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274.聖ゼフィロス女学院卒業式3

 そして、式本番。

 先ほどの女生徒が言っていた通り、保護者の席はまばらな感じではあった。

 ときどきカメラを構えている人がいるのは同業者なんだろうか。

 お抱えのカメラマンという感じだけど、これだけ女性のカメラマンがそろうってのはなんか珍しいなとも思ってしまう。

 ……彼女らが保護者だというのは、考えがたいだろうしね。ごついカメラ持っているので。

 

 さて。そんな状態ながら、式は順調に進んでいった。

 お。理事長先生がご降臨。初めてみるけど、さすが沙紀さんのお母様なだけあって美人さんだ。

 ちょっとズームして何枚か抑えておこう。きりっと話している姿はかっこいい。

 でも、沙紀さんのお父様はどうしてこんな素敵な人から他の人に乗り換えてしまったんだろうね。

 やっぱり、おっぱいですか? 男の人はおっぱいが好きなのですか?


 そんなことを思いつつも仕事はしっかりこなしていく。

 卒業証書の授与もしっかりと捕捉。沙紀さんとまりえちゃんはもちろん学園祭の時に特に仲良くなった子達も抑えておく。さすがに全員分はやらかしすぎなのでやめておいた。

 そして在校生の送辞と卒業生の答辞。

 実は沙紀さんの後を継いだ次期生徒会長は、奏がなんとかした例の合コン写真の指摘をしてきた、西園寺蓮花さんだ。

 んー正直、悪い子じゃないんだよ? 痴漢にあった奏を心配してくれたりもしたし、正義感にも溢れてると思う。

 でも、だからこそ視野狭窄というか、思い込んだら嵌まってしまいそうな怖さがある。

 そういうときは教育者が方向修正をすればいい……とは思うけど、そもそもゼフィ女は教師自体も視野狭窄してしまっているという現実があったりして。


 ちょっとばかりハラハラしてしまうところだけど、こちらは撮影者。

 高校生活を作り上げるのは当事者。

 ということで、ほのか達が無事に卒業できることだけを祈っておこうかと思う。

 

 沙紀さんの答辞は、なんというか見ているこちらがどきっとしてしまうくらいに、お姉様としての凜々しさと美しさが漂ってきて、これで年下かー、と素直に思ってしまうくらいの貫禄があった。

 なんだろうね。包容力というのだろうか。お嬢様学校だからこそあるものなのかもしれないけど、三年生のお姉様って妙に大人っぽく見えるんだよね。

 二年生からしてみたら、来年自分がああなれるの? って絶対不安だと思う。

 でも、毎年そんな風に思わせてくれるのだから、きっと、後輩に慕われるということこそが、こういう包容力を作り出してくれるのだろう。


 あんまり後輩と関わってこなかったルイさんとしては、そういう感性はあんまり育たなかったですけどね。というか、目の前で何かがあったら関わるだけのことだもの。そこまで後輩だけを温かく見守るなんてことはできないのです。


 卒業生退場と言う言葉とともに、開場には足音がなりはじめる。

 それが全部去ったあと、取り残された人達は、その余韻に浸っているようで、すぐに席を立つようなことはしない。生徒の方を見ると泣いている子も何人かいるようだ。

 けれども、こちらの席の周りは少しだけ賑やかだった。


「さて、じゃールイさん。うちの子の写真のコピーを是非」

「もうもう、まさか学園祭の時の写真を撮った人が近くに座るだなんてラッキーだわぁ」

 はい。中学の時と同じく、近くの保護者の方々とは懇意になっておきました。

 そりゃ式の最中にシャッター音を鳴らせ続けるのだもの。

 それくらいのサービスはしますって。

 答辞の写真もねだられたけれど、さすがにそれは却下。沙紀さんの写真は本人の許可がないと渡しません。


「うん。いい卒業式だったんじゃないかな」

 そんな周りの保護者の方への対応を終えたあと、片付けが始まったステージをカシャリと一枚撮りながら、女子高ならではの華々しい卒業式の感想をルイは一人漏らしていた。




「あーあ、引っ張りだこ過ぎて、ツカレター。もうお(うち)かえるー」

 撮影しているときは、基本体力の消耗はないルイさんなのですが。

 目の前で、沙紀お姉様と一緒に写るのは私よっ、いいえ、貴女なんかその価値は無いのだわっ、なんていう女子同士の痛い喧嘩を見せられるとげんなりもする。


「お(うち)かえるー、じゃないですよ。ほらっ、貴女たちっ。さっさと撮影してもらって喧嘩はやめなさい。ちゃんとできないならツーショットは撮らせませんから」

 はい、そちらの貴女が先ね、とまりえさんがテキパキと順番を指示していく。

 さすがはまりえさんである。振り払う火の粉すら整列させてしまうとは、さすがやり手の元副会長である。

 しかも順番をこっちで指定してしまうのがいい。それやらないと永遠にそのまんまって話になるからね。

 

