286.他県へのお出かけ3
「巧巳くんおすすめは公園の中にある、か」
カスターニャから少し離れた公園。いわゆる田舎にあるそこそこ広い公園は、ちょうど桜が咲き始めていて春の装いをしているようだった。
まだ満開にはちょっとあるけど、これはこれで被写体としてはいいと思う。
並木の下を通るエレナたんをカシャリと一枚。とてもいいところだと思います。
きっと、これ地元の人はお花見とか……。うん。一部しかこないんだろう。
これほど郊外になると、さくらとか小学校とかいろんなところに植えられているからね。
そんな並木をすぎながら、目的地のお店に向かう。
「らっしゃい」
そんな景色の中、巧巳くんからおすすめされた屋台は確かにそこにあった。
公園の中にある屋台。まぁ都会ならそこそこあるのだろうけれど、郊外でやっているとは珍しい。
周りのお客もそう多くはなく、人気店という感じではない。
「それでも巧巳くんのオススメなんだよね」
「行ってみないとなんともいえないってところかな」
半分、景色の風景で満足してしまいながらも、恐る恐るお店に近づくことにした。
そこで店番をしているのは若いにーちゃんだった。
「磯辺焼き……やさんか」
「ああ。磯辺焼きやだな。おまえらも匂いに釣られたクチか?」
意外である。なんというか偏見なのだろうけどこういう屋台って渋いおっちゃんがやってる印象なのだ。
でも、彼が言うように確かに香ばしい磯辺焼きの醤油の匂いがあたりには広がっている。うん。とても香ばしい。
「いえ。友人にお勧めされました。軽くつまむには美味しいってね」
「なるほどねぇ。それでうちに、か」
「じゃ、一個ずついただきましょうか。ケーキの後はしょっぱいものが恋しくなるしさ」
おねがいします、とエレナが注文をかけると、あいよっとにーさんが怪訝な顔をしながらも焼き始めてくれた。
「ケーキって、おまえら池波の関係者か?」
「池波……池波。ああ、巧巳くんかぁ。お知り合いなんですか?」
名字はあまり聞いたことが無かったのであんまり馴染みが無くてピンとこなかった。
カスターニャとか巧巳くんとか言ってくれないと困ってしまう。
「知り合い……といえばそうだが。どっちかというと、敵だな」
あのやろうといいながらも、醤油を塗るタイミングはばっちりでぱちぱちと香ばしい匂いが周りにふわりとひろがっていった。
「敵とは穏やかじゃないですね。料理人同士好敵手ってやつなんですか?」
「……まあ、あいつのスイーツは悪くはないが、普通に俺はあいつのことを嫌いなんだよ」
ふむ。磯辺焼きやさんと巧巳くんなら、圧倒的に甘いものを作れる巧巳くんに軍配が上がりそうだけれど、彼がわざわざオススメするような人なのだからきっとなにかあるのだろう。
「嫌いとは穏やかじゃないですねぇ。巧巳くんってあんまり敵は作らなさそうなタイプかなって思っていましたが」
「そりゃ、お前らからみたら、神かなにかと勘違いしたりするんだろうけどな」
半眼といえばいいのだろうか。あきれ顔でこちらを見てくる彼の台詞は、巧巳くんのことをかなり評価している証なのだろうと思う。とはいえ、さすがに神はいいすぎじゃないだろうか。
「へぇ。それだけ買ってても嫌いってことは、なんかあるんですか?」
ほれほれ、話しちゃいましょうよー、と慣れ慣れしく顔を覗き込んで見ると、うぐと彼は目をそらした。
「あいつが、音泉の彼氏だからだ」
そして彼はそっぽを向きながらそうつぶやいた。
あらま。
巧巳くんは音泉ちゃんに変な虫がつかないように彼氏役をやっていると言っていたけれど。
この人も変な虫ということなわけか。
「フォルトゥーナの音泉ちゃん、ですか?」
「ああ。虫よけってんなら、俺でも良かっただろうに。くそっ。ちゃっかりその座をキープしやがって」
ああ、今思い出しても許せんとぷるぷる身体を震わせながらも、繊細に磯辺焼きを仕上げていく様は立派だと思う。きちんとお仕事をする人は好感が持てる。
「いやぁ。さすがにお客にそれをお願いするのはダメなんじゃないですか? 巧巳くんなら商売相手なわけでちょうど良いというか」
そうだよね? とエレナにも話を振ってみると、こくこくうなずかれた。
音泉ちゃんの偽装彼氏は、内部でまかなうべきものであって、いくら美味しい磯辺焼きを作れるからって、一般のお客さんにお願いするようなことではない。
まあ、べったべたな姿も見ているので、偽装なのかどうかすら怪しいなぁとは思っているけれど。
