028.エレナさんちの誕生日2
「はぅぅん。なんたるお肉の柔らかさ。最近俺のイタリアンがどうのーってテレビとかでやってるけど、こういうのがいっぱいなのかしらね」
「立食という意味では同じだろうけどね。すっごい手をかけて作ってそう」
やっぱりぜひともおうちにもって帰りたいと思ってしまうのは貧乏性以外のなにものでもない。
けれども、こうやって見回してみても、料理の大半は火を入れたものばかりだ。日本料理では刺身などの生ものがたんと出るから鮮度が重要になってくるけれど、この手のものであれば味は落ちてもお腹は壊さないで済むと思う。そもそも長丁場のパーティーに生ものは難しいのかもしれない。
ノンアルコールのドリンクをもらって飲んでいると、年かさの男性が近寄ってくるのが見えた。
今の今まで、執事のおじさまとカメラマンさんくらいしか話をしていない身としては、少しばかり緊張してしまう。
そう。近寄ってきたのはエレナのお父様なのだ。
「いらっしゃい。今日はよく来てくれたね」
「本日は、お招きありがとうございます」
とりあえず挨拶を済ませつつ、それぞれ自己紹介を済ませる。
ちなみに公式な場所にでる、ということもあって、苗字を今回新しくつくることにした。
いつもはルイだけで済ましてしまっていても、さすがにおじさまに名前を呼ばせるのもちょっとということもあってのことだ。
本名からとることはもちろんできないし、適当につけて名家の名前とかぶるのも問題がある。
そこで考えた名前が、豆木というあんまりなじみがない苗字なのだった。
由来は簡単。ルイの名がルイ・ジャック・マンデ・ダゲールからとられているのは以前にも話したけれど、そのジャックに焦点を当てた。つまりジャックと豆の木。そこからつけた苗字である。
「うちの子は……どうでしょう? みなさんと仲良くしていただいているようですが」
ご迷惑などはかけてないでしょうか、とお父様は不安げな声を漏らした。少しばかり頬が赤いところを見ると、お酒が入っているのかもしれない。
なんだろう。心配しているという感じは目に見えてわかるのだけれど、信頼はしてないという感じだろうか。
「迷惑だなんてとんでもない。私たちはいつもエレンさんに良くしていただいてますし。楽しい時間を過ごさせてもらっています」
だから、あえてルイとして、そして木戸として。女友達であり男友達でもある身として、そう告げる。
もちろんエレナとの時間のほうがエキサイティングだし楽しいのだけれど、男同士で遊びに行くときだって別段そう悪いものでもない。そこはしっかりと伝えてやらないといけない。
「初めてなんですよ。友達を誕生日に呼びたいといいだしたのは」
けれども彼の顔はやはりどこかすぐれない。不安がっているというのがありありとわかる。
先ほどまでの他の人たちを相手にしていた顔とは明らかに違うのだ。
それは自分たちがこの会場でほとんど唯一、エレンの直接の友達だからだろう。
「それがこんなにかわいらしいお嬢さんがたというのは、不思議とこそばゆいものですが。あれにしてみたら男友達とより女性との付き合いのほうがあってるのかもしれません」
少しだけ残念そうな本音が声音に見え隠れする。
もう少し男らしくなって欲しいとかそういう部分があるんだろうか。
「けれどエレンさん、男子校に通ってるんですよね?」
「ええ。なんとか男友達も作ってやりたいとそうしたんですが、逆にあれにはストレスみたいで。週末になるとどこかにでかけて遊び歩くようになってしまって」
ああ。週末のあれは遊びと取られているのか。でも家で服を作ってることはちゃんと見てればわかるはずなのに、それがわからないというのもどうなのだろうか。
「高校の友達というのは一生の友達になることも多いかけがえのないもの。それも利害関係なしで付き合える得難いものだ。ああ。失敬。けっして君たちのことをどうのこうのいうんじゃなくて、あの子にも男友達ができればなぁと。いかんな。少し酔いすぎているか」
風を浴びてくると、お父上は手を軽くふってバルコニーへとでていった。
「うう。あたしも胸のあたりにざっくざっくといろいろ刺さった」
「よく頑張った。ルイはよく頑張ったよ」
学校であまり友達を作っていない、それも男友達は青木や八瀬くらいなもんな身としては、彼が言うことは痛感できるものがある。それにきっとエレンの家はこんなところだからこそ、学生時代の友人というところにこだわりもあるんだろうと思う。将来はどうしたって利権やしがらみがついて回って、まっとうに友達作るのは難しいだろう。
「それに、人数が多ければいいってもんでもないし、あんたは週末に普通じゃできないことをしてて、あたしという友達だってできてるんだもん。それでいいじゃない?」
