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257.

「インタビューを受けることになった?」

 メールで呼び出されたのは、あのショッピングモールの一角にある衣料品のショップのバックヤードだった。

 そう。木村のお手製クマさんのキーホルダーが売っている店だ。

 どっちでいけばいい? と聞いたところルイさんでよろ、と言われたので、今日はスカート姿であります。

 でも、今にして思うと話を聞くだけなら男子でもよかったんじゃないかと思う。

 こんにゃろ、完璧、久しぶりにルイさんに会いたいだけだろう、まったく。


「ほら、去年さ、でかいクマのぬいぐるみ作っただろ。あいつが地方局で密かに人気になっててな。それでその制作者にインタビューっていう、週刊誌の記事の一つ。没になるかもしれんけどな」

 木村はバックヤードの椅子に座りながら、そう切り出してきた。

 大学生になった彼は、少しばかり前よりも大人びたような雰囲気を出しているといっていいだろうか。

 相談事をしているので弱っては見えるけど、どこかあの頃より慣れている感じがするというか。余裕があるようにも思える。


「それでなんで、あたしを呼び出したのか、よくわかんないんだけど」

「……うはぁ。ほんっとお前、ルイさんやってるときは口調によどみがないよな」

「まぁ、そういうスイッチ入ってるからね。はっきりいって、君と一緒に学園祭まわった状態ともメンタルで結構違うんだよね」

 あのときはちょーっと、こう、女装って感じだったんだ、というと、は? と変な顔をされた。

 事情をしっている人でもこれはちょっとよくわかんないかな。


「んー、主観的なことだからあんまりわかんないかもなんだけどね。あたし(ルイ)はあたしなんだよ。それを思えば、高校にいってた頃はやっぱりちょっと、男子として女装してたという印象というか」

「わからん……お前、あのときだって十分に女子だっただろ」

 つーか、男装状態でもだな、といいかけて彼は言葉を切った。

 え。いや、普通に男子高校生をやっていましたが?


「こっちの実感としては、学校にいるときにそんな危険な橋はわたんないってば。あのときのはなんか変な気の迷いでもあったんじゃ無いの?」

「そりゃまあ、気の迷いはあったけど……でもなぁ。ふっつーに文化祭の時、お前のことを見てたやつらって、かわいい子がいるなってくらいだぞ」

「まっ、ばれる気はまったくないわけですけど。でも、なんていうのかなぁ。あっちは守りが強いっていうかさ。あたし(ルイ)のほうが自由にやってる感じ」

 ま、実際、自然体で女子やってるのはルイさんなんですよというと、何を勘違いしたのか、おまっ、と彼は口をぱくぱくされた。


「いちおー、男子状態も自然だかんね? っていうか、撮影のためにこっちの姿してるけど、これは撮影のための」

「その言い訳、もう誰も信じないから。嬉々としてそっちやってるから」

 いい加減、諦めろ-、認めろーといわれて、ルイとしてはぷぅと頬を膨らませてしまう。

 説得するにしてもあまりにも投げやりで、お前なにいってんのという雰囲気に対しての反応だ。


「そこんとこだよ。普通ならそこで、お前の素だっていう、男子のところがでるだろうが。欠片もでないでほっぺた膨らませるだけって、どんだけだよ……」

「……それは、最初に決めたことだし……なにがあっても、スイッチ切り替えるまではなるべく、そのままって。驚いたときに男子声が出るとか、そういうの勘弁だし、やめて欲しいしで」

