少し気が重い。

 うわーと思いながら、委員長がカメラの使い方などの注意は後で伝えるんで、といいつつその日はお開きになった。




 さて。そんなこんなで、景色はもう山だ。

 同じ県内にこんなに木々がうっそうとしているところがあるということ自体、開けたところですんでいる身としては驚きである。

 この前都会のコンクリートジャングルでさまよったときとは別の意味で、新鮮な景色だった。


「比較で載せる意味は確かにある……か」

 こんなに狭い場所にこれだけいろいろな顔がある。

 それはきっと豊かなことで。そういうのも写真に撮りたくて、実は出発地点と学校付近の写真も撮ってきている。

 今朝は直でこちらだから、昨日の帰りに近くの町並みを撮影したのがスタートだ。


 ちなみに、あのとき感じていたプレッシャーはカメラを渡されたときに、簡単に吹っ飛んだ。

 小さなコンパクトデジタルカメラ。ライトブルーの機体は少し傷がついたりボロボロになっているけれど、三年前の機種でまだ十分に新しいし、とりあえずな画素数も持っている。

 それと気分を軽くしてくれたのは、おそらく委員からのアドバイスというか、提案があったからだろう。


 集合写真なんかはプロのカメラマンさんがきてくれるし、撮るのはスナップ写真だけでいいというのだ。風景も撮りつつ人も撮りつつ、そこらへんは任せると言ってくれた。

 もちろんそれぞれの生徒が最低一枚ずつくらいは映るように配慮してくれ、という事ではあったけれど、女子枠担当の斉藤さんと分担しても20人を行かない数を撮っていけばいいだけのこと。二日間あれば十分撮りきれるだろう。


 それ以外は自由。メモリーがいっぱいになるまで撮っても良いといわれたけれど、中に刺さってるのは1Gのものだから撮れて200枚程度。それで十分といえば十分なのだろうけれど、自前でSDカードを二枚ほど持ってきていたりもする。ほとんど普段の癖みたいなものだ。


 メモリカードが破損していて、ひどい目に遭ったことが一回ある。撮影したデータが飛んだのは痛いけど仕方ないとして、困ったのはその後。せっかくの出先で撮影が全然できなかった。コンビニに行けば売ってるじゃないと都会の人は言いそうだけれど、あのときは周りにそれらしいところもなく、すごすご帰るしかなかった。


 今回行く場所も、予備は用意できない所と思って良い。これだけ軽ければ荷物にならないし、それよりも悩んだのが充電器の方だった。一眼レフの電池の持ちはなんとなくわかるしこっちなら確実に持参している。さすがに泊まりがけでの撮影の経験がないので、二日でどの程度消費するのかはよくわからないけど、一日やるときももう一個サブで持ち歩くようにはしているくらいだ。絶対にいる。


 でも、コンデジはどれくらいなのかというのがサッパリわからない。丸一日の撮影には耐えるのだろうけど、おそらくあれもこれもと撮りたくなるのはわかっているのだ。他の委員より絶対にバッテリーが早くあがるのは目に見えてる。

 そうなると、空き時間に充電は必要になるし、もってこざるは得ないのだけども。


「若干荷物なんだよなぁ」

 リュックの奥の方には入れてるものの、型が古いせいか少しかさばるのが悩みどころだ。家で充電してくれば持ってこなくても良いとは言われたけれど、こればっかりは仕方ない。妥協はしたくないのだ。むしろあるなら換えのバッテリーも欲しいくらい。


「しっかし、同じ県内を移動するだけでどうしてこんなに時間がかかるのか」

 青木が隣の席で、ふぃーと吐息を漏らした。二時間近く乗ってはいるものの、途中で止まったり、行き違いだったりで電車に乗っている時間と速度と距離の関係があべこべなのがどことなく許せないのだろう。

 こちらはその行き違いでホームに止まっている間、カメラをいじくっていたのは言うまでもない。たいていみんな同じルートで移動しているから、ここはもう学外実習の行程の一環ということで撮影しておきたかったのだ。


「ま、それもあと少しだからガマンだな。ガマン」

 窓の外見て楽しめばいいんじゃないかと言うと、ねーちゃんみたいな事を言うなと怒られた。

 確かにあいなさんなら、自然の景色をしっかり見ることを選ぶだろう。写真を撮る上で大切なのはやはり被写体選びだ。それをするためには、いろいろと見ることが大切となる。


 けれど、きっとクラスメイトの大半が電車の中を移動手段としか捉えていないのだろうと思う。

 窓の外にあるのは見たことのない世界だというのに、レールがなまじつながっているせいで、新鮮みを感じられないのだろう。

 この車両に数人座ってるクラスメイトも、音楽を聴いたり携帯をいじったりが普通で、外を見渡したり写真を撮りまくったりしているのは、木戸だけだった。

 きっと、現地に着くまではみんなは通学中というような感じなのだろう。せっかく自腹じゃなくて遠出できるというのに、ずいぶんと勿体ないと思ってしまう。


「ほい。ご到着でござい。みんなはもう一本後のが多いんだっけ?」

「ああ。集合時間までには間に合うからな。この時間できてるのは委員会の連中とか、先生達とかそういったところじゃないか」

 あふっとあくびをかみ殺して青木がいう。一緒に行こうと誘ってきたのはあちらだった。普段あれだけむげに断っているというのに、誘ってくれるあたりは有り難い。ただ、電車の時間を早くしたいと言ったときには、少し文句もいわれた。


