260.バレンタインデー2
お待たせしました。長くなったので分割です。
本日更新分1/2です。
バレンタイン。二月にあるこの日はいつも憂鬱だ。
昔はクラスメイトとわいわいやっているだけでよかったのだけど、コンテストに通ったあの日以来、バレンタインのチョコ目当ての男子の数が激増した。
業界人であれば、欲しいアピールの人にはあげるようにしている。思い切り義理で、三月に倍返ししてもらう前提での贈り物だ。
それ以外は基本作らないし上げない。
だって義理チョコは面倒臭いし、変に気を持たれても困るからだ。
今は恋愛ごっこより仕事を優先したい。
そんな風にも思っていた。けれども今年はちょっとだけ胸のあたりがざわざわしてしまっている。
バレンタイン。これはチャンスの日だ。
普段はあまり自分から告白できない女子が、その日だけは大胆になれる特別な日。
特に、男の方がまったくもって欠片も恋愛事情に鈍感な相手な場合は、こんな日がないとなかなか進展なんてしないのだろう。
ほんと、これだからカメラ馬鹿というのは困る。
そういえば、さくらは恋人を作ったらしい。その人にチョコを渡したりはするのだろうか。
なんにせよ、少しホッとしている自分がいる。
女子の中では、あの子が一番、馨に近い所にいる。カメラでのつながりも強いし、ライバルから恋愛に移行することもあるのではないかと、ひやひやしていたのだ。
もちろん以前、あいつだけとは絶対恋愛しない、と断言はされたけれど、人の心なんてどうなるかわかったものでは無い。そんな矢先に、この話だ。安心しない手はない。
では、他はどうだろうか。なにげに木戸馨を、というかルイを好きな男子は多い。
そういえばクマの職人もそうだったような気がする。この前のロリ服は半端なく可愛かった。
どうせ馨の仕込みなのだろうけど、あのちょっと体格のいい男子がああなるとは、誰も予想しないに違いない。
疑いの目を向けても、あれでは気付く人はそうはいないのではないだろうか。
クマの人が変な趣味に目覚めなければいいのだけれど。
「いや、変な趣味に目覚めて、誰かと添い遂げればいいんだわ」
口に出してみて、いろいろな可能性が頭をよぎってがっくり肩を落とした。
別にクマの人が女装できるようになったからといって、これは脱落を意味するのか?
いいや、むしろ同じ趣味できゃっきゃできるというメリットができただけじゃないだろうか。
「このままじゃマズイ……」
あいつはどんどん一人で交友関係を広げて行ってしまう。
馨状態だったら別にそんなにモテないだろうと思っていたのに、馨ったら去年あたりからいろんなことをやっているらしく、それなりにファンがついているらしい。
……ルイ状態ならモテるのはわかるのだけど、あの馨が……ねぇ。
少し怨みがましい声を上げながらスケジュール帳を覗き込んでため息を漏らす。
頑張ってあの町に行けるのは夜になってしまうだろうか。
行ったとしてもどこに行けばいいのかわからない。
アルバイトといっていたから、コンビニに行けばいいのだろうか。でも時間までは聞いてない。普段日曜日ならあいつはルイとして外をぷらぷらしているはずで、午前だけ仕事で午後はカメラを持ってにまにま徘徊してるかもしれない。
あーうー。
どういう服を着ていこうかと思っていたところでメールが入った。
「……はは。まったくさくらったら、恋人優先でいいのに」
そこには、木戸馨の本日のスケジュールと一緒に遊びに行こうというコメントが入っていた。
けれども、その後にある、覚悟して来てね! という一言に、珠理奈はきょとんと首をかしげるのだった。
コンビニの外販売は相変わらず寒かった。雨こそ降っていないものの、冬の晴れ空は熱が上空に逃げてしまうのでお日様が出ていても大変に寒い。
さて、そんな中でどれくらいの時間が経っただろうか。
笑顔をはりつかせて、チョコを売り捌くというこの所行。
それを続けていけば、それなりに知り合いの顔もあったりするもので。
「うわっ。マジだ……ネットの噂は本当だった……ミニスカサンタがキュートだったあの子がバレンタインに現れるらしいとかなんとか」
「まあ、あの写真みるかぎりだと、木戸さんなわけだが」
そこに現れたのは、健のバカ友達の二人だった。
受験も間近というこの時期なのに、彼らはのほほんとした様子で、すげーかわえーとこちらの全体像をしげしげと眺めていた。
ちなみに彼らはチョコの予約はしていない人だ。
「そんな木戸さんから、お二人に忠告です。さっさと帰って勉強してな」
ぼそっと少しだけ声を落としてきつめに言ってやると、うっは、それだけ落としても女子の声にしか聞こえんと二人は変なところに感心をしていた。でもお二人さん。この程度のことは健もできるのですよ?
