287.他県へのお出かけ4
「落ち着いた雰囲気のお店だね。メイド喫茶っていうからもうちょっとこう、キラキラしてるかと思いきや」
一見するとそのお店の中は普通の喫茶と変わらないように見えた。
落ち着いた飴色の木製のテーブルと、カウンター席がいくつか。
今日は厨房の火はおちているし、ショーケースにケーキも並んでいない。
これ、ちゃんとした営業日なら、いい匂いとかしてそうな感じだ。
「うん。明日が楽しみだね」
そのテーブル席の一角に座りながら、さわ、とテーブルを軽くなでる。
90分時間制という文字がちらりと見えるものの、ファーストフードで勉強会をするわけではないので、それくらいあれば十分満足だろう。
そして、撮影は許可制だそうだ。料理の撮影は言ってくれれば許可で、メイドさんとの写真は有料になる。
ここらへんはメイド喫茶っぽい点だろうか。
一般的な料理屋さんだったら撮影NGって滅多にないしね。
「あ。料理の写真とか撮る気まんまんだね?」
「特にケーキはね。巧巳くんが作るフォルトゥーナ限定はちょっと気になるところだし」
あぁ、いいなぁ料理ができる彼氏ー、とつぶやいておくと、食い意地だらけだねぇと、エレナがにこにこしていた。
はい。別に彼氏が欲しいわけじゃなくて、おいしいご飯ができる友人が欲しいだけです。
普通のご飯はエレナがいるし、スイーツはいづもさんがいるから、満足といえば満足ではあるけどね。おいしいものを作れる人とは素直にお近づきになりたいのです。
「待たせてしまったわねぇ。あらぁん。面接の子が一気に三人に増えてるだなんて、素敵なこともあるものねぇ」
待つこと数分。千絵里オーナーは店内を見回すといつものねっとりしたオネエ口調で喜びをあらわしていた。両手をきゅっと胸元で組んでるあたりが乙女っぽい。別に女装をしているわけではないのだけれど、彼女と呼びたくなる感じだ。
「私たちは面接じゃないですからね。成り行きで中に入れてもらってはいますけど」
「わかってるわよぉ。外観の撮影の許可はあたしがあげたんだもの。でも、夏に会ったころよりもいっそう大人っぽくなって、ホントもう、うちで働かないだなんてもったいない」
ここは無理にしても他のお店でどう? だなんて、彼女は冗談交じりにきゅっと手を握ってきた。
うん。千絵里オーナーの手は割と大きめで、いわゆる男の人の手というやつだ。
手の使い方にいやらしさがないから普通に女子と手をつないでる感覚ではあるのだけどね。
「私たちのことはともかく、面接を始めちゃってくださいな。置いてきぼりをくらわせるのも申し訳ないですし」
ほれっ。さっさとどうぞ、というと、お仕事しなきゃね、と彼女はうふっとわざとらしく笑った。まあもとからいろいろと過剰でわざとらしい人なのだけれど。
一番奥にあるテーブルにちょこんと座って待っている彼女の様子をちらりと伺う。
緊張しているのか、少し肩に力が入っているようにも思える。
椅子の座り方は、背もたれを使わずにきちっとしていて、いまどきの高校生にしては育ちがよさそうにも見えた。
「オーナーがきたなら、私はちょっと戦線離脱ということで」
ご一緒してもいい? と先ほど声をかけて店の中に誘ってくれた茜さんが、こちらのテーブルに合流した。
面接はあくまでもオーナーが行うもの。商談が成立してからが彼女の出番というわけだ。
「茜さんはもうこの仕事長いんですか?」
割とお若く見えるんですが、とエレナが興味深そうな視線を向ける。
女性に年齢を聞くことは無粋だ、というセリフが世の中には存在するけれど、茜さんは二十代前半くらいだと思う。メイクの印象でもうちょっと上にも見えなくはないけれど、それでもその年で一人でメイク担当をしていることに、純粋にすごいなという感想しかでない。
「オーナーに拾ってもらったのが18の頃だから、もう六年になるかな。あの人ったら化粧品売り場で店員の人ともめててさ。まーああいう人だから、トラブるのはわからないでもないんだけど……」
ま、趣味が高じて、仕事になっちゃった感じ、と彼女はまったく動じることなく年齢を暴露してくれた。五つ上のおねーさんということになるわけだ。
ふむ。まあ女同士だしねって思ってるんだろうけど、ずいぶんとあっさり自己紹介をしてくださるものだと思う。
「具体的にはどんなお仕事をなさっているんです?」
面接はオーナーさんまかせなんですよね? と聞くと、うーんとねーと、身を乗り出してあちらの面接の邪魔にならないひそひそ声になる。
「フォルトゥーナの場合はもうちょっと特殊になるけど、基本その子のキャライメージを作るお手伝い、ってところかな。メイド服選びとかメイク法の設定とかね」
