272.聖ゼフィロス女学院卒業式1
今回は短めです。沙紀さんたちは次話で登場
「ふふ。やっぱりゼフィ女は綺麗だよね……」
カシャリと一枚中庭の写真を撮ると、少しうっとりするような声を上げてしまう。
朝日はまだそんなに高くない。
時間は六時半すぎ。卒業式がはじまる二時間半も前である。当然周りに人気はまったくないし、このスペースはルイさんで独り占めである。
実は警備員さんにはかなり嫌な顔をされた。
なんて時間に来てるんですかと。いや、これでも自重はしたんだよ?
本当なら中庭から日の出を撮りたいくらいだったけど、早すぎると不審者扱いされるだろうからね。
……うん。六時半でも早かったようですよ。
さて。なんでここにルイさんが侵入できているか。
それは今日がゼフィ女の卒業式だからなのでした。入り口の所には昨日設置したであろう、第81回卒業式とかいう看板がででんと飾られていた。由緒正しいお嬢様学校らしい回数だ。
もちろん奏としてここに来てるわけじゃないし、制服姿でもありません。今日はぴしっとしたジャケット姿でありますとも。
そう。今日は純粋にカメラマンとしてきているのです。
手元にある依頼状は二枚。
藤ノ宮沙紀の卒業式の撮影をして欲しいという依頼が同時に来てしまいました。
ここ、聖ゼフィロス女学院は、要塞と言われているように完璧な警備体制を敷いていることで有名だ。
そんなところの卒業式の撮影をするには、いくつかの条件が必要になってくる。
その一つが、ご家族からの依頼。本人がいくら友達だからいれてあげてと言っても警備員さんは通してくれない。
保護者の方からの依頼状がないと中には入れないのだ。
この依頼状には、こちらの身分保証と、警備員さんへの言づて、そしてサインが書かれている。
身分の保障に関しては、沙紀ちゃんからのプレゼントのようなものだ。
豆木ルイという存在は、この世の中に存在しないわけで、そこらへんをカバーするためのものである。
これなら身分証がなくても侵入できるというわけだ。
さらには、今回は個人の撮影ということと、一度中に入っていることもあるという実績もあって、すんなり守衛さんは中に入れてくれたのだった。
なんで二つあるのか、は、片方がこの学園の理事長をしている沙紀ちゃんのお母様からで、もう一通は咲宮家のご当主であるあのお祖父様からの依頼だからである。
んー。正直、お祖父様との面識はそこまではないのだけど、沙紀ちゃんが呼んで貰えるようにお願いして、あのときのお祖母様からの口添えもあって決まったのだそうだ。
花火の写真はステキでしたなんて言われてしまっては頬が緩んでしまうよね。
そして、沙紀ちゃん自身は、もちろん撮られるならルイさんがいいです……とか頬を染めながらいうものだから、こんにゃろー、撮ってやろうじゃないのーなんて話になった。というか、その話が出たときも思い切り撮った。
ますます女子高生であることに磨きがかかっていて、これで四月からちゃんと男子に戻れるのかちょっと心配になるくらいだった。まあ、どっちもこなしているルイさんに言われたくはないでしょうが。
さて、藤ノ宮の人の担当カメラマンがなぜ咲宮のサインを持つのか、に関しては警備員さんはちゃんと理解してくれていて、そこでのもめ事は起こらなかった。
咲宮のご令嬢が、自分の身分を隠して通学している、という認識でいるみたい。まあ理事長のむす……めであることがおおっぴらになっていたら、それはそれで大きな騒ぎになりそうだ、だから隠したいという風な想像は誰でもつくものね。
ま、それがご令息だ、なんて想像はできないだろうけど。
「やっぱり中庭が一番好きだなぁ……」
朝日に照らされた木々の蒼。今朝少し雨が降ったらしく、少し湿っている姿もまた、いい。
そしてお天気自体は思い切りの快晴。
卒業式日和としては、これ以上無いくらいによい条件だった。ここのところいろんな卒業式にでているけれど、どこもお天気に恵まれてなによりだと思う。おまけに三寒四温という時期だけれど、今日は割と暖かいほうだ。
コート姿になっちゃうかぎりぎりのラインだけど、今日は制服だけの子が多そうだ。
コート姿が悪いとは言わないけど、やっぱりゼフィ女の可愛いワンピタイプの制服はそのままで撮ってあげたいと思う。
「あらあら。こんな時間に誰かと思ったら……ええと。確か学園祭の時に……」
「はいっ、佐伯写真館の相沢あいなの助手として、参加させていただきました」
にまにま撮影していると、初老の女の人の声がかかった。
さすがにこんな朝っぱらに撮影をしていたら、不審者とでも思われても仕方がないかもしれない。
そちらに立っていたのは修道服姿の女性、学院長先生でありました。
