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282.卒業旅行リベンジ3

少し遅くなりました。午前休だったので寝てました……

本日ルイさんタブー破りしますのでご了承を。

 星空が嫌になるくらい頭上に瞬いていた。

 周りに明かりがあまりないから、その輝きはしっかりと感じられる。

 時間は十一時過ぎ。一人でどうしてこんな山道を登っているかなんて、もういう必要もないだろう。

 そう。三年前にも入ったあの混浴露天風呂に向かっている最中なのである。


 さくら達は、一人の方がゆっくりできるだろうし、混浴はちょっとということで、同行してきていない。

 きっと今頃夜景を撮ったり、今まで撮った写真を見せ合いしたりして盛り上がっていることだろう。

 それはそれで魅力的なことなのだけど、こちらだってリベンジを果たす気満々である。


「まぁー混浴は勇気がいるっていう言い分はわかるのはわかるんだけどね」

 選択肢としてそっちのほうが楽だと感じる自分のほうがおそらくおかしいのだろうと思いつつも、現実問題として女湯に入ることはできないのだし、男湯だってトラブルの元になるので、これしかないのである。


「でも、あれだけ広いお風呂に入らないとは、さくらたちももったいないなぁ」

 この時間にもなればまず入っている人はいないようなものだし、物好きがこっそり入るのが関の山だ。

 しかも、それを狙うのはたいていが訳ありだったり、男の人がいないといいなと思う女性客で、よく夜もずっと営業してるよねと思うくらいの場所なのだ。

 だからこそ、あのときの崎ちゃんも水着着用可なのに、素っ裸で入ってきた。

 こちらの人影を見つけて絡んできたのは、相手が男だったら曲がれ右でもするつもりだったのだろう。


「到着っと。他に人がいたら遠慮はするところだけど……んー。更衣室は今回はこちらをつかわせていただこう」

 脱衣所の前で少しだけ、ふむと考えを巡らせる。

 三年前のあの事件は、軽くトラウマである。

 そのため逆転の発想で、女子として最初から入ってしまえというプランを選択した。

 となれば、そう。脱衣所だって女子の方を、という話にもなる。

 

 それはちょっと、という気持ちがないではないし、捕まるリスクは確かにあるのだけど……

「今だけ女子、今だけ女子っていっても、さすがに反対だと犯罪感があるもんかなぁ」

 あふぅと、少しだけ二の足を踏んでしまう。

 これで、ルイは性別に関するタブーには敏感な方だ。

 佐山さん達と一緒にお風呂に入ったのは彼女達が是非にと言ってきたからであって、自分から誘ったわけではない。

 

 かといってこの格好で男湯の脱衣所を使うのは、どうなのだろうか?

 ほとんど人が来ないからこそ、別にそれでもいいという思いもあるのだけど……

「いちおう覚悟は決めてきたつもりだったものの……」

 実際、目の前に来てしまうとまた、少しもやもやしたものが出てしまう。


 温泉のため。

 この先には、月明かりの下で入るあのお風呂がある。

 それなのに、脱衣所が大きな壁になってしまっている現実。

 うぅ。本当にどうして混浴なのに、脱衣所が男女に分かれているのだろう。

 

「おっ。ルイのじょーちゃんじゃねぇか。こんなところで奇遇だな。おめぇさんも風呂に入りにきたんか?」

「ええと……?」

 暗がりから聞こえた声に視線を向けると、そこには久しぶりに見る、おっちゃんの顔があった。

 そう。小梅田興明さんが、おやとこちらに視線を向けていたのだった。

 

