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290.他県へのお出かけ7

今回ちょい短めです。キリの良いところまでで。


冒頭の方の灯南くんの外見特徴を少し足しました。

「さって。じゃーそろそろ夕飯ってことで」

 巧巳くんのお母様に教えてもらったお店でいいかな? と顔を覗き込むようにして笑いかけてくるエレナにこくりと頷いた。

 もとよりそのつもりでフォルトゥーナから車で移動しているのである。

 オススメされたのは鉄板焼き屋なわけだけど、海鮮焼きとか、キノコとか、今から楽しみだ。

 人気店といわれてはいるけれど、平日というのもあるし、十分入れるだろうと思っている。予約は取ってないですよ。行き当たりばったりの旅なのだしね。


「たのむっ。そこをなんとかっ」

 そんな風に夕飯のことに思いをはせていると、聞き覚えのある男の子の声が聞こえた。

 数時間前に聞いたばかりなので、聞き間違えるはずもない。


「やだよっ。どうして僕が女の子のかっこうして巧巳に付き合わないといけないの?」

 そしてもう一つの声は、可愛らしい声だった。声変わりもまだだろうか。エレナみたいな感じの声とでも形容するのが一番なのだろうか。

 でも、そのしゃべり口調は男の子のそれで、ボーイソプラノって感じだ。


「春休み特別企画のスイーツの販売があって、女じゃないと頼めないんだよ!」

「そこでどうして僕なのさっ。他のメイドさんを誘えばいいじゃない」

「そりゃ真っ先に確かめたさ、音泉はオフの日は電話にでないし、愛水さんにも声をかけたし。他の人はちょっとおそれ多くて声かけれてないけど。ああ、どうして俺、あのときルイさんを引き留めていなかったのか。くそー」

 ああもう、と地団駄を踏みそうな声を出している巧巳くんの後ろ姿が視界に入った。

 そしてその隣にはもちろん、男の子の格好をしている音泉(となみ)ちゃんではなく、灯南(とな)くんだ。ウィッグは外していて髪は短いし、靴も運動靴を履いている。

 彼もこちらに気付く様子はまったくなく、無茶なおねだりはまだ続いているようだった。


「あの。なにか揉め事ですか?」

 ひょこっと自分の名前が出たのを察して声をかける。

 放置しておいて話を聞いておく、という選択肢もあるのだけど、さすがに知ってしまっててそれをするほど悪い子になれはしない。


「なっ」

 ぴくんと反応したのは巧巳くんだけではなく灯南くんのほうもだった。なぜに貴女がここにいるのですかと言わんばかりだ。うんうん。半年ぶりに会うけれど、その可愛らしい驚き顔は写真に収めたいくらいで、いえ。すみません。カシャリって音が鳴ってました。無意識なので、ほんとゴメン。あとで嫌っていったら消してあげます。


「やっほー、さっきぶり。道でいきなり声が聞こえるんだもん、びっくりしたよ。それと君が灯南くんかな? 話には聞いてたけど、なんたる可愛さ」

 一枚。一枚撮らせていただいても? とさっき無意識で撮ってしまったことをおくびにも出さずに、改めておねだりをしてみる。すると彼はふるふると後ずさっていってしまった。


「えええっ。かっこよく撮ってあげるよ? 可愛くは絶対撮らないから。ね? いいでしょ?」

 ほれほれ、と迫ると、可愛い顔を、わざと困惑に歪めながらこちらをじぃと見つめている。

 ふむ。音泉ちゃんはルイを知っているはずなのにその対応とは、少しばかりそっけない態度である。

 まあ、保身が一番なので正解だとは思うけどね。


「ちょ、いきなり親友を撮り責めないでくれますかね」

 そこをふさぐようにずいと身体を入れてきたのは、巧巳くんだった。あら、男らしい行動である。

 なんなら、こちらはツーショットでもぜんっぜんかまわないのだけど。

 つんつんとエレナに脇をつつかれて、諦めた。


「あとで、しっかり撮影はできるから、ほら、いまは事情を聞こうよ」

 ほら、ウエイトウエイトっ、とわざとらしい舌っ足らずな英語でにこにこ抑えてくれるエレナが可愛い。

 ハーフなこの子はさらっと英語とか喋れるはずなんだけれど。


「はいはい。それで? 巧巳くんはどうして、肩を掴みかかるくらいな勢いで庇ったりしてるのかなー?」

 ふふんと言ってあげると、巧巳くんは、口をぱくぱくしながら、それはですね、あのですねと、あわあわしはじめた。

 はい。いくらルイさんが朴念仁だからってわかりますよ。

 巧巳くんったら、同級生の男の子である灯南くんを大切に思ってる、と。

 恋愛なのかどうかはわからんけど。男同士で好き合うなんてよっぽどでないと成立しないもの。


「いや、成立するもんだと思うけど」

 ぽそっとエレナから苦情がきたけど、意味がよくわからない。

 だって、巧巳くんはノーマルでしょ。音泉ちゃんと付き合ってるっていうんだしさ。

 エレナたちみたいにするっと付き合っちゃうとか、ないでしょ? え。ないよね?