「あー、しのちゃん。この二人は知り合い?」
「ええと、まあ、そうですね。従姉弟のバカ友達ですよ。高校三年の青春まっしぐらな時期を、なぜわざわざここまで来たのか、まったく意味不明です」
店長からの問いかけに肩をすくめて答えておく。いちおう健の学校は進学校で通っている男子校だし、今は忙しい時期まっさかりだろう。健も正月あたりにさっさと進路決まって欲しいと、可愛い顔を歪めていたくらいだ。
それでも叔父さんに振り袖を着せられたりとかしていたので、余裕ではあるのだろうけれど。
「俺達には癒やしが足りないのです」
「今年も結局バレンタインは……うぅ」
情けない男たちの嘆きが、晴れ渡った冬の空に溶けていった。
あぁ。確かにこいつら学園祭の時も散々だったわけだし、そこから一発大逆転、なんていうことも欠片もないらしい。今年のバレンタインは日曜日だし、学校でチョコを渡して告白より、呼び出して告白の方が難易度は段違いというものだ。
あれ。それを思えば、沙紀ちゃんとしてはありがたい日程なのかな。平日だったら愛しのお姉様にたくさんチョコが届きそうだ。
「楓香とかなら、お願いすれば持ってきてくれるのでは? 20円チョコとか」
「ううっ。健が、うちの妹には手を出すなよって、女声で言うんだよ」
「じゃー、お前が女装状態でくれ、っていったら。そんなアホなことをやるのはうちの従姉弟どのくらいだって、男声で言うんだよ」
なんて器用な使い分けをしているんですか、健くんったら! それに、確かに木戸馨はバレンタインのチョコを配ったりはしたけど、あれはクラスとしての行為で個人的なものではぜんぜんない。
それに、女装状態でもなかったしね。
「それならもうこのイベントから離れてしまうしかないんじゃない?」
ほれほれ、チョコ食べたいなら自分でご購入くださいと笑顔ですすめると、二人ともなにを思ったのかはっとなって目を輝かせ始めた。
なんだろう。嫌な予感がする。
「えっと、木戸さん? そういえばこの販売って裏サービスがあるってネットで書いてありましたが」
「なんだか、お好みのシチュエーションでの手渡しをしてくれるとか」
にやりとする二人に、はぁと軽いため息が漏れる。
はい。このサービスは店長が言い出した、かわいそうな男性のための救済策=販売数増大のためのぎりぎりのものでございます。けっしてやましいことをやってるわけではなく、あくまでも傷心な男性方へのちょっとしたサービスというのがこちらの言い分であります。
感じとしては、去年高校でやったチョコ渡しに近いといえばいいだろうか。
設定やらを用意しておいて、あとは欲しい言葉をかける。
まあいってしまえば疑似彼女との疑似体験というやつだ。まあこちらは女ですらないわけですが。わけですが。わけですよ?
