259.バレンタインデー1
二月の更新はもう、遅れまくりでスミマセン。えー、実はバレンタイン一日の分をアップ予定でしたが、半分まで。とりあえず。
「はーい、みなさーん。恵方巻きで忙しい昨今でしょうが、バレンタインの注文もたっぷりと取っていかないといけない季節になりました。苦しい戦いの時期です」
一月下旬。木村からの依頼を受けているのに平行して、コンビニでは黒羽根店長からのこんなお達しがででんと舞い込んできた。
バックヤードのホワイトボードには「傾注! バレンタイン!」なんて文字が躍っている。
恋人達のための甘いイベントのはずなのに、もはや販売する側は戦場である。
そうはいってもこの時期はいろいろな店で、臨時にカウンターをだしたりするのだし、どこも売り上げアップに必死なわけだけれど。
「なんか年中無休で戦いですよね、この業界」
「それを言っちゃいかんよ。結構シビアな業界なんだし」
きちんと売り上げを考えられるアルバイトでいないとな、とこそっと先輩に声をかけられた。
まあ、わかってはいるものの、それぞれの季節であれを売れ、これを売れと上層部は指示を出すわけだけど、このエンドレスな感じはたまらない。
仕事をする上で大切なことは燃え尽きないことだ、と前に知り合ったおじさんがいっていたものだけど、あながちそれは間違いではないのかもしれない。
好きなことなら毎日続けられる。けれど好きな仕事をやっている人など、そう多くも無い。
そんなわけで、毎日十全に仕事をしすぎてしまうと、破裂してしまうのだそうだ。
「はいそこー、確かに数字をだせー、売り上げをだせーと、オーナーは元より本部からも言われていますがー、無理はしませんさせません。とりあえず無い知恵を絞って売り抜こうという今回の作戦はこれだっ」
はい、どうぞと渡された紙を見て、うわぁと遠い目をしそうになった。
そこには、バレンタインなんて怖くない、一人身の味方、貴方に捧げる甘いチョコレート作戦なんていうタイトルが躍っていた。
ようはクリスマスケーキのバレンタインバージョンというわけで、義理チョコだって一つも貰えないのに! という男性をターゲットにした、「俺は女の子から一個チョコを貰ったんだ」という体験をサービスとしてつけるという割ときわどい作戦だった。
「さすがにこれは掟破りな気がしますが」
「今時、女子から男子にチョコをあげるだけがバレンタインではないの。この商業主義な世の中はどんな理由をつけようが売ったもん勝ちなの」
「ノルマ厳しい感じですか……自爆営業ですか」
「さすがにそんな無茶はさせないわよ。まー私個人は、上げるチョコはコンビニのにする予定ではあるけど」
そこで、ちょっと顔を赤らめる黒羽根店長。可愛い。
きっと、お正月に目撃したあちらのお店の店長にあげたりするのだろう。あっちはあっちで自分のお店のチョコとかかってそうなので、特別感があまりでないのは、残念な感じである。
「ああ、店長。これ、予約した人は望みの店員から手渡しってあるけど、その時のシフトどうなるんすか?」
「あーそれは、まー予約日と時間の兼ね合いをみて決定かな。三日前に店内にシフト張り出して、その時間を狙ってきてくださいねーって。もちろん依頼が殺到した子のシフトの時間は長めにして入って貰う感じ」
人気順に時給もちょっと色をつけてあげようかなって思ってます、という提案に、おぉっと先輩さんが少しやる気になった。
「これって、別に男も指名が多ければそれに入るんすよね?」
「ま、まぁ、そうね……でも、難しいんじゃないかなぁ」
店長は苦笑を浮かべつつ、先輩の意見を否定はしなかった。でも、木戸からすれば、まぁ苦笑いもしてしまうよね、というのはなんとなくわかる。
女子がチョコを買う場合は、あげる相手がいる、という前提がある。だから正直今回のイベントは彼女達をターゲットにしているわけではなく、純粋に男性客をつるためのものなのだ。
バレンタインの期間は、チョコが買いにくい。
世の中のチョコ好きの男性はそう感じているはずだ。おまっ、貰えないの? 的なあれがあるからどうしても二の足を踏んでしまう。
でも、今回のこれは、そんな男性達に「さぁ開き直れ」と背中を押す行為をしているわけだ。
