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263.大学の卒業式1

 雲が流れている空を見つめながら、はぁーと思い切り身体をころんと芝生の上に投げ出した。

 三月。例年の気温よりやや暖かめな今日は卒業式当日としては、かなり好条件なのではないかと思う。なんせ地面に寝そべっていてもそこまで寒くないからね。

 で。大学の卒業式になんで登校しているのか、といわれたら、まぁ……特撮研としてのお仕事があるからだった。


 一般学生はお休みのこの日、そこそこ学舎には人影はある。

 とはいっても、研究にあけくれるというよりは、卒業生達を送りだそうという在校生達の姿の方が多いだろうか。

 サークルつながりやゼミつながりなどで、上下関係が成り立っているところなんかはわざわざ通学していて、サークル棟は割と人が多くいるような感じだった。


 さて。では我らが特撮研の先輩はどうか、といえば。

 去年のオープンキャンパスで親切にしてもらった先輩はその当時すでに四年生ということで、去年卒業済み。

 そして普段触れあっている人達は三年以下だ。

 今年卒業する人はいるんですか? と尋ねたら花実会長からは、ん? ああ、いないではないけどいないと思ってていいとかいう変な答えをいただいてしまった。


 どうやらもともとは特撮研のメンバーだったそうだけど途中でやめてしまった人がいるらしい。

 ちょっとしたいざこざがあったようで、花実会長達はあまり簡単に口を割ってはくれなかった。

 

 さて、そんなわけで途中脱退の彼以外は特別追い出す人がいない特撮研は本来ならばこの場所に来る必要性はまったくなかった。けれども、数少ない写真もやれるサークルということで、例年撮影係として駆り出されるのは必須となっているらしい。

 もちろんモデル組は強制参加ではないから、鍋島さんとかは今日は欠席。

 参加しているのは、時宗先輩、奈留先輩、花実先輩に、花涌さんくらいだろうか。もちろん打ち上げみたいなものもやらない。無事に終わったら唐揚げ奢ってあげるでござるーと、長谷川先生は言っていたけど、まあそれくらいで解散だ。


 となれば、半日くらいで終わる卒業式と、その後、ということで三時すぎくらいには解放される。

 その後はどこに行こうかなんて考えながら、式が開かれている今は、こうやってこてんと空を眺めながらシャッターをきっていたのである。


「一日撮影時間だってなったなら、木戸くんならわーいって、いろいろ撮るものだと思ってたけど」

 あんまりテンションがあがってないようで、びっくりと花涌さんがちょこんと座りながらこちらの顔を覗き込んでくる。彼女も今は待機中で大学の敷地の隣にある講堂での卒業式が終わるのを待っている状態だ。

 木戸たちも入学式に使ったところで割と多くの人を受け入れられるだけの広さがあるところだ。普段は運動系サークルがつかったり、市民に開放していたりするらしい。


 そう。撮影係、といったところでそれは学校側が正式にオファーしているわけではなく、なかば暗黙の了解のようなもので決まっている卒業生たちの歓談を撮る係というようなもので、式本番の方には我々は出席ができないのだった。


「まー普段ならそうなんだが……さすがに式の方を撮れないとなるとちょっとダメージが」

 式本番。それは今まで何回かやってきた経験でもいろいろな表情が撮れる場所だ。中学や高校はそれなりに撮ってきたという自負もある。でも大学は? というのでちょっと昨晩からわくわくしていたのだけど、朝、花実会長にさらっと、出てきた後からの撮影ですといわれてしまい、しょぼーんとなってしまっているのだった。


「そりゃ会場は学生たんまりだし、うちらが押しかけちゃったら迷惑になるから、プロのカメラマンさんに任せるのが道理だってもんで」

「……あいなさんばっかりずるい……」

 カシャリと空の撮影をしながら、遠目に見たあの姿を思い出す。

 今日は大学ということもあって、あちらからの接触は、ちらっとこちらをみて軽く手を振られただけだ。

 こちらも会釈をするだけでおしまい。メールは入ってたけど、とりあえずおのおのお仕事でいいよね? というような内容だった。

 見知らぬ人だったらここまでしょんぼりはしないのだろうけど、なまじ知っている人なだけに、綺麗な衣装を着た人達を内心わくわくしながら撮ってるんだろうなぁなんて思うと、羨ましいとなってしまうのだ。


「あれ、木戸くん今日のカメラマンさんと知り合いなの?」

「知り合いっていうか、高校の悪友のおねーさんだ」

 実際、ルイとあいなさんの関係性なら、撮影仲間兼、師弟というものになるだろう。

 でも、木戸馨としてはあくまでも青木の姉という認識しかない。結局個展も女子として参加してしまっているしね。男子としても参加しなきゃいけないところなのだけど、なかなか二の足を踏んでしまっているところだ。