「何を言っている? 俺はフォルトゥーナの調理師だ。十分その資格はあるだろうが」
「はい? 磯辺焼きやさんじゃないの?」
あいよっと、焼き上がった磯辺焼きを渡されながら、その事実に首をかしげてしまう。
確かに今日はフォルトゥーナはお休みだけど、それにしたって露店をやっているのは不思議だった。
疑問には思うものの、香りの誘惑には耐えられなくて、あむりと磯辺焼きをいただく。
ぱりっとした海苔と、ねっとりしたお餅の味がしっかり伝わってくる。
絶妙の焼き加減である。
「基本あの店の厨房は俺ともう一人で回してる。それで仕事が空いた日は何日かここを手伝ってるんだよ。じいさま、復帰はしたとは言っても長時間は働けないからな」
もともとここのお店は別の人がやっていたそうだ。
そしてその人が体調を崩している間に、代わりに彼が店を引き継ぎ、フォルトゥーナの仕事と両立させていたらしい。
今では、回数は減っているものの、それでも店頭に立って餅を焼いているということらしい。
「ってことは明日フォルトゥーナに行けば、貴方のご飯がいただける、と?」
それは楽しみだねっ、とはふはふ醤油の香りを楽しみながらエレナと顔を見合わせる。
音泉ちゃんからは、うちはご飯もおいしいですよ! なんて聞いていたけれど、メイド喫茶のご飯でしょ? と少し甘く考えていた部分は確かにあった。
でも、こういう露店のものをしっかりと焼き上げてくれる人がやってるとなると俄然期待も膨らむというものだ。
「なんだか、お前ら、あいつと同じようなこというのな。磯辺焼き一個で俺の腕をはかられても困るんだが」
「あいつ?」
「ああ。池波と同じ学校のちんまい男子だよ。男のくせにはふはふ言いながら、ちょうどあんたらみたいに食べてたっけな」
もう一年以上経つのか……と彼は遠い目をしはじめた。
おうふ。灯南くんったら、職場の人がやってる露店に男子生徒として顔をだしたりしてたのね。
まあ、ばれてる気配は欠片もないわけだけど、なかなかに勇気がおありのようだ。
「はふはふいっちゃうのは仕方ないんじゃないかなぁ。熱々で美味しいしね」
エレナさんが言うとおり、これを他にどう食べろというのだろうか。
男はクールに食いちぎれとでもいうのだろうか。
とりあえずルイは先に磯辺焼きを食べきって、指をぺろりと舐めておく。うん。香ばしくて美味しい。
そしていつも装備しているウェットティッシュで軽く指をぬぐった。
カメラを触る身としては、ここらへんは未だに標準装備である。
「んー、美味しかった」
満足満足と、笑顔なエレナさんをカシャリと一枚。
うん。ちょっと食べるペースを速めたのは、彼女の指ぺろ写真を撮るためだ。
これはホームページに載せさせていただこう。かわいい。
「あ。せっかくだから磯辺焼きやさんも撮らせていただいてもいいですか?」
「あん? 別に俺を撮ってもしかたないきがするが。まあ、いいぜ」
よし。了解はいただいた。
軽くステップを踏んで後ろに下がると、屋台の全景をいれつつ、数枚撮影。
立ち上る香ばしい匂いまで封じ込められればいいのに、なんて思いつつシャッターを切った。
「じゃ、働く姿を音泉ちゃんにお送りするということで」
「ちょっ。ま。まて」
にまっと言ってあげると、彼はあわあわしながらそれはやめてと言い始めた。
別にこちらとしては、ちょっとかっこいい姿を彼女に送ってあげたいと思っただけなんだけどね。
「あいつにはここでの仕事は内緒にしてるんだ。なんつーか、成り行きでやってはいるけど、イメージ違うだろって感じで」
「おいしいものを作れるのなら、なんであれいいとは思うけど」
ちんまい男子とやらも、お気にいりなのだとしたら、別に音泉ちゃんがこの写真を見ても逆に微笑んでくれそうだけどね。がんばってるなぁなんてね。
でも、ま。
好きな子の前ではかっこつけちゃうとかそういうやつなんだろうか。なんだかぶっきらぼうな人だけれど、可愛いところもあるじゃないか。
「男の子だねぇ」
エレナもそんな感想を抱いたのか、二人のやり取りをみながら、ほっこり笑顔を浮かべていたのだった。
「へぇ。ここがフォルトゥーナかぁ」
「写真では見たことあったけど、やっぱりかわいいお店だよね」
磯辺焼きを堪能したあとは、ちらりとフォルトゥーナを見ておこうかなんていう話になってお店の前までやってきた。