どうせ貰うなら女性店員からの方がいいに決まっているわけで、男性店員がそのアンケートで選ばれる可能性はきわめて低いと言わざるを得ないだろう。
「ま、とりあえずその日は内勤希望です。外は寒くて嫌です」
クリスマスケーキみたいなのはこりごりだというと、うふふと黒羽根店長が微笑を浮かべた。
いや。マジで内勤でお願いしますって。
それに、今回は投票形式なわけだから、木戸馨の名前はきっと誰も書かないに違いない。
そうであればきっと、普通に普通な結果に落ち着くに違いはないのだ。
「……うぅ。内勤でっていったのにー」
当たり前のようにアンケートの結果は、「あのミニスカサンタの子」がぶっちぎっていました。
……はい。言い訳を、させてください。
受け渡しの人を予約の時に記載してもらったわけだけど、お客さんからしてみれば従業員の名前なんて覚えてるはずが無いわけで。たいていの人は、指名ができるというなら、君でと目の前の女性店員を名指しするか、誰でもいいとなるか。はたまた、クリスマスを経験している男性客からは、圧倒的にあの子で、というお声がかかってしまったのだった。
まー確かにうちの店の女性店員で、目立ってしまったのはあのミニスカサンタさんだけなわけだけど、この結果は本当にどうなんだろうか。
その結果がでたときに、店長がやっぱりなーというような顔をしていたのが今でも忘れられない。
店長……もしやあのときのサンタコスが人気だったから、これで購買層を増やそうとか思っちゃったんですか!?
実際、売り上げが伸びたのは事実ではあった。
通常客、義理でも本命でも、買っていってくれる女性客の数は去年とほぼ同じだけど、そこに予約分として「当日に受け取り」な分が純粋に増えていたのだ。
昨日までは、圧倒的にチョコを手に取るのは女性客ばかり。普通に販売をしたし友チョコで一緒に食べるんだっ、と笑顔を浮かべていたような人までいる。
でも、バレンタイン当日の今日はその客層ががらりと変わる。
当然、バレンタインチョコなるものは、女子たるものとしては前日までにそろえておくべきものだとしのも思っている。実際高校の時は当日にはしっかりパッケージしたものを用意したものだった。
……男の自分が普通に、用意している現実にいささかひっかかるものはあるのだけど、三年のアレは合格祈願もあるので納得しておく。
「もーあきらめてよ。ほらっヒーター使わせてあげるから」
もう一回やってるんだから、女装とかは気にしないでしょ? と店長に言われてそりゃそうなんだけど、寒いんですーとぷるぷる震えると、ヒーターをこちらに向けてくれた。ぬくいけど……温まるの足だけなんですが。
もちろんこちらだって寒くなるのはわかってるので腰と脇とにカイロをはってきてるんだけど、それでも寒い。
「せめてコート着させてください。これにあうの、あったでしょうに」
ほらほら、女の子がそんな顔してちゃダメだぞーと店長は頭をぽふぽふ撫でてくるものの、こちらの表情は険しいままだ。うん。この二月の冷たい空気の中、まさかのコート無しでの販売なのだ。
理由は服がしっかり見えるようにってことらしいけど、白ベースのコートと手袋をつけても十分に可愛いと思うのだけどなぁ。とはいえ。
「まー、あったのはあったけど、その姿でチョコもらったらみんな大喜びかなぁって」
えへへーと、彼女が言い切る気持ちもわからないではない。
はい。今日のしのさんの衣類は、甘ロリです。おまけに脇のところにクマのキーホルダーがついています。何でこの服かって? それは店長があの記事を見かけてかわいーと年甲斐もなくテンションをあげたからだったのです。
そう。クマのキーホルダーの作者の記事は先日発売の雑誌に載り、おまけにウェブにも記事として公開された。そちらにはカラーの写真が載っている。exif情報はしっかりとあのお店のバックヤードになっている。
地元の話題ということもあって、ここら辺の人達は割とその記事をみているようなのだ。
「にしても言ってみるものね。まさか同じ衣装を貸してくれるだなんて、びっくり」
「まーあっちもアパレル業ですもんね、似たような問い合わせとかはあるのではないですか?」