「仕方ないだろう。俺も委員なんだから」

「しがないイベント委員が早くくる必要はないと思うがね」

 電車からでて、古い駅舎を抜ける。他のクラスメイトの数がちらちら見えたけれど、青木よりも少し早足で改札を抜けると、振り向きざま、一枚。


 駅舎と青木。という写真を撮ってみた。それとは別に駅舎の写真も何枚か撮る。

 早くきた理由は単純だ。次の電車までは十分以上ある。その間に降りる人は降りるし、駅舎をすっきりした状態で撮ることができるのだ。旅の出発点は確かに学校を指定したけれど、ここからが本当の旅の始まりという意味合いで、押さえて起きたい写真だった。


「おや、青木くんじゃないか。この学校だったのかい」

 そんな時、不意に男の人の声が掛かった。青木を名指しということは知り合いなのだろうか。

「佐伯さんこそ、どうしてこんな……って、今日の撮影って、佐伯さんが?」

「ああ。うちの若いのに来てた仕事だったんだが、体調くずしちまってな。急に冷えたりで熱出したらしい」

 体調管理がなってねぇって当然しかりつけたんだが、仕事に穴はあけられないんで、代わりに来たんだよと佐伯さんとやらが、頭をかいた。

 大きな人だ。青木も身長が高い方だがそれよりも横幅があるせいなのかがっしりとした印象がある。そしてもさっとしているヒゲ。良い感じにおっちゃんという感じだった。


「えと……お知り合い?」

 一人取り残されてきょとんとしていると、青木が説明してくれた。

「うちのねーちゃんの師匠。近所のフォトスタジオやってるんだ」

 あんまりこういう仕事は請け負ってないんだけど代理らしいと言っていた。

 ねーちゃんが相沢さんなのを知っているのはルイだから、そこらへんは深くつっこまないでおく。


「おや。確か各クラスでスナップ写真担当がいるときいていたけど、君がそうなのかな?」

「はい。とはいっても写真係はイベントごとの持ち回りで……」

「そんなこといっても、ここに来るまでですらさんざん撮ってたじゃねーか」

 がしっと肩を組まれて青木に頭をくしゃくしゃ撫でられる。なんだかんだでこいつも、写真好きのことは気にかけるらしい。


「それは楽しみだね。見せてもらってもいいかい?」

 そう問われてごくりと喉がなる。プロのカメラマンさんに写真を見られるというのが初めてではないけれど、相沢さんの時と違っておっちゃんのオーラが緊張を強いるのだ。

 おそるおそるデジカメを渡すと、彼は再生ボタンを押して映し出された画像を見ていった。


「ほほー確かに。ここに来るまでの間でここまで撮るのは面白いねー」

 最初から順番に見てくれるのがありがたい。さっき撮った駅舎の写真のところまでいって、ふむと彼はカメラを返してくれた。


「人を撮るのは少し苦手かな?」

「え?」

 言われて、ここまでで撮ってきた写真の大半が風景なのに気づいた。もちろん人を撮るような機会に恵まれなかったからで、撮ったのは青木を納めた一枚程度なのだけど、それで断言されてしまうのは少し不思議な感じだ。


「ここに来るまででこれだけの枚数を撮るってことは、写真は好きなんだと思う。でも人と向き合うのを少し避けてるような気がするね」

 怖がってるのかな。と顔をのぞき込まれて笑顔で言われた。

 うぐ。否定はできない。そのカメラに写っているところに、人がいない、のは事実だ。

 けれどそれは、学校の写真だから、というのもある。無意識に人がいない、を作っているのだ。


 背景に人が写り込むのが、なんとなく申し訳ない感じがするというか。

 女装していれば、ルイになっていれば、人も割と自由に撮れる。断りをいれてから撮るのがほとんどで、先に撮った場合でも了承はしてもらう。写り込みしてしまった人に関しても、遠目で個人がわからないならそのままってことも多い。

 けど、今はその勇気はあまりない。

 もちろん撮影を許可されている対象である、クラスメイト達は撮れるとはおもうけれど、それ以外が写り込むのは回避したいと思っている。


「僕はね。人を撮るのをメインで仕事をやってきているから少しだけ残念に感じるんだ。確かに君の写真は面白い。撮り方だって慣れてる感じもする。でも風景はあくまでも風景でしかない。世界があってそこに人が居て。我らの暮らしがあるのだから、もっと堂々と人がいる景色を撮ってもいいんじゃないのかな」

 まあ、うちの弟子も風景ばっかり撮ってるけどね、と彼は苦笑を漏らす。

 確かに相沢さんの写真の八割方は風景の写真だ。でも人物を撮るのを怖がったりはしてない。普通に飲み会の席でも撮影をしていたくらいだ。


「遠慮をしているのかもしれません」

「勝手に撮っていると感じてしまっているのかな」

「はい。もちろん写り込んでいるだけ、って事なんですけどちょっと抵抗が」

「なら、気になるのは後で消せばいいだけの話だよ。デジタルなんだからそこら辺は。恐れでシャッターがきれないのは、勿体ないと僕は思う。シャッターチャンスはいつだって動き続けているのだからね」

 もっと自由に、肩の力を抜いてごらんとほほえまれて、少しだけ肩の力を抜く。どんどん撮れる今のカメラは確かに消すの前提でもいいのかもしれない。

 今、女装してるならそこまでの配慮なんてするまでもなく好きな写真を撮れるのに。

 彼はぽんぽんと肩を叩くと出発の前の集合写真の準備に取りかかるようだった。

 学外実習の話はまだまだ続くよ! 宿泊施設のあれやこれやであります。ジャージ着てるだけで女の子に見える男の娘とかラブです。まあ、木戸サン眼鏡かけてればもっさいヤローに見えるんですけれどね……

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