郊外にあるだけあって、そこはきちんとした一軒家だ。
都会にあるメイド喫茶は結構ビルの中に入っているケースが多いのだけど、さすがに敷地をしっかりとれるだけあって十分な広さがある。
カシャリとシャッターを切る音が鳴った。
撮影の許可は千絵里オーナーからすでにいただいている。営業日はダメだけど、今日はいっぱい撮って構わないってね。むしろいいのができたら送ってちょーだいと言われてるくらいだ。
営業日はダメなのは列ができてしまうから、なのかもしれない。
確かにお客さんの写真はあまり写り込んじゃまずいだろうしね。
今日はクローズの札がかかっていて、中はひっそりとしてしまっている。
人の気配はまったくないから、好き放題写真を撮らせていただいた。
エレナがちょっと暇そうにしていたので、モデルとして投入。
何枚かはメイド喫茶に遊びに来ました! みたいな絵になった。オーナーに公開していいかどうかは後で確認しておくことにする。
「あのっ。このお店の関係者のかたでしょうか!?」
そんな撮影をしていたら、声をかけられた。未だ若い、可愛い声だ。
そちらに視線を向けるとその声に劣らない、若い瑞々しい女の子がこちらに大きな瞳をじぃと向けていた。
高校生くらいだろうか。崎ちゃん達を見慣れてしまっているので可愛さの序列はつけられないのだけど、まあ見目は良い方だと思う。
「あらあら。ずいぶんと可愛らしい方ですね。我らを見て、関係者かーというってことは、このお店に用がある方なのですか?」
「はい、あのメイドさん募集の広告をみて、今日面接をという話でして」
「ああ、なるほど。休みの日に面接をするということですね」
特別千絵里オーナーからはなにも聞かされていないけれど、そういうこともあるだろう。
とはいえ、こちらは関係者ではないので、きちんとそのことは伝えておかなければならない。
「残念ながら、我々はただの旅行者です。お休みなのは知っていたのですが、外観を撮影させてもらう約束はしていたので」
「あらら。ずいぶんおきれいな方々だったのでてっきり、フォルトゥーナの人なのだとばかり」
すみません、と彼女は勘違いしたことを恥じているのか顔を赤くて小さくなった。
かわいらしい。
さて。みなさん。また男の娘かよっ、なんて声があがるかもしれないので断定しましょう。
ルイさんから見て、この子は女子です。我の魔眼がささやいています。
そりゃ、フォルトゥーナに応募しちゃうような男の娘なんて、一人いれば十分だろうと思います。
「ルイちゃんは、フォルトゥーナの人、といってしまっても……」
「いやぁ。関係者ではあるけどここの人ではない、かな」
オーナーの知り合いというだけなので、と伝えると、時間間違えちゃいましたかねぇと、彼女はクローズの札がかかった扉をじっと見つめていた。
相変わらずに中に気配はない。これだけみると確かに誰もいなさそうだ。
「ごめん! 遅くなっちゃって。えっと面接の子だよね。一人って聞いてたんだけど……まあいいや、入って入って」
そんな時、大きな荷物を抱えた女性が声をかけてきた。
二十代のどれくらいだろうか。しっかりメイクをした人だ。
もしかしたら、フォルトゥーナのメンバーたちの衣装や外見の調整などをやっている人なのかもしれない。
「えっと、あの、私たちはですね、その」
さあさあという彼女の強引さに抗えずに、休日のお店の中に入らされてしまった。
「まあ、時間もあるし、ね。いいんじゃない?」
エレナはにこにこしながらそんなことを言っているけれど、さすがに面接のお邪魔をするわけにはいかない。
そんなわけで、彼女、こと神月茜さんに自分がどういう人なのかを伝えることになったわけなのだけど。
せっかくだから、面接風景も見ていきなよ、などという暴言を言われてしまったのだった。
あと少ししたら千絵里オーナーもこちらに来る予定なのだそうだ。
巧巳くんおすすめのお店は戸月くんのところでした。
磯辺焼きの露店ってちょっと胸が高鳴ります。あの香ばしい醤油の香りがとくに。
本編では灯南くんが巧巳と一緒にほおばってみたりして、大喜びしたりする感じです。音泉ちゃんは男子にもてもてで、本当に大変そうだと思ってしまいます。
さて。次話ですが、店内にうっかり入ってしまったルイさんたちに、オーナーさんの魔の手がっ! いえ。店内の撮影させてあげるから、メイド服きてみようか? さぁぬぎぬぎしようかぁーみたいな話です。




