268.卒パ1
ぽかぽかとした日差しが中庭の芝を緑に輝かせていた。
その様を一枚カシャリと。少し光が斜めから差し込む感じの仕上がりににんまりする。
うん。とっても温かいし、これなら寒さ対策をあまりしないでもコスプレできるのではないだろうか。
昨日も訪れた高校は、今日は少しばかり明るいお祭りというような雰囲気で満たされていた。
え。去年は卒パやってから卒業式だったようなとお思いのみなさん。
今年は学校側から日にちの指定を受けたんだそうだ。
あまりに前日にはっちゃけすぎるので、式当日に寝ている生徒がいたり、体調不良になる子がいたりとかいうことも起こっていたそうなのだ。当日まったく気がつかなかったけどね。
そんなわけで、式がしっかり終わった翌日。平日に、内輪で盛り上がれよ好きなやつらだけな、という感じで卒パが後に開かれることになったのだった。
式は保護者参加が必須だから日曜である方がいいけれど、これはむしろ保護者抜きの方がいいものね。
そういう事情がありつつ、日にちも変わることだし、例年とは違う試みがしたいと当代の生徒会はいろいろがんばったらしい。
どんなことをやるのかは特に聞いてないのだけど、とりあえずルイさんにオファーはきませんでした。
あとから聞いた話だと、もう写真部も卒業してしまっているし遠慮したんだそうで。
声をかけていいものかと悩んだあげく、すっぱり諦めようという結論になったのだとか。
別に、この時期は時間に余裕もあるから呼んでくれても良かったんだけどね。
そんなわけで、去年は制服姿で参加していたルイさんも私服姿。
普段のしのさんはおとなしめな女子大生という感じのコーデが多いわけだけれど、今日は暖色系の可愛い路線でせめてみました。
いやぁーカラータイツとかあんまり使ったことないんだけど、この前去年の卒パの写真を見てて、八瀬がワインレッドなタイツをはいてたのをみて、ちょっと取り入れてみようかなんていう気になったんだよね。
足下はヒール低めのショートブーツ。もこふわが好きなのでどうしてもそういう路線に走りがちなのは、まあ見逃していただきたい。
「うわっ、ルイせんぱーい。お久しぶりです-。昨日いらっしゃってなかったので、あわわ。ついに過去は振り返れない大人な女な感じになっちゃったのかーってしょんぼりしてたんですが」
「昨日はゴメンね。どうしても抜けられない用事があって」
制服姿にカメラ装備のめぐはこちらを発見するとすぐに飛びかかる勢いで近寄って来た。
去年までは大きな仮面というか、マスクというか、あれをつけていた彼女は今回は素顔のままだった。
実はこれ、至る所で起こっている現象で、生徒会からの呼びかけで「なるべく素顔のままで行こう」という提案がなされたらしかった。
もちろん希望者は装着も可。
そもそもコスプレはちょっと抵抗があるという人向けに、仮面を用意していた部分もあるので、三年目の今ならもう怖がる必要もないではないかっ! ということらしい。
えっと、もちろんルイさんは仮面装備しています。
目立たないため……の配慮ではあるんだけど、純粋に仮面がかっこいーと思っているからなのさっ!
「とりあえずはこれ、卒業祝いに。昨日マカロン作ってみたから、是非どうぞ」
「うわ……マカロンって家で作れるものなんですか?」
物珍しそうに彼女はラッピングされたそれを外から眺めていた。
さて。どうしてクッキーじゃなくてマカロンなのか。
それはもう、昨日の木戸くんと被ってしまうから、です。
去年はロールケーキをどっちにも渡してみたりしているし、問題は無いのだろうけど、特別な贈り物を写真部の後輩に、という気持ちもある。
いちおう写真部の三年の分はあるから、男子二人にも渡す予定だ。
実のところ、マカロンは自作をしても結構なお値段になった。
扱う素材がいろいろ多いし、それぞれ良いお値段がする。これでちょこっとだけ使えばいいようなものをいづもさんからグラム単位で購入できなかったら、しばらくお菓子はマカロンになるところだった。
クッキーがなければマカロンを食べればいいのよ、なんていう台詞はさすがにルイさんは言えませんって。
時々ならいいけど、そこまで毎日食べたいっていう気にはならないんだよね。
きれいでかわいいけど、個人的にはアップルパイの方が好き。
でも、贈り物としてなら、見た目もかわいいしいいと思う。
「腕の良いパティシエールの友人がいるから、いろいろね。でも、味の保証はあんまりできないかな」
「そんなこといって、どーせ美味しいにきまってますって」
あー、楽しみーといいつつ、めぐが歩き始めるのでこちらもそれについていくように進んで行く。
歩きながら話しましょうという感じだろう。
先輩はあれから、どんな撮影をされてるのですか? とかいろいろキラキラした目で言われてしまったりもしたんだけど、お仕事として行ったゼフィ女の学園祭の撮影や、お正月の初日の出の話なんかをしたら、お正月のは是非みたいですっ、と詰め寄られてしまった。
まあ、ゼフィ女の方も見たがったんだけど、あれのデータは業務用なので提出済みですと言うと、残念です~としょんぼりしてしまった。
