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265.母校の卒業式1

「きょーは、女装じゃないのねー。あら珍しい。こりゃ珍しい」

「しかたねぇって。あいつらの卒業式を、あっちがいったらそれこそおかしいわ」

 久しぶりの母校を前に、隣に居るのは駅で一緒になったさくらだった。

 約束していたわけではないのだけど、偶然駅であって、そのまま学校まで馬鹿話をしながら歩いてきたのだ。

 まさかこんな時間にきているバカが他にいるとは思わず、お互いに笑ってしまった位である。

 

 今日は、我らの母校の卒業式。

 一個下にはそれなりに知り合いもいるのだし、こりゃ祝いにいっておかねばということで、もともと予定には入れておいた。

 さて。ここで問題になるのはルイとしていくべきか、木戸馨としていくべきか、だ。

 名目上、ルイも写真部の部員だったわけで、めぐみ達の卒業をルイさんがフルサポート! というようにしてもよかったのだけど、他にも木戸馨としての後輩もいるので、悩ましい限りだった。

 あいつらは、ルイ=木戸馨を知っているやつらばかりだから、ルイできてもよかったのだけど、青木も彼女の卒業式を見に来るとかいうものだから、こちらになったのだった。

 たぶん大丈夫だろうけど、変な反応がでても困る。


 明日の卒業パーティーは、ほぼ恒例になってしまったコスプレパーティーだそうで、三年目の今年はそろそろ新しい催しもしてかないとと、当代の生徒会は頑張っているらしい。

 ルイとしてはそちらに参加すればいいかな、なんていう風に思っているし、写真部の面々にはそんな風に伝えてある。


「にしてもなーんも部活に入ってなかったあんたが、あれだけの後輩の知り合いを持ってることにいまさらながら驚きよ」

「まー逆に一ヶ所にいなかったからいろいろ知り合ったってこともあるんじゃね?」

「首突っ込み体質、か」

 まーあっちもそうだし、あんたって昔からそうよねー、とさくらはいいつつカシャリと入り口の撮影を行った。

 普段の校門の脇には卒業式という看板がかかげられていて華やかな感じに仕上がっている。

 もちろんそれを追っかけるようにこちらも撮影。


「あ、木戸くんたち。いらっしゃい。二人とも相変わらず仲良しそうね」

 それが終わってとてとて来賓用の受付にいくと、そこには羽田先生が立っていた。

 まだ若い先生でもあるから、それで押し付けられてしまったのだろう。担任を持っているといっても今は二年を担当しているし、そこまで忙しいわけでもないというわけだ。

 そのまま持ち上がりになって来年送りだす子が、この人にとってのはじめての卒業生ということになるだろうか。


「あんまり仲良しじゃないですよー。木戸くん付き合い悪いし、今日はたまたまた駅で落ち合っただけですから」

 こんなやつは知らんのですとさくらが薄情なことを言うわけだけれど、まーそりゃ木戸馨とはそこまで一緒に出掛けてないから、仕方ないのかもしれない。

 そもそも最近のさくらはルイとの撮影会の頻度も少な目なくらいだ。彼氏ができたというのがやはり大きいらしい。


「たしかに、カップルーっていう感じには見えないのよね。仲のいい姉妹っていうか、姉弟っていうか」

「あの、先生。どうして俺の方が年下設定?」

「いや、だって、なんとなく」

 なんていうか、木戸くんのほうがみずみずしい感じと言われて、さくらのほうが逆にふくれた。

 えい。そんな横顔をとりあえず撮影。

 うんうん。感情が出たときの撮影は相変わらず楽しい。


「というか、さらっと姉妹呼びのほうはスルーなのね。まあいいけど。それと錯乱氏。先日のブツは今日はお持ちで?」

「はいはい。今日会う予定だったから持ってきてますよ」

 今データコピーします? という提案に、是非ともよろしくですっ、と羽田先生は笑顔を浮かべた。この前のイベントの時のコスプレ写真の受け渡しだろう。

 さくらはこまこま小さいイベントにも参加しているし、町中や自然風景の撮影よりもそちらに特化している人だ。

 ほとんどイベントのノリで、先生がスマホに写真データを移動している。

 他に人が居ないからできる行為である。


「タイムスケジュールはだいたい去年と同じですか?」

「ええ。午前中は式をやって午後からはそれぞれで過ごす感じね。正直貴女たちはもうちょっとあとで来てもよかったんじゃないかな」

 さすがに早すぎですよ、と時計の針を見ながら羽田先生はため息を漏らした。

 うん。知ってる。今八時過ぎだもの。


「ていうか、せんせーこそこんな時間に受け付けにいるってどうなんですか?」

「一番若いんだから、早起きして仕事しろって喜一せんせーに言われちゃったの。八時くらいから来賓がくることもあるからって。まあ八時半になったら教室にいくけどね。SHR(ショートホームルーム)とかやらなきゃだし」

