266.
夜アップなんとか……おまたせしましたが短めです。千歳たんたちは次話で!
私こと、崎山珠理奈は、女優をしている。
歌なんかも歌わせてもらうこともあるので、アイドルとも言えなくも無いのだけど、まあ女優が本業だ。
そんな私は今日は、昔お世話になった劇団の様子を見に行っていた。
昔はよくここの団長にいろいろと教わったものだし、今でも友人付き合いはある。さすがに今は舞台に立つといろいろ騒がしくなってしまうけど、友情出演的なものはいつかやってみたいと思っているくらいだ。
「今期の新人さー、すんげー悩んじゃってるんだけどさー。どうすりゃいいかね」
団長さんは三十代半ばの男の人。大柄でのっそりしているように見えるけれどかなりからだが動かせる名俳優だ。彼はうーんと腕組みをしながら唸っていた。
「あら、石毛さんが悩むなんて珍しい。直感がウリとか普段言っているのに」
「直感的にはありなんだよなぁ。ビビっときちゃってんの。え、今時の子はビビビ婚とか知らない? いやむしろそこはねずみ男だろって突っ込みをぜひ」
「ええと、そういうのはいいから。どうしたんです?」
素行に問題があるとか? と私は不思議そうに尋ねた。技術がしっかりしていて、それでもダメという場合は、実生活が破綻しているだとか、親が反対しているだとか、いくつか理由が挙げられる。
「この子なんだけどな。女優志望なんだけど、その……なぁ。いや。演技は普通にすごいの。最初見たときはわかんなかったし」
「うわ」
その用紙を見て、こいつかーと、脳裏に浮かんだあの顔を思い出した。
馨に誘われて行った学園祭で舞台に立っていた一年生。まだまだたどたどしい演技をしていた彼にエレナさんはテンションをあげまくっていたけれど、それがここまで来るようになったかと少しほっこりしてしまった。
「で? 演技自体は申し分ないっていう判断なんですよね?」
「まあな。表情作るのとか上手いし、仕草がきれいなんだ。結構筋肉ついてるのかもな。姿勢維持とか揺れないんだ」
「なら、いいんじゃないですか? 女優を目指す男の子がいたってむしろ面白いじゃないですか」
この人が演技は大丈夫、と言ってるならそれは信じて良いことだと思っている。
なら、問題となるのは、男の女優っていうこれだろう。
ほんと、馨の知り合いはこんなのばかりだからびっくりしてしまう。まあとがった思いがある子は好きだけどね。
「いや、でもそれだと着替えとかどうするんだ? 女子部屋ってわけにはいかんだろ」
「あーそれは男部屋でいいんですよ。履歴書にもありますけど、日常は男ですって書いてあるし、ほんと男が女優をやるっていう認識でいいんじゃないですか」
もめ事がいやだーっていうので手を放してしまうには惜しいから悩んでるんでしょ? というと、うむむと団長は眉根を寄せた。
「他にはなにか気にするところないかな」
ほら。配慮しなきゃいけないーとか、こういうセクシャルマイノリティ? って扱いをきっちりしないとフルボッコにあうっていうじゃないという彼の不安そうな声にため息がもれてしまった。
世間にはそんな風聞が流れているというのだろうか。
「私の友人の言では、こういう性別わかんない人にはそれぞれ事情があるから、本人に話を聞いてそれですりあわせするべき、なんだそうですよ。こっちがわかった気になっていろいろ配慮するより、話し合えって」
話し合ってもどうにもならないこともあるわけだけど、と内心で呟いて気分が落ちた。
ほんと馨ったら。
「最後にもう一回電話でもしてみればいいんじゃないですか? 扱いについて、とか」
きっといろいろ話してくれると思いますヨ、と予言じみたことを言ってみせると、そうしてみるかと彼は頷いた。
私は個人的にこの子との接点がそこまであるわけじゃない。舞台を一度、しかも二年以上前に見たっきり。
でも、馨の手が入った子だ。考え方はたぶんそんなに変わらないだろう。