「ほい。お二人さん、せっかくだから三人で一緒に写ってみたら?」

 それぞれの撮影が終わったあとに、その二人に、あんがい良い思い出になるかもよ? とカメラを向けると、ルイさんは黙っていてくださいっ、と怒られてしまった。

 いや、でも沙紀さんが困ったような笑顔を浮かべて、女子二人とかなんかちょっとミステリーな絵になるではないですか。


「ほら、さっさとデータ転送する」

「はいはい、仰せのままに」

 まりえさんの指示で二人にそれぞれの写真を送っておく。

 二人はそれで満足したようで、はわーと頬を薔薇色にそめて離れていった。


「これで五十人目でしたっけ? 沙紀さん。貴女どれだけ慕われてるんですか」

「それは……致し方ないことです。昨年の生徒会長のお姉様もそれはもう大人気だということでしたし」

 だいたい例年これくらいは声をかけられるといいますよ、と言いつつ、沙紀さんは少しはらはらしているような表情だった。こんなに撮られて写真が出回って大丈夫かしら、とでも思っているのだろう。

 まあ、双子の兄妹がいる設定とかにすれば、まずばれないと思うけどね。人の先入観というやつはすごいものなのです。


「お疲れのようなら、私が撮りますけど、どうですか?」

 でゅふふと、カメラを持って現れたのは写真部の部長さんだ。

 彼女も今日が卒業式。式の最中はさすがに無理としてもそれ以外にはカメラを向けていたようだった。

 え。名前は覚えてないですよ。写真部の部長さんという認識でしかない。

 ちらりと遠目に、ほのか達の姿もあった。他の卒業生を撮っているようで、無事に写真部は続けられているようだ。なによりなことだけれど、ルイさんとしては声をかけるつもりはないのでそっとしておく。


「いえ。大丈夫ですよ。藤ノ宮さんの写真は撮るのにちょっとコツがいりますし。それにお仕事ですからね。それと

、写真部の部長さんも良かったら一緒に写ってやってくださいよ」

 お友達だと伺っていますからね、とカメラを向けると、今日ばっかりはしかたないかなーと苦笑を浮かべた。

 彼女も撮られるより撮りたい方らしい。

 何枚か抑えて彼女にデータを渡しておく。

 展開した写真をみて、ふぉー、すげー、あたしこんなに綺麗じゃねー、とかお嬢様らしからぬ言葉遣いをしていたけれど、聴かなかったことにしてあげよう。

 


「さて、それで沙紀さん。他に寄るところはありますか?」

「校庭での撮影はほぼ終わりましたからね。お次は施設内に向かわせていただきましょう」

 思い出深い場所がいくつもありますから、と彼女はさわやかな笑みを浮かべている。

 どうやらこの一年、本当に楽しんで過ごせたようだ。

 全然生活のこととかを聴けてないから、今夜のパーティーが楽しみである。


「まずは図書室から、です。よくお世話になった場所でもあります」

 ここでは静かにしていなければなりませんからね、とくすりとまりえさんが補足してくれる。

 きっといろいろと賑やかなことになっていたのだろうなぁ。図書室まで逃げればとりあえずみなさん静かになったのかもしれない。


「これは沙紀お姉様。卒業式の日にまでこちらにお越しいただけるとは」

 三人でその部屋に入ると、おっとりしたお嬢様風の女の子が出迎えてくれた。ハーフなのか髪の色は明るい茶色をしている。染めてるわけではなくておそらく地毛なのだろう。ふわふわで、とても可愛らしい。