「巧巳ったら……ああ。この人ですけど! いきなり、女装してとある店に行ってくれとかいうんですよ! ひどいですよ!」

 まったくもぅ、という拗ね顔をする灯南ちゃんの表情をもう一枚。

 ああ、なんだこの、とまどいとすねっぷりの混じった顔。


 エレナを撮っていて、可愛い男の娘は撮り慣れているのだけれど、これだけ可愛い上に恥じらう姿というのがとても心地よい。エレナは何でかんで、いろいろ完成されすぎていて、初々しさにかけるというところがある。

 その点、灯南ちゃんったら、二年も接客業で女装をしているというのに、ろくにすれていないのだから、すごいなぁとしみじみ思ってしまう。自分の経験からもわかるけど、二年もやればそれなりに慣れるものなのだけど。


「さっき漏れ聞こえた話だと、女性限定じゃないと頼めないメニューがあって、友達が少ない巧巳くんは、数少ない女装してもさらっと問題がなさそうな貴方に声をかけた。おーけー?」

 にひっと笑顔を浮かべながら、ちらりと巧巳くんの顔色をうかがいながら灯南くんに問いかける。

 うん。うぐっと巧巳くんはなっていたのだけど、まぁこの際仕方ないよね。同級生の男子を女装させて、お店に誘うだなんて暴挙、高校生の時分でそうそうできるものでもない。

 え。お前はどうなんだって? やだなぁ。自分でもやってるんだから、ノーカンですってば。


「だって女装したらこいつめちゃくちゃ可愛いし。誰も男とは思わないし。実際去年の学園祭は秋田とならんで、大人気だったし」

「うぅ。古い話を持ってくるんだから」

 やめてよね、そういうのはっと、てれってれな顔をする灯南くんの姿を、あまり巧巳くんはしっかり捉えていないらしい。

 こんなに乙女らしさがダダ漏れなのに気付かないのは、クラスメイトで親友というその楔故なのだろうか。


 ふむん。たしかにルイだって青木と接してばれなかった実績はあるよ。

 でも、それは眼鏡の有無だったり、声やら髪型やら、いろいろ違うからだ。

 それに比べて、音泉ちゃんの場合は、髪型と雰囲気だけ。声にしたって、ろくに声変わりもしてない子なのだし、こうやって見ると「女装をするにおいて持っている側」だと思う。エレナと同じく。