 その頃になったら別の子が受け付けをかわりますと、彼女はいった。

 生徒会とかそこらへんの生徒がくるまでの繋ぎだったらしい。


「ええと。式はさすがに撮影できないですよね……」

「そりゃね。プロ雇ってるし、卒業生でもちょっと無理かな。家族なら保護者で入れるけどね」

「なら、久しぶりに学校の撮影ってところかな。卒業式当日の風景、みたいな感じで」

 中はプロにおまかせか……と、先日の大学の方の卒業式のことを思い出す。

 中学のは保護者からの依頼ということで、保護者枠で参列できたけれど、普通はあそこに入れるのは関係者だけということだ。


 それならそれで他にやれることはあるし、昼までの時間はいくらでも消費可能なのが我らである。

 撮影準備はしっかりしてきているし、バッテリーも予備がある。


「なんなら、木戸くん、調理室でケーキとか焼いてくれてもいいのよ?」

「おぉっ。あたしもそれは食べたい」

 羽田先生の無茶ぶりにさくらも乗っかってくる。

 いやいや、さすがに自分の卒業式でもないのに、ケーキ作りはさすがにどうかと思ってしまうところです。


「さすがに今日は作ってきてないし、作る気もないですって。女子のお茶会に混じれるほどの交流もしてないし、後輩たちはそれぞれとがったところに所属してる感じだし」

 正直なところ、差し入れにクッキーくらいは焼いて持ってきているのだけど、それは個人に上げるものであってお茶会を開く規模の量は持ってきていない。え。卒業式は花束だろって? 駄目デスよ、木戸さん節約家なのですから。