ここの場合は、さらに香りとかまでプロデュースすることになるから、結構手はかかるのだけど、と苦笑が浮かんだ。
このお店は、音泉ちゃんからは『オーナーの趣味店舗』ということで、徹底的にこだわりを尽くしているという話を聞いている。
他の系列店の場合は、メイド服と髪型くらいまでのこだわりなところが、ここだともっと細かくなるらしい。
たとえば、入浴剤なんかも指定されていて、毎日それに浸かっているということだ。
残り湯に入る親父さんもその匂いになっちゃうんですって、苦笑気味なメッセージを音泉ちゃんからもらったこともある。
そしてそれプラス香水を使うことでそれぞれのキャラ別の香りを演出しているのだとか。
明日はダメ元でそれぞれのメイドさんの匂いをくんかくんかさせてもらうお願いをしてみようかと思っている。
べ、別に他意はないよ? 本当に香りが違うのか判別させてもらうだけです。
「じゃあ、全面的に茜さんがメイドさんたちをプロデュースしてるんですね! なんかかっこいいです!」
エレナがほわんと身を乗り出しながら感想を浮かべた。
その表情があまりにも熱を帯びているので、茜さんも少し照れたような顔をしている。
ああ。その顔いいなぁ。いいのに店内撮影禁止とか。もう、ほんとやめていただきたい。
「ま、でも基本コンセプトは千絵里オーナーが考えるから、あとは外堀を埋めるのが私のお仕事って感じかな」
あの人、センスはいいけど経営以外の技術がそうでもないからね、と言う姿はとても柔らかい。
千絵里さんのことを信頼しているのがよくわかる。あとは求めに応じて持てる技術を費やすというところなのだろう。
実際面接は全部丸投げしているわけだし、適材適所ということなのかもしれない。
「あ、話をしていたら、なんか終わったみたいね」
履歴書を片手に候補の子と向かいあうオーナーからひょいひょいと手招きがきていた。
茜さんだけだろうと思ってその様子を微笑ましく見ていたら、あんたもいらっしゃいとルイまで呼び出しを受けてしまった。はて、なにか用事でもあるのだろうか。
「それじゃ、最終テストということで。ルイちゃんかもん」
せっかくだから、ちょっと試験を手伝ってね、と言われて、はぁ。とあいまいな返事をする。
いまいち何をさせられるのかがわからない。
「せっかくカメラマンもいるのだし、この子の写真写りがどうなのかっていうのをやって欲しいのよ」
「それは構いませんが……」
撮影OKなら、最初から解禁していただきたかったところです。
「じゃあ、何枚か撮ればいいのですか?」
ご希望などは? というと、うふんと彼女は甘い笑い声を漏らした。
「希望はそうね。逐一こんな感じで、というのを伝えるわねん。だからルイちゃんは声かけ禁止」
「なっ」
声かけ禁止と言われたのは初めての経験だった。
ルイの撮影スタイルは、語ってもらいながら撮るというものだ。
それを封じられてしまって、はたしてどれだけ撮れるものだろうか。
こちらが怪訝な顔をしてても、千絵里オーナーはうふんと不敵な笑みを浮かべるだけだ。
そして、こんな感じで、とかこちらからとか指示を受けて撮影をしていく。
静かな店内の中でカシャカシャとシャッターの音だけが鳴っていく。
ううむ。被写体の女の子はまだ高校一年生のみずみずしい感じの子だ。
その表情は正直、硬い。
普通ならここにいろいろ声を投げてリラックスさせるのがこちらの仕事なわけだけれど、なぜか千絵里オーナーはそれをやるなという。
正直かなり不満が残る撮影タイムになってしまった。
「ずいぶんと不満そうな顔をしているわね」
一通りの撮影が終わったあと、オーナーはできた写真を見ながらへぇと興味深そうな声を上げた。
ちなみに、先ほど撮ったお店の外観の風景もごっそり持っていかれた。
一枚ホームページで使わせてもらおうかしら、だなんて言ってもらえたのはありがたいことなのだけど。
やはり、どうしてこういう撮影法になったのかが気になってしまうところだ。
「でも、仕方ないじゃない? 今回のこれは面接の写真写りのチェック用なのだもの。チェキを撮るのは素人なの。誰もがあなたのような撮影をできるわけじゃない。だからこそ普通の写真写りを見るためにはこうするしかないの」
あなたの写真は人の最高のポテンシャルをたたきだしてしまうから、と言われてやっと理解はできた。
証明写真ですら、いいものをとつい思ってしまうルイだけれど、それでは困る場面があるだなんて初めて知った。
一般の人に撮られる仕事をする場合、そのときどうなるかまで視野にいれなければならないだなんて。