そんな顔をされても、お仕事で撮った写真を私的に見るのはNGだ。
そんな話をしつつ、校庭の方に向かっていく。
部室の方に行くのかと思ったけど、どうやらそうではないらしい。
「あれっ、まゆだ。おーい」
「ああ、めぐ。撮影おつかれさまー」
その途中で何人かが集まっている場所に見知った顔を見かけた。
もちろんルイも見つけてはいたのだけど、声かけはめぐにやってもらう。
だって、まゆちゃんは、ルイの知り合いではないからね。
けれども、その背後にいる男たちはなんというかちょっと不思議な感じだった。
四人ほどだろうか。仮面をつけた男子がずらっと並んでいたのだった。
ここに女子が混ざっているならまあ仲良しなのねですんだのだけど、まさかこんなタイミングでナンパとかされてたわけじゃないよね。
「ええっと……こちらの方は?」
「うちの部の一個上の先輩。っていうか、ルイ先輩のことまゆは知らない……の? 去年とか一昨年とか目立ってたのに」
まじで? 信じられないとめぐは目を丸くしていた。
彼女としては一昨年の卒パのゲストで参加している子を知らないだなんて、とか言いたいところなのだろうけど、卒パは自由参加だから彼女がでてなくてもなんの不思議はない。
「めぐ。その誰でも彼でも知ってますっていう考えはとりあえず捨てて……」
私は隅っこ暮らしがいいのです、といいつつ、初めましてと挨拶をしておく。
うん。基本嘘はつかない派だけど、こちらから本当のことを言ってまわる趣味もない。
ルイさんとしては初対面なので、そういう対応でいいのだろう。
まゆは、ん? と小首をかしげながら、はいっ、よろしくお願いしますと昔より強い声音で答えた。
ふむ。後ろにいる男子達といい、あのあとすっかり精神的にも強くなったとみられる。
ナンパかと思いきや、静かにこちらの成り行きを見守っている四人は、姫に使える騎士のよう。いや、姫サークルに集まる男性方のよう。
「にしても、まゆ。結局四人のうちの一人は選ばないつもりなの?」
「んー。まあ。いろいろ考えたんだけど、ねぇ」
「……えと。かぐや姫状態っていうやつ?」
こちらで話している間は、四人は少し離れて待機状態だ。
みんな仮面を被ってるから、どこの誰かは……いや、一人は前にまゆと関わることになったときに居た男子だな、あれ。告白……しようとして、するまでもなく自滅した子だ。
「うぅ、どっかのアホ先輩がまゆを変えちゃったんです。もともとあの子男性恐怖症だったんですけど、逆に振り切れすぎですって」
「あ、はは。それは災難なことで」
あっれー。おかしいな。木戸さんがやった対応は間違いではなかったはずなのだけど。
「またまたー、アホもなにも木戸先輩のことが前から気になるーとか、まったくあの先輩はーとか昨日も言ってたじゃない。そんな悪態つかなくても」
「なっ。それ、ナイショなの! 特にルイ先輩の前ではその……ダメなんだからっ。真剣にやってるって思われたいっていうか……」
はうぅ……となにか言いあぐねているめぐに向けて、少し離れたところから、写真部さーん、こっちの撮影おねがーいと声がかかった。
「はいはーい、行きますヨー」
めぐが呼ばれてとてとて撮影に一人向かっていった。ちらりとこちらに視線が向けられたけど、感情まではわからない。
うんうん。周りから必要とされる写真部員にしっかりそだっていてなによりだと思う。
「写真部さんはこういうイベントの時は大変ですね」
「ええ。こういうときにこそ役立つことができるし、依頼がくるってことはめぐが頑張った証だと思うから」
引っ張りだこなのはいいことだよ、と答えると、まゆはそんなもんなんですねーと、緩い声を漏らした。
うん。いまいちわからないだろうけど、今時、カメラは高性能。
しかもデジタルで撮りまくれる時代だ。ならば、わざわざ人に頼まずに仲間内でばしゃばしゃ撮れば良いという発想もでてくる。
そんな中で声をかけられるということは、それまでの間でそれなりに、めぐのカメラの腕を認めた人がいるということだ。三年の時にめぐが撮った写真を見たことがあるけど、多くの被写体に恵まれて楽しく撮れてるのが透けて見えるような感じだった。
「で。先輩は、どっちの顔が本当の顔なんですか?」
まゆはおつきの男子生徒達から聞こえないようにこそっと、興味深そうに目を輝かせながらこちらに聞いてきた。
「どっち、とは?」
ん? なんのこと? とまゆに向かって首をかしげておく。
いきなりなんの話をし始めるのか本当にわからなかったのだ。
「さっきめぐがこっちに気付く前に、先輩はこっちを見てましたよね。それで、お会いしたことあったかなって考えたら、あっ、て感じで」
「声でわかった感じ?」
「んー、めぐとのやりとりとか、隅っこ暮らしがーっていう下りは、先輩が言いそうだなって」
全然隅っこでひっそりできてないのに、とまゆは苦笑混じりだ。
おかしいなぁ。あの日も確か男相手に慣れる訓練をしてもらいつつ、途中でナンパされて普通に一日終わったはずなんだけどな。……シフォレの制服着たりとかは、普通の範囲ですよね?
