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277.

ま、まにあった……

「それでは、二人の卒業を祝してー」

「かんぱーい」

 かららんと、良い感じなグラスの音が鳴った。

 場所はエレナの家の第二キッチンだ。本日は執事の中田さんにもパーティーのことは伝えてあって、旦那様が急遽帰るようなら連絡いたしましょうという協力も取り付けている。


 うーん。中田さんは本当にエレナの活動にはベタ甘なのだよね。ルイさんの着替えに関してはかなり驚いたものの、それでもすぐに適応したし、お父上に知られないような工作もいろいろしてくれている。

 ばれて一悶着が起きて、雨降って地固まるみたいなのもありだとは思うのだけど、そこらへんは人様のお家のことなのでこちらからはとやかく言えない。


「にしても、鳥を丸々一羽とは豪勢ですね」

「お祝いだしねー。でも、普通に丸焼きだとなんか味気ないので、参鶏湯(サムゲタン)にしてみました」

 もっと寒い時期の方が美味しいかもしれないけど、といいつつ取り皿の用意などをしているエレナを横目に、参鶏湯の鍋の中をじぃと凝視する。

 塩味をベースとした、鶏料理である。

 丸々一羽のお腹の中に、餅米やらナツメやらネギやら、薬膳っぽいものが入っているスープで、今のこの状態だとまだ鳥がでんと入っているだけ、という見た目だ。

 しっかり煮込んでいるようで、おそらく箸を入れればすぐに鶏の身はほぐれてとろとろになるのだと思う。


 せっかく女装生活も終わったからちょっと男の子向けのものも用意してみるよーとかなんとか言っていたはずなんだけど、どうもこの子の中ではここらへんが男子向けに入るらしい。