 

「うちの高校の写真部で臨時講師をやっていたりで、多少は面識はある。ま、俺が写真部じゃなかったんで、フレンドリーに話をするほどではないんだけど」

 うちのバカ弟をよろしくおねがいします、と言われた程度の間柄である。

 もしこれがルイだったらどうだっただろうか、というのが実は先ほどからちらついている懸念事項なのだった。

 もしあっちできていたら、じゃあ一緒に撮ろっかーなんていってするっと中にいれてくれたのではないだろうか。


「ま、本番は式が終わったそのあとだし、それまではちょーっとゆったりな感じかな」

 カシャリとそれでも空の写真を撮っておく。

 どうにも先ほどの考えが頭にちらついてあまり晴れ晴れした気分にはなれなかった。

 カメラを持っていてテンションが低いだなどと、未だかつてなかったことである。


「その間に構内の風景とかを抑えとけばいいだけの話ではあるわけだし」

 そんなわけで、空の写真でも撮ろーという感じなわけですと花涌さんに答えておく。

「それでいい景色撮れてるの?」

「んーそれがいまいちぱっとしない。このまままったり寝てしまいたいくらい」

「だめじゃん」

 自然の写真を撮るのは好きだ。だから空の写真を撮るのは好き。なにも意識しなければたぶん普通に楽しく撮影はできるのだと思う。

 でも、近くにあいなさんがいると思うと、あの空が脳裏にちらついてしまう。すっごく高くて澄んだ空。

 いけないいけないと目頭を押さえておく。あれはわざわざ出向いて撮ってるからああなるもので、ここでやれるはずもない。

 ルイのスタンスを思い出せ。その場の空気を写しきる。それがルイのやり方というものだ。

 

「よっし。切り替えよう。今日のお天気がこうなのだからこれを撮るということで」

 よくなるかどうかと言われると、芸術作品のようなものは撮れないだろう。でも、ルイらしい写真を撮ってしまってもいいのではないだろうか。

 まあ、今日はルイさんではないのですけれどね。

 そこへんもあって正直かなりもやもやしてしまっている。

 どうして、ここでルイとしていられないのか、というような葛藤だろうか。最初は男としてでもいい写真を撮ってやろうと思っていたのだけれど、あいなさんとさっき会ってしまったことで、その気持ちが揺れに揺れてしまっているのだ。


 あーもう。男子姿(こっち)での撮影ってこんなに気分が重たいとは思わなかった。

 そりゃ、人を撮っても緊張はしなくなったし、写り込みに関しても気にしないようになった。

 普通に撮れるようになったけれど、そこから先の段階になると、やはりルイの方が一歩も二歩も前をいっている感じがしてしまっているのだ。

 なによりテンションだろうか。こっちだとどうにもなにか奥歯に何かが挟まったような感じで一歩を踏み出せない。


 とはいっても、今日の撮影はこちらで、という決まりなのでやれるだけはやらないといけない。起き上がって青空を背景に建物を撮っておく。無機物は得意ではないけれど、卒業式に「その場」を撮るのは木戸のスタイルである。

 ぼっちスペースはとりあえず外すとしても、他にも一年かよってそれなりにみんなに愛されている景色はわかっているつもりだ。

 あいなさんが中を撮るならばこちらは、彼らが過ごしたこの空間を撮ってこようではないですか。


「おっ、かおたんに火がついた」

「かおたんいわない。それに今日は女装する意味がないから」

 花涌さんも撮影くるかい? と誘うと、はい喜んでという答えがきた。

 式が終わるまでの一時間。その間は彼女を連れ回しつつ、学内の景色を撮影である。



 

