276.聖ゼフィロス女学院卒業式5
祝・一周年! ということで、特別なことは用意してないのですが、ここまで読んでくださったみなさま! ありがとうございます。今後もまだまだ続きますのでよろしくお願いします。
タイトルナンバー修正しました
「う……この圧倒されるオーラ。ああ、高級店の空気感がたまりません」
食堂の前で、一人ぽへーとたたずみながらカシャリと一枚。
実を言えば、一度は食堂の様子を見に来たりもしたのです。
お弁当を持ちながら、そこで食事もありかなとかも思っていたので。
ですが。この雰囲気に気圧されてしまって、そそくさとほのかと一緒に外で食べるのが定着してしまった感じで。
「食堂は食堂にすぎませんよ。ご飯をきちんといただく場所ですし、多少ゴージャスであってもそれは変わりません」
「いや、庶民にはちょっとうぐってなる感じなのですよ。正直、私はデパートの一階の化粧品売り場よりもドラッグストアの投げ売り化粧品派なので、こういうキラキラしたのは撮るのはいいけど、居るのは苦手です」
うん。被写体としてなら、すごく良いと思うんだ。がんがん撮りたいくらいに美しい。
でも、そこを使用する客になるという観点なら、もっとこー、もさーっとした感じの方が好きなのだ。
例外があるとすれば、綺麗よりも「可愛い」に舵を切ってるお店くらいだろうか。ファンシーショップとかはキラキラしていても、ほへーと普通に溶け込んでしまえる。
「あら、ルイさんは化粧品はご自分で買う派なのですか?」
「……あの。ご自分で買わない派がどう存在するのですか?」
カルチャーショックをうけつつ、沙紀ちゃんの質問に答える。
いや。あ。そういうことか。
「沙紀さんはお化粧品は全部専門の執事かなにかがそろえてくれるのですね-、さすがお嬢様ですねー」
実際はお母様あたりから押しつけられたのだろうけれど、自分で化粧品を選んで試してって作業まではこの子はやっていないのだろう。そりゃ、あくまでも一年間の試練なのだし、楽しんでやるっていう感じにはならないかもしれない。
「うぅ。そりゃそうですが……ちなみにエレナさんはどうなさってるの?」
「エレナは、普通に自分で選んでるよ。お母様の遺品とかはあるから香水とかはそこらへんを拝借してるようだけれど、自分が好きなもののベースってのは持ってるし、その時々でメイクも使い分けてる感じ。まーキャラに寄せてメイクいろいろやってるから、それの影響もすごくあるんだろうけど」
そこらへん、慣れになってくるんじゃないかなと答えておく。
ちなみにルイさんのメイクはけっこーてきとうです。エレナの誕生日とか、臨戦態勢を敷くときはしっかりやるけど普段はそこまでがんばらない。
というか、毎日がっちりフルメイクとか面倒臭くていけませんって。まあ、こちとら週末だけですが。
「それはすごいですね……私もこの学院自体があまりお化粧を推奨してないので、そこまでやりこんでいませんが」
こだわりのメイクですかーと、まりえちゃんがこちらの顔を覗き込んでくる。
まあ今日は目立たないナチュラルな仕上げです。
「それはそうとそろそろはらぺこりんなのですが、ご飯はいずこに?」
「ああ、ごめんなさいルイさん」
さぁどうぞどうぞと沙紀さんが券売機のところに案内してくれる。
人数の関係もあるのだろうけれど、こういうのがあるとなんか庶民という感じがしてほっとする。
まあ。値段を見るとそれもがくっとなってしまうわけなのだけど。
「四桁。ランチで四桁。恐ろしい」
がくがくとそのメニューを見て震えそうになる。
庶民の人たちもいるはずなのに、普通に千円以上のメニューが並んでいる。
「食堂の方はどうしても本格的になるから高いのですよ。二階にあるカフェテリアの方がお安いサンドイッチとか売ってますよ」
先ほどはごっちゃにしてたみたいですけど、別ですとまりえさんに訂正されてしまった。
ふむ。確かに食堂といったらこっちで、カフェテリアと言ったら喫茶スペースで軽食をという感じになるわけか。
そして、軽食だからこそお値段も安いという話だ。
それにしたって、普通なら購買でパンをという部分がカフェテリアになってるあたりはお嬢様学校ということなのだろう。
「でも、ここの食事は外に比べれば学食としてかなり安いんですよ? 町中で食べると倍まではいかない程度の値段になりますから」