しょぼんとしてたら、遠峰さんが慰めてくれる。
確かに。選んだのは自分なのだ。高校での友達付きあいや部活をしないで、ルイを作り出した自分。
写真を撮っていたい自分。世界を感じていたい自分。
これだって高校の今しかできないことかもしれない。
少なくとも、ルイでいることはそう長くは難しいだろう。だったら今でないとこれはいけないことなのだ。
「そうそう。そんなにしょげなくても」
「エレン。聞いてたの?」
「父様が近寄って行ったのでつい」
悪びれるようすもなく、しれっとエレンが横に立っていた。しかも執事さんから飲み物をもらってこちらに合流するつもりらしい。あらかた挨拶は終わったといったところなのだろうか。
くいとグラスをあおると、軽くグラスをゆらせて泡が上にあがってくるのを見つめている。
「男子校に入ったこと。確かにそれ自体は父様の意思ですし、学校で和気あいあいとやってるか、と言われたら難しいのは難しいです」
そうだろうとは思う。もともとエレンは男子の姿の時は極端に人見知りだ。それも男子相手だと極端に体を震わせる。木戸や遠峰さんならそこまでではないものの、青木に慣れるまでに結構時間がかかったくらいだ。
「でも、みんな優しくしてくれるし、別に困ったことは全然ないんだけれど」
「ああ、なるほど」
遠峰さんが少しがっくりと脱力しながら、うなずいた。
確かに、最初にエレンにあったころに学校のそばまで来たことがあったけれど、あの時の学校の生徒の反応はおかしかった。
ハーフだからというのもあるのだが、守ってやりたい可愛さみたいなものをこの子は持っているのだ。
そしてそれはたぶん、男子校なら絶大な力を発揮する。女子がいないという場面でこんな子がいたら放ってはおけないだろう。
「週末遊び歩いていること、心配してたけれど、あれは大丈夫なの?」
「人様に顔向けできないことをしているわけではないと話をしているんですけれどね」
なかなか内容の説明まではできなくて。
困ったようにいう彼の台詞に少しばかり同情する。たしかにあの父親にコスプレ趣味がよく見えるかどうかといわれると悩ましいところだ。
けれどそれ以上踏み込むこともできなくて。
あの部屋で借りてきた小さなバックをきゅっと握りしめた。
誕生日がこれではさすがにあんまりだ。なによりエレンがこういうもんだと諦めてしまっているのがなによりも寂しい。誕生日というのはもうちょっと楽しくてもいいものだろう。
「週末というと、誕生日プレゼント持ってきたんだった」
いろいろもらってたみたいだから、渡すのもちょっとあれなんだけれど、と前おきをしてここ一ヶ月で選別したり新たに撮ったりしたエレナのための背景写真集のアルバムを渡す。
「これ……この場所って」
「この馬鹿、ここの所ずっといろいろ駆けずり回って、いいところを見つけてたの」
そこに写し出されている景色は、エレナがやっていたコスプレの原作をしっかり見て、聖地といわれるところがあればそこを、そうでなければ雰囲気が似てるところをいままでの撮影経験から探してそれをそれらしく撮ってきた。
「だって、あたしにはカメラ以外になにもないから」
「うれしい!」
わしっとエレナが抱き着いてくる。
そう。目の前の顔は確かに、週末にうれしいことがあると抱き着いてくるエレナのそれとだぶって見えた。
「絶対。一緒にやろう。完成したらイベントで発表で」
今日一番嬉しいと、エレンは胸に頭を埋めてくる。まあ胸は平たいので埋めてもなにもないわけなのだけれど。
「いやぁ、お取込み中悪いんですがね……」
周りの視線がびしばしと注いでいるのを、遠峰さんがちょいちょいと教えてくれる。
なるほど。
はた目から見ると今日の主役の男の子が、同じ年頃のお嬢さんに抱き着いたという風に映るわけか。
まあかわいらしい、なんていう声がひそひそと漏れる。
「はわっ。ご、ごめんなさい」
「いえ。プレゼントが気に入ってもらえて何よりです」
少し赤面しながら体を離すのはもちろん演技だ。周りが初々しいかわいらしさを求めるのならば、それに乗ってやればいいだけのことである。
それから少ししたところでパーティーはおしまい。
それぞれ二次会に行く人たちもいたようだけれど、主賓を置いての二次会というのはもう商談だとかそういったことなのだろう。
最後にせっかくなので三人で写真を撮ってもらった。
先ほど、カメラ話で大いに盛り上がった二十代の男の人だ。
もちろんその間に、お持ち帰り用詰め合わせセットを用意していただいたのは言うまでもない。
ドレス姿の男の娘! ややポジテブさが失われてしまう感はありますが、着こなせてしまうルイはすごいなぁとしみじみ思います。腰周りのラインとか現実問題整体でも受けないとああならぬのよな。
次回は日常パートから。体育ネタの予定です。