「やあやあ、やってるねー」

 花実会長が、ほわっとした様子で声をかけてきた。彼女も今日はカメラを装備している。

 普段はモデルの方をやったりもしているけれど、兼用な人なのでこういうところでは彼女も撮影係の一人となる。


「すでにがんがん撮ることにしました。中の風景も気にはなりますが」

 卒業生の写真の受け渡しは、後日学校主体でやってくれるらしい。

 普段一期一会な感じなルイをやっている身としては、こういうかっちりしたのはなんか不思議な感じだ。

 納入先に渡したあとに生徒にわたるーみたいな感じでいいのだろうけど。


「あっちはしゃーないって。そろそろだろうから、出待ちでもしよっか?」

 予定だとあと五分くらいでわらわらでてくるよと言われて時計を見ると、だいたいそれくらいだった。


「あの。うちって卒業生はいるんですか? 四年になるとあまりサークル活動とかしないって話もありますが」

 特撮研のメンバーはいままで見知った限りでは、三年生までだ。

 前の時はいないではないとかいう風にはぐらかされてしまったけれど、今日ならば話をしてくれるかもしれない。


「ああ、いるにはいる、っていうかいた、の方が正しいかな」

 いやーいろいろ我々の時代にもあったわけですよーと、花実会長はため息混じりだった。

「志鶴とあたしが同学年だったのは知ってるよね。その一個上にいたわけだけど、なんていうかねぇ、あの子ったら前からああだからねぇ」

 まーあれだ。時宗があんたにホの字になった、みたいな感じ、といわれて、ちょっと口をへの字にしてしまった。


「志鶴先輩ってもとから男子だっていうのはオープンなんでしたっけ?」

「ええ、まあ。あの子はお父様と同じにはならないって見た目あんな状態で、男ですって身分証見せびらかすような感じだったからね」

「それでもそのままずるずるいってしまったんですか?」

 あの人なら、際どいしぐさとかしそうですよねーというと、まさにその通りなんだよねーと、会長が苦笑を浮かべた。


 え。ルイさんも十分際どいしぐさとかするじゃんとかお思いのみなさま。ルイさんは狙ってやってるわけじゃないからね? 男をたらしこもうとかそういう意図はまったくないからね。


「それで留学しちゃったりもあって、はかなく失恋。特撮研からも離れてソロ活動なのさ」

「一人で撮影とか、衣装づくりとかしてるんですか。それは頑張りますねぇ」

「ええ、一時期就活の時はやめてたみたいだけど、内定でてからはもう、イベント参加とかもがんがんやってたみたい。っていうか、あぁ、就活かぁー」

 やだよーと気だるい声を漏らす花実会長は、四月が来るのが嫌なのか遠い目をした。

 どうやら彼女はまだまだモラトリアムを堪能したいらしい。


「片っ端から興味があるところを受けまくれば良いだけですって」

 そんな話をしていると、ひょこっと奈留先輩も合流。そろそろ式が終わる頃合いで、彼女は純粋に知り合いに会いに来ているらしい。花束を持っているのがその証拠だ。

「うわ、奈留先輩、豪華な花束ですねー」

 花涌さんがそれをみて、きれいーとテンションを上げる。ふむん。そういうときは有無を言わさずにシャッターをきるものなのだけど、彼女はほーといいながら見とれているだけだった。


「ちょっと奮発してみました。まー、ルイたんの卒業式だったならもっともっとゴージャスにいきますけど!」

 にまにまとなぜかこちらに視線を向けてくる奈留先輩のことはとりあえず無視。

 別に卒業式に袴姿で出るなんてことはしない予定ですよ。


「あ、開きますよ」

 そんな会話をしていると、講堂の扉が開いた。

 一気に移動という感じではなく、ぱらぱらと外にでてくる感じだ。


「おおおっ。袴姿サイコー」

 大学の卒業式のスタイルといったら和装で袴姿が定番。振り袖の子も中にはいるけれど、圧倒的にそちらだ。ブーツにしている子もいるけど、草履の子もいる。

 なにより色合いが鮮やかなのがすばらしくいい。

 ちょっとテンションをあげながら何枚か撮影させていただいた。

 もう、男状態でテンションが上がると声が高めになったりしそうだったのだけど、なんとかその点はクリアだ。


「おっ。花実ちゃんじゃん。ひさしぶりー。ちゃんと会長さんやってんだなー、そっちは新入部員達かー」

 いいねいいねぇと声をかけてきたのはスーツ姿の男性だった。

 まだまだ大人になりきっていない感じの着慣れないスーツ姿だ。

 

 基本男性はあまり撮らない方針でいこうかと思ったのだけど。

 カシャリと一枚撮ってしまったのは、その相手が顔見知りだったからだ。

 そう。つい三ヶ月前。ルイさんのお隣で行列整理を手伝ってくれたおにーさんだったのだ。

 遅くなりましたが卒業式一個目の前編です。

 大学は男子として参加せざるをえないわけですが、珍しくちょっと気重な木戸くんでした。まー近くにあいなさんが居たら女子同士で撮影したいとか思っちゃいますよねー。

 そして、まさか特撮研の先輩が彼だとはっ。


 次話ではそこらへんの話もちょっとやりつつ、ひたすら袴姿の女子を追っかけ回して撮影します。え。だって袴萌え。

 アップ予定日は月曜……になっちゃうかなぁ……土曜とか帰れるかもわからんしorz

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