283.卒業旅行リベンジ4
「はーい、じゃー今度は大胆にぺたんと座って、両足を横に広げて見ようか」
その声に従うように、身体が勝手に動いた。
布団の上にお尻をつけて、両足をWの字になるように開く。
スカートはもちろんはだけることはなく、ちらりと軽くふとももが覗いている。
「いいよいいよぅ。今度はちょーっとスカートの裾をあげてみようか」
「いいねぇ。ちょっとお風呂上がりで上気した肌。そしてとろんとした視線。たまらぬ」
カシャリとシャッターを切るなじみ深い音が聞こえる。
「んじゃーそろそろ前屈みいってみよーか。ほれほれー、四つん這いになるがいい!」
「さくら……さすがにそこまでの悪のりはひくかなぁ」
耳朶に響く言葉の通りに身体を動かす。
前屈みで四つん這いだったか。
むくりと起き上がって、軽く前屈みになってぺたりと両手を前につける。
胸を強調するようなポーズなのだけれど、ほとんどないルイとしてはそこが目立つことはまったくない。
「うはっ。本当にやるとは思わなかった……」
「もしもーし、ルイさーん。さすがにそろそろ正気にもどろー。そうじゃないとー」
佐山さんの声が聞こえた。
がさごそとなにか荷物をあさっているらしい。
「大切なモノ、もいじゃうぞ?」
その一言に、一気に視界がクリアになった。
目の前には黒いボディのルイのカメラを握った佐山さんがこちらの顔を覗き込んでいた。
そしてさくらとも視線があう。
おはよーとでも言いたげな笑顔である。
さくらがこういう顔をするときは、たいていなにかしらこちらに被害があるときだ。
ちらりと今の姿勢を見て、あんまりな格好に、前屈みに、ぺたんとそのまま布団に倒れ込んだ。
そして、横目にさくらに視線を向けると苦情を向けておく。
「なんて格好させるのさっ」
「いや、だってあんたお風呂から帰ってきてから、なんかぼーっとしてたじゃない。それで、まーせっかくだからいろいろ指示だして被写体になってもらおうかなぁって」
いい写真いっぱい撮らせていただきましたと、悪びれずに言うさくらは、背面パネルに映し出された写真を見ながら、やーん、たまらーんとほくほくした顔をしていた。
「それで? なんたってあんたあんなふらふらしてたの? また前の時みたいに知り合いの女子がいて、ゆであがっちゃった?」
「いや、そうならないように水着きてったんだし、それはないんだけどさ」
じゃあ、なんだろう? と言われて先ほどあったことを話しておくことにしようと思う。
上の空になるくらいにショックは受けたということそのものに、自分でもショックなのである。
「お風呂でね、興明さんと一緒になった」
「は?」
さくらがなんですと? と変な声をあげた。そりゃこんなところで奇遇ですねという感じだけど、そこまで驚かなくてもいいと思う。
「だから、小梅田さんがいたのっ。それでその、一緒にお風呂入ってたんだけど……」
ああ、小梅田さんっていうのは、写真家さんの知り合いなんだけどね、と佐山さんにもフォローをいれておく。
「ちょっ、あんた胸みられたとか、そういう話じゃないわよね」
「そりゃ、水着つけていったから、大丈夫だったんだけどねぇ」
まあ、見られたところで別に恥ずかしい思いも最近はほとんどないわけで、興明さんと一緒に入っていて少しだけ緊張したのは、憧れの人だということが原因だと思っている。
「将来どっちになるんだみたいなことを言われてね。ちょっと考えちゃってさ」
「あんた……プロになるんじゃなかったの?」
え? とさくらにも言われて、もぅ、どうしてそっちの疑問? とため息をつきたくなる。
「そっちじゃないよ! もう。小梅田さんはともかくさくらまでそれってどうなの」
そりゃ興明さんもそういう意図で言ったんだけどさ、と補足しておく。
どっち? と言われて性別のことが真っ先に頭に浮かぶ人というのもそう多くないのは仕方が無いことなのかもしれない。
「あぁ。なるほど、そういうことか」
カメラ関係の仕事につくのはもう確定ということなら、これっきゃないのかなぁと佐山さんが手をこっそりとあげた。
たぶん、それで正解です。
「んで? ルイは結局どっちになりたいの?」
さくらはカメラをいじりながら、つまらなさそうな声をあげていた。
先ほどのポーズ写真を見返しながらにまにましている。親友だと思っていたのにとてもどうでもよさげな話題扱いである。ひどい。
「どっちになりたいってのは、正直あんまりないんだよ。強いて言えば今のままがベストだと思ってる……んだけどねぇ」
「答えはでてるのに、落ち込むってどういうことよ?」
自分なりになんであれだけショックを受けたのかを考えてみて、一つでた答えがある。