 というか、ただたんによーじ君が食べてて気に入ったものを選んだだけかもしれない。

 なんていうのかな。男子飯っていうともっとこう、がつんとくるというか。

 味より量みたいなところがあると思うのだけど、参鶏湯はむしろ女子向けだと思うのです。コラーゲンたっぷりだし。


「嬉しい限りです。まさか家でいただけるとは思っていなかったので」

「沙紀ちゃんの鹿起館だと、寮母さんが作ってくれたりしそうだけどね」

「一度だけ出たことはあります。夏ばてしてみんなの体調が悪いとき、だったかな」

 あれも、美味しかったですーという沙紀ちゃんの声は、相変わらず高いままだ。

 実を言えば、沙紀ちゃんの地声は聞いたことはないんだけれど、どんな感じなのだろう。

 今日はさすがにこの場でねだらないけれど、男子状態の彼も撮ってみたいように思う。

 身長のあるお姉様の彼は、きっとすっげーイケメンなんだろうさ。


「ええと、沙紀ちゃん。もう試練終わったんだから男子状態で喋ってもいいんじゃない?」

「ですが……この場に男性一人混ざるというのも、ちょっと抵抗があります」

 実際は、一人混じっている方のまりえさんが苦笑混じりにぽふぽふ沙紀ちゃんの頭を撫でた。


「いちおー無礼講で良いと思ってるんだけどね。でも、たしかに制服姿なら女装スイッチはしっかり入れて置いてくれた方がいいかも」

「その格好でスイッチきっちゃって、がははぁ、俺様は沙紀矢さまだぁ、ふぅはははぁ! とか言われたら、確かに違和感ありまくりだけど」

「「その、狙ったような男声が違和感ありまくりですっ!」」

 ちょっと、勢いに乗って低音を出してみたのだけれど、必死に二人に反応された。

 まあ、ルイさんで男子状態を出すのはレアですし、違和感を持っていただいたことはいいことなんだけど。

 ネタにまでそんなに食いつかなくてもいいんじゃないでしょうか。


「まっ。今日は女子会メインってことで、沙紀ちゃんもせっかくだからもーちょっと、女子っぽい雰囲気のままでいきましょうって感じで」

 さあ、いつものように(、、、、、、、)生活しましょうと伝えると、仕方ないですね、というお嬢様っぽい返事が返ってきた。

 もうちょっとだけお姉様な沙紀ちゃんが見れるらしい。 


 そんな沙紀ちゃんにお疲れ様とシーフードサラダをよそってあげる。オリーブオイルをベースとしたドレッシングでいただく、カルパッチョ風味である。

 本日のエレナの食卓はかなり頑張ったらしく品目も多めだ。

 サラダはもとより、箸休めにキムチも置かれてあるし、少し話を聞いたらチヂミも焼くよ! と言っていた通り韓国風な仕上がりである。

 食後は帰りがけに買ってきたアップルパイと、紅茶でリフレッシュする予定だ。


「野菜もシャキシャキで普通に美味しい……」

「ドレッシングの塩加減が絶妙ですね。やっぱりエレナさんすごいです」

「ボク好みにしちゃってるんだけど、気に入っていただけたなら何よりかな」

 もそもそ野菜を食んでいる後輩達をみながら、エレナがちょっとくすぐったそうにしている。可愛いので一枚カシャリ。良い感じである。

 そして参鶏湯も取り分けて、熱々なのをいただく。

 うん。疲れた身体に染み渡るような優しいお味だ。

 コラーゲンもたっぷりと言うところが女子には嬉しいと形容されるのがよくわかるような、とろっとろのスープである。

 

 韓国で男子っぽいがっつりしたご飯となると、真っ先に焼き肉が思い浮かんだのだけど、制服が匂いそうなので、とかいう理由でこちらになった。まあ、一年お疲れ様という意味もあるのだろう。

 普通に料理の感想を言いつつ、食事はそこそこ進んでしまった。

 途中でエレナが席を立って、チヂミの仕込みに入っていった。

 あとは焼き上がるのを待つだけのようで、キッチンタイマーを仕込みつつ席に戻ってくる。


「ではー、ここらへんでー、沙紀ちゃんの一年間を思い出す曝露話をはじめたいと思いますっ」

 ぱぱぱーんと、口でいいながら、周りに拍手を強要する。沙紀ちゃんもそのテンションについていけないながら、自分でぱちぱち叩いていた。さすがに日本人である。見事に横に習えだ。


「まりえさんもフォローにまわりつつお願いね! 我々。ええ、我々ここ四ヶ月、とても楽しみにしていました」

「うんうんっ。ボクは実際学院に入ってもいないから、想像いろいろしちゃって! ほら、女装潜入ものってゲームにはいっぱいあって、プレイ済みだったりするわけだけど、実際の例を見せられたらどうなんだろうとか、どういうイベントがあったんだろうとか、わくわくしちゃうじゃない?」

 それに、ボクは男子校だったし、女子高の中っていうのは興味深いんだよね? とにこりと言われて、沙紀ちゃんが頬を赤らめていた。沙紀ちゃんすら惑わす小悪魔スマイルである。可愛いので普通に二人とも撮影させていただいた。

 ちなみにこちらに来てからはすでにSDカードは入れ替えてある。咲宮の家への納品分はもう別にしてあるのだ。まあ、大喜びで息子を女装させて自分の学院に放り込む母親なので、エレナのことを見ても喜ぶだけのような気がしないでもないけれど。


「まずはクエスチョン1ー、どうして沙紀ちゃんは生徒会長のおねーさまとして選出されたんでしょうか?」

 質問用紙をとりだしてエレナが読み上げる。

 ここまで待つまでの間、いろいろと気になったところ、イベントになりそうなところを箇条書きにしたものである。

「それはその……みなさまにご推挙いただいたとしか」

「……どうして目立つとはいえ転入したばかりの人がそうなったのか、が聞きたいところかな?」

 さぁ、喋っちゃおうか、とじぃーとエレナの上目使いの視線が向けられる。この顔は正直反則的に可愛い。

 沙紀ちゃんも、うぐっとなりながら話し始めた。


「もともとは、まりえと一緒に居たのが大きい要素でした。この子はご覧の通り委員長気質で、みんなの手本になるような、まさに生徒会長にふさわしい性格をしています」

「んー、私としては補佐とか、裏で仕切るとかそういうほうが性に合ってるのですけどね」

 ふむ。たしかにいままでのまりえさんの働きっぷりを見てる身としてはどちらの言い分も納得はできる。まりえさんはついつい沙紀ちゃんの影になってしまっているけれど、出来るお姉様である。