「そこで、慌てて弁解ってのが、なんつーか、やばいよな。青木は良く我慢したほうだと思う」

「あ、それ、我慢できてないからね。あいつは我慢してないからね」

 ひどい言いぐさにこちらも反論をしておく。


「え。だってルイさん(、、、、)にはあいつ手を出してないわけだろ? それなら、我慢したんじゃね?」

「それ、へたれだっただけじゃん。親友相手だったらいいかなーっていうバカがやっただけじゃんっ」

「……ほっほう。ルイさんとしては押し倒されたかった、と?」

 ふふんと言われて、もうどうしてやろうかという気分になった。


 確かに青木事件においてのルイの被害は一切ない。おまけにあれはあいなさんの弟でもある。

 こちらとしては次会った時は「あぁ、お久しぶりです」とにこやかに言えばいい間柄だ。

 でも、押したおされたいわけは、有るわけが無い。


「まさか、面識もろくに無い、木村さん(、、)にそんなことを言われるだなんて、びっくりしました」

 このままこの話題を続けるのはさすがに、ダメージが大きいので、笑顔でそう仕切り直す。

 ルイさん、実は木村氏とそんなに交流がないのです。

 これで、かおたんで来いといわれていたなら、もうちょっと砕けていたかもしれないけど、そこらへんの機微は彼にはわかんないよね。こちらの中では、木戸の女装=かおたんorしのさん、女子の写真家=ルイっていう区分けなので、記憶は当然共有していても、意識の差っていうのは当然出てくる。

 

「くっ……ねーさんは昔と全然かわらなくってかわいかったとかいってたけど、全然俺が知ってるお前じゃねぇじゃねーか」

「え、だって、君のおねーさんが知ってるあたしは、君の初恋の相手で、いろんな衣装を着せられて、可愛いは正義ですっ、とかいってた子だよ? そんなん高校生活で言っていたらさすがにいろいろ、どっちの意味でもまずいって」

 それは一般的にネガティブな意味で、だろうけど、木戸=ルイの場合は、ポジティブな理由も追加される。

 まあ、男に求愛されることがポジティブな理由なのかは知らないが。


「はいはい。それで? あたしとも打ち解けたところで、木村氏。あたしに何させたいの?」

 そろそろすりあわせはいいだろうか。

 ちょっといろいろ、口をぱくぱくさせている木村氏を前に、言うべきことは言ったので、本題に入らせていただこうかと思う。

 話の内容次第では、午後は少し電車に乗って撮影でもしようかと思っていた所だ。数駅いけば銀香以上に野山の風景なんてものもおがめるわけだし、ひさしぶりにわき水がでてるあそこに行ってみても良いかなとも思ってる。

 ウォーキングをしていたおばあちゃんは無事に健康になれただろうか。


「……俺。人選間違えたかも」

 それでも彼は目をそらしながら、苦い表情をしてくださった。

 え。別にルイさん怖くないよ。写真撮るときも痛くはしないよ?


「八瀬ってラインも……いや。まあこの際虎穴に入らずんば虎子を得ずだ」

「おけつに?」

「ぶふっ」

 彼のイントネーションが少し独特だったので言い返しただけだったけど、彼は盛大に吹き出した。

 なにか悪いことでもあっただろうか。

 

「ま、まぁ、あれだ。その……取材を受ける話はしたけどさ」

 それから木村はもじもじと指を動かしながら、意を決して言い放った。

「あのファンシーなクマさんの作り手が俺みたいなので、いいのかっ、という話だよ」

「あ……」


 そう言われてみると確かに彼が言わんとしていることもわからないではない。

 作り手の話になるとテレビなんかでは、深層の令嬢が作ってるーとか、いやいや活動的な女子が密かな趣味としてーとか、出る情報の多くが「おとなしめ、あるいは女子力高い女の子が作ってる」というジェンダーバイアスばりばりの意見ばかりなのだ。活動的女子という発言も、アクティブに行動するいまどき女子という感じでの想像らしい。

 そこで、「俺が作ってます」と、ちょっとがっちりした感じの木村氏が登場となると、ギャップが萌えるのか、無しになるのか悩ましいのかもしれない。


 ルイとしては、あの日に言ったとおり、男子がぬいぐるみはアリ派だ。

 なんせ、木戸馨がほめたろうさんをぎゅってしてるんだから、男子がぬいぐるみを愛でること自体、悪いとは言えるはずは無い。

 だから、その点は伝えておく。

「で、でも、あたしとしては全然、クマづくりに偏見はないし、実際教室で目撃したって騒がなかったじゃん? 男子がかわいいもの好きで何か悪いの?」 

 うん。本心だ。もちろんあのときの木村氏はショックを受けていたし、こちらが見返りを要求しないと安心はしなかった。でも、実際あのときは取引なんてなくたって、何も言う気は無かったのだ。