このまま、という選択肢が通じるのかどうか、という話だ。
「五年後、十年後。あたしはどうしてるんだろうって話。十代だからアレだけど、将来的におっさんとかっていう状態になるのは、なぁ……って思うと拒絶反応みたいなのがなんか出ちゃったっぽい」
別に、世の中のおじさまがたをディスるつもりはないのだけど、自分がそうなる未来を描けないのだ。
当然のように、子供を作ってという未来もあんまり想像できない。
もちろん、自分で産むっていう想像も、したことないよ! ほんとだよ! 冗談交じりにスマンと思ったことはあるけれど。
「ルイさんなら、ずーっとそのまんまなんじゃないかなと思っていたんだけど」
佐山さんが、きょとんとした顔をこちらに向けて、だってこんなにすべすべだし、とほっぺたをつんつんしてきた。今はお風呂上がりですべすべですけれども……さすがにその言い分は通らないんじゃないでしょうか。
「んー、これであたし、別に特別でもなんでもない、普通の男子なんですが」
「は?」
「幻聴が聞こえた」
誰がどんな台詞を言ってるの? と二人は周りにきょろきょろ視線をめぐらせた。ひどい。
「ええとぅ。なにその反応」
「あんたが普通なら、普通の性別いじりたい人たちは苦労しないで済むわね」
ちーちゃんとかも苦労してるんでしょ? といわれて、ううむと腕組みをしてしまう。
まー、あの子も苦労はしたのは確かだけど、自分に自信が持てないって言う苦労だからなぁ。
最近はガンガンかわいくなっていっているし、普通にJKして卒業したんじゃないかと思っている。
アレに比べると、作る苦労としてはこちらのほうが手が入っているように思う。
「いづもさんに比べれば……って感じかな。たしかにそこまで毛深くないとか、骨格的に大きすぎないとか、いろいろあるけど、二次性徴は来てるから声変わりだってしてるし、いずれはってのはあるよ」
千歳のようにホルモンでもいれてしまえば、女子としての生活は維持できるとは思う。
でもそれは、そっちを選ぶということになる。
それで悪いとも思っていないけれど、積極的にそちらを選ぼうという感じもしていないわけで。
「いずれ……ねぇ」
なんかあんまり想像できないなぁと佐山さんがあごに手を当てて悩みこんでいる。
「だよね。あたしもまーったくその未来が想像できないというか……頭痛くなってきたわ」
いままで散々、こいつに価値観壊されてきたからなぁ、とさくらは頭を抑えていた。
ううむ。なんだろうこの反応。
そうは言っても、いちおう男子なわけで、いずれはとは思うものなのだけど。
「どっちかというと若奥さんとかやってそうな感じっていうか。カメラ片手ににまにましながら子育てしてるっていうか」
「子供はどうかわからないけど、確かにそんな感じかも」
さくらとのほうが付き合いが長いから、子供関連に関しては少し彼女のほうの想像のほうが、現実に近いようだった。とはいっても若奥さんって……
「それと、ルイ。あんたは一つ勘違いをしているようだから、言っておくけど。あんた最初に、相手を萎縮させないためにこういう格好をしているって、言ってたよね。だったらそれを満たせればなんだっていいんじゃない?」
「萎縮させない方法……か」
たしかに、さくらに最初にこの格好を見せたときにそんな話をした覚えはある。
そしてスタート地点は確かにそこだった。
「たとえば佐伯さんみたいにソフトなあたりにしてみるだとかもそうだし、話術でほぐしたりもできるし」
まあ、そこらへんは普段のあんたが無意識にやってることだろうけどと、さくらはなぜかそっぽを向いた。
「確かに佐伯さんはおじさんって感じあんまりしないけど……そこでその名前がでるって、さくらの相手ってもしかして?」
少し視線をそらすさくらに、軽口を向けるくらいの元気は出てきた。
ひた隠しにしている理由は、実は不倫だから、というのまではさすがに思っていないけれど。
「ちょっ。さすがにあいな先輩じゃあるまいしっ。佐伯さんは射程圏外だってば。それに不倫は無理だよ。あたしの彼氏はちゃんと独身だからっ。二十代だからっ」
「ほほぅ、年上なのかー」
佐山さんが、やっと情報が手に入ったとご満悦のようすだ。
ふむ。たしかにさくらが年上と付き合うというのはなんというか、少し意外な感じはあるのだけど、引っ張ってくれる人に惹かれるというのもあるのかもしれない。
「と、とにかくね! はるかさんなんかを見てても思うけど、メイクと話し方で印象を変えればまず五年後十年後でもいけるんじゃない? まさか女装コスだなんて思われてないわけだし」