 それはあの合コン事件のことを見ても思うし、実際生徒会長をやれと言われたらそれなりにはやりきっただろう。

 でも、しっかりしすぎてる所もあるので、暴走をしっかり止める安全弁としての副会長枠というのが一番似合うというのもよくわかる。


「でも、まりえちゃんは確かに目立つほうだとは思うけど、それだけで生徒会長になれるだろうか、いや、ない」

 ふむ、とまるで探偵のような表情をしながらエレナがぽそっと呟いた。

 確かに彼女の言うように、まりえさんの友達だからというだけでなれるようなものでもない。

 その様子をみながら、沙紀ちゃんは苦笑を浮かべながら話し始めた。


「同学年のライバル候補と揉めたのですよ。ちょっとお嬢様成分が強めの子で……ええと、来年の生徒会長さんみたいな感じ、といえば()にはわかるかしら」

「ああ、奏さんに良くしてくれた、あの方みたいな感じ、と」

 蓮花さんのことはもちろん今でもしっかり覚えている。

 良くも悪くも正義感溢れるお嬢様という感じだったのだろう。


「まりえはこれで合理主義者ですからね。慣例には従う方ではありますが、くだらないものに関しては割と緩いんです」

「異性交遊禁止は、割と厳しい感じです?」

「実際、会自体は開かせたのだから、十分リベラルではないかしら?」

 リベラルと言われて、一瞬わからなかったのだけど、自由主義的(リベラル)と脳内でなんとか変換を済ませた。保守の対義語で、自由というよりは革命的な主張を受け入れる主義というような感じだろうか。詳しくは後でググっておこう。


「あそこで見つけたのが蓮花さんなら有無を言わさず解散、かぁ。そう言われるとそうだよねぇ」

 うん。むしろまりえさんがよくあの食事会を許したよね、というのももともとあったんだよね。

 沙紀ちゃんの影響も受けてるのだろうけど、厳しい副会長様も柔軟な面があったということだ。


「それで、まりえが詰問されてるところを、私が颯爽と庇って論破したのが、どうやら噂になったみたいで。詳細は省きますけどね」

 学内のことなので、諍いの理由とかは内緒です、と彼女は参鶏湯のスープを飲みながら、はふぅと幸せそうな吐息を吐いた。

 まりえさんもあのときは助かったと、嬉しそうな笑顔を浮かべている。その時のことを思い出しているのだろう。


「……よくばれなかったね」

「うんうん。大丈夫だったのがキセキかも」

 さて。そんな二人の世界を見つつ、こちらの二人はハラハラしながら別視点のお話をしていた。

 うん。女装潜入の一番の問題は「ばれるかどうか」だろう。

 かっこいい、というのは男性的な要素だ。それを強く押し出してしまっても大丈夫だったのだろうか。


「そこはほら、女学院に男がいるはずがない。だから王子様っぽく見えても、女性に違いない、というバイアスがかかってるから、大丈夫ですよ」

 奏だって、さんざんいろいろやらかしても、大丈夫だったのでしょう? と言われてあの一週間を思い浮かべる。

 更衣室とか入ったけど、誰一人奏を男だろうと疑った人はいなかった。


「まあ、多少胸がなくても、ごまかしはきいたけど……あたしは別にかっこいいこととかしてないからなぁ」

「そうですね。奏さんは、妹にしたい子ランキングの上位でしたし、かっこよさより、かわいさ、はかなさのほうに振り切れていましたよね」

「……そんなランキングあるんかー」

 うへ、と思いつつ、焼き上がったチヂミを自分の皿にのせる。

 甘辛いタレがほくほくの生地に絡んで美味しい。

 お好み焼きに比べるとふわふわ度は下がるけれど、こちらはこちらでよい味だと思う。


「そして、あの学院ではちょっとした男らしさみたいなものでも、みなさんには刺激的なのです」

「みなさん箱入り娘ですからねぇ」

「それだけでみなさん落ちたのね……」

 エレナがぽつりと心配そうな声を上げていた。

 男子校通いだった彼女はもちろん、男への耐性はしっかりとある。

 そんな彼女だからこそ、大学に入って男に触れあうようになったときに大丈夫なのだろかと思ってしまうのだろう。


「それはただ沙紀がかっこよかっただけのことで、一般的な殿方に全部当てはまるわけではないと思いますよ」

 その意図を掴んだのか、まりえさんが補足してくれる。

「まー、ゼフィ女の子達って高嶺の花みたいな感じで、よっぽどいい男じゃないと相手にしないみたいな感じはするけど……でも良い人を装ってる人にあっさり騙されそうだとは思うよ?」

