281.卒業旅行リベンジ2
「ドレス姿は見慣れているとしても……さすがに裸は初めてだ」
ちゃぷりと水音が鳴ったかと思うと、さくらは顔を湯船に静めてぷくぷくと泡を吹いていた。
その視線の先にあるのは、ルイの入浴姿である。
あんまりじろじろ見られるのも困るのだけど、佐山さんも思い切りこちらに視線を向けてきているので、ある程度しかたないことなのかもしれない。
あたりはもう日も落ちて星空なんていうのが浮かんでいるのだけれど、しっかりと明かりはついているので、月明かりの影になってあまり見えないなんていう都合のいい状態にはならなかった。
ちなみにこちらは二人の裸には必要以上に視線を向けない。
別に、狙ってそらすということもしないけど、人様の裸をじろじろ見るのはお風呂のマナーとしてはいかがなものかと思うわけなのだ。
まあ、女湯なら、きゃっきゃと胸の大きさがどうのーとかで盛り上がったりするのかもしれないけど、女湯に入ったことがな……いや、事故で一回入ったきりなので、そういうシチュエーションが本当にあるのかはわからない。
さて。なんでこのようなことになっているのかといえば、佐山さんが貸切露天を一時間借りてくれていたからだった。
ご飯を食べて終わってからというもの、佐山さんがお風呂いこうよ! と誘ってきたので、女湯で一緒には無理なんですが、と答えたらこの答えが返ってきたのだった。
まあ、予想はしてますよね。わかってます。
「さくらは、彼氏がいるというのにこんなことをしてしまっていいの?」
「いいんじゃないの? ウィッグは外さないこと、これ守れば、別にただの女子同士だし」
脱衣所でそんな会話をしながら、ほれ、あんたもさっさか脱ぎなさいな、と言われてしぶしぶ服に指をかける。
じぃと視線が向けられているのを感じたのだけど、それを追ったら佐山さんと目があった。
「あんまり見られると、脱げないわけですが」
「気にしないで。綺麗な子の脱衣シーンをばっちりと見ておきたいだけだから」
「お風呂のマナーとしてガン見はあまりよくないと思います」
貸切露天は脱衣所も個別になっている。そのため今この場にいるのは三人だけ。
とはいっても、こうも視線を向けられてしまうと、いささか安心感もないわけで。
「見て良いのは見られて良い覚悟のあるやつだけだ! と昔だれかがいっていたわ」
ほれほれ、ルイさんもあたし達の裸見てもいいから、気にしないでいいから、と佐山さんは思い切り上着を脱ぎ去った。形の良い二つの膨らみが視界に入る。
ふむ。なかなかに立派なおっぱいです。
でも、姉様のほうがきっと大きいし、それに恥じらいがないのはあまりよい被写体ではないと思います。
ちょっとこう、隠れてる方がいいもんだ! ってエレナとかも言っていたし。
「そして、男女の裸は等価ではないということも」
そんなこちらの反応はお構いなしに、ばばーんと仁王立ちした彼女は、ドヤ顔をしていた。
ま、まぁ綺麗な裸だとは思いますヨ。
「えっと、貸切だから水着着用オッケーだよね? 下だけだけど」
とりあえず、こちらも服を脱いでおく。
風呂にはいるのだからね!
え。なんで水着用意してるのかって? それは、例の混浴露天に夜になったら行こうと思っていたからだ。
そして、前回の反省から、もう女子として入ろうと決めたのだ。
女の子がひょっこり入ってきても問題はないし、男が入ってきたときは……うん。生唾でも飲んでおいてくださいとしか言えません。
もちろん混浴なんだから、堂々とはいれよって話もあるんだけどね。
「等価では……なかっ……た」
そんなこちらの姿を見ながら、佐山さんはがくりと崩れ落ちる。
「あー、うん。その敗北感。あたしは何度も味わっているし」
よしよしとさくらが佐山さんの頭をなでなでしている。
「来年二十歳とは思えないボディーラインね。ああ、言い換えようか。成人男子になるだなんてびた一文思えないボディーラインね」
「……胸は凝視しちゃ嫌だからね?」
さくらがじと目でこちらを見てくるので胸元を腕で隠しておく。
ルイとしては、胸はいちおうコンプレックスだという風に思っている設定なのでこんな反応になる。
そういえば去年の夏はこれで、姉様に、あんたはぁと呆れた声を上げられたものだった。
でも、あれは、弟に色目を使ってきたのがいけないのだ。
「下は……いいの?」
「水着あればまあ、なんとか」
座り込んでいる佐山さんの視線が再びこちらに向いた。
うん。水着が着れると豪語しているのだから、これくらいはできないと話にならないと思う。
今日のルイさんは、水着をきますよ! と宣言した通り、下だけは着用させていただいている。
お風呂で水着は邪道だと思っているけれど、相手はこちらを、多分普通に女子友達だと実感している状態で、男としての形を見せられるはずなんてないわけだ。