それよりもこの子が業界にはいってくれれば、と少し期待みたいなものが膨らんでくる。
馨との接点がひとつ増えるのは願ってもないことだ。
いちおう異性なので気を付けなければならないけれど、女優の先輩としていろいろ教えてあげてもいいとおもう。
あの感じだときっと馨とも仲がいいのだろうし、それでちょっといい話をしてくれたら、馨だって、きっと。
きっと、ダメだろうなぁと。私は浮かんだ案にあまり期待しないことにした。
「あ、木戸先輩。わざわざ来ていただいてありがとうございます」
「卒業おめでとう。花束じゃなくて悪いんだけど」
ほい、卒業祝い、とついついかわいくラッピングしてしまったクッキー詰め合わせを渡す。
今日用意しているのは、澪の分とみさきの分と、そして千歳たち二人分だ。
他にもバレンタイン企画とかで知り合った子もいるにはいるけど、特に付き合いが深いのがその四人。
ちなみに写真部関係は明日ルイとして用意しているものがあるので、本日はなしだ。
というか、めぐとかにいきなり手作りクッキーを渡しても、は? なんですか? みたいな反応になりそう。
女子力アピールですか、気持ち悪いとかも言われそう。
「やっほー。さくらー。貴女が男連れとは珍しいっ」
クッキーですね! ありがとうございますという澪の隣で、斉藤さんが景気よく手を上げて挨拶をしてきた。
彼女も気に入った後輩が卒業ということで、様子を見に来たらしい。
「これ、はどこをどうみても男連れではないんじゃないかなぁ」
「んなっ。今の状態なら男連れだと思うんだけど」
いちおう、眼鏡もかけているし声だって男声なのだから、その言い分はどうなのかと思う。
ぷぅと頬を膨らませつつ抗議をすると、斉藤さんは、あーあと肩をすくめた。
「いやー、あんな風にミニスカサンタをこなす人が男認定はないかぁ……」
斉藤さんまで、自分で言い出した言葉を撤回しはじめた。ええと。今は木戸さんなんです。メイクもなんもやっとらんのです。
「その通りです。木戸先輩が男だなんて誰も信じないですから」
あ、クッキーうま、と澪までのほほんとしながらそんな突っ込みを入れてくる。
ばか、な。あの澪さんまでがそんなことを言うだ等と。
いちおう男の先輩として接してきているし、ルイとしての接点も少ない彼にまでいわれるとはさすがに驚きである。
「そーいう澪だって、舞台に立てば誰も男だなんて思わないわけだろ?」
「そりゃまーそういう仕様なんで。でも、普段は俺はこんな感じですよ」
ほれ、どーですこの男っぽさ。なんていうけれど、そこまで澪はがたいもいい方ではないし、インテリ系男子っていう感じにしか見えない。あ、男子には見えてるのか……
自分はそれにすら思われてないのかと、しょぼんとした。まあいいんですけれど! 実害無ければ。
「あ、そうそう。実はこの前の劇団員のオーディションなんですけど、無事通りました。本格的に頑張りますので舞台があるときは是非見に来て下さい」
そんなふうに愕然としていると、彼は絶対劇団でものしあがりますと、変則的なピースサインを浮かべた。きらってかんじだ。
あ。斉藤さんもにこにこしてる。もともと澪は斉藤さんに憧れて女優を目指していたわけだけど、今では澪の方が少し先を進んでいる感じなのかもしれない。斉藤さんは大学でちょっと演技関係はやってるけど、女優って感じではないものね。
「うわっ。よく通ったね。おめでとう」
実はオーディションを受けると言う話は前に聞いていた。
タダでさえ狭き門なうえに、男で女優という特殊性。ここらへんがどう化学変化を起こすか、楽しみにしていたのだけど、無事に上手く行ったようでよかった。
澪の強みは、女性を客観視できる所だろう。自身は男性性を持ったままだから、男として魅力的な女性の姿を描き出して、それを身につけてきた。女形が美しいように普通の女子が妥協してしまう仕草まで徹底して作り込むから、とても綺麗なのだ。