 だって、喧伝してまわる必要があるようなネタじゃないもの。


「一般論だと、どうだ?」

 重い声がそのとき聞こえた。

 疲れたような、打ちのめされたようなそんな声。

「それは、わかんないかなぁ。知り合いに連絡でもしまくれば声は採れるけど」

 うん。さすがに、「男子がぬいぐるみを愛でるのはどうかー」とか「ぬいぐるみ作るのが得意な男子はどうですかね」とか、アンケートを取ったことはおろか、聞いたこともない。


「エレナとかなら、わぁ、それってすごいねって目をキラキラさせるだろうけど、あれは標準じゃないし、それに、職人に男も女もないんじゃないかっていう人がちらほらいるよ」


 いづもさんは、間違いなく、渋い顔をしながら、はいはいジェンダーフリーですよー、いいですよー、男の子がぬいぐるみとか作ればいいじゃないとか言ってくれると思う。

 渋い顔をしてるのは、「ぬいぐるみは女の子のもの」とかいうバイアスがあれば、自分の女子性を強化できるからだ。ジェンダーフリーと性転換は相性が悪いのよ実はと、前に苦笑していた姿が頭に浮かんだ。

 男女の垣根を曖昧にする思想と、男女の垣根を跳び越える(、、、、、)ものの相性は、良いようで実はそこまでよくはない。

 ジェンダーフリーが進んで人が中性的にもなったから、パス率が下がったなんていう愚痴も世の中にはあるらしい。


「あとは、おねーさまの意見はどうなの?」

 先ほどから木村姉は、外でのお仕事中だ。もう少しすれば代わりの人が来て交代になるようだけれど、それまでの間は店番をしていないといけない。

 そして、店番だからこそ、彼女なら見えてくることもあるだろう。


「ねーちゃんとしては、やっぱりクマさんは女子が作ってて欲しいって思ってる人が多いみたいって意見だな。それとなしに作者の話になるときもあるらしいけど」

 その時は前みたいにもちろん極秘にしてもらっているし、姉もあの子(、、、)呼ばわりしているようなので、この店の店長の知り合いの女の子が作っているという認識の人は多いかもしれないとのことだった。

 ふむ。

 となると、ここでのルイの役目はそういうことになってしまうのだろうか。


「それで、そういう子達の夢を壊さないために、俺を女装させることってできないかな?」

「まー、そうなりますよねー」

 男として表にでることの可能性の模索と、その真逆の発想と。

 高校時代を木戸馨と一緒に過ごした彼ならば、女装をすることがそこまで大変なことではないという認識になっても間違いでは無いだろう。さすがにがっちりしている自分ではどうだろうか? と思わないではないだろうけど、でも木戸馨の手にかかればきっと、と八瀬あたりを目の当たりにしていれば考えているはずだ。


「取材って写真も載るの? それともインタビュー記事がちょっと載るだけなのかな?」

「企画としては、あのぷち人気のクマさんの作り手を追え、みたいな感じだから、写真も掲載したいっぽいんだ」

「ってことは椅子に座ってて、ぬいぐるみを持っていて、という感じがいいのかな。キーホルダーサイズの子を持っててもいいけど、そこそこのサイズの持ってる方が可愛いよね」