いえ。すみません。物珍しそうに、へぇーとか言われるのが嫌なだけです。
タックっつっても、いろいろテーピングとかいるんで、全裸でどうこうはさすがに無理デスよ。
「……ついて、ないんだけど?」
「うんうん。ついてないように見えるよねー。水着っていうからパレオとかでごまかすのかなーって思ってた時代が、私にもありました」
さくらがはぁと深いため息をついていた。
はて。沙紀ちゃんたちもそうだけど、どうしてそんなにタックが珍しい扱いになるのか。わけがわからない。
「ま、このままこうしててもしょうがないし、ほら、さっさと入っちゃおう? 時間ももったいないし」
一時間しかないのだから、ゆっくりと入ろうではないですか、と一人からから貸しきりのお風呂の扉に手をかける。
すると、目の前には岩で組まれた露天風呂が現れた。
さすがに大風呂ほどの広さはなく、せいぜい六人程度が入れるかなというくらいのサイズだ。とはいっても三人ではいるのだったらそんなに狭いという感じにもならなさそうだ。
「まずは体を洗ってから、だね」
「う、うん」
洗い場は三つ。仲良くならんで体を洗い始める。
まさかさくら達と隣り合わせで体を洗う日が来るとは思っていなかったけれど、まあ特に騒ぐ理由もないのでいつもと同じことをするだけだ。
お風呂の方が優先である。
「あの。ルイさん? 修学旅行の時もそんな感じでお風呂にはいってたの?」
じと目になりながらため息混じりの佐山さんに、はてと首をかしげておく。
お風呂に入るときの作法は基本的に男の時と女の時で変えていたりはしない。
というかボディーケアは大切なので、普段のお風呂の作法がそのまま外でも適応されるだけのことだ。
「別に大風呂の隅っこで洗ってただけだよ? 特別騒ぎにもならなかったしね。翌日は誰かさんのせいで、入れなくなっちゃったけどさ」
あれはほんともったいないことをしたと、いいながらざぶりと桶のお湯を肩からかける。
水滴がつぅと背中を伝っていく感触が気持ちいい。
「先入観って怖いなぁ。まーだーれも男の裸がこんなんだーとは思わないだろうけどさ」
よいせと佐山さんもシャワーで体の泡を流してから、立ち上がった。
そろそろ浴槽のほうに入ろうという姿勢だ。
こちらもそれのあとについていくように、石でできている浴槽のほうに向かう。
露天風呂の醍醐味は浴槽の特殊さにもあると思っている。
このざらっとした感じがいい。
体は洗っているのだけれど、かけ湯をしてから足の指先をお湯につける。
うん。少し温めのお湯はかなり好みだ。
長湯をしても体力を消耗しない感じ。
「うわ、水の屈折率がすごいことになってるね」
浴槽の底が歪んでるのをみて、さくらがおぉーと少しテンションをあげている。
たしかに、いろいろな成分が溶け込んでいるお風呂はこんな風に底のほうが歪んで見えることもある。
こういうのは視覚的にみていて楽しい。しかもいい感じに水面が光をうけてきらきらしているのもいいものだ。
周囲のほんやりしたオレンジの光が見事に反射している。
「カメラ持ってきたいところだけど、さすがに自重しました」
「そうねー。たしかにこの景色は撮ってみたいかなぁ」
ま、気を付けないと水面の反射とかで、こっちの裸体まで写りそうだけどと、佐山さんは苦笑している。
おしゃれな写真を緩く撮るーといっていてもさすがはあいなさんに指導を受けただけのことはある反応だ。
「佐山さんは温泉とかわりとよく来るの?」
「んーそうでもないかなぁ。裸の付き合いってできる相手そんなにいないし」
実は今日はちょっと無茶をしております、といいつつ佐山さんはおどけたように肩をすくめた。
「あ、あたしだって、お風呂そんなに経験あるわけじゃないわよ。それこそ去年の夏に行ったのが最後くらい」
裸の付き合いは、ちょっと勇気はいるものだしとさくらまでそんなことをいいながら視線を背けた。
さっきからノリノリだったと思ってたけど、案外そうでもないらしい。
「もったいないなぁ。せっかく普通に二人とも入れるっていうのに」
「そういうルイさんは無類のお風呂好きなんだっけ?」
そう言われるのは、今回の旅行先にここを設定した理由でもあるので、その通りと答える以外にない。
「入れるものなら、いろんなところの撮影にいって、いろんなお風呂に入りたいんだけど、なかなかその機会がないというか。前にちゃんとした温泉に入ったのが春先のことだよ」
「あんたのことだから、どうせなにかのトラブルに巻き込まれたんでしょ?」
さくらの突っ込みに、はははと乾いた笑いが浮かんだ。
ええ。いろいろとありましたよ。
「その前は夏の時のコテージだからねぇ。あそこも個人所有とは思えないとてもいいところでした」
また今年も行きたいよねーなんて話をしていると、さくらはこくこく首を縦にふった。