沙紀さんが最後のご飯はなににしようかしらと食券機とにらめっこをしている。
そして、千円札を二枚入れてボタンを押す。
ハンバーグとエビフライのセットにしたらしい。そしてさらに追加で右側にあるボタンを押す。
一枚の紙が落ちてきた。
「あれは、大盛りにするか小盛りにするかを選ぶ券です。なにぶんこういう学校ですから、調理師の方たちに直接口で言うのは恥ずかしいということで」
小盛りはともかく大盛りははばかられるということで導入された制度ですと、まりえさんが解説してくれる。
なるほど。そりゃ、男子の沙紀ちゃんは大盛りじゃないと足らないだろうけど、お姉様が声を大にして大盛りで! とは言いにくいよね。
「ちなみにはぎれ丼は大盛りはないので注意が必要です」
ぽちりとまりえさんも千円札を二枚入れて、ボタンを押した。
外国産のチーズをたっぷりつかったカルボナーラにしたようだ。
くっ。美味しそうだけど、もうこちらは覚悟を決めております。
ルイさんは千円札を一枚だけ入れて、ボタンを押した。
もちろん日替わりはぎれ丼である。ちゃりんとおつりと食券がでてくる。
実はこれでもそうとう冒険の金額である。基本家でお弁当を作ってくれば材料費だけで済むわけだし、外のご飯にするにしてもワンコインまでとしている一般大学生としては、お札を使うということ自体があまりない。
はい。おつりは百円玉一枚です。我ながら貧乏性だとは思うけれど、こればっかりは性分なのでしかたない。
そして、それぞれのコーナーに移動してご飯ができるのを待つ。
ここらへんは、どこの学食も一緒で、和食、洋食、麺類コーナーというような感じで別れている。
その中の日替わりのご飯を出してくれるところに向かうと、すでにセッティングが終わっていたのか、はぎれ丼が用意されていた。
茹でるとかそういう手間がないから、作り置きをしてあるのだろうけど、外に出されているというのがすごい。
これはどうやら、券売機と連動しているようで、発券された段階でオーダーが中に届く仕組みになっているらしい。
沙紀ちゃん達は少し待たされているようだ。エビフライやハンバーグは本日はオーダーが入ってから焼いたり揚げたりしているらしい。普段の混雑した状態だときっとざーっと予想をつけて作っちゃうんだろうけど、できたてをいただけるのはなによりありがたいことだ。
四人がけのテーブルを見繕って座ると、少しして沙紀さんが合流。
最後になったのはまりえさんだった。麺類は時間かかるよね。
「おまたせしました。それじゃ、いただきましょう」
香ばしいお肉の香りを堪能しつつ、手を合わせてから箸をはぎれ丼に入れていく。
「今日のはぎれ丼は当たりですね。普段よりも一つ一つが大ぶりです。利用者が少ないからはぎれができなくて、少しずつ大きいとかそんな話なのかもしれませんね」
これは覚えておいて損はなさそうです、といいつつ、沙紀ちゃんはなぜかうなずいていた。来年の卒業式の時に来ようとか思ってるのだろうか。彼女なら顔パスで入れるだろうし。
でも、沙紀ちゃんがいうように確かに今日のはぎれ丼はすさまじいインパクトだった。
うっ。霜降りサーロインのはぎれ発見。口の中にいれると甘い油がふわっと広がった。
統一感はないのだけれど、一つ一つがお高そうなはぎれである。
これは丼というよりは御膳。はぎれ御膳である。
弁当箱が12に仕切られていて、その中にちょっとずつはぎれご飯が入っている。
さきほどいただいたサーロインもそうだけれど、他には海鮮、野菜、煮物いろいろと入っていて、幕の内弁当みたいな仕上がりなのだった。
「これ、そうとう作るの大変ですよね? はぎれとはいえ、900円って」
無茶な値段つけだと思う。もちろんルイの金銭感覚として昼ご飯にこの値段は正直厳しい。
シフォレに行ったときくらいはお金は使うけれど、毎日となると、家でお弁当になるだろうか。
庶民からしてみたら、時々いただける豪華なご飯の部類になる。
でも、内容を見てみれば多分外で食べれば倍はするだろう。
その日のはぎれの種類にもよるだろうけど。
さきほどいただいたサーロインの端切れは本日オススメサーロインのうんたら風のはしのはず。
国産和牛使用とか書いてあったし、結構なお値段がするはずである。