こほんと咳払いをしながら、話の修正をするためにさくらは必死に解決方法を提示してくれた。
たしかに、最近のはるかさんの女装スキルはかなり上がっている。
声はルイからの技術提供もあるけれど、服装や仕草に関してもぐっとよくなった。
そんな彼はいちおう社会的には普通の男性社員だ。
今度、じっくり話を聞きにいこう。場合によっては会社に差し入れでもしながらそのまま部屋でおしゃべりとかもいいかもしれない。女子会にしかならなさそうな想像しか浮かばないわけだけれど、それはそれだ。
「だから、いま考えなきゃいけないのは、あたし達にとっての、どっちになりたいか、でしょ。そしてなりたいほうになれるかどうか、でしょ」
こっちの方がゆゆしき問題だってば、と言われると、うーんと逆に悩ましげな顔になってしまう。
「私は普通に趣味でいいから、就職関係の悩みはあと一年はしないで大学生活を楽しもうとか思っちゃってるけど、二人とも熱心だもんなぁ」
佐山さんはぺたりと布団に転がりながら、こちらをにこにこ笑顔を漏らしながら見つめていた。
どうやら彼女にとって我々は好ましいものに写っているらしい。
「じゃ、ここからは今まで撮ってきた写真の見せ合いっこ、だね。みさきちゃんの素材として合格かどうかを見せ合おうじゃないのさ」
「うぐっ……それを言われると悩ましい」
ふふんと言ってやりながらカメラのデータをタブレットに移動させておく。
とりあえず、ルイにとっての男女どっちになりたいか、は今の所は保留しておくことにする。
むしろ今は、この時間は、写真で盛り上がっていたい。
佐山さんが写真を見たそうにしていたので、タブレットの見せて良い写真フォルダを開いて渡しておく。
「それに、あたしは人とか動物とかそっちのほうが得意なんですからね」
「いろんな写真を撮る人がいるし、実際、記念写真を撮って欲しいみたいな依頼もあるから、さくらならやれるんじゃない?」
「うぅ。上から目線きたー。ったくもう、あんたったらもう経験してるからって……」
羨ましい、とさくらから上目使いでの苦情が来たのだけど、こちらはタイミングが上手く嵌まっているだけというのもあるような気がする。
さくらとしては、ゼフィ女の件も、この前のお子様撮影会のことも、羨ましいと思ってるようなのだ。
「卒業式関連の依頼は、純粋にあたしの技術によるものですからね。まー父様の同僚の子供とかだし、報酬も格安だったわけですが」
「ルイさん……うわぁ、あのクマときゅっとしてる写真とか……」
こちらで会話をしている間、佐山さんがタブレットに入った写真を見て、歓声を上げていた。
はわーとなっているようだ。
「あー、それはあいなさんに撮ってもらったやつね。カメラ買いに行った時に近くでイベントがあって、それの撮影係をやることになって」
「ぐぬっ……どうしてそこにいるのはあたしじゃなかったのか、悔やまれてしかたない……」
これでも子供の撮影とかも上手くなったのにーと、さくらは悔しそうだ。
「ちなみに、妖精役もやらされましたが、さくらサンはそういうのをこなせる自信がおありで?」
「……ないわよ。ったく、どうしてあんたったらそうやってなんでもかんでもできちゃうのか……」
もう、ほんと嫌になる……といいつつも、さくらは苦笑を浮かべて、ルイのタブレットを覗き込んだ。佐山さんに抱きつくような感じでだ。
その姿をカシャリと一枚。仲の良い友達とタブレットを覗き込む絵の完成である。
「やっぱり、これが将来おっさんになるとはとうてい思えない……」
佐山さんがなにやら妙な感想を言っていたのだけれど、その後の山の写真に移ってからは、別の意味での歓声になったので、聞かなかったことにしておこうと思う。
布団の上に寝転がりながらそれぞれの写真の品評会が始まり、気がつくと時計の針は二時をまわってしまっていた。
卒業旅行のリベンジではあるものの、どこか修学旅行みたいだなぁなんてことを思いながら、その日はまどろみの中に落ちていった。
明日も早朝から撮影である。
無事にルイさんが帰ってきました。大切なのはそう、カメラなのです。
書いててうっかり、ああなんかこれ女子部屋のりっぽいーと思ってしまった。
そしてルイさんはおっさんになるのか。
ならない気がします。
ですが、作者が高校時代にかわいい男子(学ラン姿で電車で痴漢されてた)と同窓会で会ったら、ちょいわる風なにーちゃんになっていて、愕然とした経験があります。まあ彼もいじればすぐにかわいくなるとは思いますが。
さて。これで卒業イベント終了です。長かった。
次話はフォルトゥーナへまいります。エレナたんと二人旅です。