 ふむ……と頭の中でちょっとシミュレーションをする。露出少なめでちょっとロリータ系の服なんかをきていただければ、らしい感じに仕上げられるだろうか。


「えっと、あとは取材日はいつなんだろ? あんまり期間が短いと、声の練習は無理かも」

「それが、一週間後の予定なんだよ」

 バレンタイン合わせの記事みたいだから、といわれて、なるほどねーと頷いておく。

 そうなると、声を仕込むのは厳しいだろうか。

 澪や凛ちゃんは割と早めに覚えたけど、あの練習法を使っても一月くらいは欲しい。


「……だとしたら声を出すのはあまり控えた方がいいかな。もしくは取材にくる人にも事情は話しちゃうか」

 いちおーそこまでなら先方も納得はしてくれるとは思うけど、というと木村がむーと悩ましげな声をあげた。

「女装してるの、ばれるのなんか恥ずかしい」

 っていうか、そこまでして女子を演じている自分っていうのが人様に知られるのが恥ずかしいと言われて、えぇーと不満げな声をもらしてしまった。

 別に女装してることがばれたっていいじゃん。きっと雑誌の記者さんならおもしろがってくれるよ。


「ふむん。なら、声は出せない設定にしちゃって、会話はキーボード越しってことにしちゃうしかないかな」

 それなりにタイピングは速いほうだったよね? という問いかけに、まあなという返事がくる。

 この部屋にも仕入れなんかに使っているのであろうパソコンがあるし、それで文字を表示するようにすれば、とりあえずは取材という形を取れるかもしれない。


「あとは、一週間は見える部分のケアはしっかりやってもらうから、そのつもりでね」

 一週間でどれだけ良くなるかわからないけれど、肌の良さは女装する上での武器だから、というと、そんなに違うもんか? と言われてしまった。

「んー、なんなら触ってみる? おねーさんと比べてもらってもいいけど」

 ほれほれ、と頬をつきだしてみると、彼はおそるおそる人差し指で頬をつんとつついた。


「おっまたせー、弟よー。話し合いはすすんでい……」

 その瞬間を狙っていたかのように、木村姉はバックヤードに入ってきた。

 どうやら代わりの従業員が到着したらしく、そちらに任せてこちらにきてくれたようだ。

 まあ、それでほっぺたつんつんしてる光景を見たのなら、固まりもしますか。

 でもやましいことはなんもしてないのですよ。


「ああ、お姉様。ちょうど良かった。つんつんされていってください」

 ほれっ、比較するがいいと言うと、木村は立ち上がって、姉のほっぺたをつんつんして、うはっ、たしかに違う……やっべ、ルイさんのほっぺやっべと呟いた。


「どういう状況よ~これ~」

「スキンケアがいかに大事かというお話をしていたのです。お姉様もやっているとは思うのですが、それでもしっかりやらないと、いけませんというような比較です」

「うぅ。ルイちゃんのほっぺが異常なだけで、普通はこんなもんですー」

 まったくもう、と木村姉はつんつんするどころか、ルイのほっぺを両手で触ってぷにぷにした。

 うぅ。お化粧崩れるから勘弁して欲しいんだけどな。


「それで。とりあえず取材は女子として受ける。声のレクチャーは間に合わないから喋らない設定っていうところに落ち着きました」

 あとは衣装はおねーさまと一緒に詰めていこうかと思っているのですが、というと、まかせてっと彼女は瞳を輝かせる。

 うーん。彼女も着せ替えは大好きだものなぁ。

 でも、ここは一言伝えておいた方がいいかもしれない。


「下手をすると、弟さんが妹さんになっちゃうかもしれません。それでよかったらご協力しますが」

 そういいきると、木村姉は、ぽかんと口を開けたまま、ぼたーん、ひどいもんをつくっちまったよーと、嘆き声を上げたのだった。

お久しぶりに木村くん登場です。

まとも男子の代表の彼にもついに毒牙が…(苦笑)

い、いちおう、数少ない常識人なのでそのままずぶずぶ行くことは多分ないでしょう。きっと、ええ。たぶん。おそらく……


そしてルイさんとしての久しぶりの全力です。男子の前のルイさんってどうしてこう、テンション高いのか。書いててすんごい楽しいです。


次話はインタビューに同行します。いちおう明後日までには上げる予定です。

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