「まあ材料は端切れですからね。そんなにかかりません。作るのもどうやら一気に作って一口ずつに切り分けてどんどんいれてくだけみたいです。はぎれの残り具合によっては、後半になると12色が6色になったり、へたすると二種類だけなんてこともありますから」
なので、今日はこれを食べるぞってなったら、きちんとしたものを選んだ方が無難でねとまりえさんはカルボナーラを優雅にまきまきしながら解説してくれた。
って、まりえさんも食べたことがない派ですか。はぎれではなく本体を丸かじりな感じですか。
そう思いつつも、今度は混ぜご飯をいただく。
山菜がしっかりと入ったおこわで、しっかりした味と香りが口と鼻に広がってくれる。
ここらへんは厳密にははぎれではないけど、栄養バランス的なものもあって入れてくれているのだろう。普通に美味しい。
「で。あれはどうやったのかな?」
さて。そんな感じで食事をしながら、沙紀ちゃんに先ほどのあのことを尋ねることにした。
話せないことならば詳しく聞き出そうとも思わないけれど、朝から関わってしまっているので、あの茶道部の子のことは気になってしまっているのだ。
「別に難しいことをしたわけではないのです。ただ、茶道の流派にいること、その修行がつらく他のことが出来ないこと。そこらへんで悩んでいたみたいなので、好きにやれば良いのではないかしらと答えたくらい」
「あのー、沙紀お嬢様? それあたしも朝言ったけど、ぜんっぜん無反応だったよ?」
うーん、とマグロの端っこを美味しくいただきながら、首をかしげる。
そう。その内容だったらルイさんがすでに言ったではないですか。
「説得力の問題かもしれませんね。茶道とはなにかってところからの話にもなりますし」
ふふっと、沙紀ちゃんは苦笑気味にエビフライにタルタルソースを塗りながら答えた。
「せんせー、さどーってなんですかー? ちゃどーじゃないんですかー?」
「チャドーはやめましょう。俳句を詠むはめになりますよ?」
お。沙紀ちゃんの切り返しで、え、この人があれを読んでいるのかと普通に驚いてしまった。
沙紀ちゃんがいうには、英語版のものを従兄弟にもらって読み始めたらはまったそうだ。
ちなみに、ちゃどうという読み方でも正しいそうだ。さどうの方が一般的だとは思うけど。
「別に四六時中、お茶をいれてれば上手くなるってものでもないってことです。総合芸術というか、感性で作り上げていく部分もありますからね。全部の生活をそこに詰めるというと大げさですが、茶道漬けだけになってしまってはいけないはずなんですよ」
まあ、結びつけて考えたりはするのかもしれませんが、と沙紀ちゃんはエビフライをもぐもぐ。一口のサイズが小さくて大変可愛らしいと思います。
「だから、学園祭だって本当なら出してあげたかったはずです、ご両親も。その日はちょうど他の行事と重なってしまって、どっちにするかとても悩んだのだと思います」
そこらへんの話をしたら、納得してくれたのですよ、と沙紀ちゃんは今度はハンバーグの方にナイフを入れ始める。切った瞬間にこちらまでお肉の香りが広がってくる。うぅっ、いいお肉を使っているのだろうなぁ。じゅわっとなんか肉汁的なものがしたたり落ちていますが。
「いちおう確認しておくけど、その、へんな関係になったりはなかったんでしょうね?」
まりえさんは心配そうに、じぃっと沙紀ちゃんに視線を向けた。
彼女が言っているのは、まあ、そういうことだ。先ほどの後輩の女の子の視線を見てちょっと心配になってしまったのだろう。
「それは大丈夫よ。まりえが思ってるようなことはなにもないし、そりゃ少し抱きつかれたりとかはしたけど、落ち着かせるためだったし……それに、抱きつかれて困ることもないですし」
女性同士なのですから、別に何もないですよ、と言う沙紀ちゃんはこちらに助けを求めるような視線を向けてきている。
はて……どういうことだろうか。
「えっと、試しにあたしが抱きついてみる? それで大丈夫なら大丈夫なのかな?」
「……うぐっ。ルイさんが全然こちらの意図を読んでくれない」
え。それってどういうこと?
「……あのね、沙紀。この人は一週間ほわーんと学園生活送れちゃうような人なのよ? 共感とか絶対してくれないから」
むしろ、今の反応でなにがどうなのかよくわかりました、とまりえさんが締めくくった。
えっと。
つまり、沙紀ちゃんは後輩の子に抱きつかれてちょっと興奮しちゃったけど自制したよってことなのかな?