なんだかんだあったけれど、あのときは女子組と別々だったので、少しばかり取り残された感というのはあったのだ。
コテージのお風呂もそこそこの広さがあったので、小規模の人数なら十分対応できそうだ。
ま、集まるなら、そこそこの人数にもなりそうな気はするけれど。
「んはぁ、エレナたんの裸……ルイ。あんたは一緒に入ったことあるのよね?」
「んー、まあ、そうね。あのときは別々だったけど、この前お泊まりしたときは一緒だったよ」
「くぅっ。想像しても女子会の図しか浮かばない……」
「あの写真の子か……男の子、なんだっけ?」
さんざんルイが撮った写真を見ている佐山さんは、少し視線を中空に向けてその姿を思い浮かべているらしい。
「エレナの性別については、内緒なわけだけど」
「最近の写真はずいぶん女の子っぽい顔をしてるような気がする、かな」
「まーそう感じるのはわかる気はする」
うんうんとさくらが頷いていた。それにはルイも同意見だ。
性別不詳を貫いているエレナだけれど、どんどん女子成分の方が強くなって行っている気がする。
本人は、まだまだ性別不詳で行くよ! とは言っていたけれど、男装していてもかわいいからなぁ。
「いいなぁ。一緒のお風呂。というか、そういうところは是非誘っていただきたかった」
「この前のあれに関しては、さすがにさくらでもなぁ。あ、でも、お泊まり会自体は今度やろっか?」
ほれほれ、いろいろ彼氏どのについて語らせてやろうではないですか、というと、佐山さんも目を光らせ始める。
「むしろそれは今日の夜のネタということで! もーお正月の時は結局、細かいところまで聞けなかったし」
今日は逃がさないからねー、と佐山さんはさくらに肩に抱きついた。
ふむ。とても女子風呂な風景である。
「あ、あの人のことは別にどーでもいいじゃない? それよりかルイのネタで盛り上がろうよ。春のお風呂事件の話、もっと詳しく聞きたいなっ」
さくらはきょどりながら、強引に別の話題に変えたいらしい。
もうそんなにひた隠しにしなくていいと思うのに、なぜかなかなかさくらは紹介してくれないのだ。
ルイにだけは絶対言わないと断言されたほどである。
もしかしたら非実在青年なのではないだろうか。
「春の件は、まーちょっとした手違いで、混浴から女湯に潜入しちゃって、斉藤さんとばったりっていうですね……」
「うわぁ、ちづったら、この前あったときなーんにも言ってなかったけど、そんなことあったんだね」
「いちおう内緒にしてもらってるから。さすがに事故とはいえ、その……あたしが女湯に入るのはさすがに、ね」
犯罪臭がしてしまいます、と肩をすくめながらいうと、そんなことないよーと、佐山さんがきゅっと肩にだきついてきた。
軽く胸が当たっていたりするのだけど、あまり気にしていないらしい。
「ルイさんなら、別に入ってても違和感無いっていうか、大丈夫だと思う」
「むしろあれね。水着で入る温泉テーマパーク的なアレなら、いけるんじゃない?」
「奇抜なお風呂があるあそこですか……」
世の中にはワイン風呂やらコーヒー風呂なんてものがあるらしく、そこは水着の着用もOKな場所だったように思う。
「楽しそうだから一回は行ってみたいとは思うけど……個人的にはこういうゆったり入れる普通のお風呂がいいかな」
ふぃーと、身体を思い切り伸ばして首までお風呂に浸かる。
わいわい楽しむお風呂もいいものだとは思うけれど、こうやって静かに入れるお風呂は何物にも代えがたいものだと思う。
そもそもが、お風呂好きなのに普通のお風呂に入れないというのが悩ましいところだ。
「トラブルがなくゆっくり入れるっていうのは、ほんっとありがたい。しかもこんな風におしゃべりしながら入れるっていうのも、滅多にできないことだから」
ちゃぷりと水の音が心地よい。
その音を聞きながら二人に、にこりと笑いかける。
「今日はありがとね。誘ってくれてすごく嬉しかった」
「うぅ。。その笑顔は反則。ほんと反則」
「いろいろ計画たてたのが報われた瞬間! はわぁ。こんな顔されちゃったらもーたまらんー」
佐山さんがテンションをあげながらさくらに抱きついていた。
ばちゃんと水しぶきの音が鳴ったけれど、そんな空間もゆったりとしていて。
これで時間制限がなければもっといいのになんて、その姿をみながらルイは思ったのだった。
お風呂回ということで。貸切でございます。
エレナさんとのお風呂風景はこの前ざっくり割愛させていただいたので、女湯風景っぽく行ってみました。
……かけらもルイさんに男らしさがでない。女装潜入ものだとよくあるテンションアップイベントだというのに。お風呂はゆっくり入るモノだと思っています。
さくらの彼氏の話に関してはまだまだ秘密な感じです。
さて。次話ですが。夜の山のお風呂にルイさんを入れてあげようかと思っています。