「貴女の方こそ。このような日まで司書代わりですか?」

「はい。先生には許可は取っていますから。本好きのお姉様方が立ち寄ってくださいますし、私はこういう関わりのほうが皆さまとお話がしやすいですので」

「相変わらずね。でも……いえ。では、ちょっとお邪魔させてもらって、そのあと本を返させていただきましょうかね」

 うん。と沙紀さんはなにか納得したようなうなずきをしてから、言葉を切った。


 ええっ。ちょ、そういうやりとり部外者としては全然わかんないんですけど。

 でも、ちょっと良い雰囲気なので一枚。 

 ちょっと角度変えつつ、もう一枚。

 ふむぅ。それぞれゆかりの場所で、とか言ってたけど朝の茶道部といい、沙紀さんいろいろ活動しすぎなんじゃないだろうか。


「ああ、それとカメラマン連れてるけど、別に構わないかしら?」

 ちょっとこう、節操がない方ではあるのですが……と沙紀さんが申し訳なさそうに言った。

 雇い主とはいえ、なかなかにひどい言いぐさである。


「節操がないのは存じております。あのルイさんですから。自由に撮っていただいて構いませんよ」

「ぬなっ。ここでもか……」

 学園祭の撮影の、しかもサポートをしただけだというのにこの認知度はちょっと異常じゃないだろうか。

 奏をやってるときはここまでじゃなかったような気がするんだけど。


「ええと。ルイさん。申し訳ないけど沙紀の評判と一緒にルイさんの話も結構広まっちゃってるんです」

 もちろん、あのことはナイショですけど、とまりえさんが解説してくれた。

 やっぱり、トイレのあとのあのほっこり写真のせいですか……


「さて、気を取り直して。沙紀さん。最終日だから借りるってわけにはいかないとは思うのだけど、どうするの?」

「新刊のチェックと、あとはちょっとだけこの空気に浸らせていただきます」

 この静かな感じが好きだったんですよ、という沙紀さんの表情は少しだけ安心に満ちたものだった。

 もともと書斎とか、図書館とかそういうところが好きな子なのかもしれない。

 社交界には出ていないとはいっても、高校には行っていたのだろうし、髪が長い男子としては周りから少し浮いた存在だったとしてもおかしくはないしね。


 本棚から書籍をとりだすところを一枚。

 おおっ。文学少女風でなんかいい。理知的な一枚である。


「沙紀お姉様なら、そこらへんの本が気に入っていただけるかなと思っていました。一年ご一緒させていただいて、本の趣味をしっかりと把握できたようで、嬉しいです」

 司書席に座っている彼女から、声が届いた。

 なるほど。司書さんってどういう感覚でなるものなのか、と思っていたけど、本が好きで、本の趣向から相手の性格とかも把握できちゃうっていう点では、人と交流しているというようなものなのかもしれない。


「こちらこそ、一年お付き合いいただいて、ありがとう。私の趣味はちょっと特殊だから、驚いたでしょう?」

 ある程度新刊のチェックを終えた沙紀さんは名残惜しそうにバッグから数冊の本を取り出した。

 今日返却するためのものだ。

「沙紀お姉様は特別な方ですから。工学、科学、経済、いわゆる男性的と言われる分野にもご興味があるのは当然だと思っています」

 これからのご活躍を楽しみにしています。彼女はそう言いながらバーコードと個人カードを読み込んだ。

 うーん。そりゃ、男性と肩を並べてばりばり働いて欲しい、とか思っちゃうんだろうけど。

 沙紀さんは普通に男子だからなぁ。ちょっとだけ申し訳なさそうに見えるのは錯覚ではないと思う。


「ええ。これからも頑張るわ。貴女たちのよき姉でいられるようにね」

 貴女も、貴女なりのやり方で、人と繋がっていきなさい、と言われて、司書の彼女は、はいと少し寂しそうに微笑んだのだった。


 もちろん。その別れの姿の背後にカシャカシャとシャッター音が鳴っていたのはいうまでもない。

茶道部の部屋にいくのは次話にしました。

にしても沙紀さんの人気がはんぱなくて、ルイさんですら呆れるほどです。

今朝の静けさったら、もう影も形もありませんね。おうちかえるー、です。


そして図書室です。攻略対象その2です(苦笑)

でも、なにぶんなにも起こさないルートなので、姉として、モードですね。

図書館と美女はいい組み合わせだと思っています。

ただ、静かな図書館とカメラは相性が悪いとしみじみ感じました。


さて。次話ですが、朝の子のところでの撮影です。他にもヒロイン候補いるかどうかはまだ真っ白です。

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