こちらとしては、抱きつかれてばれないかどうか、を真っ先に発想してしまったのだけど。
「ま、何事もなかったのならいいんじゃないかな? 沙紀ちゃん大人気だから、いろいろ大変だっただろうけど、そこらへんの話はエレナのお家で聞きましょう」
波乱の一年間のお話は楽しみだなーと言いながら、あむりと少し崩れた豆腐をいただく。
大豆の味がしっかりでたそれはなめらかで、お肉で疲れた口の中をリフレッシュしてくれる。
んー、美味しいものを少しずついただけるこれは、いわゆる、女性ならたまりませんよね! みたいなコメントがつきそうな仕上がりだった。
「エレナさんというと、お迎えに来てくれるんでしたっけ?」
「うん。近くの駐車場に車止めて、合流してくれる予定だよ」
「……って。エレナさん運転できたんだ……なんか意外です」
まりえさんが、えーと驚いた声を上げていた。いや、ほら、エレナさんは木戸さんよりも早く運転免許取ってますからね。イベントいくのも楽だし、かなり乗り慣れてもいるのです。
「沙紀ちゃんは春休みで免許取ろうとか思ってる感じ?」
「ええ。さすがにこの状態では取れませんからね。とはいえ合宿で取るのも期間的にも厳しいので、じっくりやっていこうかと思ってます」
「私は夏休み予定ですね。まずは大学になれてからと思っているので」
二人ともじっくり取る予定らしい。沙紀ちゃんが早めに取りたいと思っているのは、お出かけでもしたいからだろうか。でも合宿にしないのは正しいと思う。車漬けになるのは良いとは思うけど、相部屋だったりしたら相手の殿方が驚いてしまうよ? え。沙紀ちゃんほどのお金持ちなら一人部屋プランにしますか、そうですか。
「ちなみに、車の種類とかはどんな感じなんですか?」
「詳しくは知らないけど、エレナっぽい趣味かな。実用性もありつつ可愛いっていうね」
お父様的には心配だから、いろんな装備が入ってる良いやつ買ってくれたっぽいというと、ほほーと二人ともエレナっぽい車を想像しているようだった。
カーナビはたいてい最近の車は標準装備としても、接触センサーみたいなのもついてるし、バックするときの背面モニターみたいなのもついていて、車庫入れもばっちりだ。
ま、エレナはなんでかんでで空間認識能力も高めなので車庫入れも得意だし、なにより自宅の庭が広いので駐車するのも簡単だから、あんなもんはいらないと思うのだけどね。
……べ、別に羨ましくなんかないんだからねっ。
「いいなぁ。すごく似合いそう」
「沙紀ちゃんの場合は運転するより、運転手付きの車を乗りこなすイメージのほうがらしいんだけど」
「私だって、自由に一人で移動したいですし。運転手が必要になるのは、多忙で車の中でまで仕事をする必要があるような方か、誘拐されるとまずいお嬢様くらいなものです」
「……誘拐されるとマズイお嬢様が目の前にいるわけですが」
「さすがにもう大人なつもりですからね。それに襲われても護身術は習っていますから」
きっとルイさんよりも強いですよ、と言われてしまえば、そんなもんですかーという気にはなる。
なにぶん一般庶民は護身術とかやりませんからね。必要ないですから。
「これでゲームとかだと、仲良くなった子の家に殴り込みにいったりとかするわけですが、もうイベントは終了ですか?」
「……はい。残念ながら生活がかかっていますので。でも、明日からは新しいイベントが始まりますよ」
これからが新しいスタートですから、と笑顔を浮かべる沙紀ちゃんは少しだけきりっとした凜々しい顔をしていた。少しだけ覗いたその表情をカシャリと一枚。
そしてそれを見つめるまりえさんもいれてもう一枚。
この写真はさすがに他の子にはあげられないな、と思いつつ、しっかり卒業式を迎えられた二人に改めて。
「卒業おめでとう」
この言葉を贈ることにしたのだった。
やっとゼフィ女の卒業式終了です。なんだかんだで5まで来てしまいましたが、無事に卒業できたようでなによりでありました。
そしてお嬢様学校の学食。いいですねいいですね。
きっと厳選素材がいろいろあれなんですよきっと。
さて。次話はエレナさんちでパジャマパーティーです。
ああ。女性一人だけですが、女子会です。まだ全然書いてないわけですが。
何をさせてやろうかしら。