「エレナちゃんも、他の人が撮ってくれる写真とルイちゃんが撮る写真で違いは感じてる口でしょ?」
「んー、まぁ。それは。ルイちゃんの撮った写真が普通って感じちゃったら負けだなとは思ってます」
エレナさんまでそんなことをおっしゃるとは。
評価されているということなのだろうけど、なんというか、嬉しいような寂しいようなそんな感じがする。
「ま、それだけ普段の力量がすごいってことじゃない? そこで、一つそんなルイちゃんにお願いがあります」
うふっと笑いながら千絵里オーナーはこちらにねっとりした笑顔を向けた。
「採用決定した昴ちゃんの、掲示用写真を撮ってもらえないかしら」
「えっ……あの、私、雇っていただけるんですか?」
ちょっと蚊帳の外状態になっていた、当事者の昴さんは、えっ、と驚きの声をあげていた。
無理もない。こっちで話をしてしまっていたから、合否の発表すらまだだったのだから。
「ええ。やりたいっていう気持ちも伝わってきたし、素材としても申し分ないわ。正直人手不足でもあったのだし、あなたくらいの子が入ってくれるなら、ありがたいくらい」
「うわ……嘘みたい……」
フォルトゥーナの面接は厳しいという話を聞いていたからだろうか。昴さんは口を軽く両手で覆って、感動してしまっていた。
「それはお仕事の依頼ということでよろしいので?」
「ええ。まああくまでも昴ちゃんの、だけだから、そんなに報酬は出せないわよ。明日のケーキ二人分くらい」
「ぜひやらせていただきます。メイド服に着替えてからですよね? それと今度は声かけして撮っていいのですよね?」
「あらあら。さっきのでほんとにストレスたまったのね。今度は全力で行ってしまっていいわよ。逆に励みになるからね」
その写真に引きずられるように、普段の笑顔も気を付けるようになるから、というのは、夏の一件での経験談なのだろうか。
音泉ちゃんからは、あんまりきれいに撮られたから、普段もそれに近づけるように頑張らないといけなくなっちゃいました、なんてメールが来てたこともあるのだけど。
「それともう一つ。茜。今日はメイド服いくつか持ってきてるわよね」
「持ってきてますよそれはもう、昴ちゃんに似合いそうなの見繕ろって」
「なら、ルイちゃんたちにも着せてあげてちょーだい」
「あいあいさー」
似合いそうなのあるでしょ? と言われて、茜さんは元気な声を上げた。
やっと自分の出番だ! と言わんばかりだ。
でも、ちょっと待ってほしい。
「ちょ、メイド服は……撮るのはあれですが自分で着るのはちょっと」
うん。慣れていないわけではないけど、それをするメリットが今日はあまりないように思う。
エレナが着てくれるのをばしばし撮影するのならばいいのだけど。
「着てくれたら、今日のフォルトゥーナ店内限定で、撮影許可をだしてあげるわぁ。さっきからうずうずしてるの気づいてないと思った?」
うふっと言われてしまうと、確かにその通りだった。
うん。この店内の状態を撮って帰れないだとか、残念すぎる。
基本、人工物の撮影はあまり好みではないのだけど、この雰囲気はぜひにも撮っておきたい。
もちろん、メイドさんがいるならそれが一番だ。
冬のエレナのコスROMではシフォレで代用させてもらったけれど、こちらのほうが本場というか。雰囲気がとてもいいのである。
「うぐっ。でも私たちの肖像権はこちらもちですからね。店内に掲示とかしないでくださいよ」
「わかってるわよ。じゃ茜。メイド服の選定よろしくー」
「メイクはー?」
「昴ちゃんのだけでいいわよぉ。ルイちゃんたちは旅行中だっていうし……三人となると時間もかかっちゃうからね」
「りょーかーい。うーん、今のナチュラルメイクもいいけどもーちょいいじりたかったかなぁ」
しゃーない、と茜さんは気を取り直して、メイド服を取りに向かった。
出先で着替えることになるとはちょっと意外ではあったものの。
更衣室なんかが見れるチャンスということであればそれでいいのだろう。
「一緒にお着替えができるチャンスがあるだなんて、思わなかったね」
でもなぜだろうか。エレナにキラキラした笑顔でそんなことを言われてしまうと、こっちは撮る側なんですっ、とつい反論してしまいたくなるルイさんなのでした。
お着替えまで行く予定でしたが、思わず茜さんとの話が長引いたので、本日はここまでです。
撮影禁止のメイド喫茶って、カメラ屋としてはかなり厳しい環境だと思います。
そして束縛撮影。ちゃんと次話では思う存分撮影させてあげる予定です。
メイド服ですけどね!
そんなわけで、次話もまだ一日目です。




