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275.聖ゼフィロス女学院卒業式4

今回少し短めです。

「それで次いく予定なのは?」

 図書館をあとにしてから、このあとどうするのかを沙紀ちゃんに尋ねる。何ヵ所もあるのならば、先にお昼ご飯をいただきたいところだ。時間は十一時半をまわっているのだし、沙紀ちゃんはなにげに人気者っぽいからまわるところもいっぱいありそうだ。


「いちおう、茶室にいこうかと思っていますけど、お腹すいてるようなら食堂を先にいたしますが」

 お腹をさすさすしていると、沙紀ちゃんは苦笑しながらどうしましょう? と問いかけてくれる。

 卒業式の本日もこの学校の学食はやっていて、食券を買えば十分にいただけるのだそうだ。

 むしろ他の部とかだと、各自で集まってパーティーみたいなものをしているので、普段よりも食堂は空いているという噂だ。


「むむ。それは魅力的なお誘いです。結局学園祭のときはお弁当でしたし、その後もなにかと貧乏性で、この学院のカフェテリアは使ったことがないのです」

 うう。と少しだけ残念そうな声をルイは漏らす。

 一週間も通っていて、結局お前はこの学校の学食を食べてないだなどと、どういうことだよっ! と赤城にも詰め寄られたくらいだ。ゼフィ女の学食はお嬢様学校ということもあって、そこそこ豪華なのだ。

 ただ、その分そこそこお高い。

 潜入をした一週間のあのときは、ごく自然にお弁当という答えに行き着き、さらにほのか達もお弁当やパンだったのでそのままずるずると過ごしてしまったのだ。


「それはもったいないですね。確かに高級食材が使われている高いメニューも存在しますが、日替わりメニューはそれなりにリーズナブルなのですよ。他の料理に使われたはしっこの材料をつかった、はぎれ丼なんかは日替わりで、隠れた一番人気です! とかうちの寮の子がいっていました」

「そういう沙紀さんは、いつも高級食材なイメージです」

「そんなことはないですよ。(わたくし)だって、それなりに庶民のご飯もいただきます」

 ふふっと優雅に微笑んでいらっしゃるけれど、沙紀さんにとっての庶民(、、)が何を指すのかがとても気になるところであります。

 きっとカップ麺とか食べたことないんだろうなぁ。コンビニ飯とてどうだろうか……

 エレナよりも格上のお嬢様って話だものね。

 

「ご飯談議はともかく、沙紀? いいの? 茶道部のあの子、たぶんずっと待ってると思うけど」

「うぐっ……、そ、そうね。ルイさん、悪いけれどご飯の前に所用を済ませていいかしら。後輩で待っている子がいるので」

「ああ、茶道部のあの子ね。なんだか朝から精神統一とかしてたみたいだから、是非行ってあげるといいよ」

 あとでツーショット撮ってあげる約束もしているので、いきましょーやと声をかける。

 ルイさんすでに知り合ってたか……なんていう、少し驚いたような顔をされてしまったのだけど。

 そんなわけで目的地が決まったので移動開始。

 今朝も通った廊下を進んでいると、ときどき沙紀お姉様! と下級生から黄色い声が上がり、写真をとおねだりされる回数たるや、すごいものだった。


 しかもあれね。こっちにカメラマンがいるというのに、カメラがあるというのに、スマホで一緒に撮ってっていうんですよ! 撮ってあげましたけどね!

 こっちで撮ってもすぐにデータ送信できるんだけどなぁ。


 まあ、そんなやりとりをしながら、茶道部のあるあの茶室へ。

 入り口は今朝と同じく少し開いている。そこからこそりと中をうかがった。

「うわぁ……まるで静止画のような……」

 その光景はなんというか、本当に精神統一という感じで神々しかった。

 しっかりと正座をしていて、その上で瞑想をしているように微動だにしないのだ。

 頭の中ではいろいろと迷走しているのかもしれないけれど、その姿を見ただけではわからない。


「のぞき見も趣味がいいとは言えませんから、行ってまいります」

 沙紀ちゃんはこちらの反応にすこし苦笑を浮かべながらも、少しいいかしら? とお上品な声をかけて中に入っていった。なんともはや優雅な声かけである。

 