「ずいぶんと、男慣れしたようで何よりだね」
でも、その点はとりあえず飲み込んで、ちらりと少し離れたところで待機してる仮面の男子達に視線を向けた。
「あれ。実は秘密だから、とか口封じがーとか、それで唇をふさいでくれたりとかはしないんですか?」
「いわないよー。っていうか、口外はして欲しくないけど、言ってもたいてい誰も信じないからなぁ」
そもそもそれで誰も得をしないし、知ってる人は知ってるからねぇ、というと、うぐっ。ハニートラップが効かないこの人と、彼女は悔しそうな顔だ。
「えっ……ハニートラップだったの?」
「そ、そうですよっ。唇ふさいで、口封じをってちょっと良い展開じゃないですかぁ」
「キスにはあまり良い思い出がなくてね……」
その発想はスルーしてましたと言うと、なんですとーと、彼女は目を丸くしていた。本当に男性恐怖症だったのか怪しくなるほどだ。
「それで? どうして男性恐怖症から全力でこんな風になっちゃったわけ?」
「それは、ルイ先輩が見本を見せてくれた結果です。でもま、案外触れあえば慣れてくものだなってのは、納得です」
「四人から選ぶみたいな話だったけど?」
少し責めるような口調になってしまっているのは、あんまりな方向に行かせてしまった罪悪感からかもしれない。
「ああ、それは、その、告白してきた男の人に手紙でお返事を書いたんです。ありのままを書いてみて、それで卒業までに君を振り向かせてみせる的な感じの人達があの四人です」
だ、だからこれは別に、私がなにかしてこうなったわけではなくですね、と彼女はわたわたと手を振った。
なるほど。男性恐怖症であんな風なフリ方になったという説明でもしたのだろう。
そうすると、男はどう思うものか。
うーむ。まあ、木戸氏と同じくなんとかしたいとか思うものかもしれない。ましてや好きになった子だし、うまくいけばそのまま恋仲になる可能性だってある。
そして、だからこそ四人同時とかいう逆ハーレムを維持できているのだろう。厳密には付き合ってない状態なのだろうけど。
「それで、振り向いたの?」
「んー。それがですねー。結局、男の人は平気になったのですが、一人を選ぶこともできなくて、みんないい人止まりというか」
軽蔑します? と言われて、いいや、と答えておく。
「若い頃の恋愛は、手探りなものだーって、知人が言っていたしね。何ヶ月も持たないカップルとかいっぱいいるっていうし、それであの四人が楽しい高校生活を送れたというなら、それはありだと思うよ」
なんせ男子高校生は、彼女ほしい生き物である。それはきっと日常的に話すができるだとか、笑顔が見れるとかそういうだけでも十分なのではないだろうか。
「さて。じゃあ、そんな可哀相な男子達のために、まゆちゃん。高校最後の思い出作り、いっちゃおうか」
ちゃきりとカメラを見せびらかしながら言うと、先輩もカメラの人なんですねと笑顔を浮かべてくれた。
あのときはさくらが散々撮っていて、それを隣で羨ましそうに見ていたりもしたので、先輩も、という言いぐさにもなるのだろう。
「とりあえず、撮られたい子は仮面を外すといいのですか?」
それぞれ背後でびしっと待っている四人に声をかけると、まゆたんすげぇ。あのルイさんとこんなに親しげだなんて、という声が聞こえた。
ええ。あのルイさんですとも。
それからしばらくの間、まゆをメインに持って行きつつ、ツーショットをいくつか。そして最終的には五人で集まっての姿を撮ってみたのだけど。
逆ハー状態な写真は、本人よりも男子四人の方にご好評で、印刷して飾りますなんていうのもでてくるくらいだった。
まー、そういう学園生活も、本人達が楽しいならそれでよし、ということで。
データの送信が終わった頃に、ちょうどめぐが撮影を終えて戻ってきたのだった。
とりあえず卒パ1です。まだまだ続きますよ!
まゆさんのその後が、作者も気になっていましたが、こんな結果になってしまって、本当に……
で、でも、良い思い出になったとは思います。
マカロン作りは調べてみたら、けっこーお高いのなーと思いました。
一個200円とか普通にするのがなんか納得。
次話は、卒パの続きです。まだまだ撮影したりないですからね!