 そんな時メールの着信を示す振動が感じられた。

「あいつ、卒業式まで部室か……どんだけだ」

「え、式が始まる前に会いましょうって? もてもてねぇ木戸くんも」

 データのやりとりが終わったさくらは、こちらの反応にうりうりと二の腕あたりにちょっかいをかけてくる。


「さくらもくるか? 式が始まるまでまだ時間あるし」

 どうせそれも出れるわけではないけれど、先に会えるのならそれはそれでいいのだろう。

 今日はなにげに後輩の知り合い全部を撮影するとなるとそれなりに時間がかかりそうだからね。


「って、どこよ」

「ん。俺にとっては非常に思い出深いところです」

 さあついてくるがいい、とさくらを誘導して校舎を歩く。

 先生には、またあとでーと軽く手を振っておいた。 


「ああ、ここね。ここなのね」

「そう、ここなのです」

 部室棟のはしっこにあるその部屋の壁には漫研部室という文字が書かれた紙が貼られてあった。

 はい。本日の一人目はこちらに在籍しております。


「おじゃましまーす」

 からからと扉を開けて部室の中を見ると、そこに居たのは一人だけ。

 ノートパソコンにかかり切りになっている、美咲ちゃんだけだ。

 他の部員はどうやらまだ来ていないようで、たぶん式が終わってから合流するのだろう。


 さて。BLまみれな漫研だったわけだけれど、ここのところのこの部はいくらかましな団体になっているのだそうだ。

 書きかけの漫画原稿とかがテーブルにおかれてあったり、ホワイトボードにばばんとイラストがかかれてあったりするところが、漫研っぽい活動してるなという感じだった。


 うん。二年前はもろBL談義だけで成り立ってるような部だったというのに、変わればかわるものである。

 なんだか今年入った一年の中にやる気がある子がいたそうで。それに影響されつつこんな感じになったそうだ。

 え、なんでそんなこと知ってるかって? 美咲さんは木戸さんのメル友なのです。ラインではなくメル友なのです。

 タブレットで繋げてもいいんですけどね。ガラケーなのでね。


「先輩っ。私もようやく卒業式を迎えることができました」

 ノートパソコンから顔を上げて、美咲ちゃんがにこにこと上目づかいでこちらを見ている。

 そして、すっと手を差し出してきた。


「さぁ、はよ。ほら、はよ」

「ちょ。なんですかそのおねだりの仕方は」

「えーだって、進路きまったよーって連絡しても、ぜんっぜんどっかのおバカな先輩は素材データくれないし、次あったら積極的にぶんどりにいこうか思ってたんです」

 う。たしかにその言い分は全面的に正しいのだけど。

 進路きまったーって連絡が来たのはつい先週の話だったような気がするのですけれどねぇ。


 美咲ちゃんは専門学校にいくことを決めたそうだ。

 もっと技術を伸ばしたいとかなんとかでコラージュはもとより画像処理系を突き詰めたいということらしい。彼女らしい理由である。


「正直、今日朝から撮ったデータしか今は持ってないけど」

 ほい、とSDカードを抜いて彼女の手の上にちょこんと置いてあげる。

 彼女はすぐにノートパソコンにそれを入れ込んでファイルを開いた。

「う……普通に町中だし。通学路だし」

 これじゃない感が半端ないと彼女はしょんぼり肩を落とした。

「しかも、いつもの切れが全然ない。ほんとにない」

 脇から覗き込んでいるさくらにまでダメ出しをされた。

 うぐっ。


「じゃ、じゃあさくらさんの写真を分け与えるといいよ」

 それなりに持ってきてるんでしょ? というと、いやーそれがなーとさくらは視線をそらした。

「欲しいのは自然の写真でしょ? そんなに撮ってないし、そのう」

 美咲ちゃんに小さなお手々を出されて、さくらは観念したように手持ちのSDカードを渡した。

 卒業式にくるなら、写真部でわいわい盛り上がるためにも、手持ちはいっぱいあるだろうという予想は当たったらしい。


「ほんと人ばっかりですね……」

 コスプレ写真ばっかりーと、美咲ちゃんはがっかりした顔を隠す気もないらしい。

 さくらのことはいちおう、あいなさんの弟子ということで紹介はしてあるので、予想はしていただろうけどそれにしてもお気に召すものはなかったらしい。


「あれは? お正月の初日の出とか」

「ああ、あれね」

 ほいと、マウスをいじりながらさくらは先日撮った写真を表示させた。


「……うぅ。悪くはないですが、あいなさんの写真を素材に使った時ほどのときめきはないですね」

「はぅっ、そういわれると思ったから、ヤだったの!」

 ぐすっと泣き真似をするさくらの気持ちもわからないではない。

 この子は一番最初に、最上級の素材を使っちゃってるのだものな。それと比べられるのは嫌だろう。しかもさくらは風景より人物を撮りたい人なのだ。


「まあ写真に関しては今まで撮ったのを後であげるのと……今度、卒業旅行リベンジがあるので、その時にもガンガン撮る予定だから、そのあと渡します」

「おおっ。卒業旅行ですかっ! って、なんでいまさら」

 美咲ちゃんが目をキラキラさせながら、はて? 大学一年ですよねぇ? と小首をかしげた。可愛いので一枚撮っておく。


「こいつ、っていうかルイ(あっち)だけど。去年はお金ないとかいって、あたしらとの旅行断ったのよ。んで、今年はお金できただろうし、なにより同学年は知ってるっていう前提のもと、どっかいこーよって話になったわけ。まあ三人でって感じなんだけどね」

 もう一人同学年で写真部いたんだけど、あの子はもう、今を生きているのだよと、さくらは苦笑ぎみだった。

 旅行自体は楽しそうなんだけど、それなりに生活のサイクルは変わるということもあるのだろう。

 ちなみに、今回のルイさんは、二月末にコスROMの収益が出たので、懐は割と温かいほうだ。

 もちろんルイ用のカメラを新調したので、節約の必要はあるけれど、去年のように手持ちがほとんどないというようなことはない。


「それじゃ、その旅行の時の写真がくるまで、繋ぎで何枚かください」

 さぁ、プリーズと言われたので、とりあえずエレナのところを間借りして展示しているルイさんのHPの写真でも使っておいてくださいといっておいた。

 あそこにも結構あげているし、それを元にしていただければいいのだ。

 いちおう主催者公認なので、落として加工してもらっても構わない。


「あっ。そういえばそんなのもありましたね。わかりました。じゃー今日からそれが、夜のおかずということで」

 あれを使って良いというのをすっかり失念していましたと、彼女はノートパソコンをしまいながらにんまりと笑顔を浮かべた。

 いちおうはあそこの自然写真は彼女の中では合格ラインらしい。

「それと、先輩たちのことですから、どうせ式の最中は学校の撮影するんでしょう? 是非自然物多めでお願いシマス」

 ぺこりと彼女が頭を下げると、予鈴が鳴った。

 式自体は九時から始まるとのことだけれど、その前に教室に集まっていろいろやることもあるから、最後の登校はきちんとしなければならない。


「それなりに撮るつもりではいるけど、基本学校中心だから」

 卒業式なのですよ、というと、えぇーと彼女は残念そうな声を漏らしたのだった。

母校の卒業式スタートということで。二話+卒パでいこうかと思っています。

いやぁ、部活に入っていない木戸くんに後輩の知り合いがこんなにいるだなんて、びっくりですね。

男性恐怖症のまゆさんのその後とかは卒パではいる……といいなぁ。

とりあえず本日は美咲ちゃんです。木戸くんとメール交換してる描写はでてましたが、お久しぶりの登場。写真加工は正しい目的の下にと言うことで。


そして次話は、澪さんと千歳たんたちです。

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