「沙紀お姉様! ずっとお待ち申し上げておりました。なかなかいらっしゃらないから、もういらしていただけないのではないかと……」

 うるっと、少し湿った視線を向ける彼女の顔は、やたらと艶めかしかった。

 沙紀ちゃんに熱狂的な視線を向ける女の子達は多いのだけど、これほどとなると珍しいかもしれない。

 こそっとカメラを向けつつ……さすがに自重した。落ち着いたらツーショットを撮ると言ってしまった手前、この顔を残すわけにもいかないだろう。


「私が貴女に別れを告げずに去るなんて、ありません。それに約束したでしょう? 卒業式の日までに貴女の姉にふさわしくなれるように頑張るって」

 だったら、なおさら最後はここにこなければいけないわ、と流暢なお嬢様言葉を駆使して沙紀ちゃんが問いかけている。

 うん。本当に。お嬢様学校やー。


 いや。一週間通ったよルイさんも。あのときは奏だったけど。でもここまでの女言葉は使った記憶はない。

 しかもそれが、カマっぽくないのが沙紀ちゃんのいいところだと思う。自然というかなんというか。

 本人にいったら、きっと半分涙目になるのだろうけれど、それは夜のお楽しみだ。


「それで、その……ギャラリーの方がおいでのようですが」

「まりえのことは知ってるわよね。そしてそちらは、今日の私の撮影係」

「どもっ。今朝ぶりでっす。ちょっとは気持ちは落ち着いたかな?」

 ん? とお嬢様会話の間に、思い切り庶民語を突っ込んでいく。いや、これでもルイさんだってお嬢様っぽくはなせないではないのだけれど、キャラじゃ無いからそういうことはやりません。


「……少しは落ち着きましたが、ルイお姉様から見て、私の今の表情はどうでしょうか?」

「んー」

 とりあえず、そう聞かれたので三枚写真を撮って、タブレットに移してから彼女に見せる。


「こんな感じ。無理に押さえ込んでいる風というか。笑顔が笑ってない」

 周りのために笑ってるとこういう感じになりがちかね、と冷静な分析をしてみせると、顔に似合わず意地悪なお姉様です、と拗ねられてしまった。

 いや、感想を聞くから答えてあげただけなんですけれど。


「えげつない……ルイさん、さすがに写真でだめ押しはえげつない……」

「えええ、まりえさんまでその反応? でもあたしには写真しかないわけですよ」

 単純明快で、見てわかるんだからそれでよくない? と言うと、沙紀ちゃんまであきれ顔をしながら大丈夫大丈夫と、茶道部の子の頭をぽふぽふやっていた。


 くっ。アウェーな感じがたまりません。


「まあ、そういうことなら、沙紀? 二人きりでちょっと話でもした方がいいのかな?」

「そうね。そうしようかしら」

 申し訳ないけど、ちょっと外で時間つぶしててくれないかな? と言われて、その言葉に従うことにする。

 あとでどうせツーショットを撮ることになるから、そんなに遠くには行かずにまりえさんに誘われるままに最寄りのベンチに座った。

 お手々には紙パックのバナナオレが握られている。まりえさんが待ってる間どうぞと手渡してきたものだ。


「ルイさんはあの子のことをどう思います?」

「夢見がちな、カラがくっついてる幼子」

 我ながらこのたとえもどうかと思うのだけど。

 家族のことで悩んでいるのは、なんというかちょっと幼い感じがするのだ。

 

「朝どんな話があったのか聞かせていただいてもいいですか?」

「えー、そのための賄賂だったの?」

 ちゅーと、バナナオレをいただきながら、まりえちゃんに苦笑混じりに問いかける。

「そんなわけないですけど、その……沙紀がどうするにせよ、なんらかの関わりは持つと思っています。そうなったときにどうフォローしようかなと」

 まりえさんは、ある程度の事情をしった上で、沙紀がどう動くのかを懸念しているというところだろうか。

 こちとら情報量があまりないので、想像も定まらないのだけど、まりえさんの役に立つなら伝えてもいいかもしれない。今朝のやりとりで内緒にしなきゃいけないようなのはないだろうし。