 エレナは全力で学校では女装のことは隠していたし、可愛いことを否定はしないかわりに、エレナとエレンはわりときっちりわけていた。


 でも、話によると巧巳くんですら女装姿を見ているというわけだし。

 それで、二人が同一人物なのがばれてない現状は、どう説明して良いのか悩ましい。

 あ、巧巳くんが鈍感なのかな。オーナーとかは知っていたわけだし。

 音泉ちゃんが女装をしていることは見破れないにしても、男状態の灯南くんと比較すれば、違和感みたいなものはもつんじゃないかなとも思うのだけど。

 常識っていう名前の壁が、それをわかりづらくしているのかも知れない。


「なら、ここは巧巳くんが女装してケーキを注文ということでいかがかな?」

 ふふ、と変化球を投げてあげると、なぜか灯南くんからも変な目で見られてしまった。

 それはさすがにないでしょーという感じだ。

 あらあら。矛先を変えてあげたというのに、お姉さんにちょっと失礼ではないですかね。


「え。でも巧巳くんくらい細ければ、別にどうとでもなるよね? 身長あるからすらっとした美女風になるし、喋らなければ全然いけるんじゃないかな?」

「そだねー。まー声ばっかりは時間かかるみたいだし、しゃべらなきゃ通用する感じに仕上げることはできるかな」

 エレナまでもがその無茶な話に乗っかってくる。

 いいや、我らからすれば、その程度のこと、である。巧巳くんはごつい系男子というわけでもないし、十分女装だって似合うほうだ。


「まじで、いってんすか……二人とも」

「まじだよー。っていうか巧巳くん。君くらいな男子なら、普通にメイド服着ても違和感無いんじゃない? 人不足なフォルトゥーナに就職するなら、今だよ?」

「ぶはっ。こともあろうにあそこのメイドって……審査厳しい上に男がやりこなせるわけ……」

 ちらりと灯南くんの顔を見ると、ちょいと苦笑い。

 目の前に出来ちゃってる子がいるーとはさすがに空気が読めるのでいいません。


「てか、二人がついてきてくれたらそれで万事解決なのでは?」

「あ……ばれちゃった」

 てへっ。と、ちょいと追い込めば想像に上がるであろう言葉がでたところで、笑顔を浮かべておく。

 うん。「女性限定」という単語を満たせる相手は、なんのことはない。目の前にいるのだ。

 もちろん、見た目的になわけだけど。そういう限定でDNA鑑定をする場所はまずありえないので、我らで十分お役に立つことはできるはずだった。


 巧巳くんが、「じゃあ、お願いシマス」といえば、いくらでもどうとでも、新しい扉を開いて上げたところだけれど、そうならなかったのならば別にどちらでもいい話だ。エレナはちょこっと残念そうな顔をしていたけれど、さすがに新境地は無理かなぁと、肩をすくめていた。

 彼女が何を思っているのかはわからないけれど現状としては、灯南くんの女装話を回避できればそれでいい。


「それで? お二人は、ご協力してくれる気はあるんで?」

 巧巳くんがあきれ顔でこちらに質問してくる。

 お願いする側の態度ではないとは思うのだけど、感情がどうも整理できないのだろう。


「とはいっても、おばさまに教えてもらった鉄板焼きのお店は行ってみたかったしぃ。夕飯でケーキだけとか、さすがに女子力高すぎじゃないかなー」

 その気になれば、それでも悪くはない。でも。考えてもみていただきたい。

 エレナの車の後部座席にはクーラーボックスに入った巧巳くんのケーキがまだわんさか入っているのだ。

 

「ぐっ。なら三十分だけ。お金はこちらで出しますし、紅茶とかのんでてくれればいいんで」

 ぜひにっ。と言われてしまうとあまり無碍にもできないなぁという思いもでてくる。

 ちらりとエレナの顔を伺うと、好きにするといいよ? という笑顔がこちらに向いた。


「そういうことなら。ケーキ屋さんに行った後に二次会で鉄板焼きだね」

 順番は逆のような気がしないでもないけど、といいつつ、前向きに検討していく。

 宿についてからの予定はないのだし、チェックイン時間は電話で変更可能だ。

 そもそも十時くらいまでは外で撮影予定だったので、それを超えなければ時間はある程度自由に使える。


「ケーキはもちろん楽しみなんだけれどねぇ」

 といいつつ、エレナは物欲しそうな感じで、じぃと巧巳くんたち二人を見つめていた。

 はいはい、わかっておりますとも。


「でも条件が一つだけあるんだけど、いいかな?」 

「なんすか? 明日うちの店のケーキ全部よこせとかそういうのまでならできますよ」

 ちょ、巧巳くん。ケーキ全種詰め合わせをさらっと渡すほどに、その店に行きたいのですか。


「あー、それも魅力的ではあるんだけど」

 ちらっと、灯南くんのほうを見て、にひぃと緩んだ笑顔をもらしてしまった。

「灯南くんにあーんってしてもらうこと。その姿を撮影させて」

「はい?」

 ほれほれ、ケーキだよ? トナm……トナ君も食べたいでしょ? ともごもご言ってあげると、ふるふると全力で首を縦に振られてしまったのだけど、ついてくる、でいいんだよね?


「さて。じゃー、あーんの件、ご了承ということで」

「ったく。うちの取引先のねーさんたちがみんな強引な件について」

「僕の方が被害がおっきいんだから。巻き添えの分ちゃんとしてくれないと困るからねっ」

 じぃと怨みがましい視線を向ける灯南くんの横顔があまりに可愛くて。

 そのまま、にまにま撮影してしまったのだけれど、彼からの不満はとりあえず今はでなかった。

 うちの馨くんは男子の時は男子なわけですが(異論は認めますが、男を気取ってるんですって!)、男の娘の良さの一つはやはり、男の娘が男状態で可愛いことかとおもうんですよ!

 ……くっ。どんどん男子状態でもボロがでるのは作者のせいでしたっ! だ、だが、男だっ。


 というわけで、灯南くんは僕っこで、親父呼びないい子です。

 ケーキ食べるまで行こうとおもったのですが、作者滅多に無い外出をしておりましてね! ちょいと次話に回す次第でございます。

 ……次話で、どんだけ話が膨らむかは果てしなく謎なのですが。

 拙者これにてどろんでござる。

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