「は、はい。っていうか、興明さんどうしてこんなところに?」

「どうしてって、風呂に入りにきたに決まってんだろうが。撮影でちとこのそばまで来たんでな。ひとっ風呂入ろうと思ったんだ」

 嫌じゃなきゃ、一緒に入ろうじゃねぇか、と言われてどうしようかと少し考える。

 うん。いちおう水着は着用OKなわけで、その点は問題ないと思う。

 というか、興明さんにしてみたら、こっちは小娘扱いなわけだし、変に意識させる必要もないだろうし。


「ここは、お背中くらい流させていただいた方がいいのでしょうか?」

 男性側の脱衣所に入っていく興明さんの後ろ姿を見送りつつ、こちらも女性用の脱衣所を使う決心がついたのは、それから少し後のことだった。



「入るまでは良かったけれど……」

 月下の温泉は静寂につつまれていた。

 鳴っているのは注ぎ込むお湯の音だけ。

 興明さんは話しかてくるではなく、少し離れたところでゆったりとお湯を楽しんでいる。


 気まずい。

 というか、年上の方と一緒にお風呂に入ることなんて経験がなさすぎて、話をしていいのか黙っていた方がいいのかすらわからないほどだ。


「にしても、あれだな。やっぱり年頃のじょーちゃんだと、混浴は気になるかい?」

 それはあちらも同じだったのか、ちらりと少しだけこちらに視線を向けつつ、遠慮がちに訊いてきた。

「……まあそれなりには。相手が興明さんじゃなければ、もうちょっと気楽にいられたとは思うんですが」

「お? 俺が一緒だと緊張するたぁ。けったいな言いぐさじゃねぇか」

 他のやつならいいのかい? といわれて、まーそれはそれでねぇと思うところもある。

 水着は着ていても、相手の方がどんな反応するのかはわからないし。

 でも、決定的に、どうでもいい他人ならば、見られたところでなんとも思わないものだと思う。

 実際、プールに行ったときとかは、そんなに気にならなかったわけだし。ちなみに今はトップスのほうも着込んでいるので、胸もしっかり隠れている。


「そりゃ……憧れの人、なわけですし」

「なんか、こそばゆいもんだな。いや。まあお前さんが俺の写真を大好きっていうのは、前にもさんざん聞いたし間違っちゃいないんだろうが……なんだな」

 やべぇな、これと興明さんはなぜか顔を背けてぼそっと呟いた。


「ええと。あれだ。ルイのじょーちゃん。この前はうちの愚息が世話になったみたいだな」

 こほんと咳払いをしてから、興明さんは息子さんの話題に触れ始める。

 こちらも関わっていることなので、ちょうど良い話題というところなのだろう。


「てっきりアニメクリエイターのお仕事を始めてるのかと思いましたが」

「ばかやろぅ。許すわけねぇだろうが。でも、ま、あいつもちょっとだけ前向きになって、親としてはちぃとばかり安心はした」

 興明さんの話だと、絵の勉強というのを少しずつ始めているということらしい。

 まあ、今の歳から始めてあのへたれが使い物になるのかはわからねぇけどな、という興明さんの声はいつもよりも優しい気がする。


「いつでも、なんでも始められるって言葉はありますけど、重ねた時間というのは、嘘はつかないって言葉もありますしね」

 ことが技術を要するものである以上は、一定以上の学習の時間は必要だ。

 それは、写真をやるものとしては、実感はある。

 前に姉の合コンに連れて行かれた時にも、そんな話をしたような記憶もある。


「大人になって生き方を変えるのは、なかなかにキツいもんがある。っていっても、じょーちゃん位の子に言ったところで実感はないんだろうが。俺はもう、コレ以外で食っていく希望も方法も思い浮かばねぇ」

 じゃばりと両手を空にかざして指先でフレームを作って片目を閉じる。

 きっとあそこからだと、月が入る景色を映し出しているのだろう。


「おまけにあいつは、もう独り立ちした良い大人だ。家にはおいてやってるが支援はしねぇ。生き方を変えるなら、自力でやるしかねぇ。その覚悟があいつにあるのかどうか」

 ま、俺達は見守ってるだけだ、ともう手を離れてしまった息子の姿を思い浮かべているのか、彼はフレームを維持したままもう片方の目を細める。


 大人になるまでに、道が決まっていること。

 それはきっと、いろんな面でアドバンテージがあるのだろう。

 特に技能が必要なものに関しては。

 ルイとしては、写真以外の何かをこれからやろうというつもりはあまりないわけだけど、途中からそれを変えるのはなみなみならない努力が必要になるのではないだろうか。

 

太陽(コロ)のやつもあいなのじょーちゃんも言わないだろうから、俺が敢えていうが」

 そんなことを考えながら、ちゃぷりと浴槽のお湯をすくっていると、興明さんはちらりとこちらに視線だけ向けてきて、そう前置きをした。

 あんまりまじまじと見るのもなんだな、とか思っているのだろうか。


「おまえさんは、五年後、十年後、どっちになりたいんだ?」

「へ?」

 真剣そうなその質問に身体が硬直した。

 お風呂に浸かって身体がほっかほかになってきているはずなのに、冷や水でもぶっかけられたかのような寒さが身体の芯のあたりにずんと走ったようだった。

 まさか興明さんったら、こちらの素性をご存じなのだろうか。

 たしかにあの興明さんならすさまじい眼力でこちらの正体を暴くくらいなことはやってのけそうではあるけれど、その上でどっちになるかだなんて言葉をかけてくるとは思いもよらなかった。

 

「おいおい、そこで硬直するたぁどういうことだ。プロになる決心とか決意とかはねぇってのか?」

「あ、そっちですか……」

 こちらの反応にむしろ怪訝そうな顔をした興明さんは、おいおいどういう了見だいと、ご不満なご様子だった。

 そんなことを言われても、そんな決まり切ったことを聞かれるだなんて思ってなかったのだもの。

 てっきり、性別のことのほうを聞かれたのだと思った。


 ふむぅと思いながらも少しだけ身体をお湯に沈めて、思い切り身体に入った力を抜いた。

 いいや。抜くように、した。

 けれど、こわばった身体はそのままだ。

 どっちになりたい? という単語が頭に嫌に反響する。


「ま、お前さんがプロになりたいっていうんなら、早めにつばつけておこうかと思ったんだがな」

 うちの息子もお世話になったようだしな、と興明さんはさっきの真剣な表情を緩めて身体を弛緩させた。

 さっきの話はこれの前振りだったのかもしれない。

 そのお誘い自体は確かにありがたい。時々彼の家にいって、撮った写真を見て講評してもらうというのなら、自然写真の撮影スキルもかなりあがりそうだ。


「若いうちは悩めばいいさ。今の時代、モラトリアムが伸びたとかいろいろ言われてるしな」

「いや、その、だから」

 プロになる気はあるんですってば、と思いつつ、それでも明確にそれを言うことはできず。

 んじゃ、俺はあがるわ、と興明さんがあがった後も、しばらくその場を動くことはできなかった。  

 チャンスを逃した衝撃と、将来の方向性が頭の中をぐるぐる回って、どうしていいのかわからなかった。

さて。お風呂リベンジということですが。よくよく考えると「更衣室の前で止まっちゃうよねこの子」ということで、興明さんにあと押しをする役をしてもらいました。


そして、憧れの人と入るお風呂なわけですが、まータブー破りのペナルティというか、ルイさんとしてはちょっとショッキングな感じになりました。

ちゃんと次話では復活しますので!


そんなわけで、次話は宿での一幕です。

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