「んー、あたしは別にそんなに深い話はしてないよ? ただ、卒業式にも保護者はあんまりこない、学園祭はこれなかった、ってんでぐれてるお子様って感じで」

「あはは。ルイさんの翻訳機を通すとそうなってしまいますか」

 まりえさんは、いつもきりっとした顔を崩して、さすがは庶民の感覚ですと良い意味で言って笑ってくれた。


「まー、学園祭これなかったってのはどんな理由かは知りませんが残念だとは思うけど、保護者に関しては高校生にもなればもう、どうでもいいかなと思うのね」

 木戸家は放任主義である。間違った方向に行こうとすればもちろん止めてくれるけれど、そうでなければある程度自由にやっていいよというのがあの家のあり方だ。だから、学校への介入も中学までというのが教育方針だった。

 高校の卒業式に関しては両親ともに来ていないし、来たとしてもルイとばったりあって、あんたはもぅ! とか言われるよりは自由にやらせてもらった方が気楽というものである。


「あの子はとある茶道の流派の跡取りなのです」

「へぇ。さすがお嬢様だねぇ」

 お茶はさーっぱりわからんし、雅やかにお金持ちがなんかやってるっていう印象しかないよ、と肩をすくめる。

 本当に縁が無い所なのだ。

 そりゃ、学校に茶道のための部屋はあった。畳張りの茶室ってのが。

 でも授業じゃ一回も使ったことがないし、体験だってなかった。茶道部が使っているくらいなものだ。


「それでどうにも、そこに縛り付けられる葛藤というものがあるようですよ。自分に課せられた使命とそれに反発する自分といったところかな。よくある思春期の葛藤ってやつです」

「……やば。あたし全然そういうのわかんない……」

「まあルイさんですしね」

 あ。まりえさんがわりと、わかってます、みたいなすごく同情まみれの視線を向けてきましたよ。

 い、いいんですもん。何事に縛られないのがルイさんの強みなのですもの。

 けして、アホな子ってわけじゃあないのですよ。 


 そんなやりとりをしていると、茶室の扉が開いた。

 さぁ、おいでとくいくいと沙紀ちゃんが手招きをしている。

 ちょっと困ったような顔をしているのが印象的だ。

 でも彼女が呼んでいるならなにかしらの決着がついたのだろう。


「さっきよりはいい顔になってるかな。写真、撮るかい?」

 そう問いかけると、茶道部の女の子も少しはれぼったい目で、はいっと答えてくれた。

 ううむ。沙紀さんったら一体なにをやったのだろうか。


 少し気になりながらも、撮影タイムスタート。

 お茶を煎れてもらいつつな風景もしっかりとおさえた。

 学園祭の時も別の部員さんが煎れたお茶をいただいたり、その風景を撮ったりもしたものだけれど。

 はい。ルイさんは煎れたての濃い抹茶の味は、そこまで得意ではございません。

 雰囲気は大好きなんだけれど、慣れないというか。

 おまけに、もー作法とかさっぱりだし、それなら水出し緑茶とかのほうが嬉しいかもしれない。 

 

「ま、撮る分には別世界って感じで好きなんだけれど」

 苦笑まじりに、もう一口抹茶を口に含むと、清涼感のある苦みが口に広がっていった。

直接のやりとりは沙紀さんたち当事者のみということで。

さらっといかせていただきましたが、次話の食堂でしっかりいろいろ聞き出します。

というか、茶道に縁がない作者としてはちょっと調べねばならないこともありつつ、というところですね。


そしてまりえさんと今回は集中してお話です。まさかこの子にまで写真でのコミュニケーションについてつっこまれるとは思ってもみなかった!

でもそれがルイさんなので。周りのみなさまあきらめて。


そして次話ですが、ルイさんはじめての食堂体験です。そういや潜入の時、学食使ってないのですよね、この子……もったいない。


更新予定なのですが、月曜の午後あたりを予定しています。土日、学会いかないとなので……土曜午前働いたあとなのですけどね。

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