「本日は、とある方の専属撮影係として呼ばれています。卒業式の撮影はたいてい朝早くにくるようにしているので」
こんな朝早くに申し訳ないとも思うのですけど、朝の雰囲気って大好きなんですと、笑顔を向けると学院長先生は少しだけ苦笑気味に頬を緩めた。
「それで、どの子の撮影をされるのかしら?」
「藤ノ宮沙紀さんです。学園祭の時に彼女と仲良くなりましてね。是非とも撮って欲しいと言われまして」
「あらあら。あの子がまさかそんな依頼をするだなんて」
大丈夫なのかしら、と学院長先生は少しだけ不安そうな顔をした。
「元生徒会長で、みなさんに慕われている方ですから、こちらも全力で撮らせていただきますよ。それに私が撮るなら、危ない写真はでませんから」
そこらへん、沙紀さんにも評価してもらっているんですよと、あまりない胸をはる。
ルイさんの胸設定はBですからね! 沙紀さんとは違うのですよ。
「……貴女。あのこと、知っているのね」
「ええと、知らないことになってます」
んーと、ぽりぽろ頬をかきながら、視線をそらす。もちろんわざとだ。
沙紀ちゃんの修行は関係者以外には知られないことが前提。
この最終日に、それが露見していましたとなってしまうのは困るのだ。
「それに、あれだけ写真禁止ってなってた子が、記念が欲しいと思えたってことは、とても良いことなのだと思いますしね」
通常の思考では、女装写真の姿をとっておきたいと考える男子高校生はそうはいないだろう。
身近にごろごろしているけれど、あれは参考にはならない。
けれど、沙紀ちゃんはこの学院に確かに一年かよって、そこでいろいろな経験をした。
その結果でその発想になったのだとしたら、きっちりあの子はこの学院で充実した時間を過ごせたということだ。
無理矢理女装させられて転校してきたにもかかわらずだ。
「その点は確かにそうですね。あの子は生徒会長の責務も果たしましたし、思えば学園祭のあとあたりから、肩に入ってた力が抜けたように思います」
楽しんでいるなっていう感じで好ましい変化だと思っていたのですけど、貴女と知り合ったからなのかしら、と学院長先生は微笑んでいる。
「そこはどうでしょうね? 周りが慕っていたから、安心が生まれたのかもしれませんし。まあ、学園祭の時の私が撮った写真を見て、大丈夫って思えるようになったなら嬉しいことですけど」
でも、逆に安心が慢心に繋がって油断してないといいんですけど、と苦笑を浮かべる。
実は沙紀ちゃんとはメール交換をしていない。
アドレス交換は卒業式が終わったらね、と約束しているからだ。
でも、エレナはもちろん連絡を取っているわけで、そこでちょっとした注意はしてもらっていた。
楽しむことはいいけれど、緩んでしまってはいけないのだ。
「そうね。でも私としては、楽しんで貰えて良かったと思っています」
本当のことをいうと、少し心苦しかったのですと、学院長先生は少しだけ顔を伏せた。
「高校時代という貴重な時間にこのようなことをさせてしまっていいのか。教育者として自分は間違ってはいないかって。先日だって……いえ。あれは無かったこと扱いでした」
言いかけてやめた内容は奏に関することだろうか。
「ふふっ。大丈夫ですよ。この学院は素敵な所ですもの。なんなら学院長先生の心痛が杞憂だってことを、今日の撮影で見せてさしあげます」
きっといい顔をしてくれるはずですから、と言ったところで七時を示すアラームが鳴った。
うん。中庭は時間を忘れて撮影しちゃいそうだったから、あらかじめ設定しておいたんだよね。
他の場所だっていっぱい撮りたいし。
「さて。じゃあ、私はそろそろ他のスポットを撮らせていただこうかと思います。なじみ深いスポットはすでに聞いていますからね」
「ええ。引き留めてごめんなさいね。貴女と話せて良かったわ」
学院長先生もこちらを微笑ましいとでも思ったのか、笑顔を浮かべると講堂の方へと向かっていった。
その後ろ姿を一枚、ぱしゃり。
卒業式の朝の学院長先生の背中は、卒業式ということもあって、少しだけ緊張しているようだった。
式本番までいこうかどうしようかと思ったのですが、作者体調不良のためとりあえずここまででいったんアップです。
女装潜入を強引にねじ込まれた学院長先生の心境とかそこらへんはどうなんだろうか、と言ったところですね。
そりゃ普通の教育者なら、そのギャップで性格歪まないかなとかいろいろ思ってしまいますよね。
そしてルイさんは中庭の撮影にご満悦です。新機種になっているのもあって、出来る写真は半端ないようです。
次話は卒業式本番ということで、他の生徒さんたちもいろいろでてきます。
まりえさんと沙紀さんは確定として、写真部の部長に絡まれてみたり、ね。
奏騒動の時の一学年下の子たちは、ちらりと登場するくらいです。