あとは先方がどう捉えるか。おもしろがってくれるなら受かるかもねと思っていたのだった。
「なんかそのあと、ジェンダーがどうだー、セクシャルがどうだーとか、電話で聞かれたんですが、自分男なんでと言っておきました」
きっと、ちーちゃんとかはそういう配慮いるんでしょうけど、俺は男で女優なわけだし、と苦笑混じりだ。
世間的に「性別を変える人」がクローズアップされている関係で、そちらでは!? と思われるケースは多いようだ。
まあ、男で女優っていう願いは、ちょっと一般的では無いとは思うしね。
「扱いに関しても、別に他の男性と一緒でいいと言って置いたのですが……」
専門家としてなにかご意見は? と言われると、まあ、いちおう答えておくしかない。
「体験談で言えば、相手が男だとわかっていても、色気があるといろいろ危ないよ?」
本当にいろいろありました、と言いきると、斉藤さんもうんうんと頷いていた。
「でも、澪たんの場合は日常で男子って思われればどこかの、性別喪失者みたいにならないんじゃないかなぁ」
「あの、さくらさん。俺、普段男子やってますよね? 喪失してないですよね?」
あのさくらさん。ちょっといいだろうか。って思ったら思い切りにらまれた。
ひどいな、性別喪失は言い過ぎだ。
「えーっと本人自覚ないようなので、ここで多数決-。木戸君の性別が破綻してると思う人」
さぁはよっ。という言葉に、斉藤さんと澪の手が上がった。スミマセンといいつつの挙手だった。
「うぅ。破綻してないもん……女子っぽくするのは必要だからだもん……」
ぐすっ、と女声でいってあげると、そう、それこそがいかんのですとこくこく頷かれてしまった。
わけがわからない。
「さて。そんなところで。俺はそろそろ演劇部室にいかねばです」
みんな待っているので、というと、あたしもついてーくと斉藤さんも手を上げた。
「あーなんなら集合写真とか撮りに行くけど?」
どうすか、カメラマンこちらにいますよ、と笑いかけると、いえーと彼は遠慮するように、手を振った。
「そこは写真部にお願いしてるんで」
「な……んだ、と」
しれっと言われた言葉にがくんと両肩が重くなった。
こ、この木戸さんの撮影より写真部がいいだなんて。
「ここにルイさんがいたなら是非お願いするところですが、写真部とうちは例年良い関係ですからね」
「くやしかったら女装してでなおしてきなー」
斉藤さんの煽りが、なんか苦笑混じりなのだけど、ルイさんは厳密には女装よりちょっとつき抜けてしまっているのだよなぁとも思ってしまう。
女装で出直すだけなら、別に苦はないのだよね。羽田先生におねだりして女子高生の制服を貸して貰えればいけるしね。
「あ、ちづ。こいつたぶんろくでもないこと考えてるだろうけど。今日はルイはここにはこないから。明日はなんかくるっていうから、その時にいろいろ撮ってもらいなよ」
あいつ、この前カメラ新調したとかでテンションあがってるし、きっと、はげしくうざいから覚悟ね、と笑顔でさくらがひどいことを言い切った。
そりゃさ、カメラ新しくしたし今はルイとしても実験として撮影をするのが楽しくて仕方ないのだけど。
うざいはないと思うよ。
「ま、それなら明日を楽しみにしつつ、ってとこですね。いろんなイベントもあるみたいですし、木戸先輩も、もし万が一参加するようなら、楽しんでって下さいね」
ふふんと、鼻で澪にわらわれながら、反論するのはやめておいた。
うん。彼が言うように、徹底的に明日は楽しむつもりである。
ルイさん、カメラ新しくなったので、さらに節操がないところを、しっかりと味わってもらおうとこのときは思ったのだった。
今回は澪話にしぼりました。千歳たんたちの話は次話でじっくり。でも千歳の話よりかめらを買いに行くときの構想のほうがいろいろ浮かんでいる自分がいるっ。
次話は日曜日予定です。
まだ構想中ですが、なんかこー、良い感じになるといいなぁ。