「ご購入が前提です。現在一番安いもので千円からとなっておりますがよろしいですか?」
どうよ。チョコに千円出せるのお前らという、試すような視線を向けると、一年戦うためにはこれくらいやすいと、やつらはお札を取り出した。
しかも片方は大きいサイズの二千円のものをご購入。
おまえら……ブルジョワジーなお方ですか。
木戸さんったらチョコといったら100円の板チョコ派なのですけれど。
「じゃ、さっさとシチュエーションを伝えてください」
できる限りはしてあげましょうとしぶしぶ言うと二人はやったぜ! と男同士でハイタッチをした。そしてそのままぐっと手を握る。
うーん。男同士の握手といえば聞こえはいいけれど、腐った方々にはいろいろな素材提供になってしまいそうだ。
「普通に放課後の教室で、クラスメイトから二人きりで、ちょっともじもじしながら、てれってれで、あの、これ、っていう感じで」
台詞よりしぐさでよろしく! と言われたので、とりあえずそれを再現。
まあ、演技が得意な方ではないけれど、そういう頭でイメージしやすいキャラ作りはできないではない。
「うっは。きたこれ! 俺、やっと春が来た!」
「春は進路きまった先にあるから、あんまりはしゃがないように」
さきほどとはまるっきり温度の違う声で冷静に言ってやっても彼は、はわーとチョコにほおずりしながら、先程の光景を思い浮かべているようだった。
「んじゃ、次は俺だ。俺はそうだなぁ。悔しそうな感じでいってくれないかな、この台詞」
2000円払った方の健の悪友は、こそこそとその台詞を伝えて、いまいかいまかとわくわくと胸元で拳を握っていた。
こっちのほうはなんかアニメとかでよく言われそうで、うまくできる自信はあまりない。
「はいっ、チョコ。べ、別に心までは売らないんだからねっ、チョコだけなんだから」
ちょっと悔しそうな感じで顔を背けながら片手でチョコを手渡す。
こういう場合では丁寧に渡してはダメだと言うことくらいは知っている。
「うわぁ、木戸くんいくらなんでもその表情までこなすのはまずいわ……」
一緒に働いている女性店員さんにあきれ顔をされてしまったわけだけど、もうクリスマスの時にさんざんあきれたのだからそろそろ慣れていただきたい。
黒羽根店長はもう、どんと構えて反応もしませ……って、視線そらしてますけれど。
「って、それを真っ正面から受けた君はどうしてそこで固まっているのか」
チョコを受け取ったものの、そのままぷるぷるしている健の悪友に声をかける。
さすがに男声にするのもなんなので女声で話しかける形だ。
「っはんぱねぇ。感動した! そんなのアニメの中にしかないって思ってたのに。ホントのことさー!」
たまんねーと、とろけたような顔をしている二人に、少しばかり危機感がつのる。
そう。ひとつ釘をさしておかなければならない。
「健には内緒ね。あとでこのネタでからかわれるの嫌だし」
二人がどうなろうと知ったことではないのだけど、健からなにか言われるのはちょっとごめんだ。
「じゃあ、もう一回別シチュエーションで」
「そういうサービスはもうしていませんので」
つんと断ってあげると、むしろ健の友人達は喜んだ。なんだろうこの人たち。マゾヒストなのですか?
「はいはい。他のお客さんもきたみたいなので、そろそろしのさんを解放してあげて欲しいんだけど」
「あっ、すんません。じゃ俺たちこれで」
いい体験だったなっ。まじでなっ。なんて言い合いながら、黒羽根店長に追いたてられるように二人は帰っていった。
「木戸くんの女装の浸透っぷりがやばい件について」
そんなやりとりを見ていた女性店員さんは、ぼそっと呟いていた。
一週間お休みしましたが、とりあえず再開です。
書きためとかほんっと全然できない一週間でありましたとも。
でも、どのエピソードやるのかというのだけは一覧でできたので、春までこのままいけるといいなぁ。
さて。そしてバレンタインデー2です。もうちょっと早くアップできればよかったのですが、当日になってしまいました。
男だと知っていても、魅了される魅力というのは、たまらぬですよね。男子を落とせるっていうところが木戸くんのチートなところだと思います。
さて、そして後半は夜の部、珠理奈さんのターンです。女の子が主役の日だというのに……どうして正ヒロインになれそうな彼女がこうなるのか。
ま、まあ木戸氏がヒロインだからとしかお答えのしようがないわけですけれど。
いちおう時間に会わせて、本日夜更新にしようかと思ってます。