 あからさまに、下心丸出しの男はばっさり行くと思うけれど、親切な顔をして近づいていけばころっと騙されそうな気がしてしまうのは気のせいではないと思う。

 

「んー、そこらへんは母にも提案しときますよ。一年間の感想ということで」

 よくよく考えれば、今回の件は母に一番のメリットがあるのではないか、と沙紀ちゃんは頬を膨らませた。可愛いので一枚撮影。

 でも、その通りだとも思う。あの閉塞した女学院に異性の視点で入って問題点を暴き出すというのは、きっと有用なことなのだろう。


「従兄弟がやった六年前はそれどころではなかったのでしょうが、私の時はいろいろと有益になるように仕向けたのでしょうね」

 お祖父様が始めた決まりとはいえ、それをそのまま飲み込むだけでは済まさないのが、やり手のお母様らしい。

 確かに、びしっとしてて格好良かったものね、沙紀ちゃんのお母様は。


「……そういえば、一族の全員の男子がやるって話だったっけ?」

「はい。最初にやったのは、少し歳の離れた従兄弟です。あの人はすでに高校生ではなかったので、女子大で一年過ごすというような形になりましたが……」

 問題は起きなかったけど、大学という土地柄もあってなにも無かったのだと彼女は言った。

 まあ、大学まであのがっちがちな箱庭状態というのもあまりないだろうから、変化を起こすようなこともなかったのだろう。

 それにしても、沙紀ちゃんはまだ若いからいいけど、その従兄弟さんは二十歳過ぎてからやっても通用したとは、そうとうのイケメンさんなのだろうか。

 ちょっと、普通に撮影してみたい気がする。


「あとは、年下でもう一人いますが、こちらはゼフィ女に来年入る予定です」

 一年の時と三年の時と、どちらが大変かと言われれば……ということだそうで、と沙紀ちゃんは遠い目をした。

 うんうん。三年から途中編入するより一年から入った方が気楽だよね。目立たないで済むし。

 でも、結果的に沙紀ちゃんの場合は三年で良かったのだと思う。

 いい後輩にも恵まれているし、周りからの人望もすごいのだから。


「あらあら。じゃあ沙紀ちゃんももう一回女子高に潜入とかいかがかしら?」

 チヂミをあむりといただきながらからかうと、彼女ははぁと参鶏湯のスープを飲みながら、物憂げに言ったのだった。


「二度と女装潜入はゴメンです。試練の名にふさわしい一年でした」

 はい。その通りだと思います。


「それじゃー、ゼフィ女話第一弾はここらへんで止めておいて、アップルパイに行きましょうか」

 お腹も満足でしょ? とエレナがカウンターキッチンの中から声をかけてくる。

 いつの間に移動していたんだろう。


「さんせーです! ああ、久しぶりのアップルパイ。楽しみです」

 まりえちゃんが食いつくようにその提案にのった。

 こういう姿を見ていると、本当に鉄面皮のような厳しい顔とのギャップがあって彼女も可愛いと思う。その姿を一枚カシャリ。メリハリがあって大変よろしいと思います。


「それじゃ、ルイちゃん。紅茶の準備もよろしくー」

 空いたお皿とかは片付けるので、とエレナに言われてこちらも立ち上がった。

 ある程度お腹もいっぱいになっているので、少し身体を動かした方がデザートも美味しくいただけるに違いない。


「茶葉の指定はお願いね」

 じゃばっと水をやかんに入れて火にかける。

 そして、紅茶の道具一式をとりだして、並べておく。

 美味しい紅茶のためにはティーポットなどを温めておく必要があるので、こちらはすでにできあがっているお湯をかけて温めておく。

 エレナがほいと渡してきた茶葉の匂いをかぐと、ふわりと清々しい清涼感が味わえた。


 さて。ひさしぶりのアップルパイである。

 別腹をフル稼働しておいしくいただこうではないですか。

昼休みに書こう! と思っていたら、昼休みが無かった……orz


というわけで、卒業パーティーinエレナさんちです。ちょっと駆け足ですが、着替えてからも学校での話もやりますので。

そんなわけで、次話はネグリジェパーティーです。

そこまでアップが終わったらちょっと書きため期間にはいります。四月になっても相変わらず忙しい日々です。

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