「実際、それと同じ型の服が結構売れてるって話はあるみたい」
クリスマスの時も一緒に販売をした女の子が、そう会話に入ってきた。
うーん。たしかに木村に着せた甘ロリっていうか……今着てるのは可愛いけど、日常使いにはちょっとどうなのだろう。
クマ自体が売れるのはとても良いことだとは思うけれどね。
ちなみに、今しのが着てるのは厳密にはサイズ違いです。でも彼女たちには同じ服と思ってもらえたらしい。狙い通りだ。
「でも、こんな使い方してクマの作者さん怒らないですかね。バレンタインのためーみたいなある意味、釣り針じゃないですか」
「だいじょーぶでしょー。見るからに育ち良さそうなお嬢さんだし。きっとうちの活動のことなんてあんまり注目しないよ」
黒羽根店長はそういうけれど、木村氏は普通にコンビニにも行くし、一般人の、おまけに男子なわけなのですが。
下手すると今日ここに来るかもしれないのですよ。
「店長はあのクマさんは前から好きなんですか?」
この青いリボンのこいつです、と、小さなキーホルダーのクマの頭をわしゃわしゃなでて見せる。
小さいものでも生地がしっかりしているので、なでる感触は気持ちいい。
「うん。地元で話題になった頃に買いに行くくらいにはね。しかも全部手作りだっていうし、暖かいって言うか」
とても愛を感じる一品と言われて、まー確かにそうなんですけどねーと苦笑が浮かぶ。
「話によるとあの娘が一体ずつハンドメイドしてたっていうけど……結構な数を一人でホントに作ってたのかな」
あんがいあの子のビジュアルだけ出して、他の職人さんが作ってるとかそういうことはないかなぁと、もう一人の販売員の女の子が意地悪なことを言い始める。
実際、世の中では良くあることなのだろう。広告塔として見目がいい人を表にだして、実際に作っているのは別の人なんていうのはどこにでもある話だ。もちろん今回に関してはインタビューで全部時分の手で作ってますと言い切っているので、そこまで言って別の人がやってたら問題にはなるのだろうけど。
全部木村氏のお手製なので、欠片も嘘はない。本当の話だ。学校でクマの最終調整をしたりしてるのを木戸は目撃しているのだし、受験の間もでかクマーを製作しながら、商品の数も減らさなかったそうだ。
嘘があるとすれば、広告塔の見た目の方だろう。あの写真には全力で女装に見られない技術を注ぎ込んでいる。
本人も目を丸くしていたけれど、普通におとなしめなお嬢さんで、周りには認識されているようだ。
最近はクマのキーホルダーを買いに男性客があの店に訪れることも増えてきた、とか涙目の顔文字つきのメールが来てたりしたけど、こちらは貴方のご要望にお応えしただけです、頑張って男たちの慰み者になるが良いっ! とか返事をしたら、本当、まじで泣くからそういう冗談はやめてと返事がきた。
精神的なダメージがけっこうあるらしい。別に男心はわかるのだから、そういうのは優しく受け止めてあげないといけないと思う。
「さて。そろそろお客さん来そうだね。笑顔で女の子っぽく、バレンタインで家族以外にチョコをもらったことの無い年が年齢とイコールの人達に愛をどうぞ」
「はいはい、わーかりましたよー。ったく、どうして男ったらこういうまやかしで喜んでしまうのか」
「あんたが言うな、あんたが」
しごくまっとうな突っ込みが入ったところでお客さんが現れる。
それらに笑顔で対応するのはもはや、職業病というやつだ。
彼は、バレンタイン当日にチョコを貰えるなんてーと大喜びだった。実際は自分でご購入で手渡されただけだというのに、はしゃぎっぷりが半端ない。
「バレンタインデーってほんっと、罪ですよね……」
そんな男たちをみながらぽそっと、本音をもらしてしまうしのさんだった。
ルイさんかしのさんの甘ロリ着せたいよね、ということでバレンタインにやらかしていただきました。記憶が熱いうちに打て! という感じで。
って、すっかりアップが遅くなってしまいましたが……すみません。
実はこれで、半分です。
ここで一週間休みを入れるのもなんなので、後半は、「ここ一週間で公開」ということで、いかがでしょうか?
とはいっても作者本日も休日出勤ですし……水木あたりでアップできると